赤魔熊とベル
そよぐ風も熱風。秋だというのに平原の暑さが厳しい。
俺は我慢強いし、修行して鍛えた身体なので気温50度でも我慢できる。しかし毛皮を着た獣はどうだろう。こんな状況でもベルはノロノロした歩みに付き合ってくれている。
彼はとても忠実で、忍耐強い。
ボイマール平原の草むらから優美な肩甲骨と背筋のラインが見え隠れしている。けれど頭はうなだれ、鼻呼吸しかできないのに、身体の熱を吐き出さんと口が開いている。これではベルの方が先に倒れてしまいそうだ。
――だから宿屋は休業し、涼しい夜に移動しようと決めたのに。
ベルは怒った。この程度で店を開けないなど、とんでもない。どんな状況であっても、宿屋は開いておくべきだという。誰かが助けを求め、飛び込んでくるかもしれない。ここは最強の宿屋なのだから。そう言ってくれるのは嬉しいし、感謝しかない。
俺以上に、俺のこと考えてくれる。でもお客がいない事実とベルの消耗具合をみていると、やっぱりベルを大事にしたいと思うのだ。
「別行動にしよう。ベルは先に進んで木陰で休んだ方がいいよ」
「私がいなくなったら、気が緩むでしょう。日陰になってくれるモンスターが寄ってくるでしょうし、無意識でも空気が冷たくなります。勝手に魔力が働いて、珍しく曇り空になるかもしれません」
「俺はベルのことを思って……真面目にやるからさ?」
「ならば一生懸命に歩いてください。一緒について参ります。離れたり、置いていかれるのは御免です」
俺は無言になって、歩き続けた。一緒にいたいのは同じ気持ちだが、苦しめるつもりは無い。もうすぐ国境だ。遅かれ早かれ別れが来る。
――今すぐアスラケージに行けと命令すべきだろうな。
ベルにはヴェルダンディ中将として行動してもらう。アスラケージ国を変革できるのは彼しかいない。だけど……。
空気が重い。そして暑い!!
いろいろと限界を感じ、岩陰を見つける。そこには一本のそそり立つ緑の木があった。
「休憩しようか」
木に寄りかかり、見上げると木漏れ日がキラキラと輝いている。
「自然って綺麗だなぁ」
頬に風をうけて、自然の息吹を感じる。
どこまでも続く空の青さを感じながら、自分の未来について思索する。そんな時間と余裕があるのも旅の醍醐味だ。
ぐ~~。
お腹がすいた。けれど毎日同じ材料ばかりだ。戻した海藻と干し肉でスープ飯とか、ふやかした豆を肉っぽく味付けしてみたりしているが、同じ調味料で、違う味を作るのは難しい。
「オヤツ食べたい……」
せめて生のフルーツが欲しい。じゅわっと溢れる果肉と果汁。若くても酸っぱくてもいい。そこに甘味を加えて、甘酸っぱくする。
幻でもみているのだろうか。遠い目で見ていた木の枝に、視線が集中した。木漏れ日の中に動く楕円形。よくみると薄い緑で表面がザラザラしている。
ぞわぞわと鳥肌がたつ。何という幸運!!
「檸檬の木じゃないか!!」
そして何という悪運!!
この脚ではジャンプできないから届かない。そしてベルが木登りできるほど枝が太くなかった。
――蹴り倒す?
いつでも主の期待に応えたいベルである。
「ダメだよ。頑張って生きてきた木を倒したら申し訳ないよ。何個か欲しかっただけ」
細い紐に石を括り付け、投げて一本の枝に絡めた。
「よし!」
あとはそのまま引っ張るだけ……で、力任せに引いたら紐が先に切れる。
失敗した。ベルは呆れるばかりだ。
「枝と紐、どちらが強いかなど目に見えて明らかではないですか」
「いつも魔力で強化していたからだよ。紐が壊れるとは思わなかった」
「足を壊した時も同じことおっしゃっていましたよ? そのギャップはクリアしなければなりませんね。でないと次の足も破壊することになります。我が主は最強なのですから、もうしばらく魔法ナシの状態に慣れていきましょう」
「ええ? レモン欲しい! ちょっとだけ……ダウンは?」
「重力魔法は禁止です。ニュートンがリンゴを落ちるのを見て法則を発見したように、一般人の気持ちになって、良い策を考えましょう」
そんなことで挫けたりしない。俺の食材に対する情熱は太陽よりも熱いのだ。
「レモンを二個収穫するのと、山ひとつ崩すの、どっちが難しいと思ってんだ?」
ベルは呆れた。
「ならば魔法は使わずに、その辺の石でもぶつけたらよいではないですか」
「果肉が傷つく! さっくり無傷で収穫したいんだよ」
「良いです。見逃しますよ。ただし剣戟のみですよ」
俺は喜んでアイテムボックスから長剣を取り出す。鞘の装飾が豪華で重厚なオーラを放っている。剣を抜くと太陽光を受けた刃が眩しい。
ひゅん! バキッ!!
