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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
2 流れ星
121/246

快走


 周囲がやたら静かになって、平原に吹く風がどこか冷たく感じる。スバルは不安と悪い予感にフロートエッグから頭を出すと、誰もいない。

「!?」


 一人と一匹は、スバルに背中を向け、歩き出していた。壊れた脚の音が遠くなりつつある。スバルは慌ててフロートエッグから降りて追いかける。


「待てよ! 何でオレを置いていく!? 一緒に 仲良く 楽しい旅をしましょうって言ったの、テメェだろうが!」


「朝飯食ったら、宿屋は営業終了だ。あとで集金にいくから、ちゃんと金払えよ? もう俺に用はないだろ。卵みたいなのに乗ってさっさと村に帰れば?」

 スバルは豹変した態度が許せない。思いきり顔を背けた。


「ふん!!! 言われなくてもそうするさ。何だよ、宿屋のくせに偉そうに!!」


 俺は黙って背中を向けて歩きだした。ベルが呟いて忠告する。

「大人げないですね」

「アレとは分かりあえない。名前も聞いてくれないんだぞ? 俺に少しも興味が無いんだ」


「そうかもしれません。ですが誰かと心が通じ合ってこそ、人生は素晴らしいという事実を知らないだけかもしれません。ご主人も同様です。何を目的としてわざわざ徒歩で旅をしていたか、すぐお忘れになる」

「……。だってムカつくんだもん」


 スバルが後ろで叫んでいる

「オレを置いていくと苦労するぞ! まったく亜空間魔法を使う奴は、みんな傲慢だ! テメェは聖女か!!」


 二人の足が、ピタリと止まった。


 ――スバルは聖女を知っている。フロートエッグといい只者ではないが、魔力は弱いな。


「ベル、聞こえた?」

 ベルが威嚇するようにグルルと喉を鳴らす。天敵がズルズルと大地を這う音がする。


 スバルは夢中になって叫んでいる。

「魔法を使う時はこっそりやれ。見せびらかすと悪い奴らが寄ってくるんだぞ! 金儲け、詐欺、強盗団。そういうのに巻き込まれて一味に加担することになる。反抗したら奴隷にされるぞ。このあたりではアブソルティスが出るんだからな!」


 振り返った二人にスバルは喜んだ。しかし、もの凄い勢いで駆け戻ってくるし、ちょっと殺気立っている様子だ。

「お? 何? 何だよ!」

 どうやら敵と定められた。視線と殺気が凄い!! 殴られるのを覚悟して小さく固くなる。


「後!」

 自分ではなかった。でもスバルは後ろを見るのが怖すぎる。


 シャアア……

 何の音?


 ベルが叫ぶ。

「食われるぞ!」


 ガン!!!


 フロートエッグが揺れ、スバルは運転席にしがみついた。


 空が何者かの影で隠された。見上げると、太さだけで3メートル級の大蛇が、かま首を立ち上げている。大きな口から伸びる先割れの舌。威嚇で口を開くと長い牙。あれで突き刺されたら!!


「ボイマール平原のボス!」


 シャアア!


 ガン!


 スバルは小さくなって隠れる。ろくな防御もできない。


 牙から酸か毒か、恐ろしい液体が垂れてきて、フロートエッグの装甲を溶かしていく。

「オレの四号機が!」


 うねうねと太い胴に囲まれて逃げることもできない。くばぁと大きな口を開け、丸呑みしようとしている。

「卵だけど食いものじゃない、鉄だぞ!!」


 ひらり。ふわり。

 何かが上から覆いかぶさってくる。

「うわ!」


 スバルを跨いで身体を密着させる。膝の上に乗ることで、スバルは赤魔熊のフードマントに覆われた。耐毒性と耐酸性が効いている。

「! 魔法無しでこの効果!!スゲェな!」


 怒号が飛んできた。

「マントの材質に夢中になっている場合か! 出せるか!?」


 視界が暗いなか、スバルは始動スイッチを押す。ペダルを踏んだが、スカスカと音がする。


「起動・起動が遅い!」

 その間にも牙が襲ってくる。どうにか剣で大蛇をけん制しているが、長くはもたない。


 ゆっくり地面から浮いたが、動力炉は動いても推進力が弱い。蛇の攻撃を避けきれない。

「クソ!」


 扉の蝶番だった輪に長い紐を結び、一方を外へ投げる。

「ベル! これを引っ張れ!」


 ベルは紐を加えて走りだした。

 卵は引っ張られ、蛇の狡猾な攻撃をすり抜ける。スバルは必死に胴を抱えつつ、操縦桿を握る。

「ベル! もっと早く!」


 ガン!


