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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
誕生編<<<宿屋継承 The beginning is the end >>> セラと俺たち
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~~ ハルトの召喚 ~~

 

 コタローは世界一と名高い勇者だ。

 元の名前は春田小太郎。運動神経抜群の小学生だった。十歳の時、川に溺れた友人を救おうとして、友人は助かり、自分は帰らぬ人になった。気付けば異世界。王都エルダールの下水で倒れていた。


 まだ勇者の召喚制度が緩かった頃である。聖女が召喚している途中で、仕事を放棄したのが原因らしい。あれから何年過ぎても、この世界の召喚は不安定のままだ。それは三人いる聖女のうち、二人が無責任であることに原因がある。


 いろいろあったが、今年で十四年目。二十四歳になって、やっと自分のしたいことに気付いた。勇者制度はやはり気に入らない。だから今日をもって勇者を引退する。


 ※    ※    ※



 王宮に併設する神殿“星の間”の前室。そこに聖女たちがいた。


 赤い髪のイヴは妖艶だ。美貌は衰えることなく三十代程度に見えるが、長く生きている。その風貌から“魔界の聖女”と噂される。政治や経済に通じ、狡猾で色じかけも厭わずに男たちを操り、聖女でありながら魔性の女だ。


 イヴは念入りに化粧を直しつつ、順番待ちしている。すると二人目の聖女が戻ってきた。また王宮神官にクレームをつけられている。仕事のできない女など笑いの対象でしかない。

「その程度にしておやり。アリーはお飾りなんだから。綺麗な顔しているだけで、仕事が雑なのはいつものことでしょう」


 白髪のアリーは気品あふれる知性に満ちた微笑みで対抗する。


「またアリースマイル? そんな偽善的な笑顔で素行の悪さを隠そうとしてもムダよ。国民は騙されても、私は騙されないわよ」


 アリーは国民から絶大な人気がある“神界の聖女”だ。神殿と王宮にコネクションが強く、王の次に権力があると噂されている。イヴは実力もない小娘が堂々と威張っているのが不愉快だ。


 勇者を召喚する作業はつまらないので、アリーは憂さ晴らしの対象だ。

「前も失敗したじゃない? 勇者を製造するなんて単純作業なのに、魔工技師にしちゃったのよね。アハハ! バッカみたい」


 派手に笑われ、アリーは仮面が剥がれたように豹変し怒った。

「うるさいわよ! あれは機械が故障していたの。勝手にガキが魔工技師を選んだだけで、私のせいじゃないわ」


「失敗は失敗だからね?」

 アリーは場を仕切り始めた。

「この話はヤメヤメ! 次は誰の番?」


 部屋の片隅で読書に励む少女が手を上げ、“星の間”に入っていく。美しいというよりは可愛らしさのほうが勝る。ただし先輩聖女二人に対しての態度は別で、愛想も会釈もせず、まったくの無視だ。

「なんて憎らしい!」

「本当。本ばかり読んで話し相手にもならないわ」


 桃色の髪をした“人界の聖女”シェヘラザール。

 人界と名付けられたのは元々の身分が平民だったからである。アリーとイヴに比べれば幼く経験も浅いが実力は計り知れないほど大きい。大勢の負傷した勇者を一気に回復させるなど、アリーなど足元にも及ばない。


 イヴはアリーに耳打ちする。

「シェヘラザールが大失敗すれば、この前の失敗もお咎めナシにできるわよ」

「また悪戯するの?」

 アリーはそう言ったが、咎めなかった。


 イヴはそっと扉を開ける。

 この二人の無責任な行動が、世界を大きく変える全ての始まりになる。


 ※    ※    ※


 “星の間”そこは勇者を召喚するための部屋だ。


 円形の床に燭台が並べられている。入り口から風を受け、炎がゆらりと揺れた。暗い部屋には天井や壁もなく、銀色のトレイの上にいるようだ。


 周囲は際限なくつづく闇。無限の空間は宇宙に似て、絶え間なく流れ星が落ちてくるように見えるが本物の星ではない。光の一つ一つは魂の光だ。


 シェヘラザールは部屋の中央に立ち、両手を掲げた。

「共鳴せよ……我が祈りと導きに応えよ」


 魂の星々が、キラキラと輝きを増す。

 いくつかの煌めきが反応し、こちらに近づいてくる。一番捕まえやすい魂を選ぶ。それが今までの方法だった。けれどそれでは満足できない。


 本当の勇者が欲しかった。現状の勇者制度に利用されないような、時代を変える、強くて優しい魂が欲しい。


 本に書いてあったことをヒントに実際にやってみよう。

「ええっと――こうするのね?」


 集中する。手の届かないような遠いところにあっても、強く光を放つ魂を探していく。

 一番強い星はどこ?

 強く願えば、強く呼応する光がある。

 だから強く、もっと強く。

 さらに強く願おう。


 ――本当の勇者を、どうかこの手に!


 その時、キラリと光る青白い星をみつけた。


 ――この出会いだわ!


