快走
周囲がやたら静かになって、平原に吹く風がどこか冷たく感じる。スバルは不安と悪い予感にフロートエッグから頭を出すと、誰もいない。
「!?」
一人と一匹は、スバルに背中を向け、歩き出していた。壊れた脚の音が遠くなりつつある。スバルは慌ててフロートエッグから降りて追いかける。
「待てよ! 何でオレを置いていく!? 一緒に 仲良く 楽しい旅をしましょうって言ったの、テメェだろうが!」
「朝飯食ったら、宿屋は営業終了だ。あとで集金にいくから、ちゃんと金払えよ? もう俺に用はないだろ。卵みたいなのに乗ってさっさと村に帰れば?」
スバルは豹変した態度が許せない。思いきり顔を背けた。
「ふん!!! 言われなくてもそうするさ。何だよ、宿屋のくせに偉そうに!!」
俺は黙って背中を向けて歩きだした。ベルが呟いて忠告する。
「大人げないですね」
「アレとは分かりあえない。名前も聞いてくれないんだぞ? 俺に少しも興味が無いんだ」
「そうかもしれません。ですが誰かと心が通じ合ってこそ、人生は素晴らしいという事実を知らないだけかもしれません。ご主人も同様です。何を目的としてわざわざ徒歩で旅をしていたか、すぐお忘れになる」
「……。だってムカつくんだもん」
スバルが後ろで叫んでいる
「オレを置いていくと苦労するぞ! まったく亜空間魔法を使う奴は、みんな傲慢だ! テメェは聖女か!!」
二人の足が、ピタリと止まった。
――スバルは聖女を知っている。フロートエッグといい只者ではないが、魔力は弱いな。
「ベル、聞こえた?」
ベルが威嚇するようにグルルと喉を鳴らす。天敵がズルズルと大地を這う音がする。
スバルは夢中になって叫んでいる。
「魔法を使う時はこっそりやれ。見せびらかすと悪い奴らが寄ってくるんだぞ! 金儲け、詐欺、強盗団。そういうのに巻き込まれて一味に加担することになる。反抗したら奴隷にされるぞ。このあたりではアブソルティスが出るんだからな!」
振り返った二人にスバルは喜んだ。しかし、もの凄い勢いで駆け戻ってくるし、ちょっと殺気立っている様子だ。
「お? 何? 何だよ!」
どうやら敵と定められた。視線と殺気が凄い!! 殴られるのを覚悟して小さく固くなる。
「後!」
自分ではなかった。でもスバルは後ろを見るのが怖すぎる。
シャアア……
何の音?
ベルが叫ぶ。
「食われるぞ!」
ガン!!!
フロートエッグが揺れ、スバルは運転席にしがみついた。
空が何者かの影で隠された。見上げると、太さだけで3メートル級の大蛇が、かま首を立ち上げている。大きな口から伸びる先割れの舌。威嚇で口を開くと長い牙。あれで突き刺されたら!!
「ボイマール平原のボス!」
シャアア!
ガン!
スバルは小さくなって隠れる。ろくな防御もできない。
牙から酸か毒か、恐ろしい液体が垂れてきて、フロートエッグの装甲を溶かしていく。
「オレの四号機が!」
うねうねと太い胴に囲まれて逃げることもできない。くばぁと大きな口を開け、丸呑みしようとしている。
「卵だけど食いものじゃない、鉄だぞ!!」
ひらり。ふわり。
何かが上から覆いかぶさってくる。
「うわ!」
スバルを跨いで身体を密着させる。膝の上に乗ることで、スバルは赤魔熊のフードマントに覆われた。耐毒性と耐酸性が効いている。
「! 魔法無しでこの効果!!スゲェな!」
怒号が飛んできた。
「マントの材質に夢中になっている場合か! 出せるか!?」
視界が暗いなか、スバルは始動スイッチを押す。ペダルを踏んだが、スカスカと音がする。
「起動・起動が遅い!」
その間にも牙が襲ってくる。どうにか剣で大蛇をけん制しているが、長くはもたない。
ゆっくり地面から浮いたが、動力炉は動いても推進力が弱い。蛇の攻撃を避けきれない。
「クソ!」
扉の蝶番だった輪に長い紐を結び、一方を外へ投げる。
「ベル! これを引っ張れ!」
ベルは紐を加えて走りだした。
卵は引っ張られ、蛇の狡猾な攻撃をすり抜ける。スバルは必死に胴を抱えつつ、操縦桿を握る。
「ベル! もっと早く!」
ガン!
