希望の朝
スバルの勝手気ままなところは薄々感じていたが、それだけの男ではなかった。一度、仕事を始めると人が変わったように集中力を発揮して、そのひたむきさには驚いた。
魔工師は今ある道具に魔法を付与するだけの職業だ。魔工技師も技の文字が入るだけで、結局同じようなものだと思っていたら、それは間違いだった。
魔工ペンを使って設計図を描き、物質と魔法を融合させる、錬金術だ。つまり魔法によって物体が生成されていく。スバルは何個か簡単なサンプルを作ってくれたが、その質がとても良かった。松葉杖だと言って装着した試作品が、とても快適だ。
――本当に腕が良いんだなぁ。
どう謝ったら良いのか分からない。だからいつもより豪華な食事を作った。
「スバルさま。お食事の準備が整いました」
スバルは集中していたので、驚いて振り返った。
「あ? メシ? 今食べている場合じゃ……」
集中力を削がれるぐらいに、美味しそうな匂いがする。これでは思考が食欲に負けてしまうだろう。
「やっぱり食べてから考えるか」
「今晩は特別なディナーにご招待いたします」
案内されたのは星空のテーブル席だ。蝋燭のキャンドルが幻想的だ。小さな妖精が蛍のように飛び、夢みるような歌が流れる。
青いテーブルに白いクロス。ナイフとフォーク、スプーンの数がやたらに多い。
「只今、お持ちします」
スバルは少し緊張した。上の空で、グラスのコップを飲み干す。
「うわ、炭酸水!?」
「前菜。サイコロ野菜のスモークフィッシュ包みでございます」
「ボイマール平原特産のグリーンポタージュでございます」
「川魚のムニエル。レモンソースでお楽しみください」
「お口直しに。 桃のソルベ はちみつ添えです」
「本日のメインディッシュ 鳥っぽい(大カエルの)ローストを香草の香りで」
「デセールは伝統菓子。当店自慢のカヌレでございます」
スバルは料理に大満足だ。
「本当に腕がいいんだな。盛り方も芸術的で、料理人みたいだ」
食後に出された、芳醇な香りの黒くて苦い飲み物に衝撃を受けた。
「これは! コーヒーじゃないか」
スバルは涎がでてしまいそうになる。
「よくご存知ですね。これで眠くならないですよ」
スバルは素直に頷いた。
「飲み物の名前をご存知ということは、スバルさまは異世界からお越しになられたのですか?」
あまりに自然な誘導尋問で、頷いてしまいそうだ。
「勇者は得意先で知り合いだ。頂き物で飲んだことがある。でもテメェは違うよな? コーヒーを持っているということは元勇者なのか?」
「いいえ」
「剣が使えるし、何より強い。勇者として戦いを繰り返した結果、脚を失ったんだろ?」
「すばらしい想像力です」
「別に他人に話したりしないから、正直に教えろ。宿屋として再出発するのを邪魔するつもりはない。ただこれから付き合っていくのに、情報の共有は必須だ」
スバルは何を言ったか、自分でも理解していないようだ。
“これから付き合っていく?”
「過去など聞いて、どうなさるおつもりですか?」
「脚を作るのに参考にするだけだ。この先、どの程度ハードな戦闘を繰り返すか、それによって設計が変わる。また酷いメンテナンスを繰り返すハメになるぞ? 勇者の実力を知るのは製作者の権利だ」
「どうしても俺を勇者にしたいのですね。強い宿屋ではダメなのですか?」
「隠し事はナシだ」
スバルの手が魔法の効いた手袋に触れる。勇者は全員、聖女から紋章を与えられ、烙印のように、肉体に焼き付いている。
「疑っているのですね」
宿屋をしている時の対応は決まって丁寧だ。言葉は流暢だし、客の無理な要望にも応えてくれる。
期待どおり、右手がゆっくりと引かれていく。スバルが手袋を抑えているので、手の甲が露わになっていく。
「!」
その途中で、スバルはすぐに戻した。
「すまない」
当てが外れた。酷い火傷の痕だ。
「勇者は聖女の絶対的監視下にあり、死以外、逃れることはできません。勇者は一生勇者で、転職できないことはご存知でしょう。それが異世界から来た者に課せられたルールです。勇者は宿屋になれませんよ?」
スバルは反論できない。
「何か特別な方法があったかもしれない」
「スバルさまのような?」
その一言は矢のようだ。遠くからいきなり中心を突く。スバルは明らかに動揺している。
「俺が誰であろうと、コーヒーが美味しければいいではないですか。食事の後の会話にしては、いささか重すぎですね。両手を出してください」
スバルの掌が、豆の入った袋でずっしりと重くなる。
「プレゼントです」
