バーサクの休暇
ハルトはアキトと行動を共にして、魔王討伐に本気を出した。小太郎のように強くなりたいと思い、武者修行のつもりで世界各地の魔王を次々と倒していく。
魔王連続勝利の報告がてら、小太郎に手紙を書くとすぐに返事が来た。
筆不精なのに珍しいこともあるものだ。一枚目には走り書きでたったの一行。
『基礎は終わっている。魔王倒しても無駄』
おまけ程度で二枚目もあったが、やはり一行。
『冒険しろプラトーン(小隊長)。エルフの長老に届けてくれ』
小さいが、細長い三角の木の欠片が入っていた。使用目的は分からないが、預かったものをそのままにはできない。それに魔王を倒しても無駄と言われているのに、これ以上続けるのは意味がない気がする。
悩みつつも、簡単に討伐をやめるわけにはいかなかった。アキトとの約束もあるし、トキワタリの情報が欲しいことにかわりない。
魔王討伐は一気に進んだ。魔族たちは恐れ、各地の魔王は脅威の存在に警戒し、戦闘は激しさを増した。ハルトの勢いが優勢でも、本当に強い魔王もいた。戦闘力の高さで有名な黒き魔王である。
これはかつてない死闘だった。けれど魔法や策に頼ることなく正々堂々と力で圧しきった。胸に青白い光を灯した覇者の鎧を得た。黒き魔王を倒した証拠だ。
今まで魔王の核をいくつも奪ってきて宝珠の状態だっだ。なのに今回は違った。鎧として自分の身体に埋め込まれてしまった。譲渡不可アイテムで、やたらとピカピカ光って注目の的だ。この胸の光と義足が目立ち、周囲の認識が変わっていった。
ダンジョンに青白く灯りが生まれたら、それは希望の光。
コツコツと聞きなれない足音がしたら、それが合図だ。
撤退しろ。それで魔王が倒される。苦しかった戦いが終わるのだ!
英雄アキトの弟子。シャイな俺たちの勇者。見習いで記録には残らないが、俺たちの記憶には留めよう。
ありがとう! バーサク!
ほんの少し、風向きが変わってきた。ショーターやタロスのお陰かもしれない。わずかだが勇者たちが声をあげてくれるようになった。
なんでバーサクなのかだって?
ダンジョンで本気で宿屋の真似事をしている戦士などどこにいる。
完全に狂ってる!
味方が増えるのは嬉しい。
しかし出る杭はやはり目立つのだ。ゴシップ雑誌にアキトの戦績疑惑が記事になった。初めてでるスクープに市民はあれやこれやと議論をかわす。そこでキーマンとなるのが謎の男“片足バーサク”だ。
ハルトは衝撃を受けた。
これ以上目立ってしまったら、聖女や王宮神官に勇者へ格上げされてしまう。アブソルート・コントラクトで誓いを立てるなど、まっぴらごめんだ。
ハルトはもの凄い勢いでアキトに迫った。
「休暇を下さい!」
※ ※ ※
秋の涼しさを感じるある日、ハルトはベッケンハイムに戻ってきた。
客は増えて満席なのは、新しくコックを雇ったせいだという。早速、秋の新メニューを注文した。なぜなら“片足バーサク”という名前がつけられていたからだ。
ベッケンは満面の笑みで、スパイスたっぷりの口から火を噴きそうなチキンレッグをもってきた。ご丁寧に手で持てる部分が靴の形を模している。牛や豚よりも、鶏肉が形や大きさが足っぽいし、癖の無い味だ。
ーー鳥はいいけど、俺もチキンか?
ちょっと悲しいけど美味しいから許す。
ベッケンは笑う。
「悪いがよく売れているよ。流行には乗っからないとな。まぁ有名になったもんだ」
「嬉しくないです」
「じゃあ、また宿屋の手伝いでもするか?」
ハルトは微笑んで、金色のつる草模様の刺繍がされた豪奢な本を出した。
「俺、宿屋なんで♪ もう商売敵ですよ!」
「おお! 宿屋の心得。手に入れたのか!」
「せっかくの休暇だから、いろいろ準備しようと思って持ってきました」
ベッケンはページをめくって口をあけた。
「何も書いてない。真っ白じゃないか」
「持ってるとソワソワして戦闘に集中できないので、ずっと預けていました」
「それはいかん。所持していないと宿屋の経験値は上がらんぞ。すべての経験が宿屋として勉強したことになっていくんだ」
ハルトはショックを受けた。魔王を倒した修行が宿屋に活かされたら、スゴくレベルアップしていただろう。
「それは知りませんでした。これからずっと持つことにします」
「そうしろ。それと、宿は無いにしても野宿レベルなら営業できる。そのためには宿屋の心得を使用できる状態にしておくことだ」
「このままではダメなんですか?」
「表紙の図柄は宿屋として成長すると、少しずつ変化していく。これが楽しみでなぁ。この本の名前を決めねばならん。一般的には宿屋と同じ名前だ。中表紙にはどういう宿屋にするかコンセプトを記入したり。けっこうやることはあるぞ」
「コンセプト?」
「どういう宿にしていきたいか。テーマみたいなものだ」
ベッケンの宿屋の心得を見せてもらうと、中表紙に“古き良きアットホームな荒くれ宿”と書いてある。
「こういう宿にしていきたいという意思表明だな」
「なるほど。だから新鮮さが無いんですね」
