新しい剣
夕方、キンタが魔の森に入ろうとすると、門番蛙がいた。
ゲコ! ゲココゲコッコ!(! また来やがったな!)
「フレイムバースト!」
ゲコ!(危!)
蛙の大ジャンプ蹴りが炸裂する。
ベッキッ!
激しいキックで隣の木が完全に折れた。
ゲコ?(あれ?)
「お前さぁ! ハルトに使役されてんだろ」
「ッゲッコ!(ギクッ)」
「ハルトが言ってた。使役するモンスターより主は強くなくちゃいけない。だから俺はまずお前を倒す!」
その頃、ハルトはログハウスでミートパイの具を炒めていた。
人を集めるにはまず、美味しい料理。そして魅力的な話だ。雲母司書長の誘いに何人集まるかは分からないが、かなり期待しているし、たっぷりもてなせば良い結果が出るはず。
ジェットがどろどろになって帰ってきた。
「いやぁ、参った」
「どこ行ってきたの!?」
「遺跡だ」
ジェットは含み笑いをした。
「遺跡の攻略は進んだのか?」
「マグワイアの件があるから、ずっと行ってないよ」
「司書長に仮面のことを聞かなかったのか?」
「聞いたよ。マラ族の仮面だって言って……」
ハルトは外の気配が気になり、遠くを見た。蛙の合唱が切なく聞こえる。
”え? キンタに負けたの?”
カエルから通信だ。
”うんうん。仕方ないよ、いくら君が水と大地の属性があるからって、あっちは炎剣だしね~。もう、そんなに落ち込むなよ~。よくやった”
ハルトはキンタが心配だ。蛙程度に最初から炎剣に頼っているようでは、後がもたない。
――何で満月の日に魔の森に行くんだよ。もう少し頭使えよな……みんなお祭り騒ぎしているのに、水差したら、本気で怒るじゃないか。
「お風呂湧いてるから」
「お、さすがだな」
とりあえず、ジェットを全裸にさせて風呂に直行させる。洗濯物をまとめながら、手早く料理を再開する。炒めたミートパイの具は荒熱を取っておくが、問題はパイ生地だ。今日中にやっておきたかったが、時間が足りない。
「仕方ない。粉からはやめて冷凍パイ生地を使おう。スコーンも手抜きするしかないな」
積み重なったボウルがガラガラと床に落ちた。
――窓の外!
急いで外を見ると、弾丸のように魔力の塊が森へ突っ込んでいく。
見習い勇者など比にならない実力だ。森の入り口にいるモンスターはひとたまりもないだろう。ハルトの瞳が青白く光を放つ。マナの地下脈を通して、緊急連絡網を広げる。
“総員退避!!”
指示を出してすぐ、森で爆発音がした。
「無駄に殺しやがって」
ちょっとムカついた。俺の領域でキンタを襲うつもりか?
ハルトはエプロンを脱ぎ捨て、くるりと手首を捻ると短剣を手にした。カッとなっていて、そのままでかけようとした時、ジェットが風呂から顔を出した。
「出かけるのか?」
さすが元勇者。魔力感知は鋭い。
ハルトは三歩進んで五歩下がる。
「うん。散歩」
フードマントを羽織ると仮面があったことを思いだす。
「完璧!」
ゆらり、幽霊のようだ。音ひとつないまま、その姿が消えた。
ジェットは苦笑いをした。短剣と仮面を持って散歩?
「もう少し、嘘のつき方を勉強させるべきだな」
※ ※ ※
森の入り口に立つと、一本の道がまっすぐに出来上がっていた。派手な剣戟で森の木々を倒し、燃やしている。道幅二メートルの距離百メートル。
これは難しい判断だ。
それで精一杯だったのならハズレ。最小限に抑えたのなら、大当たりだ。
「ウィンディア」
翡翠色の鳥が現れ、ハルトを乗せて森の上空を飛ぶ。
ハルトは苦笑いだ。魔力が二つ、ひとつは燃えるような炎の色だが、疲れて弱っている。これはキンタに違いない。
“赤い方は殺すな、門番蛙に回収させる。後から来た侵入者には気をつけろ。何が目的か分からないぞ”
「とにかくお手並み拝見するしかないな」
侵入者が慌ててしまうような巨大モンスターを向かわせた。角のある熊と、キングサーベルタイガー。この二匹に囲まれたら普通の勇者でも怖気づくだろう。
巨大モンスター二匹はさっそくターゲットを発見したようですでに交戦状態に入った。ハルトは近くに降りて、じっくり茂みから観察することにした。動きは早く、茂みの中だけあってなかなか顔と正体が掴めない
しばらく歩んで、異変がおきた。
「!」
音も匂いも気配もなく、そして地面もなくなっている。
――UP!
