旅の友
揺れる。誰かに抱かれているように。
身体が揺れる。まるでゆりかご。
「ん? 起こすなよ、スゲェ、気持ち良いんだよ」
こんなにゆっくり眠るのは久しぶりなんだ。
爺ちゃんの声がする。 夢の中でも、また説教か?
『勇者は、聖魔の剣を持たねば戦えぬ。魔法使いは、退魔のローブを纏わねばならぬ。一切の人々は魔工技師に感謝すべきであろう。魔法と人の架け橋。知恵と技術の結晶。それが魔工、すなわち最強である』
――分かってる。オレが一番偉い。
鳥のさえずりが朝を知らせている。空が眩しい。
「おはようございます~。よく眠れましたか~」
聞きなれない声がする。
――爺ちゃんじゃなかった!
スバルは驚きすぎてハンモックから落ちそうになる。
パンの焼ける香ばしい匂いがする。熊肉のスープに、鶏肉の香草焼き。焚火の脇の小テーブルには黄金色のハチミツポット。バラの香りのお茶もある。
「おお! すごいな」
温かい蒸タオルを渡されて、顔を拭くと心地よい。
そういえば朝食を取るのが久しぶりだ。
しかも誰かと一緒に食事している。
「美味い」
スバルの独り言で話しかけたわけでもないのに、隣で喜んでいる。
「何をニヤニヤ見ている?」
「実はですね……スバルさまがお泊りになってくださったおかげで、またレベルが上がったのです。もう嬉しくって!」
「それはよか…!」
スバルの無頓着な顔が、一気に青ざめた。何の気配も物音もなく、すぐそこに血だらけのモンスターがいた。
「動くな! 化け物!」
スバルは腰から魔工銃を抜いて構える。
引き金を引く直前、意外なものを見て、照準から目を離して二度見した。
「何故モンスターを守る!!」
両手をいっぱいに広げて、立ちはだかっている。撃てないことはないが、それ以上に守る気だ。
「こちらは長期滞在のベルです! 友達です。どうか銃を降ろしてください。お願いします」
幸いモンスターもすぐに襲い掛かる気配がない。
「いつ噛みつかれるか分からないのに、一緒にいろというのか!」
「見た目だけで判断しないでください。外見が弱そうな殺人鬼だっています。それでもお客様は見た目だけで判断しますか!? 信念と心が大事でしょう。ベルには素晴らしい知恵と理性があります! 信じてください!」
スバルは目を細めた。
「盲目的に信じろと? そいつが人を襲わない確たる証拠は!」
咄嗟に料理に目が行った。
「熊肉スープ! 鶏肉ロースト! 食べましたよね!?」
「美味かったけど?」
「全部ベルが、俺たちのために戦ってくれたました。彼には毎朝、散歩のついでに狩りをお願いしています。メインディッシュの食材になるので、すごく助かっています。俺は狩りができません。彼がいなかったら野菜と豆しか食べられないんです!」
スバルは銃を下ろした。
「モンスターから宿を護っていたのもそうか……」
ベルは静かに頷いた。
「礼を言おう。おかげで昨日はよく眠れた。それと、見た目で判断したことを謝る」
ベルは一礼し、猫のように顔や身体を舐めて毛づくろいをはじめた。
スバルはその首輪が気にかかった。
「ほう、魔力高めだな? その首輪は高級魔工具。貴族のペットか?――貸せ」
首輪に手を伸ばすとベルが軽く唸った。
「獣には上等すぎる道具だ。貸してみろ」
そしてまた威嚇される。
この問答を10回ほど繰り返す。
ベルが本気で唸ったので、スバルはおもいきり後退して叫ぶ。
「奪うわけじゃねぇ。どんな仕掛けで動いてるか調べたい! 触らせっろ!」
終わらない問答には終止符が必要だ。俺は間に入って立ちはだかる。
「お客様! 一緒に! 仲良く! 楽しい旅! これがお泊まりなる方に唯一お願いすることです。守れないなら出ていって下さい!」
スバルは言葉を失った。
――オレに向かって……出ていけだと?
ここ一年ほど、常に冷静でクリーンに回転していた思考が、こいつらに出会ってからどうも調子が狂いう。
――何故だ? 何故!!
スバルは我慢ならない。
「うるせぇよ! 唯一と言いながら三つも条件つけやがって。オレはいつも、ひとりで! 勝手に! 地味~に、部屋で研究しているが、世界一の価値がある男なんだぞ」
「どれだけ価値ある方かは存じかねます。ベルに謝ってください。嫌だというなら退去してください」
「オレを置いていくのか!?」
「そうです。退去させてお客様の資格を奪ったうえで、俺がぶん殴ります。ベルが嫌がることを強要しないでください!」
「はぁ? ちょっと見るくらいで? 何で怒るんだよ」
「とても大事なものだからです」
「別に盗ったり壊したりしねぇよ。今の時代に合ったメンテナンスも必要だからだ! 大事に思うなら、道具は進化させなきゃだめだ。時代に合わないものは不要品だ」
「……。」
スバルは不穏な空気を感じた。
「――あれ?」
とてもヤバい空気になっちゃったけど? 何でだ?
唸っているベルよりも、もっと凄い地雷を踏んだらしい。静かな宿屋の主の怒りのスイッチが入ったのは分かるが、どこがきっかけなのか、心当たりが全然ない。
その時、ギュワッと異音がした。義足に力を込めて歩いたからで、スバルはその音だけで魔工具の状態がとても酷いものだったと察知した。
「――おい」
その時になって、スバルはこの男の名前を聞くのを忘れていたことに気付いた。宿屋は宿屋の主で無名で事足りる。どうでも良いと思っていたから気にもしなかった。
「宿屋!」
「宿屋は閉店しました。お預かりしていた物、返却します」
ドガゴロゴロ、ガンッ!
無造作にフロートエッグが転がった。
「オレの四号機を手荒に扱うな!! まったくもうこれは繊細なんだぞ。修理箇所が増えるじゃないか!」
スバルの訴えを完全に無視して、後片付けをしている。荷物に触れるたびに姿が消え、どこかに収納されているようだ。高級品のアイテムボックスの魔工具でも数個が限界だというのに、ゴミ捨てのようにポイポイとどこかの空間へ消えていく。
「それ、亜空間魔法だろう!」
返事も反応もないから、会話にならない。
――まだ怒ってんの? これ以上揉めるなって言うから、首輪もあきらめたし、大人しくしてやってんのに。
スバルはフロートエッグの蓋を取り外して素材を集めた。
そして首紐で繋がるペンを懐から出し、空中に鳥の翼の骨組みを描いていく。フロートエッグ本体は翼を合体させた設計に変更して魔法陣で囲む。蓋側の素材を魔法陣で吸い込み、凝縮し、切り取って、本体に貼り付けだ。最後に動力炉に繋げば完成だ。
「これでかなり早く飛べるはず。問題は動力炉だよな」
折り畳み式の翼は卵の中に内蔵させた。
出来上がったら一番で乗せてやろう。これで機嫌も治るはず。移動スピードもあがって村に到着し、全員がご機嫌・万々歳。完璧な計画だ。




