軌道修正
強烈な太陽に照らされ、だるそうな背中なのに攻撃するにも隙が無い。圧倒的なオーラのせいだ。
けれど前と違って身体は動くし、ハルトには微笑む余裕がある。
「ふざけた男だ」
「それが親に対する態度か?」
「親ならたくさんいるが、貴様は悪の親玉だろ。俺の親じゃない」
「冷たいねぇ。それよりさぁ、早く。ト・キ・ワ・タ・リ!」
「知らない。そう言っただろ」
「嘘は通用しない」
本当に知らないのだ。魔王は何も教えてくれなかった。
「クソ暑いから、待っていられんねぇ。時間に制限をつけようか。時間は五分だ」
ライカはやや上に掌を挙げて出す。五分を五本指で上に?
違う。魔法陣は出ていないが、気配がわずかにする。
「何をした? 今絶対に何か魔法を使っただろ!」
わずかに走る緊張感。これだからライカには油断できない。
ライカは笑いながら、小さく見える街を示した。
「鋭いねぇ」
答えはそれだけで、返答がない。
「あの街には何人ぐらい住んでいるんだろうなぁ?」
街? 街の方向では何も起きていない。街の大きさからして数万人の住人。祭りシーズンだから、今はもっと多くの人間がいる。
「正しい魔法の使い方を教えてやろう。
小さな魔力で、大きい結果を出すことだ。質量1万トン。直径十五メートル。秒速十八メートル。角度20度」
まだ意味が分からない。
相当な大きさの物体が移動しているのなら、見えても良いはずだ。透明化でもしているのだろうか。
「何だよ、宇宙にいた時の夢を忘れたか」
「夢?」
「馬鹿が! 転移魔法と誘因呪文だ」
ハルトは息を吞む。
「――隕石!」
「地上の石は隕石じゃねぇよ! 空から降って燃えるんだからゴミでも人でも何でもいい。無駄な計算も費用も要らねー。人類消すなんて簡単なことだってこと!」
「ふざけるな! 正気か!」
「俺はいたって正気で冷静だぜ?
運が良ければエアバースト。爆風で広範囲がなぎ倒される。運悪く、途中で砕けずに到着した場合は100メートルのクレーター。中心にある街以外にも何百キロ先まで壊滅する。まぁ一翔チャンの努力次第じゃねぇかな」
「無駄だ。やめろよ! 本当に知らないんだ」
「普通、動き出したものは止められねぇんじゃねぇの? 俺は魔法使いじゃあ無いしな~。自分で頑張れば?」
「――!」
ハルトは絶句した。
時間は刻々と過ぎていく。
どうする?
どうする!
どうしたらみんなを助けられる?
ライカが笑う。
「だからトキワタリだっての~。簡単だ、五分前に戻って俺が手を挙げるのをやめさせればいいんだ。早くやってくれよ~」
ハルトはマジギレして絶叫した。
「――無茶苦茶なこと言うなよ!!!」
ライカは人の話を聞いていない。
「ほら、あと三分」
暇つぶしに、空中にタイマー表示した。カウントがゼロに近づくたびに、焦りが増していく。
できない。できるはずがない。
正体すら分からない魔法をどうやって行使しろと?
