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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
1 勇者に生まれてしまった
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冒険のはじまり


 寒さの厳しい日々が続いていたが、今日は春が来たかのような暖かさだった。


 昭和、平成、令和となって、ひい爺ちゃんの代から浅利家は旅館を経営していた。


 すこし街はずれで、山あいにある。近くに渓谷があって景色は良いところだ。昔は人気があったが、老朽化のせいで客は少ない。それでも親が不在で忙しい一日だった。


 俺(浅利陽翔)は事務所で折れ線グラフを睨んでいる。相変わらずの低空飛行。なんとか維持できているものの難題は多い。

「外は暖かくなったけど、うちの財布はいつ温かくなるのかねぇ」

 ベル太に愚痴を漏らす。


 兄の愛犬だが、事務所しか出入りできないので、従業員用の長椅子をすっかり自分の場所にしている。普段は大人しい犬だ。それでもこの時間になると別の犬のように豹変する。


「ワン! ワン!!」

 盛んに吼えて、事務所の扉にまた傷をつくっている。


 扉が開くと一翔が現れ、ベル太が飛びついた。

「お、ベル~! お待たせ。陽翔、先に上がるからな」


 ベル太は必死にアピールする。大きな身体を床にこすりつけ、腹を出してはしゃいでいるが、一翔は完全無視して陽翔の体調を気にしている。

「ちゃんとメシ食ったのかよ? また顔色よくないぞ」


「景気がよくなったら、俺の具合ももっと良くなるんだろうけどねぇ。今日の売り上げもソコソコだ」

「続けられるだけいいだろ。そのうちよくなる」

「そうだよね。今日も手伝ってくれてありがとう。助かったよ!」


「おう。気にするな」

 ベル太は我慢しきれずに一翔を押し倒す。

「デカイ図体して、甘えん坊なんだよな~」


「犬なのに猫かぶりか? 今までおりこうだったんだよ」

「ベル太はいつでもおりこうだよな!」


 ベル太はちぎれんばかりに尻尾を振り回している。

「やっぱり兄さんは特別なんだね」


 一翔がベルに頬擦りすると、ちょっとイヤな顔をされた。

「俺のベルだもん。それにベルは頭がいい。陽翔のこと守ってるんだよ」

「ええ? 俺、ベルより格下なの? そんなに弱くないよ」


「そうだといいな。じゃ、また明日な!」

 ベル太を連れて去る背中を何度愛おしいと思ったことだろう。


 ――今日もありがとう、兄さん。



 一翔は旅館に隣接したペットホテルに住んでいる。別に仲は悪くない。だけど、その理由は俺のせい。俺が無理をしすぎて死にかけたからだ。


 それが一翔の人生を台無しにした。


 当時の俺は旅館経営者になりたてで、赤字続きの旅館をどうにかしようと奮闘していた。その無理がたたってしばらく入院することになった。その連絡はフランスにいた一翔に伝わり、日本へ戻ってきた。


 俺の具合がよくなるまでサポートしてくれたのはありがたかった。けれど俺が調子を取り戻してもフランスには戻らないという。話を聞けば、仕事は辞めて来たと暴露し、しかもその職場は三ツ星有名店。料理人として有望だったのに、なんてもったいないこと!


 それからは無職で、暇そうに旅館の中をフラフラしている。俺は忙しいのに、ベル太と遊ぶか、暇つぶしに料理するくらいだったから、俺が怒って資格を取れと言った。するとドックトレーナーになって、ペットホテルの経営者になった。


 旅館にペットホテルができたのと、一翔の美味いフランス料理のおかげで、経営は持ち直した。一翔は偶然だというけれど、絶対にそれは無いと思う。


 何故なら、古参の料理長と殴り合いの喧嘩をした。平和主義で、絶対に手を挙げない一翔が、料理のことで豹変したという。


 二人とも芝居が下手だ。

 料理長は退職し、穴埋めに一翔が厨房に立った。雇い人が減ったことで赤字ではなくなった。今では体力を使う仕事のほとんどを一翔がしてくれる。ペットホテルは暇だし、料理は気分転換と言うけれど、俺は社長の椅子に座って事務ワークだけで申し訳ないと思う。


 もっと健康であったらいいのに。

 いつも助けてもらうのではなくて、俺も人の役にたちたい。


 兄が俺を想ってくれるように、俺だって兄を幸せにしたい。

 俺たちは世界一仲が良い。そして一翔は誰よりも俺の味方になってくれる素晴らしい兄だ。


 ※    ※    ※


 午後10時。

 ベッドに入ると、ベル太がやたらと吼えていた。珍しいこともあるものだ。うるさすぎて眠れない。


『陽翔、ちょっといいか?』

「兄さん?」

 疑問を感じたのは、妙に大人びた言い方だったから。まるで一翔ではないみたいだ。


 ゴゴゴゴゴゴ!


