籠の鳥
生徒が去り、食堂が広く感じる。
片付けも終わりが近づいたころ、ハルトはそわそわと人を探す。
――リオール、まだかな。お昼終わっちゃうよ
神官にしては背が高く筋肉質であるから、来ればすぐ分かる。それにリオールはジータ国民の中では希少な魔力持ちだ。ハルトの魔力感知にはすぐに引っかかるはずだが、少ない魔力を隠しているせいで、いつも突然に現れる。
「いつもすまないね」
小さくも優しい声がした。ハルトは食材の入った箱とお弁当をこっそり渡す。
何しろ食料事情が悪い。事情を知らない人が見たら、横領だ、横流しだと糾弾されてしまうかもしれない。
食材はハルトが森で収穫したものだから、非難される覚えはないが、最劣の看板が邪魔をしている。リオールも他の王宮神官に横取りされると困るので、ここは内密にしたい。
これは二人だけの秘密だ。リオールには幼い妹がいて、空腹のまま一日中帰りを待っている。ハルトは栄養不足が心配だ。
「今度、妹さんと一緒にログハウスでご飯たべましょう。ご飯は温かくて、みんなで食べたほうが美味しいですからね」
そこに偶然、料理長が近くを通った。
「では急いでいるので、私はこれで」
リオールが去ったあと、料理長は首をかしげた。
「彼はどこの部署なんだ? あまり見ない顔だし、若いな」
「まだ入ったばかりなんだって」
「若い神官は忙しいうえに、出入りが激しいからなぁ」
「良い人だよ。俺が最劣だと知っても、友達みたいに接してくれるんだ」
ハルトは鳥の照り焼き丼を作っている。下処理をした肉を一気に焼いて、プツプツしていた皮に焦げ色がついて、こんがりと食欲をそそる。ポイントは甘辛の絶品のタレだ。これが一番難しく、このタレだけで丼三杯はいけるように調整を重ねた。
肉に味を絡めて、ご飯の上に載せていく。彩りに緑の野菜と半熟ゆで卵を沿え、薬味として白髪ねぎと糸状の唐辛子だ。
「まかない丼、完成!」
料理長も顔が緩むほどの良い出来具合だ。
「みんな知らないが、君はすごいよ。料理の腕もそうだが、狩猟技術とか……いろいろとできるのに」
「褒めたってこれ以上何も出ないよ? さぁ、感想をきかせて」
料理長が一口ほお張ると、香ばしい肉の焦げたカリカリ感!
「ホロホロっと鳥肉が溶けるね。カタカタ鳥だな。肉の食感は最高だ」
「カタカタ鳥だと思うでしょ? それが違うんだな~。じっくり仕込みをして柔らかくした。でもクセが強いと思わない?」
「言われればそうだな。食べたあとに少し匂いが残る。だが悪くはないぞ。素材の個性だからな。これで良いんじゃないか?」
「俺は肉とソースの相性も気に入らないんだ。やっぱりまぁまぁだな」
「まぁまぁだなんて、美味いよ! 来週のメニューにしたいくらいだ」
「そう? 料理長が認めるなら、材料揃えてもいいよね」
「もちろんさ! いったいどこで手にいれたんだ?」
「森だけど?」
「ちょっと待て。また魔の森に入ったのか?」
ハルトは慌てた。
「ジェットだよ! ほら俺が一人で行けるワケないじゃん?」
「また嘘が下手だな。ジェットの鳥嫌いを忘れたか。そんな調子では見習い最強だと知られてもおかしくないぞ」
「それは困る。だから折り入って相談があるんだ」
「本題かね?」
「この肉、食料不足を解消するにはいいと思うんだ。でも捕獲レベルが高くて大量に捕まえられない」
一般の見習いが捕らえるには、水辺にいる時を狙うと良い。雷魔法が最も効果が高いが、他の生き物が感電死してしまい、生態系が乱れてしまう。被害を最小限にして、捕獲するには木の上や空にいる時を狙う。これには高度な技術が必要で、捕獲数が激減する。
「だから料理長! 俺が番いで捕まえてくるから、鳥小屋作っていい? 最悪卵だけでも……」
料理長はハルトの本気を応援してあげたい。彼の想像するところは、さぞかし幸せな学校生活だろう。好きな料理で人々の笑顔を見ることだけが生き甲斐なのだから。
「魔物を育てているところを神官に見せる勇気があるなら賛成だ」
ハルトは硬直した。
「無い! 廃案だ。――これは単に愛だよ、料理愛♪」
料理長は心配でたまらない。何かに夢中になると、自分の立場を忘れてしまうのは悪い癖だ。
「君が宿屋の夢を持つのは自由だが、君は勇者なんだぞ?」
「分かってるよ」
ハルトは冷えて味の変わっていく料理を褪めた目で見る。油が固まって、美味しくなさそうだ。
「んんん! 俺が狩るのは簡単だけど」
ハルトは悩む。みんなお腹を空かせて可哀想だ。でも最劣でいたい。
「順位をもう少し上にしたらどうだ? 君が貶められるのは私も腹が立つ」
「ジェットに輸入してもらったことにしてもらおうかな」
