アシッド村
アシッド村はフルーツ栽培が盛んである。葡萄をジュースや酒などに加工し、ワインが有名な農村だ。
一年前、そこに銀髪の青年が訪れた。
田舎でなくても馬車が主流の時代に、魔動バイクなど、村人の誰もが初めて見るものであり、驚きと共に、青年に注目が集まった。
宿に二泊したあと、地主を訪ね、街外れの五番地をすべて買い取った。農業すらままならない不毛な荒野に、誰もが驚くような高値を支払い、気前よく小銭だと笑った。
宿屋の主人によると、彼の名はプレアデスという王都から来た教師だ。小さな村であるから、すぐに噂がたつ。教師というが、見えた目は生徒程度の年齢だ。これは妙だ、何を隠しているのか。
村人の予測と期待が膨らむ。魔動バイクは高級品。偉ぶって金持ちなら貴族の出身だろう。そして土地を購入したからには、何か大きな事業を始めようとしているに違いない。プレアデスが食事中にワインを褒めていたことから、果実酒の大規模工場が出来上がるという噂が広まった。
やがて五番地の入り口に作業小屋が建った。しかしそれ以外には何事もなくプレアデスはそこで暮らし始めた。荒れ地は以前と変わりなく、飄々と風が吹いたままだ。
村人は不思議に思う。雑貨屋の女店員によると、大邸宅はいつ建つのかと聞いて鼻で笑われたという。それに、どのワイン業者からも事業が進展するという話が出てこない。
噂が絶えないまま、ある日、何台もの魔動車が護衛にと列をなして、村を通り抜けた。
その中の一台はひときわ豪華だ。白い車体に金色の唐草模様、魔法石が星のように散りばめられた夢のような乗り物だ。王宮の紋章が入っており、大きい窓の後部座席には清楚な輝きを放つ美女が乗っている。
「おお! あれは聖女アリーさまだ」
聖女は王宮の至宝だが、特にアリーはカリスマ性が高く、聖女信仰があるほど民衆から崇められている。車を馬で追いかけた住民が、興奮して帰ってきた。
「やはり五番地だったぞ。空いっぱいに光がバーッと出て、野原に工業団地ができたんだよ! やはり聖女さまの御力は偉大だ!!」
高い壁の向こうにいきなり巨大倉庫が立ち並び、研究施設、スタジアムのようなドーム状の屋根が見えたという。
村人は万歳と宴を繰り返した。
「何人雇ってもらえるだろう。工場だとすると100人くらいは見込めるな!」(村長談)
「工業団地ができたら、飯はうちで食べてもらえるかもな! よし新メニューだ」(食堂のオヤジ)
「出張とかあるだろう。宿屋も大きくなるぞ。ウハウハだな!!」(宿屋のオヤジ)
そして村は元のように……それどころか、かえって静かになった。いつまで経っても人を雇い入れる話も、工場が稼働する音も聞こえなかった。
これをスバルが聞いたら笑い転げるところだ。
工業団地を作る魔法? そんなものあるはずがない!
