こじれた糸は強引に
カールは伏せをして寝るベルに寄りかかると、すぐに寝息を立てた。
「マジで寝ちゃったよ」
スバルは手を尽くしたつもりだが、ドッと疲れた。
ベルは気の毒に思う。
「スバルさまが魔工技師であることは理解していると思います。ただ、ちょっと信じたくないというか……今までさんざん裏切られてきたので、慎重になっているようですね」
「裏切られた?」
「魔工技師を騙る人間が多すぎました。出会うたびに義足を作ってやると騙され、その度に傷ついてきました。この一年、世界各地を回ってきましたが、良い魔工技師に出会えませんでした。最後の望みをかけて、スバル様を訪ねたのに同年代でしたので、とても信じられなかったのです」
スバルは悩んだ。自分は期待されていない、そんな状況が初めてだった。今後の方針を考えるが、思い浮かばない。何がダメだったのか、原因が分からない。
会話は非論理的で苦手だ。一方的な感情や思惑が交じり合い、意味を取り違えられることもある。人によって、受け止め方も違うから計算通りにはいかない。いつも暗闇で手探りしているようなものだった。
そのうえ思考速度と量が違うので、一般人と会話を合わせるのに苦労している。相手が馬鹿げたことで悩んでいる姿はくだらないと思うし、笑いのツボが違うので大笑いしている理由に共感できない。
――どうしたらいいんだよ、爺ちゃん。
※ ※ ※
冬のせいか、日が傾くとすぐに寒くなる。ロシアンブルーのベルの身体に寄りかかり、三人は移動もせずにひとつに固まっていた。スバルは悩んだまま、眠っていたらしい。
良い匂いで目覚めると脇にお茶が置いてあった。
「遅くなってしまいましたね。お腹すいたでしょう?」
夕闇に焚火が温かい。カールは白い団子のようなものを長い棒に刺し焼いていた。
機嫌は戻ったようで、穏やかな顔が炎の光に照らされていた。
「さきほどはすみません、毒を吸い込んだせいで、正気ではなかったみたいです」
「解毒薬もっているのか!」
「大丈夫ですよ、寝たら治っちゃいました。さぁできた。熱いですよ?」
手渡されたキツネ色の焦げ目が食欲をそそる。外はカリッと、中はふわっトロッだ!
「生クリームを凝縮したような味だな」
スバルはキラキラと目を輝かせた。
「キャンプで焚火といったらコレです。普段でも美味しいのに、ゼリーの材料にもなるので重宝しています」
「できれば肉を焼いてほしいな。これでは腹の足しにはならない」
「それもそうですね!」
いとも簡単にアイテムボックスから肉を出すので、スバルは興奮した。
「そう! それだよ。それ亜空間魔法だろ」
「そういう名前なんですか?」
「名前すら知らないで使ってんのかよ。じゃあ亜空間魔法での、マナの流れ方はどうなんだ?」
「流れ方? そもそも亜空間自体、よく理解できていなくて」
「亜空間魔法を使えるのに?」
「だいたいはイメージや直感なので」
「話にならんな。亜空間は、現在の空間に準じる第二の空間だ。タンスかクローゼットのごとく物質を収納するのに適している」
「やはり物質だけですか」
「何だ? テメェ何を狙っている」
「ヨーグルトを保管したいのです。一度でも亜空間魔法を使ってしまうと失敗してしまって」
「それはそうだろう。菌が死ぬからな」
「じゃあ人間を亜空間魔法で収納したら?」
「死ぬよ」
思わず口に手を当てて、視線をずらしている!
「やったのか!」
「まだです!!」
「やろうとしていただろ! あっぶねぇな!」
「亜空間魔法で生き物を保存することはできませんか?」
「可能性はゼロではない。亜空間を完全に理解した上で、応用できれば可能だろう。まぁ神や聖女の領域だ。凡人には理解できないだろうよ」
「スバルさんなら、できそうですね」
スバルはお茶をこぼしそうになる。
「まぁ可能だろう。魔力さえあればな」
スバルは空間魔法を究めたい。
空間魔法研究の前段階として、亜空間魔法を完璧に理解する必要がある。
カールは頭を下げた。
「すみませんでした」
「何!? いきなり?」
「魔工師見習いだと疑ったことです。王宮魔工技師でなければ、聖女のことは分かりませんから」
「分かったなら、いいよ」
沈黙のあと、そっと呟いた。
「王宮でシェラヘラザールに会いましたか?」
スバルは首を振る。
「シェヘラザールは三年ほど前から行方不明だろ。アブソルティスに攫われたんだよな」
「必ず助けに行きます」
「その脚で?」
「……。」
「もう一度言ったほうがいい? オレ天才魔工技師なんだけど」
チャンス!!
