勇者の塔 下層
最上階を目指すのは通常と変わらないが、ワンフロアずつにボスがいる。倒せばポイントが入り優勝に大きく近づくが、魔力と体力には限りがある。戦いは三日程度が予想される。荷物持ちと世話役がいるのもそのためだ。
――今日のランチ、楽しみだなぁ。ハンモックで昼寝する時間も作りたいな。
ハルトのニヤニヤ顔がキンタは許せない。
「気を抜くな! ルールは単純。勇者の塔で障害物競争だ。ただし障害となるのは魔物と人間。手法は選ばないからあらゆる可能性が浮かぶ。罠あり奇襲攻撃ありだから、油断しないように!」
――ハルト! お前のことだぞ!? 分かってんのかよ!
「とりあえずボスを倒そう」
他のチームが我先にと前へ進むが、ハルトの歩みが遅くジェシカはじれったい。
「もう早くしてよ! 置いていくわよ」
全員が目指すのはボスとその後方にある階段だ。
「下層のボスと人間を相手にしていたら魔力と体力が減るから、ここは譲ってもいいよ」
キンタは苛立ってきた。
早くも第三層までボスは倒されていて、ジェネシスが倒したフラグが立てられていた。それを見た熟練者なら、その勝ちポイントがいかに重要で、大きく差が開いているかよく分かるから焦りしかない。
「畜生、あいつらと一緒じゃ勝ち目がないぞ」
いつまでも彼らが切り開いた階段の道を登るわけにはいかないのだ。ジェネシスに追いつき、彼らより先にボスを倒すのが優勝への条件だ。
エスカレーターのように上り階段を駆け上がると、下り専用の階段が交差して様子が見えた。敗退者たちが恨めしい目でハルトたちを見ている。弱い者たちが生き残っていることが気に入らないようだ。すべては激しい競り合いの結果で、実力者でも運によっては脱落する。
「ほらね」
「何がほらね、だ! 何とかしないと負けちまう」
キンタの意見に皆が賛同したので、ハルトは頷いた。
「その前に一回休憩しない? タツミと慈恩が追いつけなくなるよ」
ハルトはスピードを上げ、先頭に追い付くとジェシカの手を引く。
「こっちだ」
慣れているのか道に迷うこともなく、チームを誘導する。
「ちょっと、手!!」
ジェシカの外に向けていた敵意と緊張感が、ハルトの手に集中した。
何故か安心できて気分が緩くなる。これは戦士としても、女としても猛烈に恥ずかしい。ここはお花畑ではない!
ハルトたちが右に曲がると、他のチームが笑って見送る。
「引っかかった! 所詮、初心者の集まりだな」
カエデは憤慨する。
「待って! そっちは行き止まりだってば。それに罠があるのよ」
「休憩は必要だ。行き止まりなら、休憩にはいい場所だ」
カエデは惑うばかりで、キンタは怒った。
「こっちのルートじゃ遠回りだぞ」
「近道がある」
「それは罠だし、強い奴しか通れない。罠を越えた先にはボスクラスのモンスターがいるんだぞ」
「倒したことある?」
「あるよ! でもすごく魔力を消費するじゃないか。始まったばかりで遊んでいる場合じゃない。アイテムは魅力的だが、一刻も早く上にいくべきだろ」
ハルトは少し反省した。チームの空気を乱したのは自分だ。それにいつまでも隠し通せるものではない。
「俺を信じろ」
行き止まりの部屋に入ると、扉が閉まった。もう逃げられないので、渋々と休憩した。
「もう足が痛いよ~! 走るのキライ!」
慈恩は足をさするので、ハルトは右手をかざす。
「内緒だよ」
「気持ちイイ! ハルト回復魔法までできるの?」
全員がびっくりしている。
――内緒だって言ったのに言うなよ。まさか聖女の加護だなんて言えないだろ
「これは俺の力じゃないよ。あ、ホラ俺ってばテイマーだし!」
テイマーだから何なんだ? それと回復魔法魔法は違うだろ。そういうツッコミが出る前に、ハルトはドリンクを押しつけるように手渡した。
「回復効果高めでちょっと甘いけど、飲みすぎるとお腹壊すからね?」
カエデはトロ顔で微笑む。
「ホントにやればできるのに。なぜ勇者にならないの?」
ハルトはキンタを見て苦笑いだ。
「優勝したら、教えてあげるよ」
ハルトは魔力の拡散を抑えていた籠手やら鎧を脱ぎ捨て、ローブを羽織った。魔の森で見た少年と同じ格好だ。
「やっぱりお前だったのか」
「四年付き合って、やっとそのセリフ。鈍感で助かったよ」
身軽になると、グルリと首を回して準備運動をする。
「慣れてるから俺がやる。壊して罠が復活するまで3秒ある。遅れずについてこいよ?」
キンタはハルトと視線が合った。青い瞳は深い海のようだ。底知れぬ実力と神秘さに魅了されてしまいそうだが、ライバル心が湧き出す。
「あ、荷物持ち交代な? キンタなら持てて走れるだろ? 七人分!」
――くそ、負けたくない。
ハルトはムキになって睨みつけるキンタの頭を撫でる。
「キンタ、セット」
背を向けたハルトは言い残した。
「見惚れてボーっとするなよ? 3秒だからな?」
ブワッ!
ローブの隙間から漏れる魔力。それだけで部屋全体が光に満ち、風が吹く。
キンタは唇を噛んだ。もう言葉にも出したくない。
だけど、こんな大量の魔力を隠していたなんて!