 グサッ!

 牙の攻撃が座席シートに大穴をあげる。


「ひ!」

 大蛇は追いついて、攻撃をする余裕がある。


 ドカッ!

 グサッ!


 スバルは脇から出ている二本の導線コネクターを合体させる。翼の骨組みが開き、両翼が横に広がった。魔力で光の羽根ができた。


 ハンドルの中央部分にある魔法石に触れ、直接魔力を注入する。浮力が上がり、空気抵抗と重力が少なくなる。

「よし!」


 力を得た翼は効果的だ。機体が軽い。ベルは加速した。

「いいぞ、このままいけ」


 ベルは頷くが、スバルは苦い顔をした。

 本来なら倍化装置を通すが、今は手段を選べない。すぐに魔力が底をついて、羽根が点滅しはじめる。


 シャアア! 

 ドガッ!!


 蛇の尻尾攻撃で横殴りされたフロートエッグがクルクルと空中回転する。機体から振り飛ばされないだけ奇跡だ。


 体勢を立て直したものの、以前のスピードは無い。翼が半分以下しか保てない。

「――くそ、ここまでか。魔力が……足りねェ!!」



 ガッ!



 目の前に手袋。魔法石に押し付けられ、青白い光がスバルを包んでいく。


 ヴン!

 鋭く翼が延び、魔工機器のパネルが力を得て、派手に輝きだす。


 機体が軽くなった?

 ベルは加速した。


 どこまでも遠くへ!

 逃げるんだ!!



 ※    ※    ※



 蛇ははるか後方。姿が小さくなりやがて見えなくなった。

 逃げ延びることができたのか?


 依然、緊張は解けない。

 全員がそのままの状態を維持し続ける。


 フロートエッグはベルに引かれ、疾走する。

 敵の騒がしさはもう無い、風がヒュウヒュウと音を立てていた。


 機体はゆるく上下を繰り返し、揺れるマントの隙間から、光がチラチラとスバルを照らす。



 スバルはずっと目を瞑っていた。

 大蛇の恐怖が消えなかった。

 見知らぬ他人に抱きつくなど初めてだ。情けないが、まず死にたくない。


「もう大丈夫ですよ」

 スバルは目を開けた。マントの中は暗かったはずだ。けれど服の下から青白い光が放たれている。鼓動のようにドクン・ドクンと波打って、生きているみたいな魔力の流れだ。


「!?」

 ――なんだ、コレ。もしかして……偶然?


 バッ!!


 ボロボロになったマントと目隠しが捨てられ、はるか後方へ飛んでいく。あふれるような太陽の光と風がスバルを包んだ。

「眩しい!!」


「見てください」

 喜々とした声に、スバルは前方を見た。


 風を受け、水平線に向かって、どこまでも疾走していく。

 心地よいハイスピード。


 誰よりも軽く、どこまでも早く。


 風が流れる。

 雲も流れる。


 馬車でも魔道車でもなく、鳥のように大地を滑っていく。

「スゲェ!!」


 スバルは興奮した。フロートエッグにこういう走りを求めていた。

 少しだけ夢が叶った。


 ――気持ちいい!



「ベル、このまま行こう!」

 平原の終わりが見えて、小さく村が見えてきた。

 ベルがスピードをあげていく。


 スバルは苦笑いした。計算上、フロートエッグの魔力だけで、これほど軽快に移動できるはずがない。そしてこの青白い魔力の効果が重力魔法であることに気がついた。

「なぁ、宿屋。名前教えろ」


 もったいぶったような微笑みのあと、片足バーサクのハルトは言った。

「カール・ヴァンハルトです」



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