スバル・ローデハイム
夕方近くなったので、宿をオープンした。
今日も客は来そうにない。
「開店休業だな」
熊の手を煮込んでいる間、分解寸前になった脚を補強した。もう歩く時にも体重をかけられない。真っ直ぐな枝を選び、幹を払って杖をつくる。
所持金は105GILだが、魔法石を換金すればそれなりの金額になる。それに赤魔熊の毛皮はとても丈夫で、高価な敷物の材料になる。なのにベルはダメだと言った。
「え? マントにした方がいいの?」
本当は少しでもお金にしたい。
買いたい食材や調味料があるのだ。105GILでは駄菓子程度しか買えない。
ツノウサギ、ダンテの忠告が胸に響く。
「赤魔熊は本来、山にいる魔物です。それが平原の中央に現れた。これを説明できますか」
「秋だから、山には食べ物があるはず。ハチミツは好きかもしれないけれど、それだけのために山を下りることは考えにくいな」
熊は山から追い出された。そう考えるのが正しい。
「このままでは身に危険が及びます。少しは戦うことも念頭にいれてください」
「追い出したヤツ。人間か魔物か。自然の摂理か……もしかして魔王?」
村よりもさらに山奥に魔王が棲むダンジョンがある。
「基本的に魔王がダンジョンの外に出ないことはご存知でしょう?」
「じゃあ、やっぱり自然発生的に……じゃ、ないんだ?」
ベルは忠告する。
「赤魔熊には蛇の毒や酸に耐性があることはご存知ですよね」
「そりゃ食材だから色々調べたよ」
「料理の観点からではなく、戦士の観点で考えてください。今までボイマール平原を歩いてきて、手下の蛇の出現数が少ないことに気付きませんか?」
「そう言われれば。それって相当な数が熊に食べられているということだろ? それは俺たちにとって良い事なんだよな? 毒蛇に襲われる心配はなくなるし、熊も退治したし……」
「本当にそうだと思われますか?」
ベルの視線が痛い。きっと違う。
「よく考えてください。仲間を失った時のボスの行動。仲間を失うことは、ボスの身が危なくなることです。生き延びるためにボスは何をしますか」
「警戒して徘徊し、敵がいれば戦う」
そのためにマントが必要だ。毒や酸の攻撃を避けられるグッズを作ることが急務だ。
「ベル、ありがとう」
――でももしボイマール平原のボスに出会ったら、俺は勝てるのだろうか? この脚では大蛇の動きに追いつけない。
俺は足に不安を抱えながら、一晩かけて赤いふわふわマントを作った。
ベルは満足そうだ。
「マントに杖。まるで魔法使いですな」
「こんなもんで良いかな?」
「フードもつけると良いですよ。大蛇の背は高いので」
ベルは運動と暇つぶしを兼ねて、周囲のモンスターを退治してくれている。
「俺、裁縫は苦手なんだよな……」
なんとか形になったが、まだ仮縫い。どうにかならないものか。
※ ※ ※
良い方法はないものかと宿屋の心得のページを開く。すると次のページがあり、スキルが増えていた! 裁縫スキルがあることを期待する。
特殊スキル:豪商(LV:MAX)
二度見た。いつの間にこんなスキルが?
「豪商? どんなスキルなんだ?」
特に説明はない。ならば使って確かめるのみだ。草原には誰もいないはずだが、それでも効果はあるのだろうか。
俺は右手を夜空に突き上げた。
『豪商!!』
ヒュー!
魔力が打ち上げ花火のように上がりパアァと球状に散る。
「お~綺麗だな」
そして夜空は暗くなり、静かに風が吹いた。
ヒュウウウウ……
何も起きない?
そうだよな、誰もいないもんなぁ~
商売相手がいなくちゃ話にならないよな。
ヒュウウウウ……
どさっ。
何かが空から落ちてきた。しかもゆる~い速度。
「卵?」
不思議な卵だ。とても重そうなのに、タンポポの綿毛のように不時着した。
カパッ!
