~ 未来から ~
ジータ国歴 2030年 秋。
新首都カルベルでは高層ビルの建設ラッシュだ。この街で一番高いビルの最上階から眺める景色は、街の覇者のものである。遥か昔からの星空と新しい街の明かりで埋め尽くされ、夢と希望に満ちた夜だ。
満月は天蓋ベッドの母子を照らしている。幼い息子が枕の下からおずおずと、分厚い本を取り出した。
「お母さま~。このお話を知らないって言ったら、お友達が笑うんだ。それで借りてきたの……」
金色のつる草模様の刺繍がされた豪奢な本だ。『四人の王の物語』は英雄と聖女が博士の力を借り、魔王と仲良くなる話だ。首都カルベルが舞台となっていることから、爆発的に売れていた。
すっかり母親の顔になったシェヘラザールだが、今は恥ずかしそうに微笑んだ。
「それはちょっと長いお話ね。絵本ではないし、子供には少し難しいですよ?」
息子のルーカスは今年で5歳になる。しかし年上の子供とばかり遊んでいるので、幼いながら利発で、真面目だ。
「ちょっとずつ! 毎日読むよ!」
「それは本当のことではないけれど、それでも良いかしら」
「ええ? この本に書かれていることって、嘘なの!?」
今までシェヘラザールはこの物語を読ませようとしなかった。けれど世間で噂になってしまった以上、もう回避できない。
「このご本にでてくる聖女セラって、お母さまのことでしょう?」
息子の鋭い指摘に、思わず苦笑いする。挿絵のヒロイン、セラと同様にシェヘラザールの桃色の髪は珍しい。シェヘラザールは困り顔で、息子の頭を撫でた。
「そうよ。もう読んじゃったのね?」
ルーカスは慌てている。
「ちょっとだけ。難しい言葉がいっぱいだったから、ちゃんと読んでもらったら分かるかなって思ったの。プレアデス博士と煉獄魔王って、スバル先生とレン姐さんでしょ? 英雄アキーム王はアキトおじさまだよね」
「そうなるわね」
「ええ!? お母さまとアキトおじさまって……できてたの」
シェヘラザールは青ざめた。なんと下衆な! いったい誰の入れ知恵だろうか。
「無いわ!! 絶対にそれはないの。だから嫌だったのよ……ルーカス、よく聞いて。私はお父さまだけを愛しているわ」
幼いながらにルーカスはホッとした様子だ。
「そうだよね! 毎日チューしてるもんね。じゃあお父さまはどこに出ているの? ずっと探しているのに見つからないんだ」
シェヘラザールは赤面しつつも、息子にキスをする。
――もう、この子ったら……お父さまを探していたのね
「お父さまはこの本にはでてきません」
「ええ? なんでお父さまがいないの? みんなばっかりずるいよ」
息子が悲しむのは当然だ。この街どころか、この世界で父親が一番強くて尊いと思っている。それだけに、父親を抜きにして四人の王が活躍する話だと知っては不満が残るだろう。
「これは街の人に楽しく読んでもらうためのものなの」
「僕は楽しくない。お父さまは、何でも楽しんでやりなさいって言うけど、仲間ハズレは嫌だ」
「英雄王より強い宿屋さんがいてはアキトさんが可哀想でしょ? 本には載せられない事情があるの」
「宿屋を馬鹿にするなよ」
息子は本を睨んだ。この作者は嘘つきだ! 美しい装飾をされているが、嘘で塗り固められていると思うと気持ちが褪めてくる。
本を机に置いて、布団にもぐってふて寝する。
「カール・ヴァンハルトめ」
「あら、そのご本はお父さまが書いたのよ」
ルーカスは飛び起きた。
「ええ!?」
「ご自分のことを書くのは恥ずかしかったんですって。それにルーカス。貴方のことも心配していたの。本当のことを書いたら、貴方は重要な登場人物のひとりになっていたでしょうけれど、本が売れたおかげで、ルーカスが冷やかされたり、虐められたり、イメージと違うと言われたりしたら悲しくなるでしょう」
息子は強く頷いた。
「お父さまが僕のこと考えてくれたってこと?」
「そうよ。貴方のことが大好きだから、そうしたかったの」
「ならいいや。僕もお父さま大好き! でもお父さまカッコイイのにな。じゃあ本当はどうだったの?」
「本当のことが知りたい?」
「知りたい!」
「どこから話しましょうか。ルーカスが知っている人たちが出てくるほうがいいわね。この物語と同じ時期にすると『宿屋と四人の王の物語』になるわね」
シェヘラザールは一緒に布団に入り、思い出を語り始めた。
「あれはお父さまが18歳の頃でした」




