丸裸にしよう
宿屋の風呂は一か所で、数人が入浴できる設備がある。街中だというのに、露店風呂を作るとは粋な計らいだ。
ハルトはそそくさと全裸になったくせに、右手の手袋だけは外さない。剣を松葉杖がわりに歩いた後は、枕の代わりにして、湯に浸かっている。
剣を手放さないのが理由だとしても、豪華で立派な剣だ。風呂に持ち込んでいいような安い剣ではない。ぞんざいな扱いをして、もったいない。
裸なのでどこを見て良いのか視線が定まらず、ニックは困惑している。
「手袋外さないのか?」
「一緒に洗いますからいいんです。あんまり見ないでください。恥ずかしいじゃないですか」
ハルトが赤面した。ニックのほうが鍛えていて、腹筋が割れている!
「テメェ、今、チラッと見ただろ!」
「ニックさんが見るからでしょう!? あ! 今また俺のほう見た!? もう、マジでやめてくださいよ~」
ハルトは自分の体格に自信喪失している。
「それは、あんなに食うのによく太らないなと思ってだ!」
「美味い料理を作るには、まずたくさん食べて経験を積むことです。体型維持が大変です。食べた分は運動しないと」
「ハハッ。そういう理由で倒されるモンスターは可哀想だな」
「剣を振るのと、包丁で魚を捌くのに違いがあります?」
ハルトの冷たい声にニックはドキリとした。
「冗談ですよ~。やるべきことなら敵でもモンスターでも倒しますが、テイマーですから討伐は嫌いです」
「マジでこわかったぞ」
ハルトは笑う。
「料理は最高です。平和的でみんな笑顔になる。そして美味しいものが出来上がるんですから」
「宿屋になりたいと言っていたが、料理人の間違いではないのか?」
「料理は人を笑顔にしてくれますけど、その人を守ってあげられないです。でも最強の宿屋は違います」
「最強の宿屋?」
「魔王でも泊まれる宿屋ですよ」
ハルトの言葉にニックは笑う。
「まさか、それも冗談だよな?」
「俺が宿屋になったら、美味しい料理を食べてもらって、ゆっくり風呂に浸かって、ぐっすり眠ってもらいたいです。風呂も宿の楽しみのひとつですから、ここのフロも是非とも入ってみたかった。荒くれ宿というけれど、荒んだ心が、すっかり和みますねぇ」
木漏れ日と風そよぐ露天風呂。波打つ水面が天井に光の模様を作る。
「綺麗ですねぇ。宿屋に泊まれるなんて、これ以上のご褒美はありません。本当に嬉しいんです」
「そんなに宿屋に泊まりたかったら、正式に勇者になれば良かったんだ」
「またそんなことを?」
「王宮騎士団になんかいるからだろ。オレたちみたいな下っ端は自由に宿屋に泊まれる。いつまでも見習いだからアキトに使われっぱなしなんだ」
「聖女の加護のせいです」
「オレたちの傷を回復させてくれるのに?」
「聖女の加護って、回復のためにあるのではないのですよ。みんな真実を知らないんです」
「真実はテメェだけが知っていると?」
「みんな信じてくれないですし、知ったところで今更どうなるものでもないですから」
「聞かせろよ。正しいかどうかはレが決める」
「一般の勇者は広間にある“勇者の剣”に触れ、聖女から名前と紋章を戴くそうですね。その時に聖女の唱えていた呪文を覚えていますか?」
「いや、そういう人は少ないだろうな。召喚されたばかりで慌てていた」
「アブソルート・コントラクトです。聖女が剣”を通じて、召喚された人を“勇者を職業として契約し、魂を支配する呪文です」
「魂を支配?」
「俺は紋章と名前を戴きましたが、剣には触れませんでした。赤ん坊は処分対象でしたが、運良く父に拾われて育ったんです」
ニックは頷いた。
「それで親父って言っていたのか」
「今はキャラバン隊で隊長をしています。彼も元は勇者でしたので、内情に詳しくて、色々教えてもらいました。勇者になんかなるものではないと、宿屋の息子として普通に暮らしていたんです」
「それで宿屋の息子に戻るため?」
「残念ながら、その宿屋はもうありません。でも宿屋のオヤジの意思を継いでいきたいです。そしていつか立派な宿屋として再建します」
「小さい頃の夢を、もう一度か」
ニックにもそういう想いはある。勇者になって諦めていたが、こういう話を聞くと、心に火が付く。
「俺の右手の紋章を手掛かりに、聖女が追ってこないかぎり、宿屋になれます。けれど勇者になってしまった方々は……」
「もう遅いってことか」
ニックは厳しい顔だが諦めきれない。
「どういう呪文なんだ? 解決方法は本当に無いのか?」
