絶好調?
ジェットは洗濯の音で目覚めた。まだ朝が早いというのに、シーツが風に揺れて眩しい。
「!? 一翔!」
外に飛び出すと、シーツの反対側から顔をだした。
「おはようございます。起こしちゃいましたね」
「具合、大丈夫なのか?」
「何が? 俺は元気いっぱいだよ。天気も良いし、シーツがクタクタだったので洗濯しちゃった!」
「ずっと陽翔くんのままだから何かあったのかと……彼も何も言わないし、心配したんだぞ」
朝食を食べていると、ジェットが慌てた。ふわふわと青白い光が肌から溢れている。
「魔力が洩れてるぞ」
「あれ? おっかしいなぁ。じゃあ調整するから付き合ってよ」
「ええ? 朝から?」
ハルトが珍しくやる気だ。裏庭に出て、短剣どころか長剣を抜いた。
「いったいどうしたんだ?」
「今日は勝てるような気がしてさ」
流れるような剣さばきで、円弧を描き、微笑みが漏れた。身体が軽いし、魔力も充実している。
「おかしいくらい良い気分だ。ジェット、気を付けてーー行くよ!」
予想を上回る速さで突っ込んできて、すこし焦る。警戒したのにそれ以上速さと力だ。剣で受けると、手が痺れて圧される。久しぶりの戦っている感覚だ。
「これならマスター級も近いぞ」
ジェットに褒められるのは嬉しいが、ハルトの目標は魔王と定まったのだ。一人前を強くした程度で満足していられない。攻めて、攻めまくるのみ。
ガツガツと剣と剣が交じり合うが、ジェットは圧されてはいても苦戦はしていない。ハルトは悟った。これでは勝てない。
「魔法ナシだと魔王級までどれくらい?」
ジェットは鼻で笑う。
「早くて10年だな」
ハルトは少しムキなって剣を振る。力を込めて真剣に狙った。
「これでも!?」
鍛えられた勇者であっても剣筋を見ることができない速さだ。ハルトは生徒が近づいてくる気配を感じているが、戦いを止める気にならない。
「あと7年。動きが単純だから先が読めるぞ。もっと技巧を凝らせ」
ジェットは顔色が変わらないし、楽しそうだ。
――ジェット、まだ余裕あんのか!
「ムキになったって無駄だぞ?」
ジェットはかなり強めに剣を繰り出して、本気で反撃してきた。剣だけでなく、拳と蹴りまで使って多彩だ。
「!」
これでも寸止めかと思うほど痛くて動きが鈍る。
――鬼か!
「悪い、ちょっと強すぎたみたいだな」
次からはハルトの動きを把握して、剣の根本に当ててくる。安全上、そこしか狙わない優しさだが、それがかえって悔しい。
“ジェット”の異名のとおりで、速さなら誰も勝てない。小太郎も早いが、速さだけなら完全に上をいくという。
剣を手元に当ててもらうだけでなく、そのまま右や上に流される。ガラ空きになる胴をカバーすると右や左にクルクルと動き、思うような体勢が取れない。今日こそ勝てると思ったのに、ジェットは少しも本気ではなかった。
「まだ踊りたいか。降参しろ。他の生徒の手前ってもんがある。あと10秒な?」
ジェットは大人しい割に負けず嫌いだ。
「どうせ見えないだろ。じゃあG(重力)加える」
筋力に加速度をプラスすれば何倍でも早く動ける。できればジェットと対等に魔法ナシで勝ちたかった。
「まだ加えてなかったのか!?」
ちょっと意地悪になって、自分は早めでジェットは遅め。何倍も差がついて勝利は目前になるはずだった。なのに効果が薄いどころか感じない。ジェットは笑う。
「思考速度が遅い」
「えげつねぇ!」
剣を捨て拳に方針転換だ。長物よりも接近戦のほうが早く動ける。攻撃が当たらないのは素早さが足りないからだ。
ちょっとは勝たせろっての!
少し効果が出て、戦いは五分五分になった。しかし戦闘後の筋肉疲労を考えると重力魔法は多用できない。現役の勇者をかなり前に辞めているのに、ジェットは魔法ひとつも使わず、簡単にハルトの上をいく。
「このままだと庭に穴が開くぞ」
ハルトはハッとして畑に視線を奪われた。愛情込めて育てた苗が、風で折れてしまったかも!?
