新しい世界へ
宿の裏には倉庫がある。二階建ての宿がすっぽり入る大きさであるが、しばらく使われておらず、中は広々としていた。
特別なことがなければ、誰も立ち入らないような場所だ。夜となればなおさらである。
大きな扉が少しだけ開いた。
「ルイ、起きてる?」
細々した声が倉庫に響く。暗がりに待っていた人影が見えた。愛しい恋人が近づいてくる。
それはもう、首を長くして待っていた。
『貴方ならいつでも歓迎よ』
この国の言葉ではない。彼女は地方出身者なのだ。プライドも高いし、群れるのは好きではない。孤高の存在であるけれど、唯一心を許したのが彼だ。
倉庫の明かりが灯った。白い宝石のような鱗が光を反射して眩しい。ルイは一族のなかでも秀でて美しいドラゴンだった。
頭を起こし背伸びをするように薄い皮膜の翼を広げる。優雅に揺れるものの、頭も翼も、倉庫の中では狭そうだ。
ハルトはホワイトパールのような鱗を撫でる。ルイの喘いだ鼻息は突風みたいだ。髪はぐちゃぐちゃになるし、高温で部屋が熱い。
「寂しかった? 散歩にいこうよ」
けれどデートの誘いにしては、声がおかしい。寂しかったのはまさしく当の本人だ。
『ハルトは良い主ね。でも何かあったなら報告してちょうだい』
「何もないよ」
ルイは面白くない。
『そうね。ここにいてもつまらないもの。お散歩には賛成だわ。でも持ってきてないでしょ。もちろんハルトなら、あんなものが無くったって、ぜんぜんイケるけれど、約束は約束よ』
ハルトはポケットを逆さにして探しまくる。
「え? ない! さっきまであったのに!」
『大事にしてよ。信頼の証なのよ?』
ハルトは振り返った。
「あの時! 落とした!?」
走って戻ろうとする足が止まった。白い光が放たれ、周囲が明るい。さきほどのフードの男が追ってきたのだ。しかしライトの光ではなかった。光は波打つように強弱を繰り返している。それはルイの魔力の波長とまったく同じだ。
「テイマー」
その手にはルイとの契約の腕輪がある。男はハルトを通り過ぎ、白いドラゴンに駆け寄った。
「うわ~! やっぱり美人さんだね! ルイっ、初めまして」
テイマーとしての能力が高いから、ルイは襲わないし喧嘩にもならない。このままルイを従えてしまうこともできるのかもしれない。
ハルトは振り向くことができないでいる。暗いので見えたのは一瞬だ。いくら他人の空似でも、あまりに似ている。
「前にドラゴンに乗って帰ればいいって言っただろ? あの時はドラゴン見たさに酷いこと言ったよな。ハルトが隠したがるの分かったよ。ルイでフォレストパレスに帰ったら、貴族たちに没収されかねない。あいつら強欲だからな」
ハルトは茫然としていた。右手に腕輪を掴まされるが、義手なので手渡しが下手だ。
「生きてた」
ハルトは義手を離さない。そのまま崩れ落ちた。
「みんな本気で泣いていました。俺だってかなりショックだったんですからね!」
「悪かったな。しかしほんとに騙されやすいよな。自分で回復魔法かけただろ」
「あれは特別です。シェヘラザールの力で俺ではないです。他の三人は知っていたんですよね。みんな教えてくれればよかったのに」
「そんなことあいつらに聞くまでもない。分からないのか? だいぶ嘘つくの下手だぞ」
ハルトはぐうの音も出ない。
「それでも俺だけ知らなかったなんて、悔しいけど――良かったです。本当によかった」
「今はカール・ディクソン。カール・ヴァンハルトにもじってみたがやっぱりオレ、カールっぽくないからやめるわ。ほら、立てよハルト」
ニックが腕を引く。ハルトは微笑みながら立ち上がる。
名前で呼んでもらえる。また一緒に仲良くできる。こんなに嬉しいことはない。
「――ニック。お帰りなさい」
ハルトはニックを抱きしめた。
生きているって素晴らしい。
※ ※ ※
ルイが鳴いた。入り口を見ろという合図だ。
ショーターとタロスにウォールが立っていた。ハルトはすごく恥ずかしくなって立ち直れない。ちょっと我に返ったのだ。ハルト的にはニックは一旦死んですごく悲しかったけれど、みんなの中ではニックはずっと生きていたのだから。
「もう! いつからそこにいたんですか?」
「サプライズにしたかったんだが、感動の再会というパターンもいいもんだよな~!」
「仲間でしょう? ちゃんと教えてください!」
ニックは笑う。
「子供だから顔に出るし、アキトに嘘だとバレるから無理だと言ったのは親父さんだぞ。親父さんは作戦立てるのも巧かったな」
「親父の作戦!?」
「ライカの騒ぎはアキトになすりつけることにして手紙を書いたそうだ。すると事態収拾にアキトが来る。そうなれば今までしてきたことも明るみに出る。ある程度はアキトも見逃すだろう。だが勇者の罪は王宮神官たちで、アキトに裁量権が無い。そうなるとオレの処刑は免れない。
だから死んだ扱いにして自由を得るために手術した。リハビリも兼ねて、キャラバン隊と旅もした。面白い親父さんだよな。いろいろ教えてもらったぜ。親父さんに月1で手紙書いているだろ? 全部取っておいてあったぞ」
