乱戦
キンタは後方へ引っ張られ、魔法陣をくぐる。すると視界が変わった。
朝日の逆光を受け、黒い影に包まれた古い石積みの建物が目の前に現れた。慌てて周囲に視線を巡らすと、浅い茂みに石柱が倒れている。切り刻んだ石が並び、広い庭のような場所で、さきほどいた森とは違う。
タイル調の石で舗装された道を、首を絞められながら移動していく。男は笑いながら言った。
「殺すだけでは飽き足りぬ! 首を斬って晒してやろうか!」
キンタは魔力を上げて溢れさせると、全身から炎が溢れ出た。男が退いた。
「――はぁ、はぁ……」
息と体勢を整え、剣を抜く。男は余裕で殴ってくるが、キンタは辛うじて防御するのが精一杯だ。何発も拳を食らって、よろよろと膝をつく。
「くそ。貴様、いきなり、何者だ!」
返答は痛烈な蹴りだった。キンタは顔を蹴られ地面に倒れた。せめて男の顔を拝んでやろうとしたが仮面をつけて不気味だ。
角のついた強面と鍛え上げられた筋肉。そして殺意に満ちた闘志。どこをとっても鬼のようだ。
勝機が見つからない。挫けそうになるが、朦朧とする意識を何とか留めて、キンタは手探りで剣を探した。反撃するには剣が要る。
とどめを刺すように、一撃が背中を貫いた。
キンタは息ができないまま硬直し、無念のまま気絶した。
※ ※ ※
遠方にいたハルトは使い魔に手紙を渡し、二方向へ放って準備を整える。
そしてキンタがいる方向を睨み、呟いた。
『吼えろ』
あらゆるモンスターが一斉に咆哮をあげ、魔の森がビリビリと揺れる。鳥が一斉に羽ばたいて、遺跡の方向に集中する。大きく強いモンスターが縄張り争いもせず、軍団のように遺跡に向かって、集まっていく。
わずかな時間で空と地を埋め尽くされ、拉致した男はキンタを引きずるのをやめて、剣の柄に触れて警戒する。
ズン!と足や身体に負荷がかかった。
「!?」
押し潰されるほど重力が増している。
それが魔法だと気付いても解除方法は無い。力尽きて片膝を大地につけ、最後に頭を垂れた。相手の姿を見る前に、屈服させられた。
唇を噛み気配を探すが、それらしき魔法使いはいない。抵抗を繰り返す間に、大きな鳥がキンタを連れ去った。
「――どこにいる! 姿を現せ!」
儀式のようにモンスターの群れが左右に割れ、空の青い星が輝きを増しながら近づいてくる。眩しさに眼が眩む。
群れの中央に飛竜が滑るように舞い降りた。その背にはマラ族の仮面をかぶった少年が乗っていた。
男は生つばを呑んだ。
以前は毒と拳で優勢だったのに、今回は完膚なきまでに魔力で圧倒された。花火のように単発で魔力を発するのが限界だというのに、膨大な魔力を放ち続けて底が知れない。
飛竜の高い場所から見下げつつ、少年は命令した。
『名乗れ』
魔力が青白い太陽のように眩しい。
「マラバルです」
男は慌てて口を押さえたが、すでに遅かった。
『マラバル』
少年に名を呼ばれると喜びが湧いた。
少年が近づいてくる。わくわくと心が躍動する。
そしてその少年が正面に立ち、剣でマラバルの首に触れた時も、命など惜しくないと心から思った。
――あぁ、彼だ。
マラバルは父親から伝え聞いた話を思い出していた。青白く輝く星より降臨する勇者が一族を救いだしてくれる。それはおとぎ話ではなかった。
『またキンタを狙ったな』
彼の残念がる声に言い訳をしたくなった。
「……あぁ、そうだ。ヤツが憎いんだ」
『あれは俺のもので、ここは俺の領域だ。手を出すな』
彼のものに手を出すのは良くない。彼の自由にさせてあげたい。けれどキンタのことは前から狙っていた。諦めたくない。
「くれよ。ヤツに同じ絶望を味わわせてやるんだ」
『だめだ。俺のものを奪うのは許さない』
「身内を殺されたんだぞ。許してくれ」
『……。復讐の道具なら、他にいくらでもあるだろう。あきらめろ』
「俺の全てに代えてもヤツだけは許さない。だから俺に殺させてくれ……」
ハルトは困った。
アイコンタクトは交渉を有利に進めるためのものだ。心から強く願っていて、信念が強い時はどうにもできない。これ以上心に負担をかけると、やっていることがライカと同じになってしまう。
術が覚めたら、この男はキンタを追い続ける。そして今のようなことが必ず再び起こる。確固たる信念を持つ敵を止める方法はひとつしかない。
ハルトの全身から、青白い炎が噴き出した。
今なら一撃で、苦しみも少ないまま終わりにできる。
剣を強く握り、心を奮い立たせる。モンスターを狩る時のように剣を振るうのだ。料理している時は平気で殺している。それと同じだ。考えてはいけない。
――考えるな!
