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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
4 マグワイア
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雲母(キララ)

 


 学校の隣にある図書館を訪ねた。魔法書や歴史書のコーナーは人で埋まっているが、奥にいくほどに人通りは少なくなる。三階に上がるまで何人かの司書に問いかける。

「司書長、見かけませんでした?」


 眼鏡姿のローブ姿を探したが、司書はいても司書長の姿がない。たいていは禁書庫にニタニタと笑っているか、魔法実験室で気味の悪い笑みを浮かべているものだが、どちらも不在だ。


 司書長室の扉を開けると、正面の格子窓から光が入り、大きな机からこぼれ落ちそうな書籍の山を照らしていた。

「やっぱりいないか」


 しかし一冊の本が床に落ちていて、ガタガタと震えている。

 ハルトは微笑む。しかしその本を安易に手に取るのはやぶさかではない。代わりに右手を翳し、魔力を吸い取っていく。


 本の振動が激しくなり、耐えかねたように開いたページから司書長を吐き出した。

「だああああ! 助かった!」


 ハルトは堂々と司書長の豪華な椅子に肘をついて座り、机上で正座する司書長を嗤う。

「これで何回目ですか? 雲母キララさん」


「えええい! 笑うな!」

 雲母きららは銀色の肌に長い触覚を持っている。身なりは人間の娘だが、魔力で変身しているだけで、実は本にたかる虫だ。外見は可愛いが、虫なのでハルトはかなり苦手だ。


「うら若き乙女のコスプレは良い眺めですが、ミニスカートよりスラックスをお勧めします。虫の性器には興味ないです」

 雲母はカッとなり、急いで机から飛び降りた。


「若きホルモンたっぷりの諸君にいい夢を見させてやっとるんだ! まったく小さい頃は可愛かったのに! この現実主義者め、もっと夢を見ろ!」


「相談があります」

「また禁書のレンタルか?」


「いいえ、その辺は制覇したので、王室専用……」

 雲母はハルトの口を押さえた。

「わああああ! 聞きたくない! 聞いてませーん! いくら本が好きでもあそこは闇の魔術書ばっかりで嫌なの。絶対に行かないから~!」


「俺の目的をよく分かっているではないですか。好きでしょ? おや、新刊のいい匂いがしませんか?」

 ハルトはアイテムボックスを展開し、一冊の紙袋をチラつかせる。雲母は触覚を震わせ、ゾクゾクと快感に溺れた。


「ヴァンハルト氏が、また料理本を出版することになりまして。発売前なんですけど? “初版”って、いいですよね~!」


 雲母は我慢できずに身を乗り出した。

「謎のモンスター料理人! 料理本というマイナージャンルでありながら、本屋に列を作らせるという、あのカール・ヴァンハルト氏の新刊。欲しい!!」


「実は俺も欲しいものがありまして」


 雲母はぐっと耐える。

「何が望みだ」


「空間魔法関連本。空間把握基礎知識、空間生成と分解、結界生成の仕組みと技術、さらにその応用などなど」


「どうみてもRBCの結界を壊す方法を探しているな」

「作り方が分かれば、壊し方が導かれるのは道理でしょう」


「よくもぬけぬけと! できん! 例えその本を盗み出したとしても、渡すつもりも無いぞ! 外に出るのがどれほど危険か忘れたのか。ただでさえ紋章2つ持ちだというのに」

「大きな声で言わないでください。図書館ではお静かに!」


「うるさいわ。私の職場だ。教師としても、友人としてもそのような危険な行為は断じて許さん。いいか、これは愛だ! これこそが愛のカタチなのだ!」

「虫ごときが」


「ひいい! どうして私にだけそんなに冷たいわけ!? 料理長にもジェットにも、生徒にも優しいよね」


「そういうのがお好きでしょう? 俺は雲母キララさんの求めに応じているだけですよ」


 キララはデレデレしている。

「君は優しすぎるのだよ。時には他人に厳しく接することもできないといかん。私は何を言われようとも構わないよ。私は心の広い教師だ。それで君が成長できるなら……どんな酷い言い方でも我慢しよう」


「単にマゾヒズムの権化です」

「だああ! 愛だよ、愛! 理想と夢を壊すな!」


「じゃあ俺の夢も壊さないでくださいよ。魔の森で宿屋をするには空間魔法がどうしても必要なんです」

「は?」


「魔の森も奥にいくと、知能の高い魔物がたくさんいます。彼らと話すのは楽しいんですが、ゆっくりくつろいで話すことができなくて。何しろ森の中なので、虫がブンブン飛んでいて……ウザイんです」

