テイマー
リルムの命令にルードは舌を出して笑う。長い舌にはアブソルティスの紋章があった。
ディスカスが咄嗟に包丁を手に取ったが、それ以上は身体が硬直して動かなかった。ルードはベロリと舌なめずりして喜んだ。
「ジジイは大人しくしてな!」
悠々とディスカスの脇に立ち、蹴り飛ばした。ディスカスは動けない。
「オレより先制攻撃の上手いやつはいないぜ」
目的の子供が頭を抱えて尻を向けたまま、床に丸くなっていた。
「おやおや、怖がっちゃって」
丸くなる子供に蹴りを入れるがビクとも動かない。
「?」
その小さな背中を掴んだ瞬間、ズルリと皮が剥けるように上着だけが残った。
「え?」
一瞬で裏口から外に逃げ、ルードは開いたままの扉に茫然としている。ロウは大笑いだ。
「ひひひ! 一撃必殺の先制攻撃も形なしだな! まんまとガキに騙されてやんの!」
「うるっせぇぞ! 下っ端。おっかしいな、確かに捕えたはずなんだ」
ルードが裏口から追うと、ライカが呟いた。
「油断するなよ~ リ・ル・ム!」
リルムが一瞬混乱し、青ざめる。ライカ直属の幹部、その頂点にいる自分に油断するなと言うなら、ルードでは相手にならないということ。
「ルード! 待て!」
リルムの制止は届かないまま。裏口の戸が閉まる。
次の瞬間、おぞましい悲鳴が上がった。それは子供の高い声ではなくルードだ。
※ ※ ※
俺、浅利一翔がディスカスと修行を始めて数か月。
さぼりが多かったけれど、教えてくれる先生が良いから、少し強くなれた。一般的な炎や氷を出すのは下手だけれど、テイマーが向いていると分かった。魔物を操って戦わせるスキルだ。
前の世界でドッグトレーナーをしていたから、自然と身についていたものに魔力が加わっただけ。でも何もできないよりはずっといい。人と争うことは苦手でも守る力は欲しい。
修行を重ねるうちに、魔法を使えることは特別だと教えられた。街には魔法を動力とした魔道具で溢れ、魔法が付与された武器や防具も売っているが、どれも魔法石によるものだ。電池並みの利便さで高出力となれば、魔法文明として発展したのも理解できる。
そしてそれは勇者たちがダンジョンで得る魔法石を資源にして成り立っている。だから日常的に魔法を使う人は少ない。コンセントがすぐそこにあるのに自家用発電機を使う人がいないのと同じで、一般人でありながら魔法が使えるディスカスはオタク扱いだ。
戦う必要上、魔法が必要な勇者であってもその割合は半分ぐらいだ。残りの半分は剣や格闘専門などだ。数少ない魔法使える人間を集め、何百人の中にポツンといる感じ。テイマーはそれほどに珍しい。
テイマーは使役する種族に傾向があって、獣ならビーストテイマー、昆虫ならば虫使いとなる。俺の場合は偏りがなく、虫でも獣でも従えられなかったものは無かった。
経験が少ないこともあるが、もしかしたら広く浅くということかもしれない。強い魔物を使役しないと、あまり意味のない能力だ。陽翔のように強くなりたいけれど、無理かもれない。
それでもテイマーとして学ぶことは友達が増えるから、楽しい時間だ。リリーとさらに仲良くなり、意思の疎通が簡単になった。リリーは強くて頼れる存在だ。たまに子供扱いされて枕元に血まみれの餌が置かれてゾッとするけど、それも愛情。
修行を続けるうちに画期的なことに気付いた。蜂や蟻たちの行動を支配し、畑に入ってこないようにできる。害虫防除である。
俺は虫が苦手だ。特に青虫。大好きな料理をしていようとも、上機嫌でキャベツや白菜を剥くことはできない。ブロッコリーの隙間も油断できない。葉物野菜を食害され、キッチンでコンニチハされた瞬間、苦悶の声が出るし、たまらなくテンションが下がる。戦うためではなかった。
だからルードから逃げて、外に出た途端、陽翔が叫んだ。
“虫でも蛇でも、従えられるもの全部で攻撃させるんだ!”
