川村彰人
落火生壺山の麓に王宮騎士団のキャンプがあった。その中央にひときわ立派なテントがある。
「少し一人にさせてくれ」
取り巻いていた数人と別れると、アキトはテントに入った。
威嚇と栄誉の象徴、聖剣ジークを脇に置く。大柄で鍛えられた筋肉。どこをとっても完璧で屈強な勇者だが、独りになると仮面が剥がれる。頭を抱えたり、落ち着くことができない。
悩みの原因は、聖女イヴだ。黒薔薇のような美しさで神官や貴族たちを魅了しては、勇者を使いまわす。今回の任務もその一例だ。
『このままでは国は魔物にあふれ、支配されてしまうだろう。しかし我々は挫けぬ。再び王宮騎士団を向かわせ、村を救うのだ! 魔王レンを倒せ!』
この号令に国民は喜んだが、アシッド村は平和そのものだ。おそらく真実は必要なく、魔法石が必要なのだろう。
「また多くの勇者が死ぬ。魔女め」
イヴは聖女と呼ばれているが、実際は権力に巣食う魔性の女だ。魔法石を採掘するために、レンにダンジョンを与えたぐらいなので、討伐して倒す気などサラサラ無いのである。そして定期的に弱い勇者に対して、口減らしをする。今回招集された王宮騎士団の勇者たちは新人ばかりだ。装備も薄く、魔法に対して無力であったり、実力不足の者がほとんどだ。
今回の討伐では負けが決まっている。状況は絶望的だ。魔王レンに勝つ方法と、一人でも多く生還させる方法。これが悩まずにいられるか。
「あいつがいればな」
英雄であっても、聖女と国を相手取って戦う勇気は無いのである。全世界を敵に回しても、立ち上がる勇敢なる者が必要だ。それこそが最強で、本物の勇者。
ハルトは今、どこで何をしているのだろうか。
※ ※ ※
英雄アキトが昔、陸上十種競技のチャンピオンだったことは有名だ。基礎体力や運動神経の良さから、召喚前からヒーロー的扱いを受けたが、実際は川村彰人という普通の父親で、運動神経が良いだけの小心者だった。
いきなり娘と一緒に召喚され、とても混乱したものだ。しかし娘と生活するには仕事が必要で、勇者になることに迷いは無かった。聖女の言葉に従って紋章をもらい、剣に触れて勇者の塔まで移動させられた。
エストワールは言った。
「この世界では長い間魔族と勇者が、戦いを続けております。勇者は聖女によって召喚され、王立勇者専門学校「Royal Brave College」に入学いたします。ここで勇者になるための知識と実力を身につけるのです。
この勇者の塔を実力で、再び最上階まで登りきった時、はじめて勇者として認められ、世界の魔族との戦いへ向かうこととなりましょう」
塔の長い階段を降りていく間も、別れた娘のことが気がかりだった。
「娘にはいつ会えるのでしょうか?」
「貴方は勇者アキトになったのです。勇者としての使命がありますから、しばらく我慢してください。今は一刻も早く環境に慣れましょう」
「本当に会えますか?」
「聖女さまのお許しが必要となります。まずはRBCを卒業し、勇者として認められませんと謁見すら許されませんがね」
「それでは何か月も我慢しろと!?」
「修行に集中してください。貴方の実力ならば簡単でしょう」
「娘はきっと泣いています。今すぐ会いにいってあげたい……」
「逃げられませんよ? 確かにここからは市街地が見えますが、分厚い壁と魔法障壁がありますから」
拳を固く握って堪えた。これでは人質を取られた囚人だ。
「貴方を守るためです。外にはアブソルティスという悪党が蔓延っています。人身売買もしていて、勇者でも洗脳されてしまいます。特に召喚されたばかりの勇者見習いは危険です。この世界のことを何ひとつ知らないのですから、あっさりと騙されてしまいますよ?」
「私は我慢できますが、娘は……」
「まずは実力をつけてからです。RBCといえど実力主義。要求があるなら、それなりの結果を出してください」
「そんな……入ったばかりなのに」
「苦難を励みにする。それこそが勇者ですよ」
納得はできないが、こういう状況では我慢するしかないのか。
「あの光のカーテンの向こう側に娘がいるのですね」
エストワールは感心した。修行もせずに魔法障壁が見えるとはかなりの素質がある。それだけに上手に育てないと油断ならない相手になってしまう。
「忠告しておきますが、もし修行の辛さに逃げ出したり、反抗的な態度をするなら、その子の命は保障できません。王宮は何の見返りも無しに異世界の人間を預かったりしません。会いたければ、一刻も早く勇者になることです」
その時、少年が階段を上ってきた。黒髪で青い瞳の少年に、エストワールの態度が豹変した。
「君がこんなにも早く調べにくるとは、よほどの逸材のようですね」
ハルトは、アキトを見るなり哀れんだ。
「あの子が死んだら、すぐにでも仲間にできると思いまして」
「あの子……?」
アキトはすぐに気付き、エストワールは苛立ちを見せた。
「いつもながら優しい王ですね。企みを打ち明けるということは、その逆が本当の目的なのでしょう。では君が勧誘しないことを条件に許します。彼には英雄になってもらいます。これは特例、二度はありませんからね?」
「ありがとうございます」
あの時のたった一言で、アキトの娘は救われた。子供ながらにエストワールを動かすほどの実行力と才覚がある。ハルトには返しきれないほどの恩がある。
だから感謝の意を込めて、英雄を演じている。ハルトほど目立つのが嫌いなわけでもないし、人には向き不向きというものがある。
ハルトは夢を叶えるために姿を消した。
それに比べて自分は、どうか。
英雄でいるための意味がなくなり時が過ぎた。未だに昇った階段を降りることができずにいる。結局、娘とは会えずじまいで、当初に望んだ娘との穏やかな生活は遠いものになった。
英雄としてこれほど有名になっては、今さら自由など、どこにもない。娘が人質になっているような状態では抗う手段がない。ただ、名声と想いが娘に届くことを信じて、一人の父親として、一人の男として、勇猛果敢に生きるだけだ。




