スタートライン
勇者の塔の入り口に数えきれないほど勇者見習いが集まっている。
いよいよチーム戦が始まる。
人混みの中で、キンタの掛け声で7人は円陣を組み、勝利を誓う。
「では抽選をする。チーム代表は前へ!」
ハルトに背中を押されて、キンタは胸を張る。
人をかき分け、スタートポジションのくじ引きを引いた。運の良さを自慢していたが、帰り道は足が挫けそうな弱弱しさで笑顔がない。
「最悪だ。西側」
カエデが激怒した。
「一番難しいコースじゃないの」
ジェシカは「終わった」と言うが、ハルトはニコニコ顔だ。
「上出来!」
どれだけ運が良くても、キンタが引けば西側から入る魔法がかかっている。ハルトがエストワールを通じて依頼しておいたことだ。
「プー、まさかまたやったんじゃないだろうな?」
――キンタ、鋭い!
「まぁいいよ。何か策があってのことだろ」
キンタは意外にもおとなしいので逆に怖い。
「何かあったの?」
「何にもねぇよ!」
キンタが激怒したので、チームメンバーは驚いている。
「はは。また八つ当たりか? 仲良くしないと勝てないぞ」
通りかかったクラウドが声をかけてきた。キンタの背筋がピンと伸びたが、ハルトは肩を落とす。エストワールにはジェネシスとだけは一緒にしないでくれともお願いしていたのに、運が悪い!
「やぁ、一緒のスタート地点とは偶然だね」
キンタを無視してクラウドはハルトの前に立った。大きな荷物を抱えた姿に首を傾げている。
「君がチームリーダーだろう? また戦わないつもりかい?」
「チームリーダーが荷物持ちではおかしいですか?」
カエデがハルトとクラウドの間に入った。
「うちはみんなできるメンバーなんです!」
「そうだといいけど。君が抜けてしまって、うちはやる気がでないよ。いくら好きな子がいるからって、そういう選び方はどうかな」
カエデは顔を真っ赤にして、逃げてしまった。クラウドはハルトから視線を離さない。
「具合が悪くてしばらく休んでいたそうだね。もう大丈夫なのかい?」
「ご心配いただきましてありがとうございます」
「君と対決するのが楽しみだったんだ」
「荷物持ちを襲うと反則になりますよ? それと、戦う前からうちのチームワークを壊すのはやめてください」
ハルトはキンタを呼んで、耳打ちする。
“クラウドがキンタを嵌めるために、ソウルブレイカーに仕掛けをしたんだ。あれを使ったら、反射呪文で自爆するところだったんだ”
「――え?」
真実かどうかは分からないが、それでキンタの怒りに火がついた。固く拳を握りしめ、クラウドに背を向けた。
「見損なった。俺が全員ぶっ潰してやる」
キンタは息まくと、ハルトは微笑む。
――それは俺の仕事だけどな。
派手な花火と共に、スタートの号砲が鳴る。
「さぁ行くぞ」
威勢の良い声と共に、次々に狭い入り口に向かって走っていく。小競り合いを上手に避け、時にはいなして、キンタとジェシカがチームメンバーを率いて走る。
カッとなるキンタとプライド高いジェシカはある意味似ていて、兄妹のようだった。カエデとタンクは穏やかでタツミと慈恩をフォローしながらチーム全体をみている。こちらは父母と幼子のような連帯感がある。ハルトは一番後方で、祖父のようにヨタヨタと、大きな荷物を背負いながら、微笑ましく思う。
――良いチームだ。
塔に入った。明かり窓が無いため、うす暗く視界も悪い。外側の見た目がスリムな塔だが、勇者育成のための訓練場なので中は大規模に広い。東西南北の入口から、全校生徒が同時に入っても狭くならない。
この現象を気にする人は少ない。召喚されてRBCしか知らないから、こういう仕組みなのだと鵜呑みにしている。しかしこれは大変な偉業だ。誰も感謝も理解もしていないが、ハルトだけは褒めたたえたいし、限りなく羨ましい能力だ。
この五年、空間魔法を習得しようと努力してきた。ライカに頭を掴まれて、リリーから引きずり落とされたことは絶対に忘れることができない屈辱だ。
しかしシェヘラザールは解説や指導が下手すぎる。空間魔法を教えてもらおうとしたけれど、解説書や本がなければとても無理だ。逆にハルトが比喩を交えて質問し、ごにょごにょとシェヘラザールが答える。
どちらが生徒で先生か。こんな調子だから、いつまでたっても理解が進まない。
この努力の末の理解がアボカドのハンバーグ包みだ。ハンバーグがフォレストパレスのことで、アボカドは魔の森を含んだRBCのことらしい。
勇者の塔はさらに複雑だ。アボカドの種を取り出して、ぽっかり空いてしまった空間にチーズを詰まっている。真っ二つに割ってみれば、チーズインアボカドのハンバーグ! 今日のランチとしては簡単だけれど、空間魔法としての理解にはひとつも役に立たない。
ただ塔に入ると、シェヘラザールは凄いという尊敬と感動を感じる。今立っている場所が、いかに大規模に空間を捻じ曲げ、しかも安定させているか。それこそ魔王や神ほどの魔力がなければ、とても成し得ないことだ。
――宿屋になるのに、絶対に欲しい力だよな。狭い場所でも広いお部屋を提供できるなんて最高! 今日シェラに会ったら、直接やり方教えてもらおう!
うわの空で塔を走っていると、チームから遅れを取っていた。
「ハルト、早くしろ」
キンタの文句が飛んでくる。そうは言っても七人分の荷物はかさばるのだ。全員が前を争って進んでいるので、他のチームに追い抜かされてしまった。
名前すら記憶にない生徒が笑って追い抜かす。
「プー! もう遅れてんのか!? やる気あるのかよ」
「肩書どおりの、お荷物勇者だな!」
「チーム作って、荷物持ちとかあり得ないぞ」
「実力が無いんだから、仕方ないだろ」
笑い声に反論したのはハルトより先に慈恩だった。
「弱者を守れないなら勇者やめろ! って昨日習った。ハルト、殴っていい?」
「ダメダメ。俺たちは補欠だから反則になっちゃう。何もできないけど、味方になってくれてありがとう」
ハルトは魔力の込めた瞳で微笑むと、視線の合った二人は魅了されて赤面した。
『オフしろ』
手が勝手に動いて、気付いた時にはレギュラーリングをオフして捨てていた。悲鳴と怒号と混乱を置き去りにして、涼やかにハルトと慈恩は走る。
慈恩は分からない。
「詠唱してなかったよね?」
「さて何が起きたのかね。天罰だろ」
――そう慌てんなって。全員あとで相手してやるからな~♪
ちょっと悪い笑みで、どうやってリベンジしようかと悪戯する方法を考えている。
ハルトはもう、楽しくてたまらない。




