宿屋の旅
ダンテは上機嫌だ。
「ワタチにできることはありましゅか? 宿屋しゃんなのでしゅよね! 泊まりましゅよ。あ、でもヒト族のお金もってないでしゅ……」
しょんぼりすると長い耳まで垂れ下がり、これがまた可愛い。すっかり心を射抜かれてしまい、タダでも良いから泊まらせてあげたくなるが、ここは商売だ。
「魔族はお金の代わりに何を使っているのですか?」
「魔法しぇきです」
ウサギは袋から粒状の魔法石を出した。
「こちらでのお支払いも大丈夫です」
「本当ですか! それは良かったでしゅ!」
宿屋の心得を取り出した。ページの後半はルーズリーフになっており、取り外しが可能だ。無地のページの一枚を取り出す。
「これは何でしゅか?」
「宿帳です。お客様との出会いと思い出を記した、とっても大切な本です」
「それは素敵でしゅね」
「はい! こちらにタッチすることで契約締結となります。お願いいたします」
ダンテが用紙を受け取ると文字が浮かび上がった。
(御芳名) ダンテ 様
(御住所) ボイマール平原 東入口付近
(ご利用) 一泊 魔法石 前払い
(備 考) ツノウサギ族ヒト科 寒さが苦手。
白い用紙が問いかけてくる。ご利用されますか?(“Y”/ N )
点滅するYの文字に触れると、紙が光になり、宿帳の中へ吸い込まれた。
俺は満足そうに微笑む。新しいページに新しい絆。これほどうれしいことはない。
「それではご案内いたします」
ハンモックと暖かい焚火しかないが、野宿でも癒される空間だ。
「これが宿屋? でも、ここち良いでしゅ」
「本来なら温かいお部屋とふかふかベッドをご用意したかったです。数回のご宿泊でレベルアップできるはずなのですが、お客さまがいなくて困っています」
「ふかふかベッド。とても素敵でしょうね」
寒さから解放され、暖かいハンモックで揺られるとダンテは眠くなった。
ダンテに毛布をそっとかけて、今日の仕事は終わりで物足りない。
「早くレベルを上げたいな……」
※ ※ ※
その夜のことである。
ボイマール平原の大蛇が異変に気付いた。見回りをしていると子蛇たちの数が激減していたのだ。
子孫を絶やそうする者が現れたことに怒り、巣を出た。巨体を揺らせて野原を徘徊する。細長い舌でチロチロと風を舐めると、人の匂いがする。
――忌々しい勇者どもめ
シャアア!
威嚇音を発しながら、月夜に敵を探して荒野へ。
甲冑に身を包んだ体格の良い戦士が数人、その様子を遠くから見ていた。
「隊長、ボスが出て行きました。先発隊によると金目の物は見当たらないようです」
「ケチクソが。では火を放て。中の卵が孵らないようにして入り口も爆破しろ。最後にうちがやった証拠の品も忘れるなよ? 存在感が大事だ。アキームの名を世間に知らしめるのだ」
「それにしちゃぁ、やってることが小さすぎやしませんかね? ボスは倒さずに巣だけ襲うとか、ツノウサギの捕獲とか、工場勤務とか……責任を問われない雑用ばかりじゃないですか」
「勇者根性を捨てろ。今は日陰の身だ」
「でも俺たち勇者なんで、やっぱり派手派手しく恰好良いとこ見せたいんですけど? これじゃぁバイトやパートタイムの労働者と同じです」
「愚痴を言うな。これも大いなる目的の一端なのだ。何しろ発足したばかりで資金が足りんし、公になれば潰されてしまうんだぞ。小さい行動で大きい効果を狙うのだ! それで状況はどうなんだ?」
「とにかく馬の数が足りません。いっそのこと魔物を躾けて、荷馬車を引っ張らせた方が早いんじゃないですか?」
「阿保なことを言うな。魔族など信用できるか。会長によると、あの不審者がまだ平原をうろついているそうじゃないか。俺たちのことを調べているに違いないんだ」
「荷馬車に乗れない片足の男のことですね」
「団長から決して近づくなという指令が出ているが、出会ったら戦いは避けられないだろう。恐ろしく強いそうだから十分に警戒しておけ。アブソルティスだったら殺されるぞ」
「あいつら気分で人を殺しますからね。野獣を連れているあたり普通ではありませんね」
「お前だって獣を連れているじゃないか」
男は一匹の首輪とリードが付いたツノウサギを連れていた。それがふと二本足で立ち上がり、音を拾うように耳を立てた。
「ん? どうした、敵か?」
ツノウサギは地平線の彼方にダンテの気配を感じ、鼻をひくつかせ、音のしない声で鳴いたのだった。
※ ※ ※
翌日、ダンテは仲間を連れ、再び団体で泊まりに来た。
「それで誘拐事件は終わったんですか?」
俺の問いにダンテは快く頷いている。
「見回りが増やしたのと、大ボスが見回りをするようになったおかげでしゅ」
「大ボスというと?」
「種族間のボスではなく、平原を取り仕切るボスでしゅ。魔王さまには敵いませんがそれはもうお強い方で、それにしつこいんでしゅよ、蛇だけに」
「へぇ、そんなのがいるんですか」
山もりの草の皿で宴をして、賑やかな夜である。ツノウサギの好みの草を調べ、収穫スキルを駆使して特別なサラダを作り上げた。客の顔を見ればサービスしたくなるというものだ。味覚が違うので味は不明だが、カリとした中にトロットロのエキスがあったり、ジュワッと汁が溢れる感覚は利用できるだろう。
――草ばっかりで飽きるよな?
