バイトする
街はずれの五番地から、街の中央まで距離があった。スバルは魔動車で移動するらしいが、そもそも外出しない。だから俺は常に走って移動している。筋トレに程良い距離であるし、とにかく今は走れることがうれしい。
すると荷馬車が並走し、御者のトエルが叫んだ。
「街に行くんだろ? 乗ってけよ!」
さっそく荷台に乗り込もうとすると、トエルが厳しい顔をする。
「君は荷物じゃないだろう。僕の隣に座って。話に付き合ってよ」
御者台は広く、クッションが効いている。これは素敵だ。お尻が痛くない。
「ありがとうございます」
「今日は何をしに行くの?」
「馬車です。バイト先が三番地なんです」
「僕はカルベルに行くんだ。三番地は通り道だよ」
「それは良かった!」
トエルはとにかくおしゃべりだった。
「荷運びって一人で仕事するから、つまらないんだ。歌を歌ったり、馬に話しかけたりするけれど、会話にならないから。君が毎日買い物で走っているのを見て、ちょっと心配になっちゃって。あの虎みたいなのがいないけど、元気にしてる?」
「はい」
無事に公爵邸に着いて、元気にしているという手紙をもらったばかりだ。
「僕もああいうのを飼ってみたかったなぁ。猫好きは全員憧れると思うよ! あのサイズで危険でなかったらの話だけどね。前の街で、荷馬車に乗せてくれって言われた時、みんな大丈夫かって疑ってただろ? でも僕はすぐわかったよ、あのコは大丈夫だなって。とても賢い目をしていたからね。
本当はずっと前から、君のこと馬車に乗せてあげたかったんだ~。でも仕事できなくなると困るから。今が稼ぎ時なんだ。王宮騎士団が来ているからね。荷物とか人とか、たくさん運ぶんだよ。そんな時に仕事を回してもらえなくなっちゃうと、大損しちゃうし、馬主連合の会長には逆らうとあとあと問題になるだろ。だから君には申し訳ないけど、あの時はそっちを優先したんだ。ごめんね」
「王宮騎士団が来ているのですね」
「聖女イヴさまの命令で、いつもより大規模な行軍だよ。しかも今回は有名な勇者が集まっているんだ。騎士団長のアキトは知っているだろ」
「はい。有名ですから」
「二つ名の勇者って知っているかい。本当の名前の他に、アダ名がつくほど有名な人たちだよ。怒涛の剣マルキー。氷の剣士シルク。中でも聖剣ジークの使い手アキトが一番強いよ。彼はここ最近、ずっといい成績を残しているよね! そんな人がさ、アシッド村にくるなんて、僕は感動だよ! 一度でいいから会ってみたいなぁ」
「そうですかね~(アキトが来るのか)トエルさんは勇者に詳しいですね」
「マニアだからね! だから君の義足をみていると、片足バーサクを思い出すよ。彼は勇者見習いだけど、普通の勇者よりずっと強かったはずだ!」
「へぇ、そんな人がいたんですか」
やばい。妙な汗がでてきた!
