宿屋を満喫
魔王と死闘をした夢をよく見る。
それだけでも不愉快なのに、ここ最近の妙にリアルだ。
ちゃんと両足があって感覚がある。疲労感や痛み、荒い息遣い。現実と勘違いするほど。だからもの凄く疲れる。
そして結末はおおよそ同じ。ライカ登場。ここまで出てくると、恐怖心の権化としか思えない。ちなみに直近の夢の内容はこうだ。
1・初期パターン(恐怖のみ)
身体が動かなくなって、ライカに足を斬られる。
体中を切り刻むと脅されたり、実行されたりする。
痛みと絶叫で目が覚める時もある。
どうしてこんな夢をみるのか分からない。ライカは脅威ではあるが、毎回夢に出てくるほどビビりまくっていない。それにライカの存在が怖いのではなく、何をするか理解不能だから、未知への恐怖ともいえる。
こんな夢を何回も見ると、自分への阿保らしいと不愉快さで多少アレンジが加わってくる。
2・慣れたパターン(もはやホラー)
すっかり切り刻まれて、俺は生首状態だった。
そりゃ生きてねぇだろ(笑)
ライカが血まみれの俺の足を持って、笑って言う。
『返してほしけりゃ、こっち来いよ!』
ロボットの部品でもあるまいし、紋章入りの足なんてトラブルの元だ。どうせ足が元に戻るならスキップして遊ぶ夢でいいだろ。
3・最終パターン(ひたすらうんざりする)
俺は抗い続けいる。夢が覚めるように努力し叫ぶのだ。
「また同じ夢かよ、進化ねぇな!!――いいかげんにしろ!」
ライカは何度も言う。
『最後通告だ。諦めて服従しろ』
宙に描かれたアブソルティスの紋章が紐解かれ、一本の糸となって俺の心臓に突き刺さった。
絡まれ、身動きが取れない。
「これは俺の夢だ。勝手に入ってくるな!」
逆ギレしながら目覚め、宿屋の天井を見てほっとした。まだ緊張が解けず心臓がバクついている。
でも俺は笑った。負けてたまるか。
右足の太腿を布団の上から撫でた。
その先は途切れて無いのに、つま先がムズムズする。幻肢痛というらしい。自身の脳内では足は存在している。それなら、アブソルティスの紋章も消えたことになっていないのか?
――ライカと縁が切れたんだよな?
怖いものを想像してしまうなんて、自分の弱さが情けない。
現実は天国のように素晴らしいから、ずっと起きていたい。
けれど悪夢ばかり見るから、疲れが取れないで結局横になる。
まだ残る夏の日差しにクーラーの効いた静かな部屋だ。
外の賑わいが聞こえる。人が行き交い、馬車が過ぎていく。楽しそうな笑い声と会話がとめどなく過ぎ去って。そういう声を聞くのも久しぶりだ。
誘われるように窓を開けると、花の匂いがした。日よけの帽子の母子は祭りの装いで、帽子に夏の白い花をつけている。
――あぁそうか、月下美人
この花がたくさん咲いている匂いに、街は包まれている。本来は夕方から朝にかけて咲く花で、花を見る前に存在に気付くほどの香りが漂うという。
モンスターを倒すだけの生活とは別世界だ。ダンジョンとベースキャンプを往復するだけの血生臭い生活から解放され、微笑みが止まらない。
「平和だなぁ」
※ ※ ※
ショーターは気をきかせて松葉杖を置いていった。ニックの心配は分かるが、眠ってなどいられない。ウォールには外には出ないという約束で宿屋を満喫した。
祭りということで客が増えていた。荒くれ宿は客層を選ばないので、一般の宿では断られるような危なそうな連中ばかりだ。それでも行き交う客が笑顔でいるのはとても凄いことだと思う。おもてなしの心と、宿がかもしだす暗黙のルールが随所にみられて和やかな心になるのだろう。
しかし気になるのだ。厨房が……。
ベッケン夫妻と娘のマリエルが忙しそうに立ち回っている。
「ああ!」