気持ちは呪文を唱えたけれど、口も魔力集中も間に合わなかった。
もう足が別の空間にズップリ入っている。空間をひと繋ぎにするのは、ずるい!
俺だって空間魔法を使いたいのに、ずるい!!
落ちた場所が悪くて木に串刺しとか、もの凄く深い土の中だったらどうしよう。水の中も嫌だ。虫だらけの洞穴とか最悪だし!!
ちょっと安心した。上空の冷たい空気だ。
いきなり落ちて、空が見えているのは問題だが、命の危険はない。相変わらず空には結界があって、オーロラのように輝いている。
「せっかく移動するなら、外だったらよかったのに」
重力魔法でゆっくり降り、平らな石の屋根に到着した。苔や草の生えた古い石で、周りは魔の森だ。
「遺跡の上か」
かなり遠くまで飛ばされたようだ。
綺麗な星空を見ながら念じて唸った。
交戦状態にならなかったのは良いが、偵察が台無しだ。
――シェラ、君なのかい?
“一翔、どうしたの。どうして怒っているの?”
――今なにしてるの?
しばらく返答がなかった。
“お風呂です”
想像してしまって、赤面した。
――どうもお邪魔しました。
ハルトは周囲を警戒する。
またどこかに飛ばされてはたまらない。先に術者の気配を見つけるのが先だが、満月のせいで魔力の波長が乱されて、いつもより把握が難しい。
――思いきって飛んじゃおうかな
意識を魔力にのせて放てば確実に分かる。だが身体が無防備になるので、その間に刺されでもしたら、人生がエンドだ。そういう時は陽翔に協力してもらい、身体を守ってもらうのが絶対だ。
――まぁ、それほど重要でもないしな
「ウィンディア」
再び空の上から魔力感知で侵入者を探しつつ、キンタのもとへ向かう。
「!」
また邪魔が入った。進行方向がキラキラと輝きだす。
「避けろ」
ウィンディアはリリーよりも素早さで劣るから、どこまで実戦で通用するか疑問だ。それに人間との実戦経験が無い。
魔力を纏った矢が自在に方向を変えながら飛んでくる。魔力で動く矢ならば、魔力を制限することで落下する。しかし矢がマントや羽根をかすった。
「あっぶねぇ」
魔力だけに気を取られていたら、魔力の無い矢を混ぜてきた。戦闘はこれからだ。ウィンディアには荷が重い。矢の方向で敵の位置は特定できたから地上戦に持ち込もう。
飛び降りて森に着地すると同時に剣が振り下ろされる。
「だからそれ、ずるいって!!」
三度の攻撃はジェットより遅い。他に攻撃も気配もないから、相手は一人だけなら問題ない。攻撃を避けつつ背後に周り、ギリギリと首を絞めた。背中に手をあて、マナコアからの魔力の流れを乱して遮断する。
「ぐは!」
――5・4・3!
あと2秒で完璧に封じられたのに蹴りでバランスを崩された。敵は拳と短刀で攻めるが、段違いに早くなった。魔力が滞るのを感じて、すぐに体技中心に切り替えてきた。
――魔力ナシでも余裕か
真正面から戦う勇者の動きよりも、攻撃が多彩。短剣を振り回す動きは変則的で独特だ。裏拳やしびれ薬の匂いがして、正統派の剣士というよりは戦って勝つことが重要なようだ。
森の茂みを利用して隠れ、相手の顔すら分からない。
ひとつ確かなのは、さほど殺気を感じない。
矢も短剣も動きを封じる動き。本気で殺し合いをするなら、もっと急所を狙えるはずだ。
ハルトは焦れた。こうしている間でもキンタが心配だ。
「何の用?」
すると体格が腕や脚が見えた。堂々と正面きって戦うつもりか。
『お前の動き、うちの者ではないな。誰だ』
全身が見えると木彫りの仮面を被っていた。しかもそっちのほうが恰好イイ仮面だ。間の抜けた仮面のチビとは全然違う。
――何これ、流行ってんの?
