滑落
再びモンスターが出現し、後方にいた騎士団も近づいてきた。
「あら、追いつかれちゃったみたいね」
アルマの声に俺は緊張した。のんびりお茶をしている場合ではなかった。たくさんの勇者が近づいてくる。まずキムラが慌てた。
「片足クン、速攻片づけたまえ! 騎士団に見つかったら何を言われるか」
「はい!」
三人が壁になっている間に、テーブルや椅子を手際よく亜空間へ収納していく。
「間に合った~!」
振り返ると、騎士団の勇者たちが長い列を作り、すぐ傍を通っていった。同じ装甲と赤いマントは王宮からの支給品で、華々しくも美しい。
「魔王レンに対しての装備としては丸裸ね。魔法防御はゼロに等しいわ」
アルマが褪めた瞳で呟くと、ゼストが馬鹿にして笑う。
「本当に丸裸で行くよりはマシだろ。数だけは気合が入っているな。二百はいるなぁ」
俺は深くフードを被って、アルマの背に後退する。
――まずい。右手が熱い。
多人数の勇者を効率的に誘導するために、勇者の紋章を使って誘導と連携を取っているのだろう。その影響で、右手が激しく共鳴したがっている。魔力を右手に集中させないようにしているのに、手袋の能力が限界だ。
堪えろ。もう少しだ。堪えてやりすごせ。
小さくなって震えたが光が洩れる。必死に右手を隠して抑える。
「片足くん? 怖いの?」
心配するアルマの声でキムラも異変に気付いた。回復させようと、寄ってくるが、それが一番辛い。
「顔が真っ青だぞ。そういえば、君は休憩してなかったじゃないか! ゼストが無理をさせるからだ!」
「来ないでください!」
その声が予想以上に大きかった。
目の前の隊列が止まり、ひときわ体格の良い勇者がこちらを向いた。隣の副団長が問いかけている。
「団長、どうされましたか?」
「いや、懐かしい声がしたような……」
アキトがこちらを向いた。少し遠い位置だから分からないかもしれなかったのに、俺は焦った。それで気が緩んで、手袋から強く青白い光が洩れてしまった。
「何だ! 光ったぞ!」
勇者の隊列がざわつきはじめる。
バレた!!
背中に当たる風は下から吹いてくる。じりじりと後退すると、崖で踵が浮いた。
「え?」
景色が変わって、空が見えた。アルマとキムラが慌てて手を伸ばす。二人の手が服をかすめ、そして消えた。
「片足!!」
キムラの悲痛な声に、騎士団長アキトが振り向いた。
「誰か滑落したぞ!」
周囲がざわめいた。
一方で俺は落ちていくことに安心した。内臓が浮くような、気持ち悪い感覚ではあるが余裕はある。
別れて正解だ。このまま二百人を見殺しにするよりは、陰ながら手伝いをする。そのほうが罪悪感がなく気楽だ。
「勇者を助けるのが、真の勇者だからな」
崖を落ちながら、俺は笑った。これだけ勇者がいるなら、ちょっぴり実力を出しても大丈夫かもしれない。
全ての人々が安心して暮らせる国にして、宿屋をする。そのためにダンジョンへ死の行軍、勇者二百人の命は俺の手中に収めよう。
最強の旅の宿屋として、皆を守るというのもいいじゃないか。
山の崖を落ちながら、覚悟を決めた。
傾斜角65度。岩がごろつく山肌を落ちている。頭を打ってもアバラをやられても無事では済まない。
“覇者の鎧!”
胸から泉のように魔力が湧き上がり、どくどくと鼓動のように感じる。黒色の鎧に全身が包まれていく。青白い光とは別に、妖しい力が身体に満ちて強化された。岩に当たっても、木が突き刺さっても、すべて弾くことができる。
久しぶりに鎧を使ったので、狂暴な衝動に目の色が変わった。理性が吹き飛びそうだ。
――バーサクはしない!
崖が切れる。鎧を解除し手袋をはぎ取った。血が通うように、右手に魔力が集中する。火傷の傷痕の下から勇者の紋章が光を放つ。
勇気をもって希望を掴め。
前へ。手を差し出せ!
絶望の果てにある小さな光を掴む勇気ある者よ。
右手が強い光を放つ。魔力が爆発する。
『NO!』
渾身の一撃。空いっぱいに魔法陣が広がった。
誰もが見上げた。アキトは久しぶり見た魔法陣に心が熱くなった。
「――これは。彼がここにいるのか」
その魔法陣はすべての者に知れ渡った。
スバルは研究所のモニター。ベルは国の仲間と。魔王レンもその異変を察知した。
魔法陣は輝きと力を保ち、回転しながら凝縮していく。輝きは音もなく変化し、何かが起こる凶兆のようである。すぐに魔法陣は集束し光の玉となり、太陽のように眩しくなった。
アキトが叫んだ。
「爆発するぞ!」
声が衝撃波にかき消された。
バリバリ!
雷のように空気が割ける。空が鳴り、空気がビリビリと振動するとバタバタと人が倒れた。屈強の戦士たちが、泡をふいてドミノ倒しのように登山道に折り重なっていく。倒れなかった者も恐怖と驚きで騒いでいる。
はるか上方での混乱ぶりに、張本人は反省ぎみだ。
ちょっと強すぎたか?
でも弱い勇者には気絶してもらうのが最善だ。魔王レンは数で倒せる相手ではないからな。
「あ、やばいな」
自分のことを考えていなかった。地面が近づいてきた。
この魔法には欠点がひとつある。魔力がゼロになること。落ちたらきっと痛い。
どうすんだ? どうすんだ!!
「タープ!!」
機転を利かせて備品を取り出した。パラシュートは無いけれど、テントやタープはたっぷりある。着地予定地点には寝袋の山!
ぼふっ
仰向けで両手を広げて着地!
真っ青な空にふわふわの雲が浮かんでいる。標高が高いから手を伸ばしたら、届きそうなほど近い。
「助かった。宿屋でよかったよ……」




