宇宙遊泳
ハルトは宇宙に浮かぶ夢を見た。
正面には青い海と白い雲が球体に閉じ込められている。そして太陽の光を受けて、温かい光が俺を照らしている。けれど背中はとても寒い。暗くて瞬きもしない小さな星々。とてつもなく広い深淵に引っ張られている。
だから俺は必死で抗っている。ただ手足で動かしてもがいて、宙を泳ごうとしていた。
戻りたい。この星で生きるんだ。生き物が棲める世界はここしかない。
だからここで頑張るんだ。
広い宇宙で小さな手足をバタつかせた。これしか抗う方法がない。
厳しいな。どんどん星が遠くなる。
もうダメなのか?
いや、諦めちゃいけない。抗うって決めたんだ。
命の続く限り、ひたむきに全力を尽くそう。考えろ。俺一人の身体じゃない。
陽翔を守るって決めたんだ。
推進力……あった。魔力だ!
右手の紋章が青白く光った。呪文を唱える。
『down』
――だめ!
陽翔が後方から手を握り、光が抑えられた。
地上へ急降下するはずが、これでは戻れない。
「何でだよ、陽翔。一緒に帰ろうよ……」
――よく見て! 騙されちゃダメだ。あれは本当に一翔が望んだ世界なの?
意識を集中すると地上の状態が手に取るように分かる。荒れた大地には街は壊滅し、地表では戦いの連続だ。皆が飢えていた。モンスターだけでなく、人と人が争って生き残ろうと必死だ。
そこで王として君臨しているのはライカだった。戦争をゲームとして楽しみ、人の不幸を笑って眺めている。
「また? まぁ新しいパターンではあるけど」
毎度の悪夢であることが証明されたようなものだ。
あまりに遠いはずなのに、ライカと目が合ったようで、ゾッとした。また身体が硬直してくる。
ヤバイ、これ、本当にただの夢なのか?
けれど今回はこちらだって勝手が違う。なんといっても一人ではない! 二人がかりなら怖い者ナシだ。
俺の弟は優秀だ。俺だけではどうしようもなくなると、助けに現れてくれる。本当は俺が守ってあげたいのに、いつも守られる。嬉しいけれど、ちょっと悔しい。
「陽翔は本当に凄いなぁ。また助けられたよ」
――傍で見ているだけだから応援できるんだよ。ライカと戦う兄さんのほうが凄いよ。
「ライカにまた騙されるとこだったけどな」
このライカが想像の産物とは思えない。足が無くなって、縁が切れたと思ったのに、どうして居場所が分かる?
ライカの口がパクパク動いている。陽翔は不安そうに言う。
――兄さん、ライカは何て言っているの? 俺には分からないよ。
あれはフランス語だ。陽翔には聞かせたくないから、フランス語で俺にだけ伝わるように。
『Impossible. (無理) Ne fuis pas (逃げんなよ)』
俺が通訳すると、陽翔はため息をついた。
「ただの夢じゃないね。どうやってここから出ようか」
夢なのに……ずっと眠ったまま?
このままライカに捕えられて目覚めたら十年後とか、マジで笑えない。
俺の不安に陽翔は敏感だ。抱きしめて包んで、独りじゃないって伝えてくれる。背中に感じる陽翔は春の太陽のように心地よい。
だから俺はちゃんと笑える。
――兄さんはどうしたい? 戦争の世界に帰りたい? それとも宇宙の果てまで流れても、理想の世界を探す?
「――決まっているだろ」
それは、いつものようにだ。
陽翔が指で示す方向を見る。人工衛星が太陽の光を受けて輝いている。
そして俺の耳元で、呪文を囁いた。
もう一度だ。
もう一度、力を込めて抗おう。
流れ星のように燃え尽きてしまわないように。
いかに引力が強大で、逃げきるのが大変だとしても、正軌道を維持する。
魔法は心と魂から生まれる。
この世界では俺たちが法律だ。さぁ新しい道を切り開こう。
『Reboost!』
ハルトは目覚め、布団を床へ蹴り捨てた。
汗だくになって、荒い息を整えながら、宿屋であることを実感する。
――こん畜生。起きてやったぜ!
ニックが目を丸くして、読みかけの本を置いた。
「どれくらい寝ていましたか?」
「数時間。夕食はまだだぞ。どうしたんだ? よく寝ていたのに」
ハルトはホッとして、額の汗をぬぐう。仮眠どころではない。魂を抜かれたかのように、意識を失っていた。
「――風呂! 風呂に入りたい!」
ニックは我儘っぷりに困惑した。
「傷は大丈夫なのかよ」
冷水でもいいから今すぐに頭からかぶって、リフレッシュしたいのだ。




