四人の仲間と宿屋になる方法
ニックは目を瞑る。
「協力できなかったら? 上手いことを言っているが、テメェはアキトお抱えの料理人。所詮はアキトの部下、それが本職だろう」
ニックは慎重で、なかなかハルトの誘いには乗らない。
ならば心を開いてもらうために、真実を明かそう!
「料理は趣味で、見習いはカモフラージュです。アキトの近くにいれば俺が目立たないで済むから一緒に行動していたんです。俺の目的は宿屋になることです」
ショーターは飲みかけのスープを吐き出した。
「また宿屋なんて冗談を。絶対別の目的があんだろ? 何か隠してんじゃないのか?」
「宿屋になりたいのは本当です!」
ハルトは四人の顔を見た。どれも否定的な視線ばかりだ。
普通の宿屋になりたいわけではない。最強の宿屋をどうやって説明すればいい? 食事とベッドを提供するだけではないのだ。
ニックは冷静だ。
「どんな目的であろうが、結局テメェはアキトの飼い犬で下っ端だろ」
「アキトは聖女の言いなりじゃ」
タロスが怒っている。ショーターは頭を掻く。
「希代の英雄だしなぁ。功績も上げている」
ハルトは泥水のようなスープを眺めながら考えた。
濁っていて先行き不透明感が半端ない。スープもこのチームも。
もとはオニオングラタンスープ。けれど玉ねぎの甘味とうま味を引き出せていない。必要以上にパンがスープを吸ってブヨブヨの食感。それはまるで今のチームの状態と同じ。
最強の俺が仲間になる。これ以上の甘味とうま味はないはずだ。不必要な情報は取り去って、はっきりさせることが重要だ。まずはアキトが英雄で強いというイメージが邪魔だ。
確かに一般の勇者にくらべればアキトは強いし、リーダーシップを発揮する。けれどさほど脅威ではないし、味方にできることを理解してもらいたい。
「ほとんどの魔王は俺が一人で倒したもので、アキトに功績を譲っていたとしたらどうしますか?」
「功績を譲る?」
「俺はアキトと交渉して、見習いの地位を確保しています。実際のアキトは俺ほど強くないし、話の分かる男です」
ニックは笑う。
「テメェの実力は体験したが、アキトの実力まで証明できないだろ。テメェよりアキトが強いかもしれないぞ」
「それは無いです。そのことは俺の強さで証明できますよ?」
ハルトはアイテムボックスを広げて、大きな袋からひとつ魔法の珠を取り出す。
タロスは目を疑った。
「まさか、これは本物の魔王の核ではないか!
こんなレアアイテムをゴロゴロと……はぁ。普通はチームで魔王を倒して、トドメを刺した者が得られるもんじゃ。バーサクハルト一人で倒していたことは真実のようじゃな。アキトなど足元にも及ばんわ」
国の領地何個分にも相当する数を持っているようだ。ハルトはすぐにしまい込んだが、羨望の視線が痛すぎる。
「なんだ、金持ちだったのかよ。おごれよ」
ショーターが強請るが、ハルトは首を振る。
「これは譲渡できないタイプのやつです! 殺された恨みとか凄くて、干ばつとか、害虫とか湧いてきて。もう呪いが酷いんです。この魔法の袋と、俺の魔力でできたアイテムボックスだから封じていられるようなものです。だからこれは売れないヤツで、売れるアイテムはアキトに渡していますから、俺の所持金は皆さんと同程度か、かえって安いくらいです」
ショーターは肩を落とした。タロスはしたり顔で笑って食い下がる。
「いやいや他にも価値のあるアイテムがあるじゃろう? 勇者特権があるからのう!」
ハルトは急いでアイテムをしまい込む。
「どうでしょうね。忙しくて突っ込みっぱなしです。証拠が見せるのはいいですが、空気に晒したせいで、皆さんに不幸が起きるかもしれません」
「もういい! 遠慮する。虫とか最悪だろ」
タロスがもう一度見たいというのに、ショーターが激しく抵抗しじゃれあっている。
「チームだろ。仲間なら守ってくれんだよな! ニック、もう仲間でいいじゃん。こいつ強いし、チームには攻撃力が必要だ。お前だって本当は……」
ショーターが笑いながら振り向くと、ニックは抑えられないほどの怒りを爆発させた。
「黙れ!!」
食堂の空気が凍りついた。
ニックはハルトに近寄る。
「アキトは味方なんだよな?」
「よく考えてみろ。しっかりしろ!」
ハルトの両方の肩を掴むと何度も揺さぶった。ハルトは意味が分からない。
「それでもアキトのこと信じられるか? アキトってどんな性格だ?」
「見栄っ張りで、勇者っぽいパフォーマンスをしますが、単純明快な人です」
「お前それ、騙されてるよ」
ニックは上層幹部の思惑に気付いたのだ。
「アキトはバーサクと称して見習いに魔王を討たせ、その栄誉と名誉を搾取している。その代償としてわずかな自由を与えられているだけなのに、気付いていないのか? 宿屋になりたいという甘い夢を抱かせておいて、利用したいだけ利用している。
宿屋になんて一生なれないぞ。甘い汁を吸われて、カラカラに乾いたら捨てられるんだよ!」
「そんなこと!」
そういう状況にあるのは事実だから否定できなかった。
「勇者の上層幹部は聖女や王宮神官たちと密接に繋がっている。テメェが魔王を倒すたび、栄誉と資金とコネが上層幹部勇者のものになり、命を失う心配もなく生き残っていく。そうして弱い勇者だけが死んでいく!」
