天才魔工技師?
「では改めて。カール君。命を救ってくれたことに感謝する。褒美として望むことはないか?」
スバルは、粛々と言い放つ。
「褒美? それほどのことではありませんよ。どうかお構いなく」
言葉とは反対に、眩暈がして脇に手をついた。身体に力が入らない。
「あれ?」
ズルズルと、スバルに凭れかかった。
「おい! マスク! 毒 吸い込んでるぞ!」
スバルはぐっしょり濡れたマスクをはぎ取った。
「息止めてたんだけどなぁ……あ、喋っちゃったからか。フフッ、あぁ、空気が美味~い!!」
目隠しと口を塞いだ部分だけ毒が付着していないから、顔がストライプの模様になっている。スバルは笑った。
「スゲェ顔! 早く洗ったほうがいいぞ」
それにしても、目隠しに無呼吸? ボスの攻撃をよく防いだものだ。
――いや、防いでないよな!?
グサッて、何度も刺さってた!
「怪我は!?」
「? 無いですよ」
余裕の微笑みで、ずれた手袋をきっちりとはめ直す。
スバルは確信した。
――こいつ、つええ!
フロートエッグはゆっくり停止した。
長距離を走るようにはできていない猫科の獣にとって、瞬発力を維持したままの移動は、かなり酷なことだ。ベルだからこその体力だ。
「ベル、助かった~。無理させてごめん」
カールは喜び勇んでベルに向かって走り出した。
思いっきり抱きしめて、なでなでしてあげたい。ところが途中で見事に転んで、視界から消えた。
「――ああぁ!!」
そんな酷い叫びはベルでも聞いたことがなかった。草むらの穴に落ちたのかと慌てて駆け寄ると、座っていた。しかし右足が曲がってはいけない方向を向いている。酸で溶け、中の鋼鉄も穴が開いていた。
ベルが優しさで、小さな木の棒を咥えてもってきた。
「うん。そうするしかないよな……」
ぐるんぐるんに布を巻き付け、杖をついて立ち上がる。ガラガラと部品が落ちた。
「……。」
カールは崩れ落ちた。
もう動けない。
旅も人生も終わってしまった気がする。せっかくここまで大切にしてきたのに、あと少しで隣村まで着くというところで、俺はまた右足を失ってしまった。
※ ※ ※
確か出発は朝だったはずだ。しかし太陽は中天に差し掛かって暑い。足が壊れたことでトラブルはあったが、それがどうしたというのだ。スバルは散々待ったが、もう我慢できない。
「なぁ、腹減った。メシ!!」
ゴロゴロと地面を転がってくるもの。それはたった一個の缶詰だった。
スバルはぞっとした。
「オレたちもう喧嘩してないよな! ほら、えーと。何だっけ? 一緒に! 仲良く! 楽しい旅!」
「食材を採りに行けません。下手な料理をお出しするくらいなら、缶詰めのほうがおいしいです」
腐った笑いだ。
――脚より心が折れてる!!
スバルはベルに抱きついた。
(どうすんだよ!)
スバルは対処方法が分からない。そもそも最近、人と会話した記憶がないのだ。
――だいたい脚の故障ぐらい、大騒ぎすることか? フロートエッグを見ろ。脚百本作るより凄いのに。オレの実力はビンビンに伝わっているはずだろ?
「少しも頼る気がないのか? オレ、魔工技師だぞ」
さぁ喜べ! 泣きつけ!! 義足の制作なんて簡単だ!
なぜか二人とも固まっている。
あまりの驚きに声がでないのか? それにしてはあまりに静かだ。
――もしかしてスルー!? 魔工技師を知らないはずないよな?
まずベルが動いた。
「スバルさま」
ベルの魔力が上がり、骨格が変わり肉体が変化していく。人の形をしているが全身が短毛種の毛並みで。耳や尾も獣のものである。しかしスバルの関心はもっぱらベルの首輪にあった。魔力量に反応して光り、人の姿になると装甲になる。雷光をモチーフにした黒と金の装甲は勇ましく優雅だ。
ベルは膝をつき、頭を下げると丁重に挨拶した。
「魔工技師さまとは、大変に失礼いたしました。私、ヴェルダンディと申す者。我が主の失われた脚を元に戻すため、旅をして参りました。全てはアシッド村の魔工技師さまを訪ねるためでございます。まさかこのような場所でお会いできるとは思いもよらず。これまでの非礼をお詫び申し上げます」
スバルは頷き、胸を張る。
コレだ! こういう態度を取るのが常識だろ!
