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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
3 忍び寄る悪夢
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宿屋を満喫

 


 魔王と死闘をした夢をよく見る。

 それだけでも不愉快なのに、ここ最近の妙にリアルだ。


 ちゃんと両足があって感覚がある。疲労感や痛み、荒い息遣い。現実と勘違いするほど。だからもの凄く疲れる。


 そして結末はおおよそ同じ。ライカ登場。ここまで出てくると、恐怖心の権化としか思えない。ちなみに直近の夢の内容はこうだ。


 1・初期パターン(恐怖のみ)


 身体が動かなくなって、ライカに足を斬られる。

 体中を切り刻むと脅されたり、実行されたりする。

 痛みと絶叫で目が覚める時もある。


 どうしてこんな夢をみるのか分からない。ライカは脅威ではあるが、毎回夢に出てくるほどビビりまくっていない。それにライカの存在が怖いのではなく、何をするか理解不能だから、未知への恐怖ともいえる。

 こんな夢を何回も見ると、自分への阿保らしいと不愉快さで多少アレンジが加わってくる。


 2・慣れたパターン(もはやホラー)


 すっかり切り刻まれて、俺は生首状態だった。

 そりゃ生きてねぇだろ(笑)

 ライカが血まみれの俺の足を持って、笑って言う。

『返してほしけりゃ、こっち来いよ!』


 ロボットの部品でもあるまいし、紋章入りの足なんてトラブルの元だ。どうせ足が元に戻るならスキップして遊ぶ夢でいいだろ。



 3・最終パターン(ひたすらうんざりする)


 俺は抗い続けいる。夢が覚めるように努力し叫ぶのだ。

「また同じ夢かよ、進化ねぇな!!――いいかげんにしろ!」


 ライカは何度も言う。

『最後通告だ。諦めて服従しろ』

 宙に描かれたアブソルティスの紋章が紐解かれ、一本の糸となって俺の心臓に突き刺さった。


 絡まれ、身動きが取れない。

「これは俺の夢だ。勝手に入ってくるな!」



 逆ギレしながら目覚め、宿屋の天井を見てほっとした。まだ緊張が解けず心臓がバクついている。


 でも俺は笑った。負けてたまるか。



 右足の太腿を布団の上から撫でた。

 その先は途切れて無いのに、つま先がムズムズする。幻肢痛というらしい。自身の脳内では足は存在している。それなら、アブソルティスの紋章も消えたことになっていないのか?


 ――ライカと縁が切れたんだよな?


 怖いものを想像してしまうなんて、自分の弱さが情けない。


 現実は天国のように素晴らしいから、ずっと起きていたい。

 けれど悪夢ばかり見るから、疲れが取れないで結局横になる。



 まだ残る夏の日差しにクーラーの効いた静かな部屋だ。


 外の賑わいが聞こえる。人が行き交い、馬車が過ぎていく。楽しそうな笑い声と会話がとめどなく過ぎ去って。そういう声を聞くのも久しぶりだ。


 誘われるように窓を開けると、花の匂いがした。日よけの帽子の母子は祭りの装いで、帽子に夏の白い花をつけている。


 ――あぁそうか、月下美人


 この花がたくさん咲いている匂いに、街は包まれている。本来は夕方から朝にかけて咲く花で、花を見る前に存在に気付くほどの香りが漂うという。


 モンスターを倒すだけの生活とは別世界だ。ダンジョンとベースキャンプを往復するだけの血生臭い生活から解放され、微笑みが止まらない。

「平和だなぁ」



 ※    ※    ※


 ショーターは気をきかせて松葉杖を置いていった。ニックの心配は分かるが、眠ってなどいられない。ウォールには外には出ないという約束で宿屋を満喫した。


 祭りということで客が増えていた。荒くれ宿は客層を選ばないので、一般の宿では断られるような危なそうな連中ばかりだ。それでも行き交う客が笑顔でいるのはとても凄いことだと思う。おもてなしの心と、宿がかもしだす暗黙のルールが随所にみられて和やかな心になるのだろう。