「アキトは悪い人ではありません」
「そうかもな。でもアキトの回りの奴らは悪人かもしれないぞ。本気で騙されている奴ほど見分けがつかないものだ」
ショーターはニックを宥めた。
「ニックはそういうのを黙ってみていられないんだ」
タロスも頷く。
「見習いは全員、世間知らずじゃからのう」
ショーターはニックの肩を抱く。
「見習いを救えるのはお前だけだぞ」
ニックは決めた。
「いいだろう。仲間として認めやる。ただしアキトの見習いを辞めろ。それができないというなら、テメェとはこれまでだ」
「ちょっと待ってください! 簡単なことのように言っていますが、見習いを辞めることはできません」
見習いを辞めるということは正式に勇者登録するということだ。それでは長い間見習いで我慢してきた意味が無い。
「ならばオレの見習いに変更するだけでいい。悪いようにはしない。チームの仕事には協力する以外は自由だ。好きなだけ宿屋として生きればいい。仕事内容が宿屋ならいいんだろう? 王宮神官を買収して、それに見合う指令を出す」
「ええ? それは考えつきませんでした。でも指令は神官であれば誰でも、星の数ほど出せます。俺はずっと宿屋でいたいです」
「そうだな。オレたちはたった一枚の指令書に命を奪われる。だったら、あんな薄っぺらな紙、受け取らなきゃいいんだ」
「それでは追われてしまいます」
「行方が分かればな。要は旅の宿屋だ」
「旅の宿屋というと、ダンジョンにたまにいる民間の猛者ですよね。モンスターが蔓延る場所でも、冒険者に宿を提供している。ふふ、考えると凄い人ですね」
「そうだろう。テメェにぴったりくるんじゃないの?」
ハルトはウズウズしている。
「でも指令書を受け取らないというのは……」
「指令が来ないから受け取れないんだ。王宮騎士団と違って、実力も実績も無い勇者には、低レベルの依頼しかこないのが普通だ。そんな勇者にくっついていく見習いが誰であろうと、上の人間は知ったことじゃない。
それに指令はオレ宛でくるもので、テメェはサポートメンバーだ。バーサクが魔王を倒していることを知っている人間が、よほど調べまくって、オレたちの居場所を突き止めない限りはこの作戦でいけるだろう」
「それはニックさんに多大な負担をかけてしまうことになります」
「オレは構わないぜ。ダンジョン攻略はちょっと大変になるが、5人でチームを組めば、アキトに従わなくてもいい。俺たちはボス部屋のアイテムさえ取れればいいんだ。もう魔王を倒さなくてもいいんだぞ」
「アキトに従わなくて良いうえに、宿屋の仕事もできるなんて夢みたいです。でも俺が戦わなかったら魔王は誰が倒すのでしょうか」
「それは考えても仕方ない。宿屋になりたかったんだろう。すぐになれるぞ!」
とてつもない誘惑だ。ずっと欲しかったものが目の前にチラつかされて、手を出さないでいられるものか。
「わかりました」
ショーターはニックの肩を叩いた。
「よし! では新たな仲間を迎えて、乾杯といこうじゃないか!」
朝だというのに、強めの酒がすぐにでてくる。ただし四人分だ。
「ええ? ここは通常五人分でしょ」
「病あがりのガキには酒は提供しねぇよ」
炭酸水とレモン入りの炭酸水で乾杯だ。
「ポケットのリキュール足したりしてんじゃねぇぞ。見てるからな?」
バッカスは笑顔で脅している。意外と抜け目のない人だった。
酒が進んでくると、ショーターが饒舌になった。
「俺の本職はニックの護衛なんだ。もっと東の島で剣士をしていた。だから勇者じゃねぇよ。タロスも同じで、本職は商人だ。拳法家としても凄いけどな?」
「護衛と商人? じゃあ……ウォールさんは魔法使い?」
ニックは含み笑い。
「何でそう思うんだ?」
ハルトはスープ皿に触れて、それぞれに飲んでみてくれと言った。
「冷製スープ! さらに美味くなってる!」
「夏ですからね~。ウォールさんにも同じことをしたら、無詠唱で魔力を感じないと言ったのです。それで魔法に精通しているのだと分かりました。でも回復にはタロスさんがいる。ということは、魔法使いの可能性が高いと思いました」
「かなり鍛えた体格で魔法使いはあまりいないぞ。ハズレだ」
「ええ? じゃあ何? 魔法は得意なんですよね?」
ニックはスープを飲み干す。
「そのうちイヤでも分かる」
「教えてくれないんですか?」
「さて、せっかくの祭りだし、オレたちは楽しんでくる。テメェは休養、ウォールは監視役だ。ベッドから抜け出したら承知しないからな?」
「俺も祭り見たい! ウォールさんだってそうですよね!」
ウォールは笑っている。
「やることが多くて出かけられないんだ。今日は居残りだぞ」
「うう!」
ニックは挑発的な瞳で言った。
「宿題だ。オレたちが何をしていたか当ててみろ。期限は今夜のディナーだ。オレたちが帰ったら、答えを聞いてやる。ヒントはいろいろ与えた。悶々と考えていろ。それで正解したら……ご褒美だ」
その後は追い立てられるように部屋に戻され、ベッドに入るところまで確認された。
「まだ朝なんで眠くないんですけど……」
「いいから寝てろ。昨日みたいに倒れられたら困るんだよ」
「それもそうですね」
ハルトは微笑む。
ニックは口が悪い。けれど内面は優しさに溢れている。