ハルトは両手をついて頭を下げる。
「頼みます! 魔法を解除してください!」
「おやおや、首差し出して、負けを認めちゃった? でもダメダメ。最初から負けが決まっているところで頭下げてどうする。そんなの何の価値もないんだよ!」
ライカが近づいて、ハルトの頭をわしづかみにした。
「――痛!」
そのまま吊り上げ、街の方向に向ける。
「感じるだろ、あの空の彼方。流星がこっちにまっすぐ向かってくるなぁ。二人でこのまま街が亡ぶのを見学しようぜ」
ハルトの意思は変わらない。ライカが豹変し苛立っている。
重く、低い声で威嚇する。
「トキワタリだせよ!」
「本当……本当に無理だから」
光が視えた。流星が近づくのは一瞬で、迷う暇は無い。タイマーも点滅して時間切れが近づく。
ハルトの右手に膨大な魔力が生まれ拡散した。有効範囲を限りなく広げ、遠くにみえる街を呑み込み、さらにその奥まで広がっていく。
ライカは喜悦する。
「やっぱり出し惜しみしてたのか」
ハルトは小さく呟いた。
「答えは―だ」
ライカは『これが、トキワタリだ』という返事を想像していた。よく聞こえたのは、先頭のコと末尾のダだ。他は想像と合っていない。おかげで大事な呪文部分を聞き損ねた。
青白く巨大な魔法陣が浮かぶ。空に果てなく広がり、大きさは間違いなく世界一。ライカは空を見上げ、口を小さく開けたまま、魔法の発動を待った。
答えはすぐに出る。
魔法陣は究極まで凝縮すると、太陽のように光を放つ。
けれど魔法の発動の中心部が、街の真上である。明らかに想像と違う。流星はすでに落ちたはずだが、何も起きていない。
サラサラ…。
平原に風が通り過ぎ、草が靡いた。
「違う。呪文が違~う! 何やってんだよ」
ライカが手を離すと、ハルトを投げ捨てた。魔力の欠片も感じないから、使用不可で、ゴミ扱いだ。
ハルトは笑いながら、魔力回復薬の小瓶を飲み干した。回復量からすればゼロが1になった程度であるが。ライカに抗うなら1あればいい。
「何度でも言う。答えはNO!だ」
危機を未然に防ぐ最高な呪文だ。
ライカはニヤニヤ笑う。魔力無しで何ができるというのか。
「ハッタリだな。じゃあもう一回やってみようか」
ライカが掌を空に掲げた。
地上には、もはや安全な場所はひとつもない。ライカの気分次第で星が降り、人々は恐怖に怯えるようになる。
戦乱の世では宿屋はできない。このままでは宿屋になる夢が完全に潰える。
星が落ちる前例を作ってはならない。
ひとつも落としてはならない。
いつまでも“ノー”は使えない。二十四時間、ライカの行動を気にして魔力ゼロを繰り返していては、殺されて終わるだけ。別の呪文が必要だ。
ライカとの繋がりは、どうしても断ち切れない。そのたびに惑わされ、恐怖する。
ならばそのつながりを、こちらも利用するまでだ。
ハルトは掌を空に掲げた。
『Reboost』
「何だ? その呪文」
ライカは空を見上げた。遠く彼方にある流星のもととなる物体。その移動方向が違う。落下するどころか、大気圏から宇宙へと遠ざかっていく。
もう一度、掌を上に掲げる。
ハルトは満面の笑みで、叫んだ。
『Reboostだ!』
ライカは苛立つ。
「答えろ! その呪文、意味分からんぞ!」
通常ならば、魂の繋がりのある者の魔法は手に取るように利用できるのに、この魔法に関しては不明だ。
ハルトは答えずに、ただ首を振る。
「言わないつもりなら、吐かせてやる」
「うっ」
ハルトは胸を押さえた。身体に力が入らなくなってきている。まるで自分の身体ではないかのようだ。
「魂と肉体を完全に分離させたらどうなるか知らないだろ」
――軌道修正!
「! Reboost」
ハルトは笑う。ライカがどんな呪文を唱えても、一言で切り抜けていく。
ライカはうんざりだ。
「何なんだよ」
「さっきの言葉、そっくりお返しします」
もうライカの支配は受けない!
「じゃかあしい!」
ハルトは嫌というほどライカに蹴られた。
一方的だ。両足が使えないから逃げられないし、魔力も枯渇している。これでは喧嘩にもならない。
ヒュウヒュウと呼吸の音がおかしい。たぶんどこかの骨が折れたし、血も吐いた。とにかく身体じゅうが痛くて、被害状況すら把握できない。
ライカは勝ち名のりをあげるごとく、ハルトの左足を持ち上げた。魚のように真逆に吊り下げられた。
「ならば、特別な魔法はどうだ? 魂と魂の濃~いヤツ」
「――ああ!」
絶望的な恐怖に襲われた。
靴を捨てられ、足首を晒される。愛おしいように指で撫でられた。昔と同じように、卑猥な笑みだ。
「今度は左足にしよう。まさか両足斬るほどの馬鹿じゃないよな? それでも反抗して車椅子で生活するのを希望するなら、腕もいれてやろう。三つでも、四つでも、大サービスしてやる」
「い……いやだ」
ハルトは暴れるが、しっかり掴まれて離れない。ライカの指先に魔力がこもる。
「アブソリュート、コネクト」
意識が身体から抜け落ちた。
周囲が真っ暗闇で四肢の感覚も現実からも遠い。
それもつかの間だった。
引っ張られる。さらに奈落の底へ、真っ逆さまだ。
――う! わあああああ!
どこまでも深く、際限のない闇に包まれていく。
俺は再び自覚した。
どこが最強なんだ?
