工房と贈賄
冒険者の基本は自給自足だ。それがたとえ勇者見習いであっても、自分の力だけで生きていくことを身につけなければ、厳しい環境で生きていくのは難しい。
しかしハルトは思う。
個々の人間は弱い。けれど人類が地上に繁栄できたのは、隣人と助け合って生きてきたからだ。だからチームを組んで魔物を討伐するぐらいなのに、生徒に食事も武器も与えないで、勝手にすればだと?
無理矢理閉じ込めておいて、生き残った者だけ卒業させて勇者にする。学校はサバイバルゲームのフィールドではない。人を育てたいと思うなら、俺たちを家畜扱いするな。
そんな殺伐とした生活だから、生徒たちは生きるのに必死だ。
魔の森が恐ろしい場所でも、資源が豊富だから命懸けで出かけていく。森では食料だけでなく武防具の材料も収穫できる。生徒は学校の購買部を通し、武器や防具と交換したり小遣い程度の資金を得る。
購買部の陳列棚には硬質な木の盾や鉄の剣が並んでいる。ローブは高級品だ。森の入り口で収穫できるものが多く棚に並ぶのは仕方のないことだが、魔法が重要になる戦闘では、それは丸裸と同じだ。
少しでも実力のある勇者なら、王宮神官に賄賂を渡して、工房と直接交渉をする。それが神官のうま味となっているが、ハルトは最劣であるため利用できなかった。
そこで考えた。実力を隠しつつ、実力に見合った好みの装備を揃えるにはどうしたら良いか。
ハルトは警戒し、工房の裏口からに入った。
「マグワイアさんはいらっしゃいますか?」
白髪の王宮神官が現れた。ここで事務員をしている老人で、鋭い眼光が恐ろしい。ひと睨みで殺されそうだから、逆らわずに小さくなって依頼する。
「また防具を譲っていただきたくて……」
ハルトが袋を差し出すと、さらに表情が厳しくなる。
「ああ? 何だこれは。魔法石とか、モンスターの核とか無いのかよ」
大きな袋だから期待したのだが、梱包材の代わりだと思った薬草がメインだった。幼児でも採れる薬草に防具と交換できる価値はない。
マグワイアはハルトのつま先からテッペンまで見て、鼻で笑った。一般生徒であっても、それなりに装備をしているものだ。少なくとも帯剣したり、魔法の杖をもっていたりする。しかしハルトは私服で、武器も持っていない。
攻撃が避けられず、すぐに防具を壊してしまうからだという。最劣だからこそ装備が必要なのに、金を稼ぐともできず装備を揃えることができない。
そういう低能は、賄賂の足しにもならない。
「クズが。よくも生きていられるものだな」
工房の奥から薬剤師が出て来た。
「マグワイアさん、ハルト君の薬草は抜群に質がいいんですよ? 受け取ってあげてください。いつもありがとう。どこで採ってくるんだい?」
「栽培と収穫スキルの賜物です。美味しい野菜や薬草もまず土からですよ」
マグワイアは失笑した。
「育てているのか。勇者でなくて農家になったらどうだ?」
皆が気の毒な顔をする。
「もっと良い物は無いのか。そっちの箱は……ウッ、臭いな!!?」
「これは工房長に手渡しで。開けない方がいいと思います。腐蝕草なので」
そこにいた全員が慌ててマスクを探し始め、窓を解放する。
「早く持っていけ!」
※ ※ ※
離れの小屋には工房長がいる。
風が吹いて、一枚の腐蝕草が飛んでいく。
「匂いを魔法で千倍にしているだけなのに……チョロいな」
筋骨隆々の工房長が迎えてくれた。ドワーフを師匠にもち、元勇者見習い。前世の職業と器用さを買われ、勇者にならないで済んだおじさんだ。この人を見るたびに、勇者にならずに済む人もいると安心できる。
お土産の箱を空けると、工房長は目を輝かせた。どれも入手困難なアイテムばかりだ。
「中級魔法石に硬い角。竜の逆鱗まである。いやぁ助かるよ」
「くれぐれもこのことは内密でお願いします」
「分かっているよ。君は大事な仕入れ先だ。これで卒業生に良い武防具を持たせてやることができる。素っ裸ではいい戦いができんからな。私も腕が鳴るよ」
「工房長はダメですよ、お弟子さんの練習用で使ってください。工房長が手腕を発揮するのは俺の分だけがいい。あまり良い品が流出してしまうと、どこかの勇者パーティーに引き抜きされてしまうじゃないですか。俺はパートナーを失いたくないです」
ハルトは口をすぼめると、工房長が微笑んだ。
「さぁお楽しみの時間だ。報酬はたっぷりと用意した。いくつでも、好きなやつを選んでくれ。例のアレ出来上がっているぞ」
工房長は小さな箱を開き、高級ビロードに包まれた二本セットの短剣を見せびらかす。紫色の刃は怪しく輝いている。レアアイテムのパープルアダマンチウムを入手できたので、依頼していたものだ。
「混乱睡眠耐性を限界まで上げておいたぞ。アダマンチウムだけあって硬いものもよく斬れる。これならブラクスだって倒せそうだぞ」
