スバルとの生活
柔らかなベッドで眠るのは久しぶりで心地よかった。
ボイマール平原で、モンスターや来客を警戒しながら眠らなくていい。スバルが世界最高レベルのセキュリティを誇っているというし、ここが外部と完全に分離された空間であることは魔力の流れから読み取れる。
スバルには言えないが、ここが特別な場所だとすぐに分かった。地下からの光が今までに感じたことがないほどに激しく眩しい。だから俺が眠って無防備になると、途端にマナに巻き込まれ、それはもう死んだように眠ってしまった。
どこにいても太陽の光が降り注ぐように、ここにいれば世界のことが何でも分かりそうだ。だから宿屋の仕事もしばらく休んで、寝ながら調査しようと思う。
”兄さん、のんびりしすぎないでね?”
陽翔の声が聞こえて、俺は布団のぬくもりの中で頷いた。
――うん、そうだよな。だって今日は……。
今日だけはやることがある。たとえ陽翔だとしても、これは我慢できないと思うんだ。
「おい! 起きろ。腹減ったぞ!!」
回線が切れたようにプッツリと夢のような時間が終わった。スバルが肩を揺さぶっていた。
「おはようございます……ウッ!」
臭い。ゴミが多すぎて部屋に悪臭が漂っている。昨日は疲れていたのと部屋が暗かったから我慢したが、もう我慢できない!!
「美味しい料理は、まず美味しい空気から!!」
魔王戦のために世界一のスピードが必要だと思っていたが、今日ほど世界一の速さで動けることを仕事に活かせると感謝した日はない。洗剤片手に住居部分、家一軒分の清掃作業を手早く済ます。
スバルが長いトイレから入って出てくる間に、一年分の大掃除が終了しキッチンとリビングが光り輝いて眩しかった。
「すっげー。エリス、録画見せて」
人工知能のスーパーコンピューターエリスがこの施設とこの世界で、スバル唯一の同居人だ。
『残念ながら動きが早すぎるため、当施設の録画機能では追いつけませんでした』
「そんなに早いの?」
『計算上、音速と推察されます』
ハルトは微笑みながら朝食を並べていく。
「エリスさんは冗談もお上手ですね~」
スバルがタオルを投げつけてくる。どうしてエリスには丁寧語で俺の扱いは雑なのだろう。よほど借金をしているのが不満だったに違いない。
「エリスは冗談は言わない。先にシャワーあびてこい、音速っぽく髪に霜がついている」
ユニット型の清潔なシャワーブースには両側に手すりが増設されて、フロ用の椅子まで置いてあった。作る気があれば、魔工技師は何でも作れるらしい。思わず赤面した。
――やべぇぞ、魔工技師。
幸せだ。
ベルがいなくなった寂しさをスバルなりに埋めようとしてくれる。まるで俺がここに居て良いものだと言われているように思える。必要とされている。その事実がこんなにも嬉しい。孤独な学生時代にできた仲間のように、スバルもまた良い奴だ。
――仲間か。みんな今頃、どうしているかなぁ
※ ※ ※
スバル・ローデハイムは快適生活を送っている。
一年間、溜まりに溜まったゴミが処分され、窓もソファーもベッドも綺麗になり、毎日美味い飯を堪能している。
「はぁ、幸せ!!」
隣で地獄を味わっているのが、宿屋になりたい借金男だ。
「スバル、食材と備品補充しておいた。これ領収書と御釣りな?」
「釣りはいらない。とっておけ」
「とんでもない!」
机の上で金貨の小袋が行ったり来たりしている。結局腕力では敵わないので、スバルの胸元に金貨が押し付けられた。
「金貨の価値、分かってる?」
「生活費に充てておけ。小銭の管理は面倒だ」
「多すぎるよ!」
金貨一枚を大量の銀貨に両替してもらうのに、わざわざ村の実力者へ挨拶をして回ったぐらいだ。
「ありがたくもらっておけば? 小遣いが必要だろ?」
スバルはニヤニヤと笑っている。どうみても確信犯だ。何の魂胆があるのか分からないが、胡散臭い金だ。
「金で困ったことはない」
「あ、そう。じゃあ今すぐ三億返してくれ」
「……。それはスバルが法外な値段をつけるから。だったら俺の宿代も三億にする!」
「宿代80GILは支払い済みで取引は終了している。足の値段は正当価格だ。天才魔工技師だって何度も言っただろ」