満足に戦うこともできないなんて
※ ※ ※
ライカは紋章を刻む寸前、ハルトの足を手放すしかなかった。
腕を貫く矢が魔力を削っている。破魔矢という、東方の島の聖なる矢の効果だ。しかも筋肉を断裂させられた。
ハルトは気絶して、人形のように無力だ。
ライカはハルトを捨て置き、矢が放たれた方向を見る。かなり遠くに百人ほどの集団があった。
「あんな遠くから矢を放ったのか」
腕を狙う理由といい、只者ではない相手だ。
集団から一人、猛烈な勢いで男が飛び出した。こちらに向かって走ってきたが、途中で蜃気楼のように姿が消えた。
「!」
右脇に気配を感じ、ライカが避ける。同時に剣先が上腕部に触れた。浅くも血が迸り、紋章が赤く染まる。思わず後退し、傷を抑えるが出血が止まらない。
男は仮面をつけており、正体は知れない。野獣のような気迫を放っているが、氷のように冷酷な視線には恐怖すら感じる。
「蛇毒入りだ。毒に汚染された部分は壊疽するから傷は塞がらん。生き残りたければ、身体全体に回る前に、紋章ごと切断しろ」
「それでも勇者かよ」
勇者の紋章の光が激しく、正視できない。男は矢を構えた。再び狙うのは心臓だ。
「去れ。王宮神官」
ライカは眉を寄せる。
「俺が誰か知っているのに、そちらさんは名乗らないのかよ」
「匿名希望。紋章を植え付け、名を奪い、魂を支配することは知っている。間違って支配されても困る。心臓を射抜かれたら助からんだろう。ほら、撃つぞ3・2・1」
剣戟を放った瞬間、ライカは転移魔法陣の中に消えた。“ゼロの前に討つなよ”という声と共に、悪しき男は去った。
男は急いでハルトに近寄った。
砕けそうになる足腰をどうにか繋ぎとめて、先に到着していた数人を蹴散らす。
「どけ! 俺の息子だ――触るな! 触るんじゃない!」
「触らなければ治療できんじゃろうが!」
タロスは怒り、ショーターは困り顔だ。
「単に気を失っているようだぞ」
「何かされなかったかーーって! 足が無ぇ!!! 出血は止めたのか。早く足生やせ!」
食いかかるようにタロスに迫る。
「足が無いのは儂らと出会った時からじゃ。聖女でなければ元には戻せんよ」
「アブソルティスの紋章は!? あいつ、左足触ってた!」
「見たところどこにも無かったぞ」
「――そうか。良かった。間に合ってよかった。お二人と出会わなかったら、息子を失うところだった。本当に感謝している」
男は仮面を外す。春田小太郎であるが、すでに顔面崩壊していた。鼻水と涙でぐちゃぐちゃな顔に副隊長がタオルを差し出す。
「息子さん、大きくなりましたね」
ショーターは小太郎から弓と矢を返却してもらい、感心している。
「それにしてもあの距離から、使ったこともない武器で……現役でもトップ飾れるぞ」
小太郎は抱きかかえたまま、タロスを問い詰める。
「いつ目覚めるのかと聞かれてものう……」
キャラバン隊の女子軍がやってきた。統括長のメリダが敬礼する。
「隊長、バリ恰好良かったです、息子さん無事でよかったですね。あれ無事じゃないわ!」
「とりあえず危機は去ったが、精神支配まで解除されたかどうか……このまま目覚めなかったら問題だな」
小太郎は浮かない顔だが、隣では女子二人が興奮している。
「しばらく見なかったけど、イケメンに育ったわね。チェックしておいて正解ね」
「見て! 寝顔変わってなぁい。添い寝してた頃が懐かしいわ。寂しいっていうから、おっぱいでギューッしてあげたら恥ずかしがっちゃって」
タロスが興奮の渦に巻き込まれた。
「おお! おっぱいをギューッととは、こうか?」
エアでパントマイムでもいやらしい。
「やだ! お爺さん、恩はあってもセクハラです~」
拳法家の隙を突くほどの激烈パンチ。女でも強そうだ。
いつもの小太郎ならば、一緒に馬鹿話に加わるのだが、さすがに怒りは隠せない。「――あの野郎、ただじゃおかねぇ」
マジ顔になった小太郎は怪物よりも強いが、キャラバン隊の隊長なのだから、ここは女子二人で両腕に抱きつき、豊かな胸を押し付ける。
「もう、隊長! しっかり。えがお。笑顔!」
「あぁ、ごめんよ。怖い顔しちまったな」
統括長のメリダが進言する。
「とにかく医者と安静が必要でしょう。街に寄る予定ですし、ベッケンハイムに参りましょう」




