物騒な客 ~終わりの始まり~
その日は雨で、いつもより客の入りが悪かった。
一翔は暇をもて余していた。注文が入らなければ料理はできないのは当然。人が来ないならば、五歳児の可愛らしさを全開に、注目を集めよう。
ホールで接客していると馴染みのない客が入ってきた。
「4名」
笑っているのに空気は殺伐としている。キャラバン隊にいた時、何度かこういう面々に遭遇したことがある。
これは下手をすると騒ぎになるかも。弱そうな気配なら、ディスカスが対応してくれるが、嫌な予感しかない。
「こちらにどうぞ」
他の客と接触しないよう、キッチンから一番遠い席に案内する。ちょっとした個室に近いテラスなら、人の目にも触れにくい。
それぞれがレインコートを脱いでくつろぐ。
俺はナイフやフォークを並べつつ、密かに警戒する。横目で様子を窺う。弱そうな順番づけをする。
マスクをつけて、右腕が武器になっている男。
やたらと舌を出しておしゃべりな男。
高身長の利発そうな男。
最後の一人は正体不明。どっかりと窓辺の長椅子を制覇して、偉そうだ。
「最初にお飲み物のご注文を伺います。メニューはこちらに」
長椅子の男は間髪いれずに答えた。
「ワインを瓶ごと。ツマミはリルムが決めろ。あとボウズ、こっち来い」
――いきなり殴られるとかないよな? 誘拐ってわけでもなさそうだし。
不安を察して陽翔が目覚めた。
“行くな!”
行く気はなかった。どう見ても怪しい。なのにレインコートのフードの奥から覗き見られて、足が勝手に動いた。気付いた時には右手を握られていた。
――しまった!
男が耳元で問う。
「どうして手袋しているのかな?」
そんなこと素直に言えるわけがない。確実に拉致される。
「手を怪我してしまって……お客さまが心配なさいますので」
恐怖もあって、呟くような声しか出ない。その余韻を楽しむように、男の視線が付きまとう。
「殊勝な心掛けだ。幼くも働いているということは、将来宿屋になりたいの?」
「はい」
男は手を離さない。捕らえた獲物を値踏みするように、妖しく誘惑する。
「じゃあすぐに宿屋にしてあげよう。その代わりに俺が親になる。俺の名前はライカ。君の名前は?」
答える必要は無いのに、妙な気分だ。
すぐに宿屋にする? しかも親だなんて、ふざけたこと。
――陽翔もそう思うだろ? 誰の名前を借りようか。メリダや小太郎の名前は使えないし……。
陽翔は寝てしまったのだろうか。返事がない。
「ヴァンハルトです」
クッソ! 何で喋った俺のクチ!
違う、クチじゃない。頭がおかしくなってる。洗脳? 催眠術?
手を引き抜こうと頑張ったが、ライカは筋肉モリモリだ。視線も握った手も揺らがない。しかも俺が抵抗するのを楽しんでいる。
「それは姓だろう。君の名前は……一翔だよね」
「!」
足が震えて、膝から崩れ落ちそうだ。小太郎とディスカスしか知らないことをどうやって?
「子供は素直でいい。顔にでているよ、“一翔”チャン」
また名前を呼ばれた。気持ちが悪い。
薄ら笑いを見るだけで血の気が退いていく。
俺はホールに立っているはずなのに、周りが真っ暗に感じる。
“あれ? 交代した?”
身体の感覚が遠い。陽翔の気配も感じない。
何でひとりなんだ?
今までこんなこと一度も無かった。ずっと一緒にいたじゃないか。陽翔は無事なのか? こんな大事な時に……
陽翔! 返事してくれよ!
俺を……ひとりにしないでくれ。
心細いんだよ。ライカが視てる。気持ち悪い。そんなにジロジロ見るな。コイツと二人きりなんて嫌だ。
陽翔、俺、どうかしてる。
それもいいだろうって、認めるなんておかしい。
ライカは一翔だけに聞こえるように、そっと耳元で囁いた。
「さぁ一翔チャン、契約しよう。今から俺が親になる。俺の下にいればすべてが自由だ! 宿屋でも何でもなったらいい! ただし親の言うことは絶対だ」
――ああ! やばい、やばい!! 何かされる
「アブソリュートコネクト」
暗い空間に光の矢が放れたように陽翔の声が響いた。
“一翔!”
バチッ!