今度こそ 頭下げて、お願いするだろ!
ただ静かに太陽が夕闇に落ちて、周囲は暗くなる。それだけの時が流れた。
スバルは理解できない。
「オレに任せろよ。天才だし、英才教育!! 魔法の知恵と人間の技術の結晶、だから魔工は最強なんだ。しかも俺は魔工技師として奇跡の技術力だぞ。オレこそ人類の宝で、世界一偉いんだ! それとも何か? そんなに頭下げるのが嫌なのか?」
その返答は苦笑いだった。
「そうではありません。きっとすぐに壊してしまいますから。やっぱりダメだったと思い知らされるのはもう嫌なんです。だからもう、諦めようと思います。魔工が最強だなんて言わないでください」
「それは聞き捨てならない!」
「どんなに技術と魔法力があっても、人間の生の足にはかなわないですよ」
「それは作ったヤツが下手くそだったからだ!」
「これまで様々な国を渡り歩き、腕の良い魔工技師を探しました。しかし、この脚の製作者を越える魔工技師はおりませんでした。この義足が一番気に入っていましたが、一年足らずでこのありさまです」
「だから、オレに見せてみろ!!」
スバルは湿っぽいのは嫌いだ。くだらない感傷に付き合うつもりはない。さっさと治してしまえば問題などすぐに解決する。近寄って、勝手にボロボロの服を引き千切る。
軽量で、動きが良いはずの流線形の金属の脚だ。そこに意味不明の魔法石と部品が病巣のようにいくつも付着して、可動部の邪魔をしている。 駆動部分は無理矢理、切り取られ、開いた穴が雑につぎはぎされていた。オイルが漏れ、錆がこびりついている。
スバルは頭に血がのぼった。
――こんな状態にしたのはどこの馬鹿だ? 素人がこねくりまわしやがって!
魔工義足の全貌が見えてくるにつれ、スバルは鳥肌が立つ。
「おい、何だよ」
何よりも、生身の脚との接合部分が最悪だ。擦れて、血が滲んでいて、絶対に痛い。
――本当に信じられない馬鹿だ。こんなになる前に松葉杖使うとか、あるだろうが。このまま使い続けたら、生足がもっと短くなるぞ。
スバルの殺気を感じ、ベルは目を細める。
「ジータ国が魔工技術では本場だろ。なのに外国まで行ってこれかよ。マジで無駄アシだったな。この足の製作者は何と言っていたんだ」
「王都には戻れない理由があります」
「だったらそこらへんの魔工師に普通のダセエやつ、作ってもらえ!」
「普通の脚では戦えません」
「片足が両足になるだけでもありがたいことだろ。どれだけ強欲なんだよ。だいたい戦うってテメェは宿屋だろ? 庶民のくせに魔工技師の脚なんか使って、生意気なんだよ。メシと寝床を用意するだけなのに、必要ないだろうが!」
「宿の仕事は安らげる場所にて、笑顔と癒しの時をご提供することです。でも俺が目指しているのは、いかなる場所でも営業する旅の宿屋です。
ダンジョンの最深部、深い森の奥。モンスターが強くなるほどに休憩を取るのが難しくなります。彼らが安心して、全回復できる場所を確保するには、宿を維持するだけの戦う脚が必要です。スバルさまはお優しいですね。けれどいくら天才でも、この脚の制作者以上の脚は難しいでしょう。ですからお気持ちだけで十分です」
スバルは微笑みを返されて、世界一にムカついた。
「――テメェは!」
「痛いです! 何をするんですか!」
スバルは脚から義足をもぎ取った。
――目にもの見せてやる!!
「オレさまが新しい足を作ってやるから、頭下げて感涙しろ!!」