月と焚火の明かり、それに小さな蝋燭の光で繊細な作業は難しい。夜はいろいろ調べ、構想を練る。
「この王宮魔工技師。いい仕事してるじゃん。軽くて硬くて、弾力性もある。成長に合わせて微調整できる。耐火性と耐水性もついて、さびにくい。素材はチタンとカーボンとステンレス。あと……」
「アダマンティンです。このようなことができるのは自分だけだと自慢しておりました」
「うん。元の素材は最高だ。余計な部材を剥がすのが大変だな」
「本当に自分の脚のようでした。あまりに軽く、使い勝手がよいもので、つい力を入れ過ぎてしまって。もっと大事にすればよかった」
「換え時だ。背が伸びて、長さが足りなくなっていただろう? 満足に力を込めることもできなかった。軸足と腰も痛そうに引きずってた」
「ご配慮ありがとうございます」
「普通のことだ。使う人の気持ちを汲むのが仕事だ」
メガネをかけたスバルはインテリジェンスだ。焚火の灯でできた陰影が小柄ながら、大人びてみえた。
「もう寝な。今日は魔力放出して疲れただろ? オレは夜型だし、何かあったら起こすから」
寝入ったのを確認すると、脚の部品を丁寧に分解していく。
途中で小さく舌打ちした。義足の部品の裏側に文字が彫ってある。
製造者のサインを残しておくことはよくあることだ。それを読んで、思わず頭を抱えた。
2017魔工最強
オレは依頼者の顔やどこで会ったかは覚えていなくても、制作した物品は全部覚えている。
去年の夏だ。旅立ちの計画に夢中で、テキトーに作ったアレに違いない。
強度と軽さだけ追求し、単純な設計で終わらせた。だからこんなに早く壊れた。そのせいで痛くて辛い想いをさせた。
ため息って、こんなに長くて深く出るものか?
――クソ、オレのせい。
魔法の道具を欲しがるヤツなんて数え切れないほどいる。いちいち挨拶するのも面倒だし、愛想のよくされるのも気持ち悪い。俺を悪用しようとする奴もたくさんいる。だから人の顔なんて興味がなかった。誰が使おうが道具は道具。あの時は壊れたらまた作り直せばいい。そういう軽い気持ちだった。
でも、大切にしてくれていた。命を守るものだった。
すごく大事なものを作っていたのだ。製作する者として基本的なことを忘れていた。
他人の考えていることなんて分からない。大抵はくだらなくて、どうでも良いことばかりだ。でも人が使う物品だ。人の心が分からないようなヤツに良い物は作れない。これは恥だ。こんな駄作、オレが作ったと自慢できない。
「ごめん」
内緒にする代わりに、本当に凄い脚を作ってみせよう。
最強の宿屋として仕事ができるように、絶対に壊れない、世界一の脚を作ろう。
※ ※ ※
朝日が昇る頃、スバルは魔工技師のペンを滑らせる。
デザインが重要だ。それに使用できる素材の量は減っている。なおかつ前よりも大きめに作るには無駄を徹底的に削る。動きやすさ。弾力性もアップさせるべきだ。
――走らせてあげたい。ハイジャンプもしたいだろう。そうなるとこの設計ではダメだ。
ペンを動かす手が止まる。こんなに悩んだのは久しぶりで、乱暴に頭を掻いた。技術的に難しいのではない。発想が悪い。
もっと革新的に!!
周囲を見渡すと、フロートエッグがあった。どうせ蛇にやられてボロボロだから、その部品も利用したら、可能性が広がるし、材料が増えた。けれどそれだけでは解決しない。コンセプトに問題がある。
ベルが音もなく寄ってきた。
「思い出の品ですが、我が主のためになるならこの首輪も使用してください」
スバルは目を輝かせた。
「いいのか!?」
スバルはそっと首輪に触れる。目を瞑ると、感じ取れる。
やっぱり爺ちゃんが作ったものだった。独特のデザインと、魔法プログラムの組み方が独特だ。
――懐かしい。全然古くさくない。
魔法石による変身は爺ちゃんが得意とする技術だ。これなら素材は少なく、軽く、装甲並みに硬くできる。万が一、一時的に破壊されても復帰とメンテナンスが簡単だ。魔法の力とイメージが主体となる装甲。基本、魔力が強いから、その方がいい。そこにアダマンティンを加える。
ジャンル違いの作業だが、師匠の形跡を辿れる。師匠と再会しているようなもので嬉しい。
スバルはさらにペンを走らせる。
もう迷わない。今度こそ自信を持って、歴史に残るものだと胸を張れる。
完成したら魔工具に銘を彫ろう。
渾身の作品には、プレアデスと入れると前から決めていたんだ。
希望の朝がやってきた。
暗闇は消え去り、迷うことはなくなった。
朝日が出ると同時に制作作業に入る。
可能性が広がった。色々な付属効果が付けられそうだ。
やっぱり作るのって楽しい!