ハルトは思わず声をあげた。
料理の工程が違うし、そこで手抜きをしてはいけない。だから泥水スープになってしまうのだ。
もう我慢できない。三分後には厨房に立ち、あれこれと指導していた。
「あら、ホントだわ。お母さん、美味しくなった!」
「さすが料理人ねぇ。うちの娘のムコにちょうどいいわ」
「お前ら付き合っているのか!」
父親の顔を見せるベッケンはオバサンに殴られる。
「お客様に失礼でしょう!」
これで夕食はまともな食事ができそうだ。
ベッケン宿屋の主であるから料理もできるが、腕はいまひとつ。元料理人のハルトには遠く及ばない。
「祭りの期間の特別メニューだが、これはどう思う?」
デミグラス風煮込みハンバーグに似ている。モンスター肉で癖がある。ミンチ肉にして柔らかく、割ると肉汁がジュワッと出てくると良いのだが、肉が固めの肉団子になっている。
「ソースの味はいいと思います。この肉はこの地方の特産ですよね。俺もダンジョンでたくさん料理しました。特有の臭みがあって、匂い消しが大変でした」
「おおお! そうなんだよ。うちはショウガベースだ」
ハルトはノリノリだ。久々に料理できる人と会話している。
「俺もショウガは使いました。生肉の段階で濃い目の調味液に漬け込み、臭み消しとしっかり味と風味をつけることにしました。添え野菜は匂いの濃い野菜を入れると全体的に帳消しされますよ」
「そうだな。そういう手もあるな」
「素材の味を引き出したかったのですが、ダンジョンだったので、じっくり料理に取り組むことができなかったんです」
「状況に応じて対応するとは、若いのに結構考えてるな! 盛りつけはどうだ?」
皿の盛るのは普通だが、祭りなのだから軽食にしてはどうだろう。
「串刺しにして、トレイごと売る形にしてはいかがでしょう。持ち運びできるので通りがかりの人も購入できると思います」
「いいな。試してみよう。ほら、ここに座れ。もっと意見をくれよ」
ベッケンは厨房に椅子を置く。
悩みに的確に答えをだすので感心するばかりだ。二人で会話を重ね、充実した時間が過ぎた。上機嫌になったベッケンは宿屋になりたい話を聞き立ち上がる。
「いいもの見せてやろう」
大事そうに一冊の厚い本を持ってきた。
「おお! ごれが宿屋の心得ですね」
荒くれ宿の宿帳らしいデザインだ。どっしりしており表紙は薄く毛皮で覆われている。飾りの獣の牙がワイルドだ。
「これがあれば宿屋になれるのか~。いいなぁ」
この分厚さが宿の歴史だ。ほとんどが顧客名簿になっている。
「今では隣が大通りだが、うちは爺さんの代からやっていて、この街では古参の店だぜ。いろんな有名勇者が泊まっていただいた。その辺の宿とは格が違うんだぜ」
ハルトが期待を込めてページをめくると、ジェットと小太郎の名前があった。
「やっぱり。俺の師匠と親父なんです」
「おぉ! それは凄いな」
「!――ディスカス」
黒い文字を撫でる。
ハルトが生まれる数年前に三人で旅をしていたのだ。ベッケンハイムの宿はディスカスと暮らした宿と似ている。ここからイメージを貰ったのかもしれない。
「この三人は、みんな俺の親父です。あのまま宿屋の息子になって、ディスカスにと暮らしていたら、こんな感じだったのでしょう」
叶わなかった夢はいっそう甘く感じる。
「宿屋の息子だったのか。見習いと呼ばれていたから、勇者かと思っていたよ。じゃあ、どうだ。ここで働いてみないか? 特に祭りの間は忙しいんだ」
「それは是非!」
体調が悪かったことなど吹っ飛ぶ!
冷たい視線が背中に突き刺さる。振り返るとニックが睨んでいた。
「すっかり元気になったようだな。楽しそうでよかったよ、勇者見習いくん」
皮肉めいた笑みが怖い!