卵は割れたのではなく、四角く切り取ったように蓋が開いた。鉄の扉だということは人工物だ。
「そこの魔法使い!! テメェ……何しやがった!!」
相手の顔が出る前に怒号が飛んできた。とりあえず魔物の気配ではない。
「魔法使いではありません。宿屋です!!」
同年代の男が出てきた。
「オレはスバル・ローデハイム。状況を説明しろ」
銀髪にグリーンアイが恰好良い。鋭い視線で大人びている。そう思ったのは卵から降りる前までの話。地上で並べば身長が20センチも下で、自然と見下す状態になる。
微笑んで挨拶したが、それをバカにされたと思ったようだ。思いきり不機嫌だ。どうしよう。
「ええっと、状況? それは俺も知りたいです」
スバルはため息をつき、自分が受けた被害の説明をする。
「今日は久しぶりに晴れた満月だった! 魔力量最高の夜だったんだよ! なのにテメェの魔法念波のせいで、研究が台無しだ!! 動力炉が異常を感知して緊急停止しちまった! テメェが何かしらのドデカイ魔力を空に放ち、それは満月によって最高潮に高められ、効力が最大限に広がった。
同時刻、絶賛研究試験段階中のフロートエッグはその影響をモロに受け、魔法プログラムにバグが発生し、動力炉はストップ。落下事故になって死ぬのはゴメンだ。オレはフロート機能だけは維持しようと必死だった! 動力炉は止まったが、加速度がさほど落ちなかったのはテメェの魔法引力のせいだとオレは推察する! したがって犯人はテメェだ! わかったか!」
「豪商で?」
スバルは舌打ちをした。貧乏ゆすりをしながら考えている。他人のイラつく行為トップ3を見事にやってのけ、絶対に人に好かれないタイプだ。
「豪商、何でまたそんなスキル……だがおかしい。オレの豪商レベルは上限に近い。影響を受けたとは考えにくい。偶然か?」
「豪商とは、どんなスキルですか?」
「商売繁盛。人・物が寄ってくる。だいたいは金持ちが転職した時に手に入る。まぁ自動的に一文無しになるがな!」
「だからお金が消えちゃったんだ!」
「おいテメェ、レベルいくつだ?」
「宿屋レベル1です」
「ふざけてんのか?」
「だからレベルを上げたくて、誰かお客さまに来てもらえないかと。ほら、でもここは平原の真ん中でしょう? モンスターのお客さまはいても、人間は誰もいないと思っていました」
「あぁ、いなかったよ! オレは山の麓の村から引っ張られてきたんだ!! どんだけだよ」
スバルが指をさした方向は暗闇で見えないが、アシッド村がある方向だ。そこから来たと聞いただけで、希望が湧いてきた!
「ちょうど良かった! 俺もそっち方向なので一緒に行きましょう! ついでに俺の宿に泊まってくれませんか? もちろん有料で!」
「テメェ……巻き込んだくせに有料か!」
「商売なので。早く宿屋レベル上げたいのでご協力お願いします。損はさせませんから! それに野原に一人でいるより、宿のほうがお得でしょう?」
「野宿だけどな」
姿勢を正し、改めて一礼した。
『La Rochelle Noirへようこそ。一晩5GILですがお泊りになりますか?』
「ロシェルノアール?」
「宿の名前です。昨日決めました!」
「野宿なのに?」
「まず形から。すぐに世界一の宿にしてみせます!」
「まぁいいや。名前なんて何でもいい。小銭ぐらいくれてやるから泊めさせろ。だが今は財布が無いから、支払いは村に着いてからだぞ? テメェが勝手に召喚したんだ、支払い交渉に応じろ」
「かしこまりました」
大事そうに、宿帳のページの一枚を取り外す。
「一緒に 仲良く 楽しい旅をしましょう! 宿帳にサインをお願いいたします」
スバルが触れると、写真と名前が浮き出てくる。
(御芳名) スバル 様 (年齢)不詳
(御住所) アシッド村五番地 サスペンドホール
(ご利用) 一泊 5GIL後払い
(備 考) オプション 食事サービス1日15GIL
白紙の文字が浮かび上がり、問いかけてきた。
一日あたり20GILです。
ご利用されますか?(“Y”/ N )
点滅するYの文字に触れると契約完了だ。焚火・ハンモック・水筒・毛布が渡される。
「たったこれだけ?」
「はい。格安にはそれなり事情がございます。レベルが上がれば快適に過ごせるのですが……」
せめてもの償いにと、ハンモックを設置し、生温い水筒の水を沸かした。
「最適温度は98度。茶葉は特注品です。高い位置からカップに注ぐことで香り豊かに楽しめます」
スバルは鼻をヒクヒクさせている。
「こちらはサービスです」
琥珀色で上品な香りがした。これは本当に久しぶりだ!
「これって、こう……紅!」
スバルは空を見上げ、一瞬考える。
「こう、やってのめばいいんだよな?」
「ご自由に。レモンティーにしても美味しいですよ」
夜風に冷えた身体が温まる。
スバルは、心からほっとした。
百年ぶり、それくらいの気持ちで。
「お荷物、お預かりしておきます」
スバルが振り返ると、巨大な卵が忽然と消えた。驚いて開いた口が塞がらない。
宿屋のくせに魔法。しかもレア魔法。
――いや、その前に……。
「オレのフロートエッグ四号機!! どこへやったんだよ」
「クロークみたいなものです。いつでも返却可能です。さぁ夜も遅いです、ごゆっくりお休みください……」