「学生の食料は生徒が魔の森に入って自分たちで調達する。これが基本だ。ジェットは利用できんぞ。少しぐらいランキングを上げればいいじゃないか」
「下手にイキがる先生に出会って、鍛えてやるとか言われたら最悪だよ。ちゃんと魔力測定されても一発アウトだし。実力は披露した分だけ災いの元になるだけだよ。この間、リオールに見られた時は、マジで終わったと思った」
「リオール?」
「さっきの王宮神官だよ」
「王宮神官に見られただと!!」
「うん。でも内緒にしてくれるって。代わりにお昼ごちそうするってことで解決したんだ」
「なんとも危険な……」
「部署が違うし、密告しても利益がないそうだよ。あとは信じるしかないよ。教師たちにもそういう動きは無いから、大丈夫だと思う」
「そうかもしれんが……下手をすると卒業だぞ」
「それはやだ。勇者なんてなりたくない」
宿屋になるのだ。
国の言いなりでダンジョンに派遣されるなんてとんでもない。
「ならばしばらく大人しくして、授業をサボるのはやめることだな」
「サボってないよ。昼休みをゆっくり取っていいのは許可済みだもん」
「今の話じゃない。授業中、何を言われても無視して座っていただけで、教師が怪しんでいたぞ。あれはモンスターを変身させていたんだろう?」
「モネのことなら、ちょっとした悪戯だよ」
「教室にモンスターを放つなんて、それこそ大騒ぎになるぞ」
「俺はテイマーだから大丈夫だよ。それにものまねモンスターの限界が知りたかったのさ。できるのは外見のコピーだけで、他人に危害は与えないよ。
今の段階では“待て”と“座れ”程度しか理解できない。いろいろ理解できるようになったら、美味しいスイーツ買ってきてもらおうかな」
「スイーツのため?」
ハルトは悪い笑みで囁く。
「一応そういうタテマエさ。本当はスパイにするんだ」
自分が学校から出られないから、モネを使って王宮や神殿の内部調査をさせるつもりだという。料理長はゾッとした。
「君は時々、大胆だよ。本気でそんなことを考えているのかい? 反逆罪で投獄されるぞ」
「学校のどこかにそういうお仕置き施設があるっていう噂だよね。一度見学してみてもいいかな。どんな人がいるか知ってる?」
「ふざけたことを言うものではない。ジェットが泣くぞ。ただでさえ自分の息子が最劣だと言われて、悔しい想いをしているのに。あまり無謀なことをすると殺されてしまうぞ」
「冗談だよ。だから毎日魔物たちと遊んでいるだけにしているんだ。でも飼う以上、相手してあげないと拗ねちゃう奴もいてさ。きっとみんなも暇しているんだろうな」
戦闘経験の無い料理長には理解できない。
「みんな? モンスターは倒すものだ」
目の前で、モンスターに親しい人や家族を殺された人々にとっては、それが当然だろう。魔物の襲来に怯えながら暮らしているのだから仕方がないことだ。
「もちろん倒すよ。食材は必要だ」
「……」
「分かってるって。俺だってこっちに来て十年だよ? この国ではそれが当たり前だよね」
ため息が出る。自分が異端すぎるのだろうか。
知恵のある魔物も生き物だから情が湧く。彼らは強く純粋で、感情に濁りが無い。人間ほど思考と感情が屈折していないので、とても付き合いやすい。人間が魔物を悪く利用しなければ、彼らは弱肉強食の法則に従っているだけだ。
魔物と人々が共存できる道は厳しいだろうが、平和であってほしい。魔王も泊まれる宿屋とは、そういうことだ。あまりに大きい理想だけれど、現実的に何が必要かといったら、一番必要なのは平和な世界を維持できるだけの実力だ。
「俺がこの世界を全部支配してしまえばいいんだけどなぁ」
料理長は焦る。
「いったいどうした? 正気か?」
「独裁国家が不幸とは限らないと思う。王様が強くて偉そうでも、みんなのことを一番に考えて動いてくれれば、幸せの方向に進むと思うんだ」
「それは我が国の王政制度に賛成ということかい?」
「俺が目指す国のことだよ」
「じゃあ将来は国王かい?」
料理長は子供の妄想だと笑う。勇者小太郎の息子だから、腑抜けではないということか。
「だから宿屋。宿屋をするには、平和と空間魔法が必要なんだ」
料理長は丼を落としそうになった。
「聖女しかできんことだろう」
「図書館で調べたけど、学生向けの本ばかりで、役に立たなかった」
「司書長に聞いたかい?」
「もちろん。禁書も見せてもらったけどダメだった」
どちらかといえば、自分のほうが籠の鳥だ。
制限された世界で強くなるのはもう限界かもしれない。けれど外に世界に羽ばたくのに、今の翼ではあまりに弱い。空間魔法で少しの間でもここを離れ、修行することができれば、突破口が開けるような気がする。