「古き良きのどこが悪い! もう見せてやらねぇ」
ベッケンは拗ねるので、慌てて謝った。
「他にもオプションが追加できるが、なにしろ高額でなぁ。でも経験値が上がると同時にスキルが増えるのはいいぞ。商売人だから一番欲しいのは豪商スキルだが、宝くじで大当たりが出るようなもんだよ。どう派生するかはお楽しみだ。たいていは農業スキルとか収穫アップに関連するものだ」
「それは追加しておきたいですね」
ハルトは楽しみが増えてワクワクしてきた。
「宿屋の心得もそうだが、宿の装備を揃えておくことだ。野宿でも宿屋として開業できた時、寝袋一個では話にならんぞ」
「勉強になります。ベッケンさん、凄い頼もしいです」
「そうだろう! 何でもきいてくれよな!」
ぞろぞろと客が入ってきて、ベッケンは手招きする。ハルトはその顔を見て喜々とした。
「おっ、チキンか。俺たちも食う!」
ショーターとタロスとウォールの三人がやってきた。四人掛けのテーブルがいっぱいになった。
「待ち合わせより二時間も遅いですよ。連絡ぐらいください」
「仕事だよ。アキトは人使いが荒いな」
「やっぱりそう思います? 俺も久しぶりの休暇です」
タロスは笑いながら酒を追加注文している。
「夕食に間に合って良かった」
タロスたちはいつも一緒にいるが、ハルトはこうして集まるのは久しぶりだ。みんなで飲んだ泥水スープも楽しかった思い出だ。でも一人足りないというのはやっぱり物寂しい。
「偵察部隊はどうですか?」
「簡単で危険そうじゃないのが回ってきた。まだ様子見というところだな。時期をみてということだろう。けっこう暇で良かったよ。おかげで俺たちも休暇が取れた」
タロスは重々しくいう。
「呼びつけて申し訳なかったが、是非とも会わせたい奴がおってな」
ショーターはニヤニヤ笑っている。
「実は俺たちのチームに二人ほど参入させようと思っているんだ」
ハルトは浮かない顔だ。ニックが亡くなってからそう日が経っていない。せっかく集まったというのに、過去など忘れてしまったかのようだ。
「本当に二名も必要なんでしょうか。あまり忙しくないのに」
「これから新しくチームとして動くのに、三人では力不足だ」
「俺はまだそういう気分にはなれません。ニックさんが残していった意思をどう継いでいったらいいか、まだ迷っています」
ウォールはハルトの肩を抱く。
「それはもういいよ」
そんな説得ありなのか。ウォールまでそんなことを言うなんて悲しすぎる。ハルトは立ち上がった。
「どこへ行くんだよ。トイレか?」
ショーターは無神経だ。タロスが慌てて言った。
「新しく入るメンバーだが、カール・ディクソンという放浪者だ。とても有能なテイマーでな。いろいろと話が合…」
タロスは口を噤んだ。殺気立っていて何を言っても無駄だ。
「テイマーなら誰でもいいんですね」
ウォールが手を引く。
「せっかくだ。会ってから決めればいいだろう」
「ニックの代わりなんていません!」
ハルトは外へ飛び出す。
途中でフードマントの男にぶつかって荷物が散乱する。男は義手なので、なかなか拾えない。細かい作業は苦手であった。
「すみません。本当にごめんなさい」
ハルトは荷物を押し付け逃げるように去った。
男が立ち上がるとマントの下に見慣れない腕輪が落ちていた。パール色の宝珠がついおり、ゴブリン製の精巧な技術の結晶だ。
「これはオレのじゃない」
ショーターが手招きしている。
「おー! 遅いぞ。こっちに座れ! 久しぶりだな。元気にしていたか?」
「あぁ、楽しい旅だったよ」
「それで連れてきたか?」
「もちろん。そのために遠くまで行ってきたんだ。噂通り、めちゃくちゃ強そうだぜ。スカウトしてきて正解だ。レグスが仲介してくれて助かった」
「姿が見えないが、どうしたんだ? 一緒に紹介したかったのに」
「飲食店は目立つから遠慮するそうだ。近くに友人がいるから会ってくると言っていたな」
男はフードマントとマスクを取り払った。カール・ディクソンは馴染みの客であったので、ベッケンは驚く。
「お前さんは!」
「お世話になります。ところで、何かあったんです?」
ベッケンはテーブルを片付け損ねたことを後悔した。
そこはハルトがいた場所だ。テーブルには食べかけのチキンと飲み物が置きっぱなしになっている。ウォールとタロスは黙秘している。
「ハルトと喧嘩でもしたのか?」
ショーターを問い詰めた。
「言うタイミングを逃した。情報漏れの心配があったから今言うつもりだった。今!」
「オレが来ることは知らないのか」
「カール・ディクソンで謎解きごっこをしようとしたら、不機嫌になっちまって教えそこねた」
「ややこしいことするなよ」
カールはため息まじりに立ち上がった。預かりものの腕輪が光を放っている。その光を感じて理解できるのはテイマーの能力だ。
それは白い柔肌の美女のイメージだ。
(お話の通じる方で安心しました。拾っていただいて感謝します。今すぐ私のところへ来ていただけませんか。ご案内いたしますわ)
「ちょっと行ってくる」




