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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
5 英雄アキト
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川村彰人

 

 落火生壺ピナツボ山の麓に王宮騎士団のキャンプがあった。その中央にひときわ立派なテントがある。


「少し一人にさせてくれ」

 取り巻いていた数人と別れると、アキトはテントに入った。


 威嚇と栄誉の象徴、聖剣ジークを脇に置く。大柄で鍛えられた筋肉。どこをとっても完璧で屈強な勇者だが、独りになると仮面が剥がれる。頭を抱えたり、落ち着くことができない。


 悩みの原因は、聖女イヴだ。黒薔薇のような美しさで神官や貴族たちを魅了しては、勇者を使いまわす。今回の任務もその一例だ。


『このままでは国は魔物にあふれ、支配されてしまうだろう。しかし我々は挫けぬ。再び王宮騎士団を向かわせ、村を救うのだ! 魔王レンを倒せ!』


 この号令に国民は喜んだが、アシッド村は平和そのものだ。おそらく真実は必要なく、魔法石が必要なのだろう。

「また多くの勇者が死ぬ。魔女め」


 イヴは聖女と呼ばれているが、実際は権力に巣食う魔性の女だ。魔法石を採掘するために、レンにダンジョンを与えたぐらいなので、討伐して倒す気などサラサラ無いのである。そして定期的に弱い勇者に対して、口減らしをする。今回招集された王宮騎士団の勇者たちは新人ばかりだ。装備も薄く、魔法に対して無力であったり、実力不足の者がほとんどだ。


 今回の討伐では負けが決まっている。状況は絶望的だ。魔王レンに勝つ方法と、一人でも多く生還させる方法。これが悩まずにいられるか。


「あいつがいればな」

 英雄であっても、聖女と国を相手取って戦う勇気は無いのである。全世界を敵に回しても、立ち上がる勇敢なる者が必要だ。それこそが最強で、本物の勇者。


 ハルトは今、どこで何をしているのだろうか。


 ※    ※    ※


 英雄アキトが昔、陸上十種競技のチャンピオンだったことは有名だ。基礎体力や運動神経の良さから、召喚前からヒーロー的扱いを受けたが、実際は川村彰人という普通の父親で、運動神経が良いだけの小心者だった。


 いきなり娘と一緒に召喚され、とても混乱したものだ。しかし娘と生活するには仕事が必要で、勇者になることに迷いは無かった。聖女の言葉に従って紋章をもらい、剣に触れて勇者の塔まで移動させられた。


 エストワールは言った。

「この世界では長い間魔族と勇者が、戦いを続けております。勇者は聖女によって召喚され、王立勇者専門学校「Royal Brave College」に入学いたします。ここで勇者になるための知識と実力を身につけるのです。

 この勇者の塔を実力で、再び最上階まで登りきった時、はじめて勇者として認められ、世界の魔族との戦いへ向かうこととなりましょう」


 塔の長い階段を降りていく間も、別れた娘のことが気がかりだった。

「娘にはいつ会えるのでしょうか?」


「貴方は勇者アキトになったのです。勇者としての使命がありますから、しばらく我慢してください。今は一刻も早く環境に慣れましょう」


「本当に会えますか?」

「聖女さまのお許しが必要となります。まずはRBCを卒業し、勇者として認められませんと謁見すら許されませんがね」


「それでは何か月も我慢しろと!?」

「修行に集中してください。貴方の実力ならば簡単でしょう」


「娘はきっと泣いています。今すぐ会いにいってあげたい……」

「逃げられませんよ? 確かにここからは市街地が見えますが、分厚い壁と魔法障壁がありますから」

 拳を固く握って堪えた。これでは人質を取られた囚人だ。


「貴方を守るためです。外にはアブソルティスという悪党が蔓延っています。人身売買もしていて、勇者でも洗脳されてしまいます。特に召喚されたばかりの勇者見習いは危険です。この世界のことを何ひとつ知らないのですから、あっさりと騙されてしまいますよ?」


「私は我慢できますが、娘は……」

「まずは実力をつけてからです。RBCといえど実力主義。要求があるなら、それなりの結果を出してください」


「そんな……入ったばかりなのに」

「苦難を励みにする。それこそが勇者ですよ」


 納得はできないが、こういう状況では我慢するしかないのか。

「あの光のカーテンの向こう側に娘がいるのですね」


 エストワールは感心した。修行もせずに魔法障壁が見えるとはかなりの素質がある。それだけに上手に育てないと油断ならない相手になってしまう。

「忠告しておきますが、もし修行の辛さに逃げ出したり、反抗的な態度をするなら、その子の命は保障できません。王宮は何の見返りも無しに異世界の人間を預かったりしません。会いたければ、一刻も早く勇者になることです」


 その時、少年が階段を上ってきた。黒髪で青い瞳の少年に、エストワールの態度が豹変した。

「君がこんなにも早く調べにくるとは、よほどの逸材のようですね」


 ハルトは、アキトを見るなり哀れんだ。

「あの子が死んだら、すぐにでも仲間にできると思いまして」

「あの子……?」

 アキトはすぐに気付き、エストワールは苛立ちを見せた。


「いつもながら優しい王ですね。企みを打ち明けるということは、その逆が本当の目的なのでしょう。では君が勧誘しないことを条件に許します。彼には英雄になってもらいます。これは特例、二度はありませんからね?」


「ありがとうございます」

 あの時のたった一言で、アキトの娘は救われた。子供ながらにエストワールを動かすほどの実行力と才覚がある。ハルトには返しきれないほどの恩がある。


 だから感謝の意を込めて、英雄を演じている。ハルトほど目立つのが嫌いなわけでもないし、人には向き不向きというものがある。


 ハルトは夢を叶えるために姿を消した。

 それに比べて自分は、どうか。


 英雄でいるための意味がなくなり時が過ぎた。未だに昇った階段を降りることができずにいる。結局、娘とは会えずじまいで、当初に望んだ娘との穏やかな生活は遠いものになった。


 英雄としてこれほど有名になっては、今さら自由など、どこにもない。娘が人質になっているような状態では抗う手段がない。ただ、名声と想いが娘に届くことを信じて、一人の父親として、一人の男として、勇猛果敢に生きるだけだ。


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