ハルトは逃げるように部屋に戻る。
「ベッケンさん、夕ご飯楽しみにしてますね!」
※ ※ ※
ハルトは言い訳に忙しい。
「その場のノリですよ。分かってます。ベッドに戻りますから~。いいじゃないですか、これで美味しい夜ご飯にありつけますよ?」
「確かにスープはやばかった。腹が減っているだろう」
土産だと大きめの包みを渡された。ほかほかの肉饅頭がたくさん入っている。
ニックはどこか調子が悪いのか? いつもの批判的な言動もなく、お土産つき。
やっと心を開いてくれた!?
「ありがとうございます」
ハルトは上機嫌だ。
肉まんじゅうも美味しい。肉を主体としていながら、筍やキノコが存在を主張し、具材がたっぷり!
ニックが二個たべる間に、ハルトはほとんど食べつくした。最後の一個に青ざめた。
「しまった! ウォールさんの分を取り置くのを忘れるとこだった!」
「気にするな。それは全部テメェが食ってよかったんだよ。ところで遊んでいたということは、答えは出たのだろうな?」
「――いえ。まだです」
「……」
「お祭り、楽しかったですか?」
「まぁな。この街の人間だけではなくて、他の街の商人とかも来ていたな。踊り子のテントとかもあったし。かなり大規模だ。地元の品だけではなくて、外国の品もあったぞ。キャラバン隊が来ているようだ」
ハルトは肉饅頭を食べ損ねた。
「どこのキャラバン隊でしょう」
「さぁな。知らん」
ハルトは宿屋の名前を走り書きすると、窓を大きく開放する。
『リリー!』
すぐに窓が日陰になった。大きな翼が宿の上を通り過ぎる。そして旋回し、窓枠を鷲掴みにして荒鷲が停留した。
ニックはその美しさに見惚れている。
「空色の荒鷲なんて見たことないぞ」
ハルトには答える余裕がなかった。この状況ではリリーだけが頼りで、メモに祈りを託すのみ。リリーの足の書簡にメモを入れると、すぐに街の空を飛んでいく。
「近くにいるかもしれない」
ハルトは祈るように眺め、すぐそこで着陸するのではと期待した。
リリーは街の外へ出た。力尽きたように窓辺にズルズルと寄りかかる。自信がなくなって、顔を伏せた。
「どうしよう。間違ったかもしれない」
衝動的にやってしまった。
逢いたい。でも実際に会えたとして、この足をどう説明すればいい? 今さら心配かけるなんて、親不孝ではないか。
ニックは肉饅頭を押し付けた。
「食わないのか?」
ハルトは黙って食べ終えてベッドに戻った。
「もし親父が来たら……いえ、何でもないです」
「親父?」
勇者に身内がいるなど常識外で、聞いたこともない。
「テメェは本当に変わっているな」
ニックの言葉は独り言になった。ハルトは寝息を立てている。いろいろ考えているうちに、疲れて寝てしまうなんて、子供みたいだ。
「ご褒美はまだ先だな」
ニックは部屋を出て、ウォールの部屋に向かった。
部屋は荷物で山積みだ。
収穫した魔法石の他にレアアイテム。違法とされる魔剣や装備品が積まれている。
「肉饅頭、食っていたか?」
ウォールは薬瓶を片付けながらニックに確認する。
「あぁ、全部食べたよ」
「それは良かった。喜んでいただろう?」
ニックは罪悪感に悩まされている。
「心配するな。別に死ぬわけじゃない。隙があれば動く男だ。この部屋を見られるわけにはいかないだろう。具合も悪いんだから、ゆっくり寝かせておくに限る」
「薬まで使うことかよ」
「そうだ。あと店の件はどうなった?」
ウォールの睨みは本気だ。
「この騒ぎで店が休みになったことが幸いした。祭りが終わるまで貸してくれるそうだ。言われていた物も揃えておいた」
ウォールは荷物を纏める。
「じゃあ行ってくる。夕方には戻る」
「タロスとショーターは別に宿を取るそうだ。祭りだからって、女遊びも大概にしてほしいもんだよ」
「お前も同じだろ。あいつの前で緩い顔をするな。見習いとはいえ油断できない。お互いに役目を果たすことが重要だ。司令塔が揺らいでどうする」
ニックは子供のように拗ねた。
「分かっているよ。オレの担当じゃないことぐらい……」