「またしても虫を邪険にしているな」


「そこで空間を捻じ曲げて、快適空間を提供しようと考えました。安全かつ癒しの空間。会員限定、お忍びの宿ですよ」


「モンスター相手に宿屋を経営するつもりだな」

「一石二鳥でしょう?」

 ハルトは極めて単純で、純粋に、この上なく喜んでいる。


「私はこの5年、あらゆる魔法知識を君に伝授し、知性と見識により理性的に判断できるようにさせたつもりだったが……すべて無駄であったことが証明された」


「宿屋はお客を選びません。アスラケージ国の人やエルフを歓迎するくせに、モンスターだとどうして嫌な顔するんですか」


「そういう言い方だけは上手くなりおって!」


「レシピ本の35ページ目にあるお料理、実は雲母さん向けを意識したんです。食物繊維だけを抽出して、紙を作り上げました。それを筒状にして、数種類の野菜とエビとチーズを巻いて、書簡をイメージしています。ナイフで切ると、外側はバリッとして、中の具材が挿絵のように現れるんです」


 雲母は本を齧りつくように眺め、そして恍惚した。

「黒っぽいソースを糸のように垂らして、まるでインクの線ようだ……食べたい!」

 雲母は想像するだけで、門絶してしまいそうだ。


「残念ながら、学校の厨房では作れません。そのレベルの料理はお忍びの宿でないと、提供できません。お約束します。悪用はしませんし、結界だって壊しません。これでいいでしょう? お願いしましたからね? 期待していますよ、雲母司書長!」


 雲母は新刊をギュッと胸に抱きしめ、紙の匂いだけですでにご満悦だ。


「そうか? 期待しているのか。ならばやらねば。君は私を必要としているなら、生徒の愛に答えてやろう。君が言う来るべき時のためにも備えは必要だしな」


「ありがとうございます。それで宿を作るにあたって、宿屋の心得が必要になります。今度のチーム戦で優勝したら、料理長が外に連れ出してくれます。その際に宿屋の心得を手に入れる予定です」

「これまた自信満々だな」


「不可能ではないでしょう? 確率は高い方だと思います。問題はチーム戦だということです。誰か推薦してください。実力は後回しにしたとしても……」


「秘密を漏らさず、未来永劫に信頼できるメンバーか。人の心などという、形の無いものを信用するほど必死か?」

「外出とお食事がかかっています」


「なんという下らん理由だ! だがイイだろう。最劣勇者のレッテルがある現状では、優勝を目指すと言っても現実味がゼロだ。心の底から信じてくれるような、純粋極まりないバカ勇者か、使い物にならないような実力者なら受け入れてくれるかもしれん」


「それと空間魔法を知りたい理由はもうひとつあるんです」

 ハルトは真剣な顔で言う。


 司書長は微笑む。こちらが本題か。

「是非とも聞かせてくれ」


「魔の森で空間魔法を使っていた人間がいて、キンタとジュンタが空間転移させられた様子です」

「なんと、そやつを見つけ出して聞いた方が早いではないか!」


「王宮神官で魔法が使える人なんていますか?」

「それはおらん。神官は基本的に無力。幼い頃から神殿で暮らし、マーラー神に祈りを捧げ、王宮との連携を図るだけの存在だ。武力や魔力をもつことは強く禁じられておる。たとえ知識を得ようとも、修練する場所も無い。だからこそ王や騎士たちが守るのだ」


「そうですよね。魔法に詳しい先生なら、もしかして誰か知っているかと。リオールみたいに隠していても、先生の触覚には敵いませんからね」


「リオール? 誰だ、そいつは魔力持ちなのか?」


「最近入った神官です。ご存知ないですか?」

「まさか神官の服を着た偽物ではないだろうな?」


「まさか。彼は若くて真面目です。妹さんのために頑張っているし、悪人には見えません」

「騙されやすいからなぁ」


「森の中にいた時にリオールの魔力を感じたことは一度もありません」


「君の魔力感知が正確なのは認めよう。他の可能性を探るならば、魔王級の魔法使いならば限定された結界内でも、小規模な空間魔法は使用可能だろう」

 ハルトは頭を抱える。


「そんなのが魔の森なんかに決ます? 何もないですよ、ここには」

「おほほほほ! ここには愛がある。麗しき聖女と隠された勇者の愛の巣があるではないか!」


 ハルトは倒れそうだ。

「もう! 冗談もいい加減にしてください!」


「おおおお? 怒るということは図星か。良いの! 青春じゃの! ライバルはライカで決まりだな」


「その名前聞くのマジで辛いだけなんですけど~」

 ハルトは嘆いた。


 雲母は豹変し、魔法の師匠として真面目で暗い顔になった。

「慣れろ。いつまで逃げる気だ。ジェットが愚痴をこぼしていたぞ。アブソルティス程度に狼狽しおって、この馬鹿弟子が!!


 おおよそ想像はつく。ライカが空間魔法を使っていたから、その対抗意識だけで、頼みにきたのであろう。そんな稚拙な策だけに救いを求めても、いたちごっこに過ぎん。そんなことではライカに勝てんぞ。心の奥底にある魂から湧き出す恐怖はとり払うことは難しいだろうが、理性で抗え。そして心を強くしろ」


「……。すみません」

 雲母は元通りの可愛い笑顔をみせた。

「それにビビリの男に愛想をつかす女はいても、惚れる女はおらん」


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