ハルトは短剣を振り上げる。
戦いである以上、いつかこういう日がくる。この人生において、少なくともライカは倒す。その部下と戦えば、結局誰かを殺す。これは通過点にすぎない。
悪く言うなら勝手にしろ。卑怯者は俺だけでいい。この世界と俺の魂、全てを足して天秤にかけても、陽翔の幸福のほうがずっと重い。
刃が風を切る途中で声が聞こえた。
“ダメだよ!”
体験したことがない記憶が湧き上がった。
男が絶叫している。限界まで眼を見開いて、生きようと足掻いていた。それを自分の左手で押さえ、右手に持ったナイフを……振ったことがある。
「!」
驚きに手から短剣が抜け落ち、どこかへ消えた。
すぐにでも短剣を探し、マラバルを討つべきだ。陽翔が駄目だといっても、陽翔と同じことをして、同じように罪を背負うのだ。
でも、力が入らずできなかった。
肉を斬った感覚と絶叫がいつまでも残って、心が震えてしまった。身体は覚えている。陽翔はこの事実をずっと隠していた。
――なんで?
支配の解けたモンスターたちが騒ぎ出し、夢の中にいたマラバルも剣を握った。先んじて剣を突き刺した方が勝ちだ。
マラバルは剣を振り上げる。
「魔力切れか。よくも騙してくれたな」
ハルトが一瞥しただけでマラバルの剣が吹っ飛んだ。
「ちょっと黙って……」
言い終わらないうちに反撃が来て、腹に思いきり膝蹴りが入った。
「――!」
倒れたハルトに馬乗りになり、マラバルは笑っている。腰から新しい剣を抜き、見せびらかして勝利を確信した。
「どこ見てやがるんだ? 考えごとか?」
ハルトは仰向けになり、高く青い空を見ていた。
「そうだよ。邪魔するな」
マラバルは苛立った。
「もっと怖がれよ! 貴様の命は今、俺が握っているんだぞ!」
「剣一本ごときで恐れたりしない」
マラバルを殺す気なら、手など使わない。重力魔法で直接、心臓や脳を潰せばいい。本当のことを言っただけだが、すぐに左肩が熱くなった。見ると剣が突き刺さっていて、たちまち血が溢れ出た。
「これでもか?」
軽度な傷でも剣を捩じれば、どんな戦士でも泣いて苦しむ。ちょっとした拷問だ。泣き叫んで、赦しを請うがいい。
ハルトはあまりの痛みに顔をしかめる。血の気が引いて、ゾッと寒く感じる。
「痛い……のと、怖いのは別だっての! この馬鹿!」
思いきりマラバルを弾き飛ばした。
遺跡に到着した時点で、マラバルを一瞬で粉々にすることもできた。なのに今も別の方法を選んだ。何度チャンスがあって、こうして傷を受けても、人を殺すことができない。
――不甲斐ない兄でごめん。
肩に剣を突き刺したまま、ハルトは立ち上がった。マラバルは気絶しているだけで、そのうち目を覚ますだろう。その前に顔を拝んでおきたい。
ダラダラと血が流れ続けるのを見て、笑った。失血と毒のせいで気が遠くなり、気持ちがふわふわとしてきた。
「またジェットに怒られる」
――誰一人殺さない魔王など、存在しないというのにな。
弾丸のようにジェットが森を切り裂き、近づいてくるのが分かる。
ハルトは倒れるように横になった。眠い。小動物たちが周囲をグルグルと回っている。
「大丈夫だよ……これくらい」
顔を踏んだのはティグルだ。危険を知らせてキィキィと鳴いている。
「それはまずいね」
ハルトは目を瞑った。
気配を隠していたのは知っているが、ここまで近づいてくるのに足音すらしなかった。音と気配、それに魔力まで遮断して、こちらの様子を窺っていた。マラバルなど足元にも及ばないような強敵だろう。
やがて、ローブで正体を隠しながらも魔法使いが現れた。魔法の杖で、ツンツンと突いてくる。
「寝ちゃったの?」
規則的な呼吸音と緩やかな心拍を感じる。どう見てもただの子供で、聞いていた話とは違っている。それでも魔力だけは本物だ。右足首の服をめくり、紋章を杖でなぞって笑う。
「ふうん、本当だ。面白いね」
ジェットは遠方だが剣を抜いた。すぐに追いつく。
「貴様! 離れろ」
激怒したジェットの速さに対応した。超高熱の光の壁が行く手と視界を阻む。「!」
ジェットが悪魔のように口から煙のような闇を吐き出した。剣に纏わせると一刀両断する。
視界が開けた時には敵の姿はどこにもなかった。追うこともできるが、ハルトの手当てが先だ。剣を捨て、ちぎれかけた腕の止血と補強をする。
「大丈夫だ。俺がついてる」
ジェットは焦りながら、久しく語りかけずにいた聖女を呼んだ。
“引退したのに私を使うつもり? タダって訳にはいかないわよ? 条件は分かっているわよね?”
――エギスガルドのダンジョン。わかった、だから頼む