「この呪文の特徴は、両者の同意がなければ契約が成立しません。聖女側は召喚されてすぐ、紋章を植え付けると同時にアブソルート・コントラクトを唱えます。
RBCで教育を受け、完全に国と聖女が正しいの洗脳さえ、最終的に試練に立ち向かい、塔の最上階で“勇者の剣”を抜く。そこで誓いを立てましたよね?」
「石碑を読めと言われた。忠誠を誓い、勇者として命の限り戦う。願わくば加護があらんことを! そんな感じだ」
「それがアブソルート・コントラクトの契約が結実した時です。勇者側が宣誓することで、完全に聖女のものになります」
「オレたちは勇者以外の人生は歩めないのかよ」
ハルトは言いたくない。それがアブソルティスの常とう手段だからだ。
「可能性はあります。紋章がある部分を切断すれば……。聖女の支配と検索から逃れられますが、契約破棄にはなりません。魂と魂の繋がりは、そう簡単に切れるものではないからです。とてもお勧めできるものではありません」
同様な条件で、ライカからも逃げられない。いくら足を失ってもそれで終わりではない。自分で言ったことだから、納得するしかなかった。
Impossible (無理)
Ne fuis pas (逃げんなよ)
ライカは俺だけが理解できるように脅迫してきた。ゾッとする。
陽翔がいてくれて助かった。あのまま支配下にいたら、眠り続けていた。でも、それは夢の中だけで、宿屋にいる身体まで影響が及ばなかった。
ラッキーで済む問題でもない。
ライカは拉致に失敗したが、諦めたとも思えない。ならば次はもっと確実な方法を取る。簡単なことだ。意識を失っている間に、運んでしまえばいい。
悪夢から目覚めたことに、ニックは驚いた顔をしていた。それは予想外で、予定が狂ったからだ。
けれど信じたい。寝入ってすぐなら、すぐに拘束して連れて去ることもできた。読書をして見守っていたのは監視で、単に待ち合わせまで時間があったとも考えられる。
もしニックが誰かに利用されていても、敵ではないと思いたい。
ハルトは勇気を出して、ニックを見つめる。
「アブソルティスを知っていますか?」
“知っている、オレがアブソルティスだから”そう言われたら、携えた剣を抜く。場所を風呂場にしたのも、相手が素っ裸だからだ。
風呂に誘ったのは計算のうちだ。そしてニックの身体にはアブソルティスの紋章は無かった。
「知っている。非合法な暴力集団のテロ組織。人身売買をして勇者を外国へ売り払っている」
「それは一般に広まっている知識ですよね」
「それ以外を知っていると?」
「たぶん」
「そいつらが元は勇者で、紋章の部分を斬って、生き長らえていることも知っているぞ。あいつらは卑怯者だ。この体制に反発していても、勇者を救うためじゃない。この世界で利益を得て楽しく暮らしたいだけ。オレはあいつらと同じような手口は使いたくないし、勇者になったことを後悔してない」
「ニックさんはアブソルティスではないんですね」
「当たり前だろ。俺は勇者だ。やっぱり疑ってたな。顔に出てるぞ」
「すみません」
「俺は妹と一緒に召喚された。
テイマーは攻撃力が低いし、実践的ではないだろ? まずモンスターを従える実力が必要で、従えたら次に相棒モンスターを育てる必要がある。だから妹が先に勇者になった。
遅れている分必死で勇者になって、やっと合流できるという時に、妹が死んだ。弱い勇者は簡単に死んでしまうと、嫌というほど思い知らされた。質の悪い装備で、立場の偉そうな勇者に雑兵として使われる。
俺がショーターとタロスを仲間に入れて活動し始めたころ、妹が生きていたと知った。でも、アブソルティスとして寝返っていた」
「! すみません。余計なことをきいてしまいました」
「昔の話だ。もう死んだから。妹なりに自由になりたくていろいろ手を尽くした結果だ。アブソルティスには、心が壊れたようなヤツばっかりで、妹はそこでも餌食にされた。
どこへ行っても、弱者には生き残る道が限られている……テメェみたいに、強くて金のある奴には分からないだろうが、弱い勇者は、どこに行っても絶望しかないんだよ。なのにテメェは宿屋をやりたいなんて言うから、呆れたもんだ」
「……。そんなにおかしいですかね」
「それだけの力があれば、世の中を少しぐらい変えられるんじゃないかと、正直いって期待もする」
「俺は重大な問題を抱えています。動けばリスクも高くなります」
「そもそもバーサク自体が問題だろ」
――アブソルティスさえいなければ……。
またライカが現れる。そう思うと胃が痛くなる