店内が稲妻のような光で明るくなる。ライカの握った手が弾かれた。
「!?」
手袋が破れて、素手が剥き出しになっている。陽翔は慌てて後ろ手に隠した。
陽翔とライカの視線がぶつかり、お互いに火花が散りそうなほど睨んだ。何が起こったのかは不明でも、共通の認識がある。
――コイツのせいだ!
「クラム、これも運んでくれ」
ディスカスの呼び声をきっかけに、陽翔はキッチンへひた走る。
――一翔! 大丈夫?
不安が伝わってくる。一翔は思ったよりもダメージを受けている。
――兄さん、しっかりして!
“陽翔、ずっと呼んでたんだぞ”
何をそんなにしょぼくれているんだ?
――俺だって! 交代しようって言っているのに、兄さんったら返事もしないんだから。ずっと傍にいるのに意味ないじゃん!
“傍にいたのか?”
――いたよ、気づかなかった?
陽翔は考える。暗闇で手を繋ぐように、何をしているのか分からなくても、いつも存在は感じている。こんなに気付かないなんて初めてだ。
“どこか体調悪くない?”
――別に何ともないよ。兄さんこそ、気を失ってなかったかい?
“やっぱり、俺だよな。ヘンな感じだ”
一翔の迷いも不安もどこから来るか分からないけれど、今こそ俺が兄さんを守る時だ。
「ディスカス!」
陽翔は大きな腹に飛びついた。勇者の紋章が剥き出しになった手を見て、ディスカスが事態の深刻さを悟った。
「隠れていなさい」
テーブルではリルムが不穏な顔をしている。
「クラム? クラム・ヴァンハルト。では一翔とは誰でしょう」
ライカは笑うが、心中穏やかではない。
「さて誰だろうねぇ」
「幹部を揃えて出かけるなど、らしくないことをして。理由を伺いたいものです」
ライカは痺れた手を振っている。
「そのうち嫌でも分かる。あれは絶対に頂く」
ディスカスがワインとグラスを持ってきた。長椅子でくつろぐ男と、その仲間。どれも人を殺しても何とも思わないような連中だ。派手に右側の服が破れた上腕部には双頭の鷲の紋章が入れ墨のように入っていた。
「――!」
ディスカスの笑みが消えた。
なんという不運。アブソルティスではないか。
人身売買・殺し・テロ・聖女と王宮に逆らい離脱した元勇者たち。やりたい放題で世間を騒がしている厄介な連中だ。
「おい! ツマミはまだかよ!」
「ただいまお持ちいたします」
その後は何事もなく、ライカたちは食事をはじめた。
「これはフランス料理ではないですか。店に不似合いなほど上品なセンスですね」
「三ツ星レストランで修行していたんだ。それなりのこだわりはあるさ」
「まさか料理人欲しさとは言いませんよね? 確かにあの太っちょは使えそうですが、子供を人質にするとは意外です」
「一翔は天才だ」
リルムは瞬いた。店主にはライカが褒めるような要素はひとつも感じない。まさか本当にあの幼い子供を狙って?
「食後はどうなさいますか?」
「デザートをいただく。若くて、未知の味ほど美味いものはないな。俺のコネクトを弾いたんだぞ。放っておけるか」
「この料理しかり。ただの子供ではないことは承知しました。コネクトを弾いたとなってはそれなりの才能がある。それで、幹部とどんぐりの背比べでも?」
「魂の色形が視えない君たちには分からんだろう。あれは奇跡の塊だ」
「でも嫌われましたよ? アブソリュートコネクトも完璧ではないですね」
「一回死ぬ? 俺の仕事は完璧に決まっているだろ」
「馬鹿なので理由を教えていただけます?」
「契約済の魂には契約できない。アブソリュートでなくなるからな。俺はあのガキと契約するつもりはなかった」
「負け惜しみですか? それとも心変わりですか?」
「どっちでもねぇ。俺は一翔チャンと契約したかったんだ。なのに途中から別人になりやがった」
「二重人格ということでしょうか」
「二重人格でも魂は一つ。とりあえず腹いっぱいにして、それから運動しようぜ」
次々に入る注文に追われて、とてもディスカス一人では対応できない。陽翔は反対したが、そこを押し切って交代しキッチンに立った。
わけの分からない不安を掻き消すのに一番な方法は料理に集中すること。俺は今まで、こうして自分を支えてきたのだ。
――今のところ動きはないし、ひとまず安心かな。……諦めてくれたかな。
“ちょっと手を握られただけとか思ってない? あの人油断できないよ”
――下手に逃げて一人になるより、ディスカスの傍のほうが安心だろ?