魔法力学では、炎や水を出すことはできる。何もないところから炎が生み出されているように見えるが、空気中にある酸素が燃えることであり、水蒸気が凝結すれば水が生まれるのである。つまり魔法使いとは“自然の事象”を自在に扱える者だ。だから頑張っても天気を変えたり、金属を生み出すところが限界であって、人工物を一瞬で作ることはできない。
しかし魔工師は人が作った物に魔法を付与できる。トースターや冷蔵庫に魔法石をはめ込んだりして動力とすることもでき、そうなると人の技術もあいまって、何でもアリになるから村人が勘違いするのである。厳密には、物体ひとつに対してひとつの魔法プログラムが動いているに過ぎない。
だから研究施設や倉庫をボンボンと作る、そんな魔法プログラムは存在しないのである。それでも魔工師と魔法使いの技術を究める魔工技師なら可能に思えるかもしれない。確かにスバル・ローデハイムの技術力なら可能かもしれないが、効率的ではない。
ならばあの巨大建造物を、どうやって一瞬で完成させたかというと紙とペン。すなわち手紙だ。
「既存の研究施設を五番地に移動しろ」
聖女の強みは空間魔法。それで空間自体を“切り取り(カット)&貼り付け(ペースト)”だ。昔の弱みを利用して、聖女をド田舎まで呼びつけてやった。
アリーは普段から魔工技師を下僕のように扱っていた。だから逆に使われてる立場になって、聖女は不機嫌極まりない。昼食に立ち寄った時、魔動車の中で叫んだ怒りの声が村じゅうに響き渡った。
『スバル・ローデハイム!!! ただではおかないわよ!!』
こうしてプレアデス青年が天才魔工技師スバル・ローデハイムであることが村人に認知された。
研究施設の移動が済むと、すぐにセキュリティを世界最高レベルにまで強化された。そして五番地に登記する時に、サスペンドホールと名付けた。それが現在のスバルの住居である。
そして一年後、聖女以来に迎えた客が片足の旅の宿屋、カール・ヴァンハルトだ。
※ ※ ※
スバルは正体も分からない男をうっかり自宅に招待するはずがない。世界最高レベルのセキュリティをもってしても守りたいものがここにあるだから、理由はちゃんとある。
「宿代払うよ。いくら?」
「80GILです。こちら領収書となります。ありがとうございました。無理矢理呼びつけたうえに泊まっていただいて助かりました」
「気にするな。大したことじゃない」
あっけない幕切れとも思える。天才魔工技師を呼びつけておいて、そんな文句のひとつでも返ってくるほうが自然だ。
「じゃあ、俺はこれで……」
「まぁ待て、そう急ぐこともない。あとこれな?」
渡された書類に目を通して、手が震えた。やたらとゼロが多くて、数字が読めないが、請求書であることは間違いない。
「三億?」
「テメェは商売人のくせにゼロの数も一発で読めないのか? 脚の代金だ。タダで作るはずないだろ。一括払いだぞ。今まで分割払いで仕事受けたことないんでな」
「冗談!」
「まさか。天才魔工技師の豪商スキルよりレベルが上なら、当然支払えるだろ」
「今の俺の財産、たった2235GILだぞ! できるわけないだろ!!」
「本性が出た!! いいね~その慌てっぷり! でもちゃんと働いて返せよ?」
「鬼ですか! 一生働いても返せる額じゃありません。まず市民価格にしてください!」
スバルは含み笑いで、相手の胸をツンツンと突く。
「金目のもの持っているくせに。レアアイテム売れば簡単だろ」
思わず警戒して、後ずさりした。
「そんなの持ってない、です」
呆れるほどに嘘をつくのが下手で笑える。
「まぁいい。だったら稼いでこい。魔王の一匹ぐらい倒してくれば? それだけの脚は作った」
「無理ですよ! 脚は快適ですけれど、扱いに慣れていません」
「なら支払いが遅れるだろうな、利息も貰おう。単純計算で年利2%で600万、ひと月50万GILだ」
「本当に鬼ですね!」
「うん。ただしうちには掃除と料理人がいないんだ。あ、それに護衛も必要だな、ちょうど今、一人だけ募集している。誰かいないものか」
「随分遠回しですね」
「そう? 優しいだろ。給料50万GILで無償奉仕するか、借金返済のために世界駆け巡るか、選択の自由を与えてやってんだからな♪」
「利息を、でしょ。元金は減らないんだ……」
それではずっとスバルの傍にいなければならない。旅の宿屋ができなくなる。スバルの言うとおり、魔王を倒してくるほうが手っ取り早い。
「逃げたり逆らったりしたら、二度とメンテナンスしてやらないからな? 脚と脳神経が腐っても、知らないからな?」
脚はまだしも、脳が腐るのは怖すぎる。こうしてスバルと共にしばらく生活することになったのである。