剣を鞘に収めた頃、レモンの枝が手元に落ちてきた。
「やった!」
喜んで空に枝を掲げると、枝先から黒い渦が湧いて出た。続いて丸い巣が割れ落ち、さらに虫が増えた。異様な羽根音にベルは目を細める。
ブブブブブ!
ベルが一目散に後退した。
「下がってください!」
それは蜂の巣だ。針の痛みよりも毒が危険だ。手で振り払おうにも多勢に無勢。一瞬で全身が蜂に包まれた。
「わああ!」
恐怖ではない。巣の欠片から、黄金色の液体がトロリとこぼれて、指を舐めた感動の声である。喉が痛くなるほどに、めちゃくちゃ甘い!
――ベルは猫科だから甘味を感じないんだよな! なんか可哀想だな~。
「はぁ! 美味い!!」
「虫嫌いよりも、食欲が勝りますか」
「苦手だけど、虫避けと収穫スキルがあるからね!」
しかしベルの緊張は解けなかった。
「後!」
「ん?」
夢のひと時を邪魔するような音と魔力。
ボコッ!
地面から盛り出て、赤い山のような形に膨らんだ。
獣が湧いて出てきた。魔力を放つ赤毛。四つ足から両手を広げて立ち上がった。魔力は塊と火球になって放たれる。
「赤魔熊!」
ちょっと驚いた。こんな見晴らしの良い平原で、突然に熊が現れたのだ。どうやら岩の隙間には洞窟があったらしく、この暑さに隠れて涼んでいたようだ。
ドン! ドドン!!
大きなスイングで鞭のようなパンチが飛んでくる。
グオオオオ!と叫ぶ。そして大きな毛むくじゃらの手から鋭い爪跡が五本。
敏捷性のある連続攻撃。拳の風が前髪を揺らす 動きの悪い足を引きずる形で避けるが、地面の岩に鉄の足が引っかかった。揺らいだ身体に熊パンチが入った。
「ぐはっ!」
大きく横に飛ばされて転がった。鞘で受け止めたが、パワー任せの攻撃に防戦一方だ。押し倒されて、逃げることもできない。
ガン! ガン!!
打ち付けられて、鞘が歪む。
ミシッ!
その音にゾッとした。鞘は剣ほど頑丈に作られていない。鞘も大事なのだ。ノースデルタの紋章が壊れたら、王にこっぴどく殴られる。
『ベル!』
ベルの身体が青白い魔力の保護を受けて包まれた。漲る力にベルが牙を剥く。一発でなぎ倒し、噛み殺した。仕留めた獲物を差し出して、頭を下げる。
「親愛なる主君に捧ぐ」
「ありがとう」
魔力のこもった手で、ベルを撫でる。
『GOOD!』
ベルは満足そうに喉を鳴らした。
高級食材を手に入れ、料理人の腕が鳴る!
蜂の子や熊の手はグロテスクだけれど、これも研究だ。熊の手は脱毛が肝心だときいた。一本ずつ抜くのは時間と高い技術を要求されるが、ゼラチン質の脂身が美味いらしい。
「ツルッツルのおテテで、ブルップルのコラーゲンを戴くぜ!」
肉の下処理をしているうちに、太陽が傾いてきた。久しぶりに真剣に料理に集中することができて楽しい。ほど良い疲労感で額の汗を拭う。
「やっぱりこういう時は、ハチミツレモンだね!!」




