子供だましのデザート
ハルトは息を漏らした。腹が膨れても心が満たされない。
「何か甘いの作ろう」
ジュースをコップに入れ、料理長に細長いスプーンを手渡す。
「かき混ぜてて」
ハルトは手を翳す。キラキラと青白い光でコップが冷えていく。
「この間の授業で、改めて気付くことがあったんだ。それで物体の温度を正確に感じられるようになった」
たいていの授業は初心者向けの話なので、聞き流す程度だ。けれど、くだらないと思える中にも自分が成長するヒントは転がっている。あとは研究あるのみで、たいていは答えが出ず悶々と悩むが、こういう時は嬉しい。
ディスカスのような魔法使いがいれば良いが、立派な魔法使いがそうそう近くにいるはずない。この学校に入ってから、魔法技術はあまり向上していない。
戦術的な応用や独学で、単にごまかしているだけなので、誰かにしっかり教えてもらいたい。このままの状態で再びライカと出会ったら、戦いにもならない。
「ねぇ見て、今マイナス3度。ちょっと難しいなぁ」
一般の見習いは凍らせることが難しいのだが、ハルトは油断すると、あっという間に絶対零度まで下がってしまう。魔力の調整が一番難しい。一滴か半滴、出すか、出さないかの瀬戸際だ。
もったりと固まる冷たいベースの中に、ざく切りにしたフルーツと生クリームを交互に詰めていく。仕上げにマカロンをのせて完成だ。
「ミックスフルーツのグラスパルフェ、完成!」
一口入れた時の甘さと冷たさ。この瞬間がたまらない!
――陽翔に食べさせてあげたい。
ハルトはスプーンを置いて、陽翔が現れるのを待った。陽翔は甘いデザートに目が無い。
小さなきっかけに期待しながらも、呼びかけるのやめる。
それが俺たちの五年だ。
頻繁に入れ替わって異世界を楽しんでいた頃とは違う。陽翔は昼間の時間帯を眠って過ごし、俺が眠ると、いつの間にか修行している。距離を置くことも重要。陽翔ならではの選択だ。
でも陽翔がいないと、やる気が出ない。
本気なら、なんちゃってステーキ丼にしないで、肉にこだわって調達ルートを開発していた。昼のマカナイは一杯の丼ではなく、ちゃんとコース料理にする。デザートだって、こんなしょぼいもので済ましたりしない。
「もういいや」
料理長はハルトのパルフェを味見する。
「特に失敗はしていないようだが? 凍らせ過ぎかい」
「そんなんじゃないよ」
俺には陽翔が必要。ただそれだけ。
料理長はハルトの頭を撫でる。料理をしても癒されないことなら、かなり重篤だ。
けれど料理長はハルトの扱い方をよく知っている。本人は気付いていないようだが、簡単に餌で釣られるタイプだ。
「王室専用書庫を知っているかい?」
「名前くらいは。王族と聖女が閲覧する場所だよね」
「王宮料理の文献を探しに入れてもらったことがある。空間魔法なら、そこに書籍があるんじゃないか? 当然普通の生徒や勇者は入れないが……」
「俺は可能だよ。じゃあ黙って侵入する?」
「ダメダメ! 殺されてしまうぞ。そんな危険なこと、私が許さない。そうではなくて、必要なのは信頼できる協力者だ。何事においても独りで行うには限界があると言いたかった。何しろ君は隠しごとが多い」
「……。でも個人のことで、周りの人間を巻き込みたくない」
「勝手に人の部屋に入ってシーツは変えるくせに、自分の部屋には入れない主義かね」
「それは俺の仕事だからだよ~」
「君の仕事は勉強だ!」
※ ※ ※
その時、窓からジェットの笑い声がした。
「何が“巻き込みたくない”だ。味方はみんな仲間だろ。ディスカスが怒るぞ。私を単なる犠牲者に祀り上げるつもりか?ってな」
ジェットがポンと肩に手を置くから、ハルトは逃げられず、居ても立ってもいられない。
「犠牲を気にしていては、何事も成就せん。防御は大切だが、斬り込まなければ勝利は得られない」
「味方は三人いればいいよ」
ジェットと料理長と小太郎だ。
「私たちは世代が違う。同年代の仲間はかけがえのないものだぞ」
仲間がいたら、毎日が楽しいに決まっている。同じような目標があって、それに向かって努力して……。甘い夢のような時間だ。そして夢はいつか醒める。試験の翌日にはサヨナラだ。
「親しい人が勇者になって、戦場に駆り出されるのが辛いか? 戦士ならば多少の慣れは必要だぞ」
怒って漏れた破壊衝動に魔力が重なり、ジェットが顔を曇らせる。
「仲間なんてできないよ。最近はプーだと貶されて、本当に相手にされないんだ」
今の生活が大事だ。最劣と呼ばれても、ここは最後の砦。大人しくしていれば、陽翔は穏やかに過せる。
「勇者になって生き残るのは、ほんの一握り。だいたい死んでいるじゃないか!」
音信不通になったままの友人の顔が浮かぶ。
「仲間を作っても無駄だ」
一瞬見せただけの、深い絶望に大人たちは声を失った。
※ ※ ※
ジェットは気まずさに、袋から本を取り出した。
「料理長、新刊出来上がったぞ。監修、お疲れさま」
「おお! カール・ヴァンハルト氏の反応はどうだったかね。意見に偏りが無いように努めたが……手軽に狩れて、美味いモンスター料理。これは絶対に売れるだろう」
ジェットは大声で言う。
「強く求めろ。さすれば願いは叶う。この本のようにな?」
ハルトが何冊か出版したことで、たくさんの人々が舌鼓をうち、笑顔を取り戻した。ファンレターは感謝と愛に溢れ、これからの希望に満ちている。一翔には人の絆が必要。そう思えばこそのジェット気遣いだった。
けれど本が売れても、一翔の心を揺さぶるほどではなかった。やはり直接、誰かと触れ合うことが必要なのだ。
「今度のチーム戦に参加しろ。これは教師であり師匠としての命令だ」
ハルトは振り返る。
「やだよ」
簡潔すぎる三文字で、きっぱり断った。
剣呑な二人が殴り合うのかもと、料理長は気が気でない。
「仲間はいいぞ。学生時代の思い出が成績不良生徒というのは、私が悲しいぞ。たまには君が活躍しているところを見せてくれんか?」
「教師の命令拒否はできないぞ」
「教師権限、出すんだ? いいよ。でもチームのレギュラー選出は生徒の自由。俺は補欠を選ぶ。黙って後にくっついて楽をする。それで問題ないよね」
ジェットは完全に頭にきて、蹴っ飛ばされた椅子が無残な状態になった。
料理長は焦った。このままでは食堂が外になってしまう。
「ではこうしよう、優勝したら私の口利きでエルダール市内見学、お食事フルコースでどうだ?」
ハルトは驚いた。
「生徒って絶対に外に出られないじゃん! どんな方法!?」
料理長はもったいぶって、焦らしている。
「優勝したら教えてあげよう」
「出る! 優勝する!!」
ジェットが吹き出して笑う。
「即決かよ」




