ニックの目的
もともと仲間になりたいと言ったのはハルトだ。
それは信頼関係を築き、仲良く楽しく旅ができれば良いと思ったからで、アキトから離反するつもりはなかった。けれど宿屋になれるし、味方が増えるのが楽しみで即答オッケーした。
けれど問題は山積している。一番大事なことを聞いていない。
「布団に入れ」、「まだ寝ない」など、押し問答の末、ハルトは問うことにした。自分も聞かれたくないことがたくさんあるから、遠回しに知ろうとしたことだ。
仲間と認めてくれたので、思いきって直球勝負!
「寝る前に教えてください。皆さんはダンジョンで何をされていたんですか?」
ニックは意地悪だ。なかなか言おうとしないので焦れてしまう。
「ウォールさんが何をしていたか分からないにしても、ショーターさんが護衛なのは戦力をあげるため。タロスさんは商人。一般的に考えればダンジョンでのアイテムの横領ということになります」
ニックは皮肉めいた笑みをみせる。
「それを知った上で仲間になったなら犯罪者の仲間入りだな。嫌なら仲間にならなくてもいいが、黙っていろ。もし喋ってみろ。オレが上の者に推薦して、テメェを勇者にしてやる」
ハルトは冷や汗ものだ。
「その点はご心配なく。もともと勇者にならない時点で反逆者なので。それにニックさんは個人の利益目的で動いているのではないと思っています」
「そういうの、お人好しっていうんだぞ」
「勇者って、本来いい人ばかりだと思うんです。いくら生きるためとはいえ、RBCで修行して命をかけて、魔王と戦っていく。それって、誰かを救いたいと思っているからでしょう? ですから利益目的というのはニックさんの意思に反するものかと思いまして。どうせお金なんてあったって使うこともできませんしね!」
「オレは弱い勇者を救いたい。その為の活動だ」
「ニックさんは他の勇者の方に声をかけられましたか?」
「なぜそんなことを聞く?」
「俺にはできなかったからです。RBCにいた時に、聖女が勇者を奴隷のように扱っている事実をどれだけ訴えても、信じてもらえなかった。次第に声をかけることができなくなっていきました」
「弱い勇者は声も小さいんだ。たぶんテメェの大声にビビってたんだろう。逆らったら殺されるぐらいの危機感はみんな持っている。
こんな世界に突然放り込まれて、RBCで保護してもらって、人並みの生活ができていたんだ。追い出されたら生きていけないことぐらい分かる。たとえ何かが間違っているとしても、その時は声を上げられない。
でも勇者になって、みんな心の底ではテメェの言っていたことが本当だったと思っているだろう。でも声は上げない。殺されるからな」
「それじゃあ誰も味方になってくれないということですか? 誰かが何かを変えるまで、じっと待つだけ?」
「その時が来たら。そういう風潮になったら賛同してくれるだろう」
「そんなの……無理ですよ。誰ひとり味方になってくれないのに」
ハルトは布団にもぐる。こうなれば“ふて寝”のフリだ。
問うべきことは聞いた。
ニックはやはり勇者だ。弱い人たちを助けるために組織に逆らう勇気がある。良かったと思う気持ちで心が温かくなって、ホッとした。
――あ、やっぱり眠いや。
“ふて寝”のつもりが、本気で眠い。
こんなにゆっくり眠るのは何か月ぶりだろう。
ニックはハルトが背中を向けてしまったので、頭を掻いた。それはとても子供っぽく無防備だ。柔らかな髪に触れてもいいと許可されている気がする。
ニックは密かな誘惑を我慢できない。そっと手を差し伸べ、労わるように頭を撫でた。
ハルトが驚いて振り向くと、ニックはすでに背中を向けており表情は分からなかった。
「味方にならないわけじゃない」
上ずった声は照れ隠しだ。
「ただ弱い奴らは声が小さい。だからそういう人間でも大きく叫べる環境を作ることが大事だ。武器を与え、生きる力と希望を与える。そうすればみんな、声をあげるんだよ」
「ニックさんには味方がいるんですね」
「フォレストパレスではオレたちが準備した武器や防具を待っている勇者がたくさんいる」
「たくさん……凄いな」
ニックは否定した。たくさんいるのは味方ではなく守るべき人間だ。
「フォレストパレスにいる勇者はみんな怪我をしている。まず怪我をしないことが重要だ。王宮から支給される装備は魔法防御効果が無い軽装備。丸裸で戦えと戦場に送られるようなものだ。実力だけでは生き残れないんだよ」
「そんなに厳しいとは知りませんでした」
「オレはテイマーで、後方支援だから生き延びた。でも可愛がっていたモンスターは次々に死んだし、同期の勇者もたくさん死んだ。知った顔が死ぬのはもうたくさんだ。
それで貴族や実力のある勇者に声をかけたんだが、反響は悪かった。やっと集まった装備品は中古や壊れかけのものばかりで、見るに堪えない。ショーターの紹介でタロスと出会って、新品をたくさん揃えてあげようと決めたんだ」
「タロスさんは商人ですから、武器商人ですね」
「あぁ。でも売ったのは最初だけで、今はどちらかというと買い付けのためだ。タロスは知識があって売買が上手なんだ」
「買い付けというと、材料を仕入れるため?」
「ボス部屋の高級魔法石やレアアイテムだけでは素材が足りないからな」
ハルトはハッとした。
「ボス部屋に行ったのですか? いつですか?」
記憶にある限り、ニックらが採取している姿を見かけなかった。
「テメェが夢中になって戦っている間だ。ボスを倒した後では採取班の管理下にあるから、チャンスはボス戦の最中しか無いんだよ」
ハルトの落胆ぶりにニックは惑った。
「ボス部屋にはどうか近づかないでください。