――ズルい! ズルイぞ、プーのくせに!!
短剣を両手に持ったハルトは恐ろしいほどで、キンタは威圧される。
「キンタ、みんなを頼む」
ハルトの叱咤に、キンタはハッとした。
「みんな、行こう!」
六人が全力で走った。
先頭で道を切り開くハルトに追いつくのに必死だ。
飛び交う鉄の矢や鉄球はあっさりと分断され、ハルトが蹴りを入れただけで罠がボコボコに壊れた。形状記憶されているようで油断はできないが、すんなりと通りぬけられる。
ハルトはチラチラと後方を振り返る。徐々に遅れてきており、このままでは最後尾が間に合わなくなる。
後方に手を差し出してチョイチョイと招く。
『ウィンディア』
慈恩は暴風に背中を押され、玉突きで転がるように全員がハルトの足元に這った。
「はい、ゴール。お疲れさま~」
皆がやれやれと、上を見上げる。
ハルトは床に座り、その肩に翡翠色の鳥が止まらせていた。
皆が思うところは同じだった。
「デカイ」
それでも巨鳥は肩に乗りたいのだ。愛する主を圧し潰す勢いで、背を天井にこすりつけてでも肩に乗る。しかも片足だけでも大きいので、肩車だ。
皆が焦った。ハルトが捕獲されているように見えるし、放つ魔力も誰よりも多い。鋭い嘴で突かれたらひとたまりもないが、それでもハルトは笑っている。
「それ、魔の森にいるやつだよね! 奥のほうにいるヤツ」
カエデの言葉にジェシカは悲鳴をあげる寸前だ。
「名前はウィンディアだよ。案外大人しいんだ」
「毎年重傷者が後を絶たない狂暴鳥じゃん! どこが大人しいのよ」
「卵狙うからだろ。母性本能は凄いんだ。この子は俺が卵から育てたから大丈夫だよ」
キンタは疑う。ハルト、お前も卵狙ったんじゃないか?
ハルトは周囲を見回す。
「そろそろ時間だ」
「え? 何の?」
天井の灯がひとつずつ消え、最後の灯が消えた瞬間、床まで消えた。
がくりと落ちて悲鳴が上がる。
「いやあああ!」
カエデとジェシカの悲鳴はなかなか可愛いが、勇者見習いなのだから、この程度の落差ぐらいはどうにかできるはず。
ハルトは何もしないで落ちていくさまを眺める。
――え? だめなの? 見習い勇者ってそんなに弱いの!?
キャラバン隊にいた頃の自分だってどうにかできたことだ。みんな経験が浅すぎるからハルトはそわそわしてしまう。ギリギリでタツミが魔法を唱えたせいで床が柔らかくなりバウンドした。
真っ暗な空間だ。そこにボッ、ボッと灯がついていく。ようやく明るくなり、キンタが皆の無事を確認しているが、ハルトが見当たらない。
静かな空気だが、現実が重くのしかかる。こんなところで置いていかれたら不安しかない。
「プー! どこだ」
その時、部屋の奥にいた何かが動いた。筋肉質で獣毛の塊は裏ボスに間違いない。全員騒然として、臨戦態勢に入る。
「俺たちでできるのかよ」
キンタの呟きを無視してジェシカは突っ込んでいく。
「弱気なこと言ってんじゃないわよ!――先手必勝!!」
ジェシカが空中を舞い上がる。振りかぶって、勢いのある一撃!
スカッ!
「――ええ!?」
全員が拍子抜けだ。ジェシカの一撃は外れた。
ズドドォン!
巨体が動いて倒れた。そして下から声がする。
「重いよ~」
ジェシカに引っ張られて、ハルトは笑っている。
「床に足着く前に一撃食らわせたら、倒れる方向が逆なんだもん、ふざけてるよね」
キンタはため息をつく。裏ボスなのに出番なく見せ場もなく可哀想なくらいだ。
「ふざけてんのはお前だろ。どこが最劣なんだよ。トップチームでも5人がかりで倒すのに」
ハルトの後方にはすっかり出口が出来上がって、3フロア先まで選べる階段あった。
「勇気がないなら最低じゃん。俺、ついリスクを考えちゃうんだよね。そしたら決断できなくてさ。無謀なキンタが羨ましいよ」
「何気に貶すのやめろ。しかしプーが倒すなんて夢みたいだ。いやまだ見てないし。やっぱり詐欺だな」
大きなアイテムボックス開けると、高級回復薬と治療薬が入っている。
「この先は戦いがきつくなるから助かるな~!」
キンタはいそいそとアイテム回収しているが、ハルトは目もくれない。
「アイテムのためじゃない。裏ボスがいるなりの理由がある。行き止まりなのは人数制限があるから。罠があってボスがいるのは実力を試されているから。アイテムと階段に惑わされず、真実を見抜くことができれば、ご褒美が手に入る」
箱を移動すると、置いてあった床に手をあてる。古い魔法陣が刻まれているが、勇者の紋章と同じ絵柄だ。
「シェヘラザールの名において特別通行を許可せよ」
部屋に青白い光が満ち、一気に中層の入り口に空間移動した。
「すっげぇ……ジェネシスより先に進んだんじゃないか!?」
キンタの喜びは一瞬で、別のチームがこちらをジロジロみながら、先を急いで走っていく。
「くっそ! 追いかけろ!」