 扉に向かった時、轟音が次第に大きくなり、旅館が揺れた。

「地震!?」

 その瞬間、窓が割れ、何かなだれ込んできた。全てを破壊されるなかで、俺も一瞬でもみくちゃになって、その後のことはよく分からない。


 ――んん? 何だったんだ?


 しばらくして目覚めると夢の中にいるような気分だ。

 すごく身体が軽くてふわふわしていた。


 あぁ、雪崩。

 俺は雪と瓦礫に埋まる自分の身体を見下ろしていた。身体は酷いことになっている。もともと体力も無いし、息もしていない。身体は冷え、ゆるやかに血流は滞っていく。


 病のせいで、いつ死んでもおかしくないと覚悟していた。けれど、これはあまりに突然で、現実味がなかった。幽霊だから、浮世離れとでもいうのだろうか。こうなってしまっては仕方のないことと、冷静な自分がいる。


 俺は記憶を辿り、一緒にいたはずの一翔を探した。

 意識だけになると光の速さだ。求める感覚のままに移動した。


 さきほどまで傍にいたはずなのに、崩れたペットホテルにいる。そして瓦礫に埋まる一翔を見つけた。


 “かける! しっかりしろ、兄さんだろ!”


 声が出ないし、触れられない。俺が兄さんにできることはないの?


「う……陽翔、はるとぉ」

 一翔は俺の部屋の方向に手を伸ばしている。

「今――いくから」


 あぁ兄さん! 立ち上がらないで。無駄だよ。俺のことはいいから、そのままじっとして救助を待つんだ!


 俺は一翔の周囲をグルグルと回る。どうにもできない。一翔が力尽きて倒れる姿を見届けることしかできないのか。


 悔しいよ。

 “全部譲ってくれたのに……ごめん”


 最初に宿屋になると決めたのは一翔だ。

 でも俺の顔を見ただけで、何でも譲ってくれた。ひとつしかない玩具も、俺に付きっきりだった親がわずかに向けた愛情も。仕事だって、一翔がフランスに行ったから、俺が宿を継ぐことになって……それも譲ってくれたようなものだ。


 いつでも俺のことを思ってくれた。だから俺も頑張って生きようと思った。でももう駄目だ。俺は死んでしまったんだよ。


 最後に一緒に仕事をして、楽しかった。

 まだまだこれからだったけれど、ここでお別れしよう。


 兄さんにはちゃんと生きてもらいたい。これからは自分のために生きて、幸せを見つけてよ。


 伝えたい。今まで本当にありがとう。

 俺の叫び、今度こそ届け!


「俺は楽しかったよ。あとは頼む」


 俺は笑えてるかい?

 俺たちは双子だ。俺の考えていることぐらい、分かるはずだろ?


 全てを託したいんだ。


 託したい。


 ――だから、起きてよ。兄さん。


 俺はずっと見守っていた。誰かが助けに来て、救助されるまで待っていた。

 それしかできなくて。


 でも誰も来ないんだ。兄さん、どんどん冷たくなっていって、目も覚まさなくなった。それで俺と同じように魂が肉体から出てきそうになるから、俺は必死に押し込んだ。不思議とその時は触れることができたんだ。


 “もう、出てきちゃダメだってば!!”

 半分幽体みたいな兄さんはゲラゲラ笑って、子供みたいに俺とじゃれ合ってるのが楽しいみたい。


 “もう! あとは頼むって言ったじゃないか”

 兄さんは生きるんだよ!


 ガンッ!

 俺がマジ怒りで殴ったら、大人しくなっちゃってさ。(もう病気の身体じゃないから、力が余っていた。多分気絶したんだと思う)


 困っていると、後方から拍手された。振り向くと、一翔が立っていた。


 ――あれ?


『これは避けられないことだ』


 やけに真面目で、気持ち悪い。一翔らしくないが、本人だった。民族衣装を着ているのも不思議だ。それで思い出した。雪崩の直前と同じ感じの声だ。


『陽翔、旅に出ろ。大変だが俺がついてる。大丈夫。絶対にハッピーエンドだから』


 俺は頭を撫でられた。その手は青白く光っていて不思議だ。それに一翔の胸の中心が太陽のようにキラキラ光って眩しい。

『いっしょに仲良くやるんだぞ』


 足元に美しい円形の紋様が光った。

 意識を失った一翔の身体と俺は吸い込まれ、下に向かって落ちていく。




 民族衣装を着た一翔はそれを見届けた後、陽翔の亡骸を掘り起こし、微笑んだ。

「いやぁ三十年。長かったなぁ。――さてと!」



 ※    ※    ※



 どこまでも、底が見えないほど下へ。

 俺は一翔とバラバラにならないように、しっかりとくっついていた。


 長い間、ゆっくり落ちていた。その間に、傷だらけの一翔が意識を取り戻した。

「――陽翔」


 笑って抱きしめてくれた。

 どこへ行こうが落ちようが、俺たちは一緒。それが一番良くて心地よい。この先に何があろうとも怖さは半分、嬉しさは二倍だ。


 そして俺たちは異世界へ生まれ落ちたのだった。


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