俺、不器用なんです。夢中になると周りが見えなくなってしまって、守りながら戦えないんです。ブチ切れしたら本当に制御不能なんです。タロスさんの腕の怪我、あれも俺がやったんでしょう?」
味方を傷つけるなんて最低だ。最初に冷たく扱われたのも当然だった。なのに俺がしつこいから、仲間に入れてくれて……みんないい人たちだ。
「それは違う。オレのせいだ。バーサクが来る情報は得ていて対策はできていた。ボス部屋でも入口付近の予定だった。なのにオレが戦いに見惚れて油断した。それをタロスが助けてくれたんだ」
ハルトは自分のせいではないと聞いて少し安心したが、疑問は残る。
「撤退前にバーサク騒動になると分かっていたとは?」
「モンスターから聞き出した。俺は敏腕テイマーだからな」
ニックの得意げな顔にハルトは苦笑する。
「魔王がモンスターを差し向けて、ニックさんたちをボス部屋に向かわせたんでしょう」
ニックは格好良く言っただけに青ざめた。
「そうなのか?」
「今回の魔王は古の魔法使いで、頭が良いです。俺が現れる条件が単独であることを理解していました。それで今回の討伐では、誰かに付き纏われてばかりで困っていました。決戦の時も、部屋に何名か誘い入れることで、俺がバーサクできなければ勝てると思ったのでしょう」
ハルトは頬を赤らめて聞いた。
「それで、ボスを倒した瞬間を見ました?」
「いや、見ていない」
ハルトが安心したのは、人に言えないような酷い戦いだったからだ。魔法に関してはどう転んでも勝てなかった。だから最終的にアイコンタクトで隷属させて殺したなど、お世辞にも最強とは呼べない。
「では、俺が戦うところを見たのはこの四人だけですね? 他にはいないんですね?」
「そうだ。ショーターは近くに人を寄せ付けないことに専念していたから他に人影はなかった」
それはハルトにとって嬉しくない結論だ。
この四人の中にアブソルティスがいる。
ライカが転移魔法で現れるには二つの条件が必要だ。ボス部屋の詳細な位置が分かることと、戦闘を終えてすぐということだ。あれほど正確なタイミングで来ることができたのは、誰かが手引きしたからに違いない。
――あぁ、アキトに報告しなきゃ。
ついにこの時が来た。
裏切り者を見つけて報告するのが今回の任務だ。仲間だろうが、仲良くなろうが、アキトと離反しない限り、約束は守らなければならない。
義足を作るためだけなら、旅などせずドラゴンで移動していた。しかしアキトは輸送班の荷馬車を使えと指示した。それはアブソルティスが紛れていることを示唆している。
ライカに襲われた直後だ。片足のまま、孤独な状態であったら必ずもう一度攻めてくる。それがアキトの見立てだ。すぐに報告するのは義務である。
以降のことはアキトに一任してしまえば解決だ。
報酬として、宿屋になるためのアイテムを調達してもらえることになっている。宿屋を始めるための大事な一歩でもある。
「ニックさん、やっぱり俺はバーサクです。一緒にはいられません」
――敵も味方もない。自分が生き残るために、周囲の人間を傷つけていく。それがバーサクだ。
自分がどれほど危険極まりないか忘れていた。
バーサクであり、ライカに狙われている身である。再びライカの操り人形になって、勇者たちを全員殺すようなことになってしまったら、自身の破滅と、全世界の危機が同時にやってくる。
だからハルトの戦いはどこまでも冷静でいようと努めている。
戦いに集中すると、相手の五手先、十手先まで計算しながら、戦いを進めていく。それがさらに発展すると超集中状態、ゾーンに突入する。超高速の魔法発動と同時に身体が反射だけで自然に動く。
それで収まればいいのだが、たまにタカが外れてバーサクしてしまう。
ゾーン状態からさらに先にある、戦闘の極み。攻撃力は半端なく上がるが、リスクもある。相手を倒すという意思がわずかに残るだけで、追いつかなくなった感情は怒りに変わる。最終的には意識をほとんど失い、殺戮マシーンのようになる。
「俺は仲間ができて嬉しくて。ニックさんが志のある方で……アキトから解放されて、宿屋になれるって思ったら嬉しくなっちゃって……でもダメですね。皆さんを危険に晒してしまいます」
本当に仲間ができて嬉しかったし、宿屋になれるかと期待したのだ。
アキトからの頼まれごとも、宿屋になれるなら放置してもよかった。
「俺をフォローできるのはアキトだけです。バーサクしそうになると声をかけてくれたり、周囲の人を撤退させたり、見習いの地位だけど宿屋になることを否定しません。俺が足を失った時も一番に駆けつけてくれました。
だから俺はやっぱりアキトの見習いでいるしかないようです。
それに俺が魔王を討伐しなかったら、戦いは終わりません。戦いが長引くほどたくさんの勇者が犠牲になります。本当は宿屋になりたいけど……エルダールの用事が終わったら、またアキトのところに戻ります」
ニックはその答えを受け止めきれずにいる。
「オレがせっかく助けてやろうってのに!」
「ニックさん。ありがとうございます。
俺も嬉しいです。だから出来る限りお手伝いさせてください。弱い勇者を助けたい気持ちは一緒です。俺が魔王を倒すにしても、前半戦ならまだ余裕があります。その時、合流するというのはどうでしょう」
「その足でまだボスと戦う気か? エルダールに戻ったら聖女と王宮神官に命乞いするんだろう?」
「俺がエルダールに行くのは義足を作るためです。義足が出来上がったらまたダンジョン攻略でしょう」
ハルトは瞼が重い。
アキトに報告をするのも嫌だ。運命からも逃れられない。
先のことを考えるのが、嫌になってきた。
猛烈な眠気に襲われて、布団に潜り込んだ。