「あまり知っている人はいないと思うよ。彼はアキトの下にいて、縁の下の力持ち的な存在だ。敵味方関係なく迷惑をかけるとこもあったけれど、コアなファンがいうには、仲間の勇者を守るためなら、聖女にも逆らうんだって。カッコイイよなぁ。君ももう少し、性格的に尖ってみせたら物まね芸ができるんじゃないか?」
「いやでもアキトには敵わないでしょう? 彼は召喚される前もヒーローでしたから」
「君も知っているのか。そうなんだよ、アキトは真の英雄なんだ。でも勿体ないよな。いくら英雄アキトでも今回の魔王レンには勝てないと思うよ」
「トエルさんもそう思いますか」
「勇者って基本は剣士じゃないか。魔法も使えるのは上級勇者でも半分ぐらいだろ。でも今回の相手は魔王といっても、レンは魔法使いじゃないか。接近戦にもちこめば勝てるだろうけれど、魔王は頭が良くて、今まで一度もボス部屋まで辿り着けたことないんだぜ。いつも体力と時間がなくなって、失敗して終わっているんだ。
今回も大人数でいくけど、無駄に戦力を失うだけだって、みんな噂しているぜ。勇者って儚いよなー。聖女さまの命令には逆らえないんだろ。国民の代わりに魔族と戦ってくれて、ありがたいよ。どんな厳しい仕事でもキャンセルできないっていうのは辛いよな。君は宿屋をしているって聞いたけれど、まだ修行中なんだろ」
「はい。ですから三番地のホテルで働こうと思っています」
トエルは沈黙した。三番地にホテルと名付けられるようなものがあっただろうか。
荷馬車を降りてトエルと別れると、ひたすら坂道を登った。三番地は落火生壺山の入り口付近にあって、観光には不向きに思える。しかし王宮騎士団の旗があり、駐屯していることから人の出入りはあるようだ。
――魔王レン、こんなに近くにいても何の動きも無いなんて、どうしたんだ?
アシッド村に到着した時点で、すっかりレンの領域なのに村の中をどれだけ歩いても、ひとつも反応がなかった。魔力を隠しているせいもあるし、王宮騎士団が攻略を頑張っているせいかもしれない。
――もしかして、出かけているとか?
それはそれでラッキーだ。バイト先はホテルのラウンジで、別にレンに迷惑をかけることもない。俺は宿屋の仕事を満喫するだけだ。
歩みを進めるうちに不安が増大した。些末な宿とロッジが立ち並ぶ街並みに、シティホテルが見当たらない。辿り着いたバイト先は山小屋のような、小さな宿だった。
むさくるしい戦士たちが行き交う。入口付近に佇む客は皆、冒険者たちだ。当然、レンのダンジョンを制覇しようと意気込みを見せている。フロントに声をかけると、宿は家族経営で、強面の老人が気前良く笑った。
「ポーターのお仕事を募集している宿というのはこちらで間違いないでしょうか」
どう見ても、シティホテルで客の荷物を受け取るポーターの仕事があるとは思えずに、不安になった。でも宿屋の主は笑っているし、何の疑問も感じていないようだ。
「ローデハイム様から聞いているぜ。しっかり働いてくれよな!」
「はい!」
契約書にサインをして、待っていると宿屋の主が戦士と話している。
「おあつらえ向きの人材だぜ。ちょっとひょろ長くて細いが。安くしておくぜ」
「新人だろ、もっと安くしろよ。おまけにあの足! 使えるのかよ」
いくら聞く耳を立てまいとしても、悪い噂というのはよく届いてしまうものだ。だが我慢。初バイトで、俺は雇われの身だ。
「ローデハイムさんからの紹介だから、足のほうは保証するぜ」
「そうか、何より安いしな。よし、いいだろう」
「え? いいって何の話でしょうか?」
戸惑っているうちに、店の裏に案内される。
「おい、片足! こっちへ来いや」
――片足って、そんな失礼な呼び方するなよ。ちゃんと両足だっての!
「俺はゼストだ。リーダーはキムラ。ただしキムラは天然バカだから、俺は参謀だと思ってくれていい。片足はダンジョン初めてか?」
「経験ありますけど……」
裏口から出ると、いかにも勇者らしい煌びやかな装甲の男が大荷物を見張っていた。
「キムラ、ポーター連れてきた」
久しぶりにゾワッとした! たくさんの勇者チームが山を登っていく。列の最後尾で大荷物を運ぶ人物、あれも荷物運びの仕事、ポーターだ。
――スバル。絶対わざとだな!
今頃研究所で笑っていることだろう。“フフッ。新しい脚の調整のためだ!”きっとそんなことを呟いているに違いない
俺は山のような荷物を抱え、トボトボと歩きだす。
「騙された~」