 しかし気になるのだ。厨房が……。

 ベッケン夫妻と娘のマリエルが忙しそうに立ち回っている。


「ああ!」

 ハルトは思わず声をあげた。

 料理の工程が違うし、そこで手抜きをしてはいけない。だから泥水スープになってしまうのだ。


 もう我慢できない。三分後には厨房に立ち、あれこれと指導していた。


「あら、ホントだわ。お母さん、美味しくなった!」

「さすが料理人ねぇ。うちの娘のムコにちょうどいいわ」


「お前ら付き合っているのか!」

 父親の顔を見せるベッケンはオバサンに殴られる。

「お客様に失礼でしょう!」


 これで夕食はまともな食事ができそうだ。

 ベッケン宿屋の主であるから料理もできるが、腕はいまひとつ。元料理人のハルトには遠く及ばない。

「祭りの期間の特別メニューだが、これはどう思う?」


 デミグラス風煮込みハンバーグに似ている。モンスター肉で癖がある。ミンチ肉にして柔らかく、割ると肉汁がジュワッと出てくると良いのだが、肉が固めの肉団子になっている。


「ソースの味はいいと思います。この肉はこの地方の特産ですよね。俺もダンジョンでたくさん料理しました。特有の臭みがあって、匂い消しが大変でした」


「おおお! そうなんだよ。うちはショウガベースだ」

 ハルトはノリノリだ。久々に料理できる人と会話している。


「俺もショウガは使いました。生肉の段階で濃い目の調味液に漬け込み、臭み消しとしっかり味と風味をつけることにしました。添え野菜は匂いの濃い野菜を入れると全体的に帳消しされますよ」


「そうだな。そういう手もあるな」

「素材の味を引き出したかったのですが、ダンジョンだったので、じっくり料理に取り組むことができなかったんです」


「状況に応じて対応するとは、若いのに結構考えてるな! 盛りつけはどうだ?」


 皿の盛るのは普通だが、祭りなのだから軽食にしてはどうだろう。

「串刺しにして、トレイごと売る形にしてはいかがでしょう。持ち運びできるので通りがかりの人も購入できると思います」


「いいな。試してみよう。ほら、ここに座れ。もっと意見をくれよ」


 ベッケンは厨房に椅子を置く。

 悩みに的確に答えをだすので感心するばかりだ。二人で会話を重ね、充実した時間が過ぎた。上機嫌になったベッケンは宿屋になりたい話を聞き立ち上がる。


「いいもの見せてやろう」

 大事そうに一冊の厚い本を持ってきた。


「おお! ごれが宿屋の心得ですね」

 荒くれ宿の宿帳らしいデザインだ。どっしりしており表紙は薄く毛皮で覆われている。飾りの獣の牙がワイルドだ。


「これがあれば宿屋になれるのか~。いいなぁ」

 この分厚さが宿の歴史だ。ほとんどが顧客名簿になっている。


「今では隣が大通りだが、うちは爺さんの代からやっていて、この街では古参の店だぜ。いろんな有名勇者が泊まっていただいた。その辺の宿とは格が違うんだぜ」


 ハルトが期待を込めてページをめくると、ジェットと小太郎の名前があった。

「やっぱり。俺の師匠と親父なんです」

「おぉ! それは凄いな」


「!――ディスカス」

 黒い文字を撫でる。

 ハルトが生まれる数年前に三人で旅をしていたのだ。ベッケンハイムの宿はディスカスと暮らした宿と似ている。ここからイメージを貰ったのかもしれない。


「この三人は、みんな俺の親父です。あのまま宿屋の息子になって、ディスカスにと暮らしていたら、こんな感じだったのでしょう」

 叶わなかった夢はいっそう甘く感じる。


「宿屋の息子だったのか。見習いと呼ばれていたから、勇者かと思っていたよ。じゃあ、どうだ。ここで働いてみないか? 特に祭りの間は忙しいんだ」

「それは是非!」


 体調が悪かったことなど吹っ飛ぶ!


 冷たい視線が背中に突き刺さる。振り返るとニックが睨んでいた。


「すっかり元気になったようだな。楽しそうでよかったよ、勇者見習いくん」

 皮肉めいた笑みが怖い!