「アスラケージ国のヴェルダンディといえば中将ではないか。誇り高き戦士が何故素っ裸で。それは獣モードの時にも装甲になるはずだ!」
整った毛並みに包まれた勇ましい顔が一瞬で羞恥の塊になった。
「道具は然るべき時に使われてこそ道具だ。どこに不具合を感じたのか説明しろ!」
真面目な魔工技師ならでは意見だ。
「ここはジータ国です。このネックレスにはひとつも不具合はございません」
スバルは最大限に眉間に皺を寄せた。この国を旅するには、その方法しかなかった。捕虜か国外追放、売られる可能性もあったか。
「すまない。ここはそういう国だったな。代表して詫びる」
「スバルさまのせいではございません。我が国でも、魔工技師は武力と魔力の頂点に立つ、神のように敬われるべき存在です」
「いいや、世界最強のオレが世界を変えられないからだ。その苦しみはオレの心に刻んでおく。今度は獣になる時は装甲してくれて構わないからな」
「ありがとうございます」
二人のやりとりに、冷たい視線が飛んでくる。
「ベル、頭を下げるな。スバルが魔工技師だと俺は認めていない。勝手に正体を晒すな」
「御意」
ベルは四つ足の獣に戻り、主の脇に座った。顎の下を撫でられて心地よさそうだ。
「俺のベルに勝手に命令するな」
「オレが誰と話したって構わないだろ」
「ベルのことは俺が決める」
スバルは頭に血が上ってきた。
――何だ、その主張? ご主人様気取り? テメェはナンボの者だよ。片足で料理しかできない宿屋のくせに、俺のベル? アスラケージ国の中将といえば上層部の部類だろ。素っ裸で歩かせるようなことをさせておいて!
『『返事がない、もう一度言う。ベルは俺のものだからな!』』
なんという威圧感だ。
いつものカールじゃない!!
スバルは恐怖と混乱でおろおろと見まわす。
――何だ? オレはどうすればいい。はい、わかりましたって言えば満足なのか? いいや、そんなことはできない。だってオレは……
『『『オレさまは、天才魔工技師だーーー!!』』』
目いっぱい大声で反論した。
大声出したの、何年ぶりだ?
“あぁ魔工技師さまでしたか! どうか俺の脚を作ってくださいませ! よしよし、テメェの飯の美味さに免じて、作ってやろう。脚の一本ぐらい簡単だ。任せろ、ホホイノホイ、そういう流れになるはず”
……。クスッ!
「テメェ、鼻で笑いやがったな!オレは客だぞ!」
その余裕は何だ。おかしい! 絶対におかしい。
魔工技師って言えば、みんな態度ひれふすのに……。テメェは、どうして態度を変えないんだよ。もしかして魔工技師がどれほど凄いかを知らないのか?
「客? そういう態度がお好みですか。ならば失礼しました。しかし魔工技師だとすると若すぎます。本当は魔工師見習いなのでしょう?」
常識的に間違いではない。
家電に魔法を足す仕事を魔工師といい、才能を認められた者は王宮に勤め、武具専門の魔工師(王宮魔工師)になれる。ここまで10年。そこから魔法師の勉強をして、呪術道具を作ること10年。二つの職を経てから魔工技師の修行をし、10年で一人前、結局30年を必要とする。
それにしても、なんと挑発的な発言!
魔工師見習い<魔工師<魔法師<魔工技師<天才魔工技師で、ランク四つ下の小童と同じにされて、黙っていられるものか!!
スバルは魔工ペンを見せつけた。これこそ魔工技師である証だ。
「ずいぶん古いペンですね。盗んだのですか?」
「――テメェは! これが慣れてて使いやすいんだよ!」
スバルは顔を真っ赤にした。
――本当に、本当に信じられない!!
「ペンの波動とスバルさまの波動にズレを感じます。前の持ち主のクセが残っているようですね。しっかり継承していれば以前の履歴と魔力が消えることぐらい常識です。それが残っているということは非合法な手段、つまり盗んだから、そういうことになっているのではないですか?」
「俺は天下のローデハイムだぞ! 爺ちゃんからちゃんと継承したんだ」
「ローデハイムならば盗む必要は無いと? ローデハイム家だからこそ、魔工ペンが欲しかったのではないでしょうか。以前の魔工技師の記録を消さずにおけば、魔工師でも、魔工技師のように作業できますからね」
「俺を侮辱するのか! 許さないぞ!」
「納得できないから証明してほしいのです。お爺様から直接継承したとするとスバルさまは何歳なのですか? 計算が合いません」
スバルは窮した。
師匠が命懸けで残した魔法がペンの中に残っている。けれどそれを説明する必要は無い。本当に嘘はついていない。魔工ペンはちゃんと継承したし、誰よりも魔法と機械を勉強してきた。
――あれから、もうどれくらい経ったんだ?
「この話は終わりにしましょう。スバルさまの優しさには痛み入ります。ですがあまり期待させないでください。俺だって本当は藁にも縋りたい気持ちなのですから」
ベルが右手に顔を摺り寄せて、撫でろと合図している。
「うん、そうする。少し寝るか。解毒しなきゃ……」
ベルを枕にそのまま横になる。すっかり疲れてしまったようだ。
脚は壊れてしまった。
だから今はとにかく休んで、これからのことを考えよう。




