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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
5 終わりと始まり
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~~ 新生活 ~~

 

 一翔は深い眠りから覚めた。


 丸太を積み重ねた壁や天井はログハウスで、見慣れない風景だった。


 獣の皮や保存した野菜が吊るされており、狩猟と畑で自給自足している。宿屋ではないだろうし、都会っぽくないから王都エルダールとは思えない。


 ――誰の家?


 一翔はリリーに乗って気絶したところから記憶があやふやだ。


 見回すと、一翔のいるベッドは食卓のすぐ隣にある。家が小さく、部屋を用意できなかったようだ。キッチンが近いので、焼けた肉の匂いがする。


 お腹がグウ~と鳴った。寝ぼけている場合ではない。これは緊急事態だ。


「――に」

 かすれ声が出た。

「肉が焦げてる!!」


 隣のキッチンで椅子が倒れる音がする。慌てた様子でガチャガチャと騒音がしたあとに、三十歳くらいの男が照れながらリビングに現れた。


「居眠りしてしまって。いやぁ、火事になるとこだった!」

 野性的なのに笑うと優しい顔になる人だが、名前も知らない。


「――水……ください」

 身体を起こすのを手伝ってくれた。嬉しいが、怪我した手を引っ張るのはやめてくれ!

「痛! そっと背中からお願いします」


 力があって急に起こすからそれも痛い! 水を飲ませてくれればベッドはびしょびしょ、着替えのボタンはチグハグ。でも悪気はなさそうだし、ちゃんと反省している。

「すまん。独り暮らしで看病したことがなくてな」

「いえ。助けていただき感謝です」


「俺はジェット・モーガン。昔チームを組んでいた仲で、小太郎と親友だ。事情は全部聞いているから安心していい。ジェットと呼び捨てにしていいぞ。敬語は他人行儀で嫌いなんだ。これからは俺が君の三人目の父親であり師匠になる。よろしくな!」


「三人目……師匠?」

 いやフレンドリーで小太郎の親友だからいいけど、師匠にするかどうかは俺に決めさせてほしい。

「これからは俺と一緒に住んで、修行だ!!」

 有無を言わさず? けれど小太郎が決めたことだから、間違いはないだろう。


「お世話になります。これから宜しくお願いします。それで小太郎はキャラバンに戻ったの?」


「あぁ。戻った。かなり前に旅立った」

「かなり前?」


「君はずっと眠っていたんだ。シェヘラザールが言うには魂の状態がまだ不安定だそうだ。完全に回復するには数年かかると言っていた」


「聖女シェヘラザールを知っているんだ?」

「俺も元勇者だからな。でも、ハルトのことをシェラは特別に気に入っているようだ」


「それを聞いたら陽翔も喜ぶと思う」

 ジェットは疑問に思う。

「君もハルトだろう?」


「俺は兄の一翔だよ」

「どっちも勇者ハルトだよな? 聖女に誓いを立てただろう」


 一翔は一瞬硬直し、爆発したように頬を染めた。聖女は聖女でも青髪の女性だ。

「何のことかな?」


 ジェットは吹き出して笑う。

「聞いていたとおりだ。君は本当に嘘が下手だな!」


「なっ……! 意味が分からない」

 夢ではないおかげで助かったが、恥ずかしすぎて誰にも言えない。


「小太郎に会ったなら、あの青髪の女性にも会ったの?」

 彼女とは約束をした。名前と連絡先ぐらい教えてほしかった。


「俺はシェヘラザールを探していた。聖女の気配を感じて出会ったのは青い髪の別人だった。その人が瀕死の君を救ったんだ。そして君を追いかけてきた小太郎と出会い、俺は君を引き取った。それ以上のことは知らない」


「そうか。恩人だから御礼をしたかったのにな……」

「本当に御礼だけかね?」

 ジェットは笑う。


「そうだよ! 命を救ってもらったんだ!!」

「どうしてまた、無理をしたものだなぁ」

 確かに傷は酷い。眠っていた時は二度と目覚めないかと思うほど重篤だったのに、目覚めたら元気そのものだ。


「俺はまだ成長期で、身体が魔力に耐えられない。それでこんな風にいちいち寝込んでしまって……ディスカスからは初級の呪文と基本呪文だけ教えてもらった」


「ではまず基礎体力だな! 任せろ、得意分野だ! それで君の特技は何だ? 剣か? 拳か?」


 一翔は微笑む。

「料理です。あと昼寝かなぁ」


 ジェットは硬直し、ゆっくり首を傾げる。初対面だからあまり否定してくないが、料理が戦闘に役立つとはとても思えない。

「それは凄い……のか?」


「とっても凄いよ。食事と睡眠は生活の基本。みんな笑顔になる」

「戦闘タイプの話をしているんだけど?」


「戦うのは嫌だ。平和が一番だよ。例えばあの焦げた肉だよ」

 ジェットは次第に混乱してきている。


「肉なら、まだオーブンに入っている。あれはもう捨てるしかないな」

「外側が焦げて中心が生に近いなら、ローストビーフのように低温調理して中まで火を通せばいいよ」


「ローストビーフ!? もう何年もご無沙汰だ」

 ジェットは目を輝かせている。


「ね? 笑顔になる。料理は偉大だよ。もしこれが戦場で野営していた時だとしたら、どう思う?