「ダンテさま。お客さまをご紹介していただいた御礼です」
野草ばかりが並ぶ宴にドレッシングをプレゼントする。好みの草から実を取り出し、プチプチ感と蕾のフワフワ感を食感に加えたものだ。
ダンテはその料理に胸にジンときた。食べる人への想いが詰まっているからこそ、さらに美味しく感じる。
「かけるだけで味が進化したじょ! 魔法でしゅか?」
「こちらは青汁カクテルです」
「おお! お酒。なんと爽やかなうえにピリッと! 美味いでしゅ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「土産に持って帰りたいでしゅ」
「残念ながら持ち帰りできません。すぐに味が変わってしまいますので」
「そうか。ではまた泊まりましゅ!」
ダンテはすっかり虜になった。その翌日も宿は満員だ。回数を重ねるごとにダンテは心を開いてくれる。
「人間と暮らチたこともあったでしゅ。でしゅから人間に良いのと悪いのがいることは分かりましゅ。知能ある魔族と人間は分かり合えると思いましゅ」
「そうですね。この国は間違いだらけです」
「魔王レンしゃまは、気に入らない冒険者だけ殺しゅそうです。あなたしゃまは騙されやしゅい。うっかりご機嫌をしょこねないように気をつけてくだしゃい。くれぐれもベルしゃまの忠告を守るように!」
「はい。ありがとうございます」
俺は素直に笑う。
――でも俺が主なんだけどな?
魔物相手でも、宿屋ができるのは夢のような時間だ。ツノウサギの縄張りを抜けるまで楽しい夜が続きそうだ。モンスターが相手で仕事は多くない。食事をご馳走したくても、主食は草ばかりだ。
――かわいいなぁ。必ず助けてあげるからね。
夜回りから帰ってきたベルが服の裾を引っ張る。
「どうしたの?」
「ここ数日、夜になってもモンスターが少ない気がします。何が起こっているのでしょう?」
「少ないに越したことはないんじゃない?」
ベルは鼻を鳴らす。
「大丈夫だって。そういう日もあるさ」
「もうすぐ満月でも?」
「……。そうだね。でも様子見るしかないだろ?」
俺は自分の右足を見て、ため息を漏らすしかなかった。
――あともう少しで村につくのになぁ。
※ ※ ※
ツノウサギたちと別れたあとは、移動に徹してボイマール平原を半分制覇した。
しかし酷い。のろのろ移動でも、歩くたびにガチャギチャと金具が擦れ、足の痛みで困難を極めた。ベルは何度も背中に乗れと言うけれど、それは最終手段だ。
能力を使わないで、一般人と同様に生活する。これが旅の目標なのだから、友人や知人の好意に甘えてはいけない。痛みは身体はひとつしかないぞと訴えてくる。もうどの部分も欠損したくないから、大事にするし、生きようと思える。
鈍足こそが生きている証。
しかしずっと歩いてきたが、景色が変わらないから全然進んでいない気がする。今日も何台かの馬車に追い抜かされた。
荷台に乗った人たちが指をさして笑っていた。馬車の御者たちは、何日もかけて平原を歩く愚か者だと吹聴している。酷い時には弓矢で威嚇攻撃された。それがボイマール馬主連合の総意。なんとも悔しい限りだ。
「俺たちのせいじゃないのにな」
ベルは喉を鳴らせて返事をする。盗賊団の数人を捕まえたというのに、盗賊は目撃者だと訴え、ベルが襲ったと嘘をついた。
「馬はこの近辺では貴重な輸送手段です。おそらく荷馬車でツノウサギを積んでいく算段でしょう。ツノウサギは捕まえやすく、海外では五十万GILで売れますからね」
「高級ペットか。ダンテ、可愛かったもんな~」
「ツノが宝飾品になるのです。太らせてツノだけ大きくし、輸出の際にツノを切り、それ以外は捨ててしまいます」
「……」
魔力を失った魔族やモンスターは死ぬ。
この世には、そしてこの国には生きる権利を尊重されない生き物がたくさんいる。魔族、エルフ、亜人。人間に近い種族でも人権は認めてもらえない。同種であっても勇者は酷い扱いを受けている。
血の通わない脚を撫でながら、焦りが出る。
「次の魔工技師で治らなかったら、アキトに頼むしかないな」
「また勇者見習いに戻るつもりですか!?」
「見習いでいたいけど……逃亡も二回目だし、さすがに見習い勇者のままってわけにはいかないかも。ジータ国王だって、とっくに気付いている」
「では服従して勇者になりますか」
「それは……やっぱり宿屋でいたいし、嫌だなぁ」
「おそらく拘束具等で、勇者を強要させられるでしょう」
「やっぱり殺し合いするしかないのかな」
ベルが鼻をこすりつけてくる。
「世界最強の国王を倒す実力はあるでしょう。新しい国王の誕生ですね」
「ジータ国王相手で片足では負けるよ」
「ご謙遜でしょうか」
「国の領地、全部を焼き野原にしていいなら勝てるよ。でも国民が一人もいない国なんて欲しくない。そうなったら義足を作ってくれる人も死んじゃうわけだし、それじゃ意味ないよ。やはり王都に潜入して、魔工技師を攫ってくるのが一番効率的だよなぁ。世界最高レベルの警備だろうけどね」
「その魔工技師の顔も名前も覚えていないのでしょう? 全員攫って尋問するおつもりですか?」
「不可能ではないが、攫った時点で恨まれるもんな。作ってもらっても欠陥品だろうな」
「では足が治らなかったら、もう一周、世界を回るというのはどうでしょう? いくらでもお付き合いしますよ」
「中将にはやるべきことがあるだろ?」
結局、片足で修行しなおすしかないのかもしれないが、それでは世界最強から遠ざかってしまい、新たな問題を抱えることになる。




