もう一晩だけ……
爽快な朝日のようにスバルは自信満々であった。新しい義足が完成したのである。
太腿に装着する厚みのある金具の輪が目立つ。魔法石が三つ装飾され、固定ベルトで輪を吊るす。そして肝心の軸足になる部分がどこにも無い。
「俺が頼んだものと違います……」
カールは泣きそうなくらいに不安顔だ。
「最高の褒め言葉をありがとう。とにかく着けてみろ」
装着して、魔力を吸い取られるとは意外だ。しかし血管のように青白い光が伸びて、脚の形で満ちていく。光が落ち着くと均整のとれた右足が出来上がっていた。陶器の肌のように硬質でなめらかで、以前の鋼鉄の足とは全く違う。立ち上がると、つま先や足の裏に感覚があった。
「義足なのに……」
目頭が熱くなる。
こんなことってある?
長い旅の末、どうにもならなくて諦めた矢先、奇跡が起こった。
スバルは自慢しながら説明する。
「魔力重視型の魔工具だ。魔法石のスロットを三つ付けたから、属性付与の蹴りもできるぞ。つま先は重力感知システムを神経に信号として……」
――あれ? オレの話も半分にしやがって、何をぶつぶつと?
「おい、聞いているのか?」
「本当の足みたい」
「そんなの当たり前だろ。魔工具と直接神経繋ぐヤツなんていねぇよ。それよりオレの説明をだな……」
しかしカールはまるで聞いていない。ボロボロとこぼれる涙すら放置して、新しい脚を眺め、触れて感触を楽しむことに夢中だ。
「泣くほどのことかよ。それよりオレの説明を聞け」
「試してもいいですか?」
スバルを抱え、走ってジャンプした。いきなり5メートル以上は舞い上がった。
「おおおお~!? テメェ! 限度を弁えろ!」
スバルは死ぬかと必死にしがみ付いた。
「え? 壊れちゃいます?」
「阿保が! この程度で壊れるわけがない。思いっきり動いていい! ただし、俺を下ろしてからにしろってのおおおお~!」
跳ねたゴムボールのように自由自在に動き回る。二人は子供のように歓声を上げてはしゃぎまわった。
「すごい! 天才すぎます!!」
「だからそうだって言っただろ! ベルの首輪を参考にさせてもらえたからでもあるがな」
あまりの動きっぷりに揺さぶられて、足腰が立たなくなったスバルである。フラフラになりながら、ベルを撫でる。
「残りのアダマンティンで首輪も強化しておいた。装甲の材質が良くなったから、魔王のパンチでも痛くないだろう」
スバルの優しさに身体が震えた。
「――俺だけじゃなくて、ベルのことまで?」
「参考にしたから、ほんの礼だ」
「スバル」
カールが手を差し出した。握手をすると、そのまま引き寄せられる。スバルは抱きしめられるのを許してやった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
スバル・ローデハイムは再認識した。
――爺ちゃん、やっぱり魔工って、最高だな
※ ※ ※
三人は喜び勇んで出発した。
義足が快調すぎて、あっという間に広大なボイマール平原が終わり、分かれ道になった。左にいけばアシッド村。右にいけばアスラケージ国だ。
三人は分岐点となる巨木の前で立ちどまった。
「大きい木だろ?」
スバルは木陰を求めて座り込んだ。平原を越えたとはいえ、まだ日差しが熱い時間である。
カールは巨木の天辺を探しながら、呟いた。
「ベル。足も治ったことだし。じゃあ……ここで別れようか」
ベルが頭を下げて願い出る。
「スバルさま。ここで一晩、時間をいただけませんか」
カールが拗ねる。
「必要ありません。魔法を使ってでもベルとはここで別れます」
「それは卑怯です。私は納得しておりません!! たとえ一時期、強引に別れても、戻ってきます。無駄なことはやめましょう!」
ベルが怒ると、カールもムキになる。
「無駄って何だよ。ベルが村に行くほうがよほど無駄だ。また村人に悪さされたら……スバルもそう思うよな!!」