「名乗るわけないでしょ。仮面つける理由は世界共通だと思うけど?」
『その面を使って、悪事を働くことは許さん!!』
いきなり激怒して、意味が分からない。しかも今度は本気だ。
三度避けたがどれもギリギリだ。身長が倍ほどあるからリーチが足りない。ハンデがきつすぎる。足が気になって視線が落ちた。その隙に思いきり腹を殴られてぶっ飛ばされた。
寝転がって太腿を抑えた。針のようなものが刺さっている。
――くそ。何の毒だ。シェラに解毒を頼まないと……
朦朧としてきた。草を踏む音が近づいてくる。
「まだ殺さない」
仮面に手を伸ばしてくる。必死に振り払う手が力尽きた。
男が軽く蹴り、気絶しているかどうか確認する。
だらりとした手足は短く華奢で、戦っていた時の筋力が出るはずがない細さだ。
「ただのガキじゃないか。生徒にしちゃ強いが……」
男の脇で黄金色の光が炸裂し、視線が逸れた。
――完全に眠っているのに?
同時に激しく後方に引っ張られ、木をなぎ倒し、岩に激突しても身体が潰れるように苦しい。苦しみの中でも、目を閉じまいと必死になっていると、笑った仮面がすぐ鼻先にあった。
ふわりと宙に浮いたまま、仮面の向こうから睨んでいる。黄金色の瞳が神々しく、そして威圧された。絶対的な死の恐怖に身体が震えた。
男は咄嗟に後方に魔法陣を展開し、空間魔法で姿を消した。
「よかった、逃げてくれて……」
陽翔は崩れるように地面に座った。今のところ三分が限界だ。
「もう、兄さんったら」
陽翔はリリーを呼び、柔らかな羽毛の中で再び眠りにつく。
自分が肉体を借りた時の身体の負担。それがどれほど一翔の寿命を縮めていたかなど、以前は考えたこともなかった。魂の結合をして悟った結論がこれだ。
――これは一翔の人生なんだ。俺は見守らせてもらうよ
※ ※ ※
キンタの目標はカエデが倒した蛇を倒して、無事に戻ってくること。前回と同じで、行きは簡単だ。新しい武器のおかげで、蛇も難なく倒した。
蛇の牙などアイテム回収をしていると、眩暈がした。
「――あれ?」
指先がダブって、頭が痛くなってくる。
「――う」
しばらく感じたことがなかったが、魔力切れの前兆だ。
「魔力に頼りすぎたか」
意識が朦朧としながら剣を振った。
とにかく魔力は使わないことにして、魔力の回復を待ちつつ、一歩でも学校に向かって帰ること。魔力回復薬はすぐに使い果たし、大技が出せなくなった。
魔力が完全に尽きればモンスターに手足を千切られ、はらわたを貪られる。息の音が止まるのと、痛みで気を失うのではどちらが早いのか。
「畜生」
ゆらゆらと前だけを進む。
あと何回戦えば……帰れる?
そう思って気味の悪い笑みが出た。
そういえば、安心して帰る場所などどこにも無かった。どこで死んだとしても同じこと。
意識を失って、地面に倒れた。
生暖かくて、ぬるぬるして気持ち悪いし、びよーん、だ。重力加速が半分、残りの半分はひどく内臓が浮く。
目を開けると真っ暗だ。
「な……何!?」
慌てたが、紐のようなもので腕と胴を縛られて動けない。
『ゲキョッ!』
しばらくして、大ガマ蛙の悲鳴と共に、キンタは吐き出された。(あとでジュンタにその時のことを話したら、ガマ口からキンが出たと笑った)
目の前で白く人影が浮かんだ。
「生きていてよかった」
キンタは頷いた。
「ありがとうございます、クラウドさん」
抱き上げて連れ帰ろうとしたが、クラウドは困った顔をした。
「君、すごい涎の匂いだよ」