グサッ!
牙の攻撃が座席シートに大穴をあげる。
「ひ!」
大蛇は追いついて、攻撃をする余裕がある。
ドカッ!
グサッ!
スバルは脇から出ている二本の導線コネクターを合体させる。翼の骨組みが開き、両翼が横に広がった。魔力で光の羽根ができた。
ハンドルの中央部分にある魔法石に触れ、直接魔力を注入する。浮力が上がり、空気抵抗と重力が少なくなる。
「よし!」
力を得た翼は効果的だ。機体が軽い。ベルは加速した。
「いいぞ、このままいけ」
ベルは頷くが、スバルは苦い顔をした。
本来なら倍化装置を通すが、今は手段を選べない。すぐに魔力が底をついて、羽根が点滅しはじめる。
シャアア!
ドガッ!!
蛇の尻尾攻撃で横殴りされたフロートエッグがクルクルと空中回転する。機体から振り飛ばされないだけ奇跡だ。
体勢を立て直したものの、以前のスピードは無い。翼が半分以下しか保てない。
「――くそ、ここまでか。魔力が……足りねェ!!」
ガッ!
目の前に手袋。魔法石に押し付けられ、青白い光がスバルを包んでいく。
ヴン!
鋭く翼が延び、魔工機器のパネルが力を得て、派手に輝きだす。
機体が軽くなった?
ベルは加速した。
どこまでも遠くへ!
逃げるんだ!!
※ ※ ※
蛇ははるか後方。姿が小さくなりやがて見えなくなった。
逃げ延びることができたのか?
依然、緊張は解けない。
全員がそのままの状態を維持し続ける。
フロートエッグはベルに引かれ、疾走する。
敵の騒がしさはもう無い、風がヒュウヒュウと音を立てていた。
機体はゆるく上下を繰り返し、揺れるマントの隙間から、光がチラチラとスバルを照らす。
スバルはずっと目を瞑っていた。
大蛇の恐怖が消えなかった。
見知らぬ他人に抱きつくなど初めてだ。情けないが、まず死にたくない。
「もう大丈夫ですよ」
スバルは目を開けた。マントの中は暗かったはずだ。けれど服の下から青白い光が放たれている。鼓動のようにドクン・ドクンと波打って、生きているみたいな魔力の流れだ。
「!?」
――なんだ、コレ。もしかして……偶然?
バッ!!
ボロボロになったマントと目隠しが捨てられ、はるか後方へ飛んでいく。あふれるような太陽の光と風がスバルを包んだ。
「眩しい!!」
「見てください」
喜々とした声に、スバルは前方を見た。
風を受け、水平線に向かって、どこまでも疾走していく。
心地よいハイスピード。
誰よりも軽く、どこまでも早く。
風が流れる。
雲も流れる。
馬車でも魔道車でもなく、鳥のように大地を滑っていく。
「スゲェ!!」
スバルは興奮した。フロートエッグにこういう走りを求めていた。
少しだけ夢が叶った。
――気持ちいい!
「ベル、このまま行こう!」
平原の終わりが見えて、小さく村が見えてきた。
ベルがスピードをあげていく。
スバルは苦笑いした。計算上、フロートエッグの魔力だけで、これほど軽快に移動できるはずがない。そしてこの青白い魔力の効果が重力魔法であることに気がついた。
「なぁ、宿屋。名前教えろ」
もったいぶったような微笑みのあと、片足バーサクのハルトは言った。
「カール・ヴァンハルトです」