とても俺には考えが及ばないこと。ルードが悲鳴をあげたのは、陽翔が頭脳明晰なおかげだ。
※ ※ ※
言葉にならない叫びにロウが外を確認し、急いで扉を閉めた。
「ロウ! 何をしている」
ディスカスは裏口のガラス窓に黒いうねりを見た。
さまざまな虫や鳥が大量に湧いて出ている。犬や猫が吼え声をあげ、その騒ぎにモンスターまで寄ってきている。扉を閉めなければ建物の内部に侵入してきたことだろう。
「呪文で燃やせばいいでしょうに」
リルムは苦言を漏らす。外に倒れていいたルードは顔を覆い、群れを素手で振り払うだけだ。
ライカは大きな肉を切り分けながら、酒を飲む。
「できねぇよ。あのバカ、いつも舌だしているから蜂に刺されるとは思ってなかったんだと」
リルムは頭を掻く。
「それでは呪文も唱えられませんね……第三位の幹部ともあろう男が情けない。許されることではありません」
「生きていればな?」
リルムは沈黙した。
ルードが死ぬ? ライカは一度目の失敗は許す男だ。ライカが殺さないのなら、誰がルードを殺すのか。
「蜂や蟻の毒、ダニでも人は死ぬ。単独で毒をくらっても、簡単にヒールできるからあまり気にしないよな。しかし同時で、原因も分からない自然毒をたっぷり注入させられて生き残れるものだろうか」
リルムはぞっとしながら首を振る。
複合毒!
「それは――難しいでしょう」
「だから言ったんだ。ルードはまだ使い道がある。責任取れよ」
「かしこまりました」
ライカはレアレアで焼かれたかたまり肉を見つめる。
「もちろん子供なんだからな? 無傷で捕らえろ。超レアなんだからな? できなかったらマジで殺す」
「誰を?」
ライカは血に濡れたナイフにその男の顔を反射させ、笑った。
ボン!
爆発音がして、外が火の海になった。
『クソガキがぁ! どこ行った!――出てこい!』
「怒りまくってますね。燃え広がらないうちに店を出ますか。雨も止んだようですし、良い頃合いでしょう」
リルムの誘いを受け、ライカはワインボトルを片手に外へ出た。
「はぁ。一翔チャンの飯は最高だな!」
※ ※ ※
ルードの風魔法と炎で裏の畑は消滅し、倉庫が炎に包まれている。
周囲を破壊しつくし、瓦礫すら粉々になったせいで、見晴らしが良い。所詮、幼子の足だから、逃げたとしてもすぐ見つかるはずだ。
「ひょっとして倉庫と一緒に燃えちまったか」
ロウの言葉にリルムは眉を寄せて困り果てる。
「迷惑な能力ですね。生き物は煩いし、逃げるのも早い。曲がりなりにもアブソルティスの幹部ではないですか。殺戮を繰り返してきた人間が、こうも簡単にあしらわれるとは……いったい何なんですか」
「――あ! あんなとこ? うわ~。遠いな!」
ロウが空を指さした。荷物配達用の鳥に乗り、上空で様子を見守っている。
俺は陽翔と共に、遥か下で起こる大惨事を信じられない気持ちで見つめた。
「どうしよう。燃えちゃった」
数か月過ごした宿は、とても快適で居心地の良い場所だった。火が回り、破壊されていくのを黙って見届けることしかできない。
“ディスカスは無事かな”
一翔は頷く。短期間の修行で、個人のマナを確実にキャッチできるようになった。ディスカスの魔力は健在だ。
「小太郎を呼ぼう」
俺はアンクレットを引き千切った。緊急時で、どうしても助けが欲しい時、これで小太郎を呼べる。わずかな希望だ。
俺が指示するよりも先にリリーが旋回して危うく落ちそうになった。
「リリー!?」
ガガガ!
ロウだ。マスクを突き破り、機関銃が火を噴いている。
リリーは賢く強い鳥だ。姿をくらまし、その上速い。あっさりと避けていく。
ガガガ! ガガガガガッ!
リルムは笑いを堪えきれず、吹き出した。
「くそ! 何で当たらねぇんだよ! おっかしいだろ。ただの郵便配達だぞ!」
ボカッ!
リルムは長い足でロウの頭を蹴り飛ばした。苛立ちのあまり、かなり遠くまで吹っ飛んでいった。
「よく見てください。ミラージュ効果です。あれは幻の空帝。図鑑でしか見られないようなモンスターです。彼はテイマーですね。ますます興味が湧きました」
ライカは座りこんで酒を飲む。
「ロウは使えないな。やっぱり死んでもらおうか」
「ヒッ」
ロウは地面を這いつくばって毛虫のように反り返る。リルムの冷たい視線に寸前でやめるが、瀕死で立ち直れそうにない。あと少し遅かったら完全に死んでいる。
「まだ使えるでしょう。短気はやめてください」
ライカは頭を掻く。
「ごっめーん。うざすぎて。ならリルム、お前代わりに死ぬ?」
「幹部第二位も意味なしですね。苦労してここまで登りつめた人間に敬意はナシですか?」
ライカは笑う。
「それだけ欲しいってこと!」
「ルードを回復させます。呪言に距離は関係ない。あのガキも遠くには逃げないでしょうから」