ハルトは顔から湯気が立ち上った。
「読んだのですか!?」
ニックは笑って答えない。
「いろいろ教えてもらって、根本から変えなければならないことが分かった。その為にはジータ国を出て、実力をつけることにした。それで手始めにアスラケージに行ってレグスに会ってきたところだ」
「アスラケージ! ちゃんとたどり着いたんですね。良かった。元気にしていましたか」
「もちろん。すっかり肉づきが良くなって別人かと思ったぐらいだ。それでちゃんとテイマーとして契約したんだ。今はオレの相棒さ」
ハルトは感心した。
「それは凄いですね!」
アスラケージの人々は、人間よりも体力も魔力も格上だ。あちらでは戦士は上位種族であるし、ジータ国出身と知っていたなら、相棒として認めてもらえるまで信頼を得ることは難しい。実力と信頼がなければ成し得ないことだ。
「ヴェルダンディ公爵にも会ってきた。片足バーサクの噂も知っていたし、心配していたぞ。それで説得したら、仕事放り投げてついてきた」
「!」
ニックは笑う。
「ほら、顔に出た」
ハルトは両手で顔を隠したけれど、逢いたい気持ちで溢れてしまう。
「ベルはどこですか?」
「街はずれの森方面だ。レグスと一緒なはずだ」
ハルトは目を瞑り、魔力の波長を拾う。全員がぞわぞわと鳥肌が立った。シルクの布で全身を撫でられたような感覚だ。これが街はずれまで一気に広がっていくとしたら、想像もできないほどの魔力だ。
「見つけた! 行こう」
温かい突風が吹いた。ルイのため息だ。ハルトは鞍も着けずにそのまま飛び乗る。
『ニックも宜しくてよ。こうみえて主はせっかちなので、乗るならばお早く』
ニックは子供のように瞳を輝かせた。乗ってみたかったのである。
「ルイ、早く。気配が消えそうだ」
ショーターとタロスが倉庫の扉を全開にした。秋の涼しい夜風が、入ってくる。二人を乗せたルイは弾丸のように空を翔る。三人が手を振る姿は闇に紛れて一瞬で見えなくなり、街の明かりは天の川のように煌めく。
『ハルト、見えますか?』
「あぁ、見えた。小さい街だからね。魔力を使える人間が少なくて助かった」
「あいつら遅いけど、何しているんだ?」
「彼らにとっては活動時間が今です。猫は昼間寝て、夜に狩りをするでしょう。食事ならもっと美味いものを作ってあげるのに、待っていられないんですよ」
ニックは笑う。
「そうだな。待っていられないよな。オレたちはみんなそうだ」
お互いさまだ。
腕を失っても、足を失っても、自分のしたいことは止められない。
頑張って準備したのだから、軌道修正はしない。
無理をしなくていい。あとは自由に生きるだけ!
ニックの清々しい顔なんて初めて見た。
ハルトは決めた。
「俺、ちゃんと宿屋になりますから。みんなで楽しく旅をしませんか? エルフの長老にお届け物があるんです。エルフって弱そうにみえて強いですよ?
――あぁ、ベルだ! ベル! ここだよ!!」
ハルトが大きく手を振る。ルイは一気に急降下した。
もともと片手だったものだから、ふいを突かれて、ニックの手が離れた。空中に取り残された。
「わああ! この馬鹿!」
ハルトは冷静だ。
「あーすみません! UP」
地面衝突前にふわりとはいかないが、身体が浮いた。
「死ぬ。マジで死ぬとこだった……」
仰向けに寝転んで、死体にならなかった奇跡を痛感している。
森の木々の間から優しく星が見下ろしているが、下手をすれば自分が星になって天国行きではないか。
ハルトは脇で笑っている。
「信じてください。これくらいでは死なせませんよ」
ニックは皮肉めいた笑みで笑った。
そういえばハルトの親父に特訓を受けた時も、同じようなことを言われた。
信じるのも命がけ?
「どうかしているぜ」
自分の馬鹿さ加減に呆れてくる。
森の茂みから黒い影が左右から飛び出し、二人に覆いかぶさる。レグスに押し倒されて、首を噛まれる体制だがニックは無事だ。
ハルトも同様で、ベルが擦り寄って、ベロベロ舐めている。
「痛いって! もう犬じゃないだろ。ザラザラ舌なんだからさ~」
ハルトはロシアンブルーの毛並みに顔をうずめると、これまでの気持ちがあふれ出して全部は言葉にならない。
「――会いたかった。すごく、すごく会いたかったよ。ベル。約束どおり、俺強くなったからね? だからもう、どこにも行かないで……」
あぁ、またハルトの涙と鼻水まみれに、毛並みがガビガビになる。ちょっと困るのだけれど、今はそれさえも愛おしい。
「マスター。安心してください。ずっと一緒ですよ」
五人と二匹。七人の仲間だ。この日を境に、片足バーサクは世間から消えた。
そして新しく冒険の旅が始まった。
(終)
ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました。
一旦、ここで締めておきます!




