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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
3 忍び寄る悪夢
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宇宙遊泳

 


 ハルトは宇宙に浮かぶ夢を見た。


 正面には青い海と白い雲が球体に閉じ込められている。そして太陽の光を受けて、温かい光が俺を照らしている。けれど背中はとても寒い。暗くて瞬きもしない小さな星々。とてつもなく広い深淵に引っ張られている。


 だから俺は必死で抗っている。ただ手足で動かしてもがいて、宙を泳ごうとしていた。


 戻りたい。この星で生きるんだ。生き物が棲める世界はここしかない。

 だからここで頑張るんだ。


 広い宇宙で小さな手足をバタつかせた。これしか抗う方法がない。


 厳しいな。どんどん星が遠くなる。

 もうダメなのか?

 いや、諦めちゃいけない。抗うって決めたんだ。


 命の続く限り、ひたむきに全力を尽くそう。考えろ。俺一人の身体じゃない。

 陽翔を守るって決めたんだ。


 推進力……あった。魔力だ!


 右手の紋章が青白く光った。呪文を唱える。

『down』


 ――だめ!


 陽翔が後方から手を握り、光が抑えられた。

 地上へ急降下するはずが、これでは戻れない。


「何でだよ、陽翔。一緒に帰ろうよ……」


 ――よく見て! 騙されちゃダメだ。あれは本当に一翔が望んだ世界なの?


 意識を集中すると地上の状態が手に取るように分かる。荒れた大地には街は壊滅し、地表では戦いの連続だ。皆が飢えていた。モンスターだけでなく、人と人が争って生き残ろうと必死だ。


 そこで王として君臨しているのはライカだった。戦争をゲームとして楽しみ、人の不幸を笑って眺めている。


「また? まぁ新しいパターンではあるけど」

 毎度の悪夢であることが証明されたようなものだ。


 あまりに遠いはずなのに、ライカと目が合ったようで、ゾッとした。また身体が硬直してくる。


 ヤバイ、これ、本当にただの夢なのか? 


 けれど今回はこちらだって勝手が違う。なんといっても一人ではない! 二人がかりなら怖い者ナシだ。


 俺の弟は優秀だ。俺だけではどうしようもなくなると、助けに現れてくれる。本当は俺が守ってあげたいのに、いつも守られる。嬉しいけれど、ちょっと悔しい。

「陽翔は本当に凄いなぁ。また助けられたよ」


 ――傍で見ているだけだから応援できるんだよ。ライカと戦う兄さんのほうが凄いよ。


「ライカにまた騙されるとこだったけどな」


 このライカが想像の産物とは思えない。足が無くなって、縁が切れたと思ったのに、どうして居場所が分かる?


 ライカの口がパクパク動いている。陽翔は不安そうに言う。


 ――兄さん、ライカは何て言っているの? 俺には分からないよ。


 あれはフランス語だ。陽翔には聞かせたくないから、フランス語で俺にだけ伝わるように。

『Impossible. (無理) Ne fuis pas (逃げんなよ)』


 俺が通訳すると、陽翔はため息をついた。

「ただの夢じゃないね。どうやってここから出ようか」


 夢なのに……ずっと眠ったまま?

 このままライカに捕えられて目覚めたら十年後とか、マジで笑えない。


 俺の不安に陽翔は敏感だ。抱きしめて包んで、独りじゃないって伝えてくれる。背中に感じる陽翔は春の太陽のように心地よい。

 だから俺はちゃんと笑える。


 ――兄さんはどうしたい? 戦争の世界に帰りたい? それとも宇宙の果てまで流れても、理想の世界を探す?


「――決まっているだろ」

 それは、いつものようにだ。


 陽翔が指で示す方向を見る。人工衛星が太陽の光を受けて輝いている。

 そして俺の耳元で、呪文を囁いた。


 もう一度だ。

 もう一度、力を込めて抗おう。


 流れ星のように燃え尽きてしまわないように。

 いかに引力が強大で、逃げきるのが大変だとしても、正軌道を維持する。


 魔法は心と魂から生まれる。

 この世界では俺たちが法律だ。さぁ新しい道を切り開こう。

『Reboost!』



 ハルトは目覚め、布団を床へ蹴り捨てた。

 汗だくになって、荒い息を整えながら、宿屋であることを実感する。


 ――こん畜生。起きてやったぜ!



 ニックが目を丸くして、読みかけの本を置いた。


「どれくらい寝ていましたか?」

「数時間。夕食はまだだぞ。どうしたんだ? よく寝ていたのに」


 ハルトはホッとして、額の汗をぬぐう。仮眠どころではない。魂を抜かれたかのように、意識を失っていた。


「――風呂! 風呂に入りたい!」

 ニックは我儘っぷりに困惑した。

「傷は大丈夫なのかよ」

 冷水でもいいから今すぐに頭からかぶって、リフレッシュしたいのだ。


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