キャラバン隊
それから5年を経た。
俺の名前はクラム・ヴァンハルト。名前がクラム、これは貝のこと。
そしてVINはワインのフランス語で一翔のこと。陽翔は勇者ハルトだからヴァンハルトとは俺らが二人でひとつという意味だ。
俺たち身体がひとつしかないけれど、異世界生活を楽しんでいる。
特に俺は絶好調だ。
見ろ、キッチンでフライパンを振る雄姿を!
皿を飾る野菜たちが、メインの肉を待っている。中央にどっしりと焼いた肉を載せ、ガッツリとパンチが効いた手作りソースで装飾する。
――美しい! しかも健康的!
俺は一流料理人、浅利一翔だ。異世界の未知なる食材と出会い、戦い、皆に喜んでもらえるか。挑戦の日々が続いている。
ただし椅子の上に立たないと、ぜんぜん身長が足りない……。
手伝ってくれるのはメリダだ。橙色の髪を揺らせ、颯爽と歩いて、いつも恰好が良い。
「小隊長、おツマミがのこり30%切ったわ」
隊長の息子はキッチンでは小隊長。ここの現場指揮は俺が採る。
「そこの前菜を。地元野菜中心のサラダだよ」
「けれど隊長は肉を所望よ」
「根菜の肉巻きロール。はい、特製ソースかけて、完成! これもお願いします」
「了解」
メリダは鼻も敏感だ。スパイシーな肉の焼ける匂いがする。
「それは? 隊長好みの匂いがする」
「タンドリーチキン、キャラバン味。もうちょっとで出来上がります。ターメリックが二日酔いに良いらしいので、おまじないだよ」
「おまじない? 魔法を使ったの」
「料理に魔力を使うのは詐欺でしょ。俺は体調管理のためにも、肉だけではなくて、野菜を食べてもらいたいんだよなぁ」
「隊長の体調は小隊長がどうにかしたいちょう!」
「……」
「ごめん、もってくわ」
小太郎は上機嫌だ。お抱え女子を両脇に座らせ、メリダと共に酒と食事をとる。
「これはニンニク醤油味。懐かしいな」
タンドリーチキンを置き、俺は味見をする。
「うん、いい! 苦労したもんなぁ」
ニンニクっぽい代用品の野菜を見つけるのは簡単だったが、醤油を完成させるのに数年を要した。まず大量の味噌をつくり、一年ほど寝かせると、わずかな量で溜まり醤油を得られる。とにかくめちゃくちゃ貴重な調味料だ。
「これはどこの国の料理? 美味しい!」
「本当に料理上手ね。誰に習ったの?」
お抱え女子は不思議そうに視線を合わせる。俺は焦った。
異世界から転生したからね! しかも殺処分を逃れた唯一の赤ん坊だよ!
そう言えたらどんなに楽か。
小太郎でさえ、最初はその程度のことだと思っていた。召喚された事実はあるが、普通の赤ん坊だ。
でも俺は我慢できなかった。一年近く身動きが取れない状態でいたから、喋れて、動けるようになると、すぐに行動を開始した。幸いにも子供の脳は記憶力がダントツに良い。文字を覚え、本が読めるようになると、この世界の仕組みが分かってきた。ハイハイしながらも天才的なスピードで成長する。大人が二人がかりで成長しようとしているのだ、やることなすこと大人っぽい。
そして小太郎は俺たちを問い詰め、全てを知った。そして生涯にわたって、このことを隠し続けるように強要した。
王宮には赤ん坊は殺したと伝えてある。もしバレたりすれば殺されるか王宮に連れ戻される。だから紋章と過去は隠蔽しておく。
クラム・ヴァンハルトとして一般市民の戸籍を得てキャラバン隊を選んだのもそういう理由だ。小太郎にはどこまでも感謝しかない。
百戦錬磨のメリダが眉根を寄せている。彼女は勘が良い。
「……私は食べたことあるかも」
メリダ、ナイスフォロー!
俺は密かに感謝する。小太郎は黙って酒のグラスをグルグルとかき混ぜている。機嫌が一気に悪くなった証拠だから、俺も必死だ。
「この料理はオリジナルだよ~」
小太郎の視線が厳しい。いつもは大雑把だが、ものすごく慎重で周到な時もある。一言でも漏らそうものなら、身内だろうとただでは済まない。
「これだけ料理ができればもういいだろ。厨房で遊ぶのはもうやめにしろ。余った時間に腹筋千回ぐらいできるなぁ」
「ええ! そんな!」
小太郎のことを思って作ったんだよ、許してよ!
確かに料理するのが楽しすぎて悪ノリした。過去の経験をひけらかすつもりはなかった。美味しいものを食べて喜んでもらいたかっただけ……。
「俺から料理とったら、生きていけないよ」
「将来、料理人になるのか?」
小太郎の何気なくも鋭いツッコミだ。
「それは一人では決められない。俺だけの人生じゃないから」
俺の中には陽翔がいるのだ。二人で相談して決めたい。
メリダは微笑む。
「この間は冒険者になりたいって言ってなかったかしら?」
それは陽翔の意見だ。この世界を思いっきり感じてみたい。そういう気持ちは一翔にもあるけれど、本気で思うには勇気と自信が足りない。平和で暮らすのが一番心地よいからキャラバン隊がちょうど良いのだ。
「ふうん。二つの夢を足したら、さすらいの料理人になるな。まぁまぁ恰好イイがタフでなければな。トレーニング増やそう。隊長命令だ。腹筋千回とダッシュ百回追加!」
文武両道なのに、さらに追加!?
俺の顔が青くなるのをニヤニヤと笑っている。
「もっと強くならないとな?」
――そこは陽翔にお任せしよう!
“兄さん、聞こえているからね? いくら俺が真面目でも怒るよ?”
「やっぱり俺の責任か」
軽く受け流して去ろうとすると、小太郎は手を握って引き留める。
「普通に生きていくだけでもハードモードだぞ。時に備えろ」
「……。」
勇者の紋章の存在が人生を狂わす。だからこれだけは誰にも知られてはならない。
「わかりました」