ジェットが背後から首根っこを掴み、ハルトは地面にうつ伏せに抑えつけられた。油断したとはいえ、動きが掴めないほど早かった。
「はい、時間切れ」
――くそ、世界一の壁は厚いな~!!
偉大な父親を持つと、追い越すのはたいへんだ。
ジェットは悩んでいる。
「しかし想像以上だな。三日寝た程度で急に強くなるのはかえっておかしい。絶対何かあっただろ?」
ハルトはうつ伏せのまま悩んだ。
「分からないんだ。でもやっぱりそうだよな」
こういうのは何回か経験した。それは決まって陽翔が何かしてくれた時だ。
陽翔は眠ったままで、返事がない。けれど今日に限っては不安になった。
「シェヘラザールに聞いてみるよ。何か知っているかもしれないし」
しばらくしてキンタが笑って現れた。
「プー、恰好いいぞ。そこの土は美味いか?」
ハルトは躊躇いがちに、キンタを見た。
「この間はありがとう」
「何の話だ?」
「だってほら……傷残ってないし、痛くなかった!」
「その話か。もう忘れろよ」
キンタは何か言いたげだ。あの時、ハルトが泣いていたのは忘れられない。混乱していたせいで吹っ飛ばされたし「兄さん」と叫んでいたからだ。
「良かったら、俺がハルトの兄……兄貴になってやってもいいんだぜ!」
「――は?」
兄貴は俺だろ。陽翔の兄貴は俺に決まってるんだよ!
精神年齢二桁も年下の弱ガキが、俺を気遣って……そうか、気遣ってくれているんだな? キンタも成長したものだ。しっかり大人の対応ができるようになった。えらいじゃないか!
「ありがとう。キンタ(でも余計な世話だ)」
ハルトの大人びた対応に、キンタはじわじわと赤面した。
「いや、何でもねぇ!! ちょっとした気の迷いだったわ」
※ ※ ※
ハルトは立ち上がり長剣を拾うと、柄だけ残って刃が地面に落ちた。体格に合った剣は滅多にないから大事にしていたのに、ポッキリ逝った。
「ジェットォ!」
「すまん! 力は抜いたつもりだが……面白くてな」
それもムカつく。
「もっと良い剣、探しておくから、な? 泣くなよ?」
「泣かないよ! 怒ってんの!」
ジェットは逃げ足も速い。すぐに出勤してしまった。ハルトは不機嫌なまま、キンタを睨む。
「それで? 朝から何の用だよ」
「プーが誘ったんだろ。前に勝てなかったスライムで特訓するって」
「森の入り口の兄弟スライム? そんな事俺、言ってたんだ。じゃ、行こうか」
門番蛙の合唱に手を振って、森の中に入る。テイマーとして自然な行為でも、トップクラスの生徒が真剣に戦わなければいけない相手を友達扱いしているのは、見ているほうがやるせなくなる。
――本当に支配してんのかな?
疑いは徐々に証明された。森のモンスターは一匹も戦おうとはしないし、小さなモンスターはハルトの頭や肩に乗ってきて、森の優しい王様といったところだ。
「珍しくやる気だな。いつもグズグズして言い逃れしてるくせに」
「それはもうしないって言っただろ。チーム戦ではお前がしっかりしなきゃ、勝てないんだ。頑張るのはキンタだからな?」
広めの場所でスライム三匹と打ち合わせをしている間、キンタは離れて様子を見ていた。後方が光って振り返ると、蛇のように誰かの腕が首元に回った。
「!」
ハルトが振り返ると、空間魔法の魔法陣が光っていた。
「キンタ!」
半分以上呑み込まれてしまって、もう引き戻すことができない。
「――この野郎!」
魔力を解き放ったのに反応し、フォレストパレスや魔の森が一斉に青白く光った。一瞬であっても、誰かに気付かれてもおかしくない。
だが、そんなことどうでもいい。
――俺は今、最高潮に怒っているんだ!!
ハルトは仮面をつけた。
敵は遺跡の近く。一度ならず、二度目だ。もう容赦も油断もしない。
――なぜキンタを狙う!




