サスペンドホール
スバルは私有地の建築物の中で一番巨大な建物にいる。カールはしばらく戻らないので、集中して作業に没頭できる。
ここには誰も入れたことがない。それほど重要な施設だが、入ったところで何があるのか、一般の人間は分からないだろう。
ドーム型の建物の端にガラス張りのコントロールルームがあるほか、ドーム内部には壁すらなく、平らな床が続くだけの、空っぽの建物だからだ。
コントロールルームでスバルはため息を漏らしながら、小さなスイッチを押した。その原因は、数日留守にしたせいで作業が溜まっているからだ。
大きなモーター音で、低く地鳴りがした。やや輪郭を残し、何もなかった床が丸く穴が開いて、下の階と繋がっていく。
穴から下の階が見えるが、そこも空っぽで床だけ。マトリョーシカを開けた気分でスイッチを連打する。
何層にもわたって、鋼鉄の床が開く。すでに目視は利かず、ドローンに搭載したカメラ映像が頼り。その映像も真っ暗闇である。
「五十二層目!」
映像に青白い光が生まれた。床が割れ、期待どおりに膨大な光が誕生する。
なんという膨大な魔力の源泉!!
地下に存在する青白い太陽。マナだ。
マナはさらに真下から湧いているが、底が見えない。
人間の力を超越し、自然界の法則の外側にあって、すべての事象に影響をおよぼすものだ。魔力とは太陽風のような放射線に似て、マナから生まれる影響の一部分だ。
「綺麗だな」
感嘆して声が出る。この感動は誰かに伝えたいが、ここは誰にも教えたくない秘密の場所だ。特に魔王などに見つかっては世界が終わる。
これを管理する魔法は無い。魔法もマナによって生まれるからだ。
スバルにできることはマナの力を利用して、マナが世界に与える影響を制御すること。強い光は眩しすぎるので光彩を反転させる。魔工ペンをコンソールに繋ぎ、モニターの数値を確認しつつ書き込みをする。
「A51サスペンド」
術式は単純だ。口頭でコマンド入力しなければならない地道な作業だ。
「D34サスペンド……F63レジューム…」
サスペンドとはサスペンドモードのことである。省魔力で待機して迅速に処理を再開できるモードだ(復帰する作業をレジュームという)
そうして魔力の放出を平均し、休眠させつつ一定にしておく。今はこれだけしか打つ手がない。けれどそのおかげでこの一年は平和になったと思う。
聖女が空間魔法を使うたびに、マナが虫食いリンゴのようになってしまう。マナの出力はほぼ一定しているが、再び球体に戻るまでにタイムラグがある。波打つ水面のように、元に戻るまでマナは非常に不安定だ。
力の偏りは危険を招く。
聖女もそうだが、脅威は各地に存在する魔王も同じだ。魔王もマナを力の源としているから、足りなくなれば、すぐに移動を始める。それが戦争のきっかけになる。
そして強くなった魔族は魔王となって軍団と陣を形成する。
火山の噴火口や湖の底、魔力の噴出が高く、地表に近くなった場所に魔王城やダンジョンを形成する傾向がある。魔力の地脈に沿っている。
魔王レンは魔法使いとしては最強だろう。強い魔力に導かれて、落火生壺山にダンジョンを形成した。だが世界一マナが強力な場所は、人の想像を超えるはるか地下深く。つまりサスペンドホールである。
スバルは汗をぬぐった。
スバル自身の魔力はペンを作動する程度のものしかない。それでも回数を重ねれば酷く消費する。
本当なら、あのマナの中に入って、仕組みを調べたい。でも中に入って死ぬとか、どこかに飛ばされるのは御免だ。
「あいつなら、何とかなるのかもな」
あの胸の光。気になる。
魔力どころかマナに似ている。もしかしたら、あれは異世界ゲートかもしれない。聖女の魔法と波長が似ている。
――自由に使えたらオレが世界最強なのに。
そうしてこの国を根底から覆す。
勇気は自分から出すもの。勇者は作られるものではない。どうしてそんな簡単なことを見逃してしまうのか。
その呪縛から解放してやろう。そのための王宮魔工技師だ。
世界を変えるんだ。
オレの力で。
空間魔法でゲートを開いて、異世界の人間をクソほどこの世界に召喚してやるのはどうだ?
世界は混乱し、聖女の特権は消え去るだろう。聖女から解放された勇者は立ち上がるだろう。
――何が聖女の護りだ。必ず後悔させてやる。
作業も終わりかけた時、警報が鳴った。
「何!」
マナが異常に減りはじめた。
「何だ! どうしてこんなことになってる!!」
今まで、こんなことは一度もなかった。
外部監視カメラが次々とエラーコードを出し、画面がノイズになって消える。
山から一番遠いカメラの映像だけが残った。
スバルはかつてないほど、真剣な顔でモニターを睨んだ。
「魔法陣」
大きすぎる魔法陣は、空いっぱいに広がっていた。
「魔王レン。恐ろしいほどの魔力だな」