スバルはうんこ座りで、ため息を漏らす。
「一緒に・仲良く・楽しい旅! テメェらが一番できてねぇな。オレを巻き込むな。そういうの一番苦手なんだよ!!」
スバルは左手の指輪を眺め、装飾の石をダイヤルのようにカチカチ回した。
するとベルは裸になり、恥ずかしさのあまり四つ足の獣になった。 カールは足を失って、バランスを欠いて座り込む。
「これではどこにも行けません!」
「脚が壊れちゃった!」
スバルは鼻で笑う。
「魔力を遮断しただけだ。有効範囲はオレの立ち位置から半径10メートル。あとは話し合いで解決しろ」
その夜、スバルは徹夜のあとだからと早く寝た。本来、夜型人間なので全然眠くないし、結構揉めているから聞き耳が立つ。限りなく忠実で従順なベルでも今夜は別だ。時に声を荒げ、感情を剥き出しにしている。
「ですが私は……その必要が…使命 長く、今の でしょう!」
全部は聞こえない。それでも切なさがある。
「エル…族長は…アス……的だ。魔……ベル…王を……ラが絶対に必要だ!」
事情も状況もいろいろあるのだろう。でもとっくに結論は出ている。相棒であるのに、スバルには長期滞在の客としてベルを紹介した。その時から決意は固まっていたはず。
いつか別れる。ただ、切ない気持ちが抑えられない。だからずっと話して、触れ合って。せめて夜が明けるまで……
スバルには縁遠くも、ちょっと羨ましい関係だ。
――知らん。早く寝よう
しかし、ふと気づいた。
――オレは、どっちなんだ?
いつも理論・推論、合理的で実利的なほうを選ぶ。けれど、もしベルのように命懸けで大事に思えるような人物に出会ったら、自分を顧みずに行動するだろうか。
※ ※ ※
スバルは早く寝たせいで、早く起きてしまった。
真っ暗闇は青みがかかって、少し明るさを取り戻している。まだ星はくっきりと空に浮かんで輝いているが、朝は確実に近づいていた。
すぐ近くでベルにぴったりとくっついてカールが寝ていた。本当は一瞬でも離れたくないのだろう。
火を熾していると、ベルが囁いた。
(今寝たところなので。すみませんが、そっとしておいてください)
「なぁ、なんでコイツ、宿屋なんかやってんの?」
「私に聞きますか?」
「本人に聞いても、まともな答えは返ってこない。どうせ宿屋が好きだとか、人のためになる仕事がしたいだの言うんだろう。それも真実だろうが、相当な覚悟があって宿屋になろうとしているのだから、それなりのきっかけがあるはず。ならばベルがいるうちに聞いておくのが良策だ。オレの心の内に留めておくから話せ」
「信用問題でしょう。主が答えるべきことに、私が口を挟むべきではありません。ですが永遠に我が主の味方であり続けると確約をいただけるなら、お話しいたしましょう」
「約束しよう。こいつを一人にさせておけない」
「我が主はシェヘラザール様と、一緒に仲良く旅をしたいのです。そして宿屋を経営するおつもりです。そのためにも、まず私がシェヘラザールさまを探しに参ります」
「それはあいつがやるべきことじゃないのか」
「叶うならば、そうしたいところでしょう。しかし我が主には敵が多く、秘密も多く抱えており、派手な行動は慎むべきなのです。そして何よりも、我が主はシェヘラザールさまに対しての態度が不明確なのです」
「不明確? だって絶対ホレてるだろ。人生かけて追いかけるって顔していたぜ?」
「――いろいろと複雑なようで……私からは何ともいえませんが、もしスバルさまが今後とも深く関わってくださるようであれば、自然にお分かりになる事情かと存じます」
スバルは青白い胸の光を思い出す。動いている魔工炉を初めて見た。魔工を究める者として、あれほど魅力的な素材を放置しておけるものか。
「まぁ、オレに任せておけ。悪いようにはしないぜ?」