「それにしても高いよ」
「もしオレたちが平原で出会うことなく、すんなりと村に来たと仮定してみろ。オレは絶対に追い返していた。もし作る約束をこぎ着けたとしても三億だ。払えないから無理だと諦めていただろう」
「そうかもしれないけど~!」
「それを考えたら、今この状態であることに恩義を感じてもいいだろ。それにはまず、それなりの態度ってものがあるだろ。まずはタメグチをどうにかしろ。オレは天才技師さまだぞ」
「だって別に宿の客じゃあるまいし~。同年代のスバルによそよそしいかと思って」
「スバルって、呼び捨てだし! オレが偉いってゼンゼン分かってない!!」
「客になったらサービスしてやるよ。ただし宿代は三億な?」
「法外なのはそっちだろ。どこに宿代に三億も払うバカがいる」
「俺だって暇じゃないんだ。バイトもしなきゃなんないしな~」
「はぁ!? だからこの金で……理解できないのか」
スバルは金貨の小袋を押しつけたが、それは拒否された。
「ヒモになる気は無ぇ」
「そんなんじゃ無い! オレは金で人の心を買ったりしない」
スバルは顔を真っ赤にした。
「だって落火生壺ダンジョンの魔王を倒しに行くのに道具そろえなきゃならないだろ。でもオレに頼む気はサラサラ無いみたいだし、だったら金が必要だと思って……」
「え?」
――そんな気遣い、要らなかったのに!
お互いに羞恥心が全開で困惑し、固まったが、最初に頭を下げたのはカールだ。
「ごめんなさい! 失礼しました! そんなに心配してくれているとは思わなくて。でも安心してください、準備が必要なのは宿屋になるための作業で、ダンジョンなんて行きませんから」
スバルは顔をあげ、その言葉が本当なのかと疑った。
「ダンジョンに行かないだと?」
「せっかく新しい脚にしてもらったのに、壊したら大変じゃないですか。それにまた借金が増えても困りますしね。足に慣れるまで、どこにも行きません」
「戦う旅の宿屋だったよな?」
「それは最終目標です。今は宿屋レベルを上げるのが先なので、義足の件もありましたけど、この村にはスてきで、スばらしいものがあったので楽しみにしていました」
「素敵で素晴らしい?」
「そう、ですから……ショッピング!」
「は?」
鼻歌まじりで袋から商品を出していく。
赤白ワインビネガー、シェリー酢。フランボワーズ酢。フルーツの盛んなアシッド村の地味な名産品だ。それらを並べてうっとりしている。
「何を隠しているんだ」
人に言えない、重大な事情を抱えているのは一緒にいればわかるもの。ショッピングとかふざけたことを言って、真実を隠そうとしているのではないだろうか。
「よく分ったな、隠し味は酢なのでス。砂糖・塩、そして酢! 特に俺の料理では大事なのでス!!」
「ウザっ!」
ある国の料理では酢づかいがセンスにでてくる。ただし酸っぱくない使い方をする。酢から酸味を完全に取り去るのだ。すると隠れていたうま味が現れてくる。
まろやかであり、こくのある酢の入りのソースにするか。酢ナシで物足りないソースで我慢するか。そこが味の決め手となる。
「煮詰めなきゃ、酢じゃな~い!」
その情熱はスバルには届きそうにない。工夫を凝らした美しい料理だから、素人には僅かな差だ。どちらにしても作ってくれるものは全部美味い。
「白ワインビネガーで魚貝をマリネしてカルパッチョにしたり、メインディッシュの肉のソースは赤ワインビネガーを煮詰めて、渋みとうま味アップ。ね? 全然違うでしょう~?」
「このために? アシッド村まで」
「そうです。たくさん買ったから、カルベルに向かうのにお金が足りなくて、バイトしようと思っているんです~」
「へぇ、どこで?」
「もちろんホテル! でも街中のホテルでは人手は足りていると断られちゃって。この際ポーターでもいいから宿屋で働きます。宿屋レベルも一石二鳥で上がりますしね」
「ポーターか」
スバルはオレの顔を貸してやると、連絡を取る。すぐに仕事を見つけてきた。
「オレの紹介だ。顔たてて、しっかり仕事してこいよ!」
最近のスバルは気が利いて、気持ち悪いくらいに優しい。
――何か、隠してる? まぁ、いいか。