 ハルトは逃げるように部屋に戻る。

「ベッケンさん、夕ご飯楽しみにしてますね!」



 ※    ※    ※


 ハルトは言い訳に忙しい。

「その場のノリですよ。分かってます。ベッドに戻りますから~。いいじゃないですか、これで美味しい夜ご飯にありつけますよ?」


「確かにスープはやばかった。腹が減っているだろう」

 土産だと大きめの包みを渡された。ほかほかの肉饅頭がたくさん入っている。


 ニックはどこか調子が悪いのか? いつもの批判的な言動もなく、お土産つき。


 やっと心を開いてくれた!?


「ありがとうございます」

 ハルトは上機嫌だ。


 肉まんじゅうも美味しい。肉を主体としていながら、筍やキノコが存在を主張し、具材がたっぷり!


 ニックが二個たべる間に、ハルトはほとんど食べつくした。最後の一個に青ざめた。

「しまった! ウォールさんの分を取り置くのを忘れるとこだった!」


「気にするな。それは全部テメェが食ってよかったんだよ。ところで遊んでいたということは、答えは出たのだろうな?」


「――いえ。まだです」

「……」


「お祭り、楽しかったですか?」

「まぁな。この街の人間だけではなくて、他の街の商人とかも来ていたな。踊り子のテントとかもあったし。かなり大規模だ。地元の品だけではなくて、外国の品もあったぞ。キャラバン隊が来ているようだ」


 ハルトは肉饅頭を食べ損ねた。

「どこのキャラバン隊でしょう」

「さぁな。知らん」


 ハルトは宿屋の名前を走り書きすると、窓を大きく開放する。

『リリー!』


 すぐに窓が日陰になった。大きな翼が宿の上を通り過ぎる。そして旋回し、窓枠を鷲掴みにして荒鷲が停留した。


 ニックはその美しさに見惚れている。

「空色の荒鷲なんて見たことないぞ」


 ハルトには答える余裕がなかった。この状況ではリリーだけが頼りで、メモに祈りを託すのみ。リリーの足の書簡にメモを入れると、すぐに街の空を飛んでいく。


「近くにいるかもしれない」

 ハルトは祈るように眺め、すぐそこで着陸するのではと期待した。


 リリーは街の外へ出た。力尽きたように窓辺にズルズルと寄りかかる。自信がなくなって、顔を伏せた。

「どうしよう。間違ったかもしれない」


 衝動的にやってしまった。

 逢いたい。でも実際に会えたとして、この足をどう説明すればいい? 今さら心配かけるなんて、親不孝ではないか。


 ニックは肉饅頭を押し付けた。

「食わないのか?」

 ハルトは黙って食べ終えてベッドに戻った。


「もし親父が来たら……いえ、何でもないです」

「親父?」

 勇者に身内がいるなど常識外で、聞いたこともない。


「テメェは本当に変わっているな」

 ニックの言葉は独り言になった。ハルトは寝息を立てている。いろいろ考えているうちに、疲れて寝てしまうなんて、子供みたいだ。


「ご褒美はまだ先だな」

 ニックは部屋を出て、ウォールの部屋に向かった。




 部屋は荷物で山積みだ。

 収穫した魔法石の他にレアアイテム。違法とされる魔剣や装備品が積まれている。

「肉饅頭、食っていたか?」


 ウォールは薬瓶を片付けながらニックに確認する。

「あぁ、全部食べたよ」

「それは良かった。喜んでいただろう?」

 ニックは罪悪感に悩まされている。


「心配するな。別に死ぬわけじゃない。隙があれば動く男だ。この部屋を見られるわけにはいかないだろう。具合も悪いんだから、ゆっくり寝かせておくに限る」


「薬まで使うことかよ」

「そうだ。あと店の件はどうなった?」


 ウォールの睨みは本気だ。

「この騒ぎで店が休みになったことが幸いした。祭りが終わるまで貸してくれるそうだ。言われていた物も揃えておいた」


 ウォールは荷物を纏める。

「じゃあ行ってくる。夕方には戻る」


「タロスとショーターは別に宿を取るそうだ。祭りだからって、女遊びも大概にしてほしいもんだよ」


「お前も同じだろ。あいつの前で緩い顔をするな。見習いとはいえ油断できない。お互いに役目を果たすことが重要だ。司令塔が揺らいでどうする」


 ニックは子供のように拗ねた。

「分かっているよ。オレの担当じゃないことぐらい……」



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