「ありがとうございます。あ、これもいいですね」
キラキラと目を輝かせて、二人はうっとりとテーブルに並ぶ武器の切っ先や刃紋を眺めた。
工房長自慢の本気で作った長剣が立派だ。その隣に置いてある包丁と比べれば、どちらが凄いかなど一目瞭然だ。
ハルトが素早く包丁を手に取り、感動した。
「いい! これ絶対に扱いやすい。こういうのが欲しかったんだぁ」
「こっちはどうなんだよ」
ハルトは長剣をじっと見る。刀身には勇ましい彫刻がされ芸術的だが、興味が無いようでテンションが下がる。
「綺麗ですね」
「そうだろう!」
「でも同じパープルアダマンチウムなのに白っぽくて弱弱しい。もっと怪しい魔力を放つはずですが、何かしましたか?」
工房長の勢いが衰えていく。
「あーー。長剣にすると呪いが酷くてなぁ、冷却する時に聖水をチョットだけ」
「聖水!? あれほど言ったのに。あの鋼材、遺跡のかなり奥深くに行かないと採れない貴重なものですよ!」
「でも綺麗に出来上がってる! 硬さだってしなやかさだってあるぞ」
ハルトが握って魔力を込めると、たちまちに腐蝕していく。
「魔力耐性か。作り直し……だな」
「俺に聞いてください。技術はありませんけど、知識はあるんですから。今度作る時は聖水ではなくて、数種類の薬草を煮た水で作るんです。レシピ、あとで作っておきますね」
「お! 助かる。ならいっそのこと下職として手を貸してくれないか。勇者にならないで済むから弟子になれよ。マジで頼むわ」
「丁重にお断りします」
ハルトはため息ひとつ、もう一本の剣を手に取る。火炎系の魔法石用のスロットもついた剣だ。
「魔法増幅倍率、脅威の3倍だ。凄いだろう」
「うん、これは良いですね。俺には不向きだけど、モノはいい」
魔力を増幅させる効能が秀でている。ハルトは今でさえ魔力を抑えているので、学生生活をするだけなら、これは逆効果だ。使うなら初心者が良い。
ハルトは周囲を見回した。窓から視線を感じる。
「キンタ、隠れても無駄だぞ。何してんだ」
※ ※ ※
まさか見つかると思わなかったキンタである。小屋に入ると、引き攣った笑いで、財布を握りしめていた。
「プーこそ何してんだよ。俺は工房長に用があって……」
キンタは蹴躓いて小銭をばらまいた。慌てて拾っているあたり、それが全財産なのだろう。資金が足りないのに欲しいものがあって、工房長に直訴しに来たにちがいない。
「包丁を受け取りにきたんだ。覗き見するな」
「包丁? でもそのほかにもいっぱいある……。何か裏取引してんじゃないのか?」
ハルトは瞬いた。キンタにしては良いツッコミだ。
「新作コレクションを見せてもらっていたんだ」
「何だよ、お前が武器に興味持つなんて珍しいな。戦いたくないと言いながら、本当は興味満々なんだなぁ」
「それは……あれだよ。戦うのと眺めるのは違うだろ」
助言が欲しくて、ハルトはチラチラと工房長を見る。
「でもわざわざ工房長と会っているなんて、何か怪しい!」
「だって……ほら。将来について、相談していたんだ。勇者になれなくても生きていける進路も探さないと」
工房長は笑う。
「良い話だろ。やっぱり工房に入れよ! ハルトの腕ならいい職人になれる。キンタもそう思うだろう?」
キンタは驚く。
「弟子になるのか!?」
「違う! 違うってば! キンタは俺の夢、知ってるだろ」
「何だよ、ごまかさなくてもいいのに。最近戯言を言わないと思ったら、そういうことだったのか」
「違うって。もういい! キンタ。これで見なかったことにしてくれ」
初心者向けの火炎剣をキンタに押し付ける。
「え? くれるの? 工房長の新作だろ」
工房長は景気よく頷いた。
「いいよ。ハルトが弟子になってくれるそうだから」
「やったぁ! 恩に着るぜ。せいぜい工房で頑張れよ!」
キンタは頬を染めて喜ぶ。工房長も満足だが、口止めは忘れない。
「ただし、このことを少しでも口外したら二度と装備作ってやらないからな?」
キンタは新調した剣を抱え、大満足で帰っていった。
ハルトがソワソワしている。
「キンタに持たせるのはちょっと早かったかな。調子に乗って魔力不足にならないといいけど……」
工房長が勢いよく背中を叩いた。
「ひとつ貸しだぞ。そのかわりパープルアダマンチウム、もう一回取ってこい」
ハルトは短剣を手に取り、微笑んだ。
早く遺跡に入って切れ味を試してみたい。魔の森の攻略なんて簡単だ。
入学前から魔王級だった俺が修行したのだ。森なんて庭先で遊ぶようなものだが、遺跡は難しすぎる。何度挑戦しても入口に戻されてしまうのは混乱させられているからに違いないのだ。
「これがあれば、早く攻略できるでしょう」