“それはそうだけど……”
大きな海老だ。子供の拳よりもはるかに大きい頭を斬り離し、縦半分に割る。子供の腕力と握力では難しいところだが、慣れているから一発でできる。
薄桃色の半透明のプリップリの海老の新鮮さに感動しつつ、特製ソースをかけ、いよいよグリルするところだ。
「――あ」
やはり視られている気がする。心臓がドキドキして、血の気が引いてきた。
今は厨房の奥で、死角だから視線は気のせいだ。びっくりしすぎて体調が悪くなったんだろう。とにかくオーブンの海老は……どうなってる?
手が震えていた。
“兄さん、大丈夫?”
――あの視線が嫌なんだ。
“視線? 俺は別に感じないけど?”
ーーえ? 俺だけ?
“とにかく逃げた方がいい!”
「ディスカス、あとは任せていいかな。ギルドに行って応援を頼んでくる。俺はそのまま食材の買いに行ってくる」
「リリーに乗っていきなさい。ゆっくりしてくるといい。顔が青いよ」
「ありがとう」
俺はディスカスの背後を通った。その時、壁とディスカスの背中でサンドイッチになった。
背の高いリルムがディスカスの腹をじっと見据えている。呼吸音が二つ。背後に誰かいるのは容易に分かることだ。
「どれも美味いよ。やはり噂のとおりこの店の料理は絶品だ。子羊のローストも頼む」
ディスカスの笑顔は最強だ。危険な空気を一掃する。
「かしこまりました」
俺はそっと床を這うように脱出を試みる。カウンターの向こう側の状況も気になるところだ。
――ごめん、ディスカス。
ディスカスは小太郎と同じくらい強いようだ。争いになった場合、自分は足手まといになる。
(早く外に!)
その時、胸が痛くなって小さくうずくまった。悲鳴を押し殺して、じっと耐えることしかできない。
強く睨まれて、息ができないほど緊張している。あの視線の先にいるのはライカだ。
――陽翔! 交代! 陽翔!! またなのか!?
陽翔と繋がれない。陽翔はどこにいるんだ?
ライカはワインレッドの美しい波を眺めつつ、余裕で呟く。
「マーキングはしてある。逃がさんよ」
食事もそろそろ終わりに近づき、ライカは三人の幹部を品定めする。
「へぇ、このワイン。上物だな」
ライカがワインボトルごと飲み干す。ロウはそれを眺めて唾を呑む。
「俺も飲みたい」
我慢ができず、マスクの下へ瓶を突っ込む。何故か頬の脇から無駄にこぼれ、ルードに殴られる。
「阿呆が! もったいねぇだろ」
「もっと瓶を突っ込め」
ライカの声に食卓が静まり返る。
「命令だからな?」
ルードはゆっくりロウの喉奥へ、ワインボトルを押し込んでいく。
「が! が(や)めろって!」
びちゃびちゃとワインが洩れている。イチャイチャと遊んでいるうちは良かった。しかしライカが見たいシーンは少し違う。
「ルード、もっとやれ」
ルードは怯んだ。本気で苦しんで暴れる様子が見たいのだ。ライカは笑っている。
その笑顔が消えないうちに従わないと、ロウの役が自分になる。
「ごっ!」
ルードが力を込めたせいでロウが唸った。
幸か不幸か、ロウはタフな男だ。魂は肉体に執着し、なかなか分離しない。一方ルードは喋りが巧いが、決断力は鈍く優しさを捨てきれない。無駄に長引く拷問のような余興は、どちらも苦しむばかり。
――チッ。悪趣味め。
ルードは舌打ちしたいが、生憎その舌に紋章が刻まれているから無理だ。
リルムはため息まじりにロウの肩を叩き、ロウからワインボトルを引き抜く。
「がは!」
ロウが床に突っ伏して、ワインをまき散らした。リルムはライカを軽蔑する。
「貴方に任せていると、組織が全滅してしまいますよ。怯えているではないですか。そんなに殺したいですか? それとも殺されたいですか?」
ライカは笑いながら厨房を見た。
「ひとつ席を開けておこうと思ってよ」
「貴方は珍しいものを見ると、すぐに欲しがる。ルード、連れて来い」