 貴重な食料をダメにしてしまった時の悲惨さといったら半端ないよ。反対に美味しい料理で休憩できたら、みんな頑張れる」


 一翔はジェットに抱っこを要求した。その姿があまりに子供っぽくてジェットは赤面する。

「まだ動けないもので。キッチンまで運んでくれる?」


「おお? そうか、手伝ってくれるのか」

 一翔の指示に従ってジェットは調理をした。


「洩れない袋に入れて封をし、煮汁が逃げないようにして湯せんをします。60℃ぐらいを保てるように。焦げすぎた部分はあとで切り落とします」


 肉を再加熱している間にそれに合わせたソースを作る。それでも時間が余るから、生野菜サラダまで出来上がり、食卓が華やかになった。


「おおさすがだな! 君がいれば飯に困ることはなさそうだ」


「宿屋をしていたので、日常生活のことは何でもできるよ。一緒に住むなら、それくらいはやらせてよ」


 ジェットのテンションがめちゃくちゃに上がっている。かなり困っていたらしい。

「ありがたい! 助かる。でも無理しなくていいぞ。我儘を言っていい。その代わり反対意見になった時は俺も本気だすからな」


 一翔は頷いた。

「じゃ、正直に我儘言うね。 学校……行かなくちゃダメかな?」

「大人だからね。子供と一緒に学ぶのは退屈かい?」


「それもそうなんだけど……遊んでいる場合じゃないと思う。すぐに強くならないといけないんだ。ライカと再び戦うと決まっている以上、時間が惜しい」


 ジェットはきっぱりと言う。

「学校には行かなくてはいけない。ここは学校の中なんだぞ」


「え? 中?」

 学校の中にログハウスとはおかしな話だ。一翔は想像が追いつかない。


 窓の外は森が見えるだけで、学校の賑やかさや騒がしさとは無縁だ。

「俺は学校で庭師として働いている。我が家は魔の森の入り口にあって、学校へ侵入しようとするモンスターを追い払う役目を担っているんだ。学校は校庭を挟んだ反対側だから静かだよ」


「じゃあ学校に住んでいるのに、子供が学校へ行っていないのは世間体が悪いから?」


「そうではない。逃げることが不可能だからさ」

「不可能って、よく分からない。学校から一歩も外にでられないってことだろ?」


「生徒は敷地内から一歩たりとも外に出られないよ。強力な結界に包まれて、世界最高を誇るほど厳重だ。下手に突破しようとしないことだ」

「俺の力が魔王級でも?」


 ジェットは動じなかった。

「そうだ。だから絶対にやめてほしい。リスクの高い結界越えの計画よりも、違う方法はある。とにかく今は休養し、修行して強くなってアブソルティスと戦う実力をつけておくこと。それが君たちの生き残る唯一の道だ」


「でも学校の中だけで修行すると目立つし、ちょっと狭そうだなぁ」

 キャラバンで生活してきたこともあるし、宿屋では動かなくても色々な客の話が聞けて世界を感じた。学校だし、閉じ込められていると思うと窮屈だ。


「修行するのは魔の森だ。いくら魔法を使って壊しても誰も見ていないし、出かけて迷子になるヤツも毎年でているよ!」


「それって思う存分暴れても大丈夫ってことだよね」

 一翔の悪い笑みにジェットは賛同する。

「そうだ。ここは王立勇者専門学校ロイヤルブレイブカレッジだから何でもアリだ」


「勇者専門学校って!――もう宿屋にはなれないの!?」

 一瞬で寒くなった。いきなり絶望的なことを!


「この学校に入り、勇者にならなかった人間は、みんな殺されてきた。君には辛いことだと思うが……受け入れられるかい?」


 一翔はブンブンと頭を振る。

「宿屋になるよ。誰が何を言おうともそれだけは貫くと決めたんだ!」

 ジェットは一翔の頑なな態度に感心した。


「小太郎は勇者になる可能性もあると言っていた」

「この国では勇者は奴隷と同じだ。小太郎だって散々苦労してきた。こんな仕組みは間違っている!」


「ならばそれを君が正すかい?」

 ジェットの厳しい目に即答できなかった。

「そんな大それたことできない。俺は宿屋なんだよ」


「もう一度言う。君は勇者だ。宿屋を仕事にしてもいいが、それは世界が平和になってからだ。すなわちこの世界の仕組みを変えて、奴隷のような勇者たちを救う必要がある」


「はぁ!? そんなことしたら本物の勇者みたいじゃないか」


「君は学校で見習いをしている生徒とは違う。聖女と契約を果たしている。いざとなれば脱出する気だろう」

 図星を突かれて、一翔は黙りまくった。

「ライカがいなければね? ここが安全なら逃げようとは思わないよ」


「それを聞いて安心だ。まぁ勇者ハルトでも、宿屋になれるから」

「本当!?」


「方法はひとつだけではない。小太郎は君が宿屋になる可能性は百パーセントだと言っていた。小太郎が嘘をつくとは思わない。開けてごらん」


 箱の中には壊れた宿屋の心得が入っていた。

「これはディスカスの!」


「壊れて動かないけれど、顧客名簿は大切な宝物だよ」


 一翔は宿屋の心得を抱きしめた。

「大事にするね」


 ――大きくなって俺が宿屋になったら、まず彼女に泊まってほしいな。



 青髪の女性が聖女なら、いつかきっと会える。

 希望はいつもどこかにある。だから笑っていよう。



 キャラバン生活は終わり、ジェットとの新しい生活が始まる。


 学生に戻って、勇者ハルトとして修行が始まる。それは最強の宿屋になるためのきっかけにすぎない。まだ5歳だから、時間だけはたっぷりある。


 力を蓄えて、いつか魔王も聖女も勇者も泊まる平和な宿で、仲良く宴会を開こうじゃないか。






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