 シェヘラザールの召喚は、いつもよりも時間がかかっていた。

 アリーは鼻で笑う。

「あの子ったら、欲張りすぎよ。たしかに光は強いけれど、召喚は難しいわね」


 イヴも笑う。

「きっと失敗するわ」


 星は近づいてこない。シェヘラザールの息が荒げてきた。そろそろ次のターゲットに絞るのが通例だが諦めない姿にアリーは意図を掴めない。

「なーんであの子諦めないのかしら」


 イヴは頷いた。

「性格も選び方も変わった子なのよね。どうせ失敗するんだろうけど、ただの失敗じゃ面白くないわね」


 イヴが面白がって加勢した。じわりと青白い星が近寄ってくる。

「アリーも手伝いなさいよ。召喚直前になったらシェヘラザールに任せましょ? 急に受け止めきれなくなって、慌てるわよ~」


「上手く受け止めなかったら、部屋が壊れちゃうじゃない。責任持てないわよ?」

 イヴは手を停めない。

「うっわ、あれ双子星だわ サイアク。ぐちゃぐちゃに絡んじゃって。冗談ごとじゃなく放棄物件ね!」


 シェヘラザールがチラリと振り向き、イヴの悪戯に気付いた。

「やめてください。神聖な召喚の邪魔しないでください!」


 神官たちが気付いた。

「イヴさま! 何をされているんですか! おやめください」


「うるさいわね! 大変そうだから手伝ってあげているのよ。こんがらがっているなら、一緒でいいんじゃない? えいっ」


 シェヘラザールはマジぎれした。人の命とその運命がかかっているのに、この二人の聖女ときたら、長生きしている割にぜんぜんわかっていない。勇者となってこの世界を救ってくれるはずの恩人に対して、あまりに失礼だ。


「「ババアども! 引っ込んでな!」」


 アリーは憤慨した。

「なんて失礼な!」


「小娘のくせに!」

 イヴはそう言ったが不安顔だ。確かに悪戯しようと思ったが、これほど状況が悪くなるとは想定していない。光の波動が近づくにつれ、部屋が壊れそうなほどの振動が伝わってくる。


 ゴゴゴ!


 シェヘラザールは覚悟した。二人の力など借りたくない。星の魂が命懸けなら、自分も相応に命がけで召喚するべき。


 イヴや神官全員を吹き飛ばす勢いだ。シェヘラザールは逃げず、光を受け止めた。

「――くう!」

 シェヘラザールは目を瞑りそうになるのを堪える。


 ――同調! 同調!! アタシならできるもん。だからしっかり視るの。魂の輝きを感じるのよ。だってもう、あぁ、なんて綺麗!


 青白い光に時折黄金色が混ざり、とても複雑な色合いだ。光が近づくと、部屋全体を照らしだし、星の間は明るい光でいっぱいだ。


「こっちよ! さぁ!」

 シェヘラザールの招きにより激しい光は収まり、星の間が静寂を取り戻していく。


 召喚はほぼ成功だ。受け止められたのは奇跡に近い。次第に光は形を得ていった。召喚の際に感じたのは二人の男性だ。一方の強い魂に影響されて、もう一方はかなりおぼろげだった。それがどういう形で実体化するのかは、すぐに分かるはず。


 シェヘラザールは不安になった。大人一人分の大きさなっても、魂は光のままで肉体が現れない。人としての形を保つには、あまりに小さい。


 ――ちゃんと受け止めたのに……。


 それはしばらく光の玉のままだった。さらにシェヘラザールに近づいて、踊るように旋回した。人懐こい魂の光で、とても元気だ。


 ――もうちょっと自由を楽しみたいのかな?


「おいでなさい」

 光が腕の中にから収まると、一人の赤ん坊の姿に進化した。黒髪にサファイアのように美しい瞳。シェヘラザールには魂の光がまだ見えた。胸の中心に黄金色の魂が燦然と輝いているが、身体全体から出るオーラは何故か青白い。


 シェヘラザールは気付いた。これは特別な召喚だ。


 あのままの状態で実体化させたら失敗していた。けれど今、何か別の力が働いた。

「神のご加護だわ」


 ――運の強い子ね。


 シェヘラザールはホッとして微笑む。

「ようこそ魔法の国、ジータへ。貴方に勇者の紋章を授けます」

 赤ん坊の小さな手を握ると二つの魂を感じた。


 ――兄弟だったのね。ほんと仲がいい。でも契約できるのはどちらかひとつだけなの。一翔か陽翔、どちらでもいいわ。選んで。


 やがて手に紋章が現れた。

「ハルトと名付けましょう」


 これで召喚自体は終わりだ。けれどジータ国の悪習が残っている。

 何も分からないうちに勇者の剣に触れさせて、勇者以外の職業に就けなくなる。そうして自由を奪うのだ。シェヘラザールは納得できないが、逆らうことはできなかった。


 神官が一礼する。

「申し訳ございませんが、赤ん坊は処分することになっております」

 シェヘラザールは頑固に首を振った。

「この子はダメです!!」


 どうしても赤ん坊を渡さないつもりで円形の室内を逃げ回っている。

「嫌です。私が育てますから!!」


 アリーは笑う。

「バッカねぇ、あの子! また王に怒られて幽閉されるわよ!」


 イヴは苛立つ。

「どうせ赤ん坊なんて使えないのに! さっさと殺しておしまい」


 すると一人の男が率先して参入し、シェヘラザールに剣を向けた。身動きが取れないまま、赤ん坊は奪われた。

「殺さないで!」


 手を伸ばしても取り戻せなかった。力で敵わないならと、シェヘラザールの魔力が上がる。

「おっと、そうはいきませんよ、おてんば聖女ちゃん」


 男は風よりも早く、赤ん坊と共に去っていった。


 それがコタローである。勇者引退の挨拶をする予定だったが、どうでもいい。所詮二度と会わない。



 姿を消し、それから十八星霜。


 春田小太郎、四十二歳。独身。キャラバンの隊長を務めている。若い頃からの夢であった本当に人の役に立つ仕事だ。王の機嫌も政府高官の顔色を窺うこともなく、自由を謳歌し、冒険の旅を続けている。


 ※    ※    ※


 砂漠の国、アスラケージに砂嵐が来た。昼間だというのに空は一面に砂で、太陽が隠れて薄暗い。


 旅商キャラバン隊のテントはできる限り一か所に集められ、魔道具によりドーム状に風と砂よけの魔法がかけられていた。外の天気が悪いために商人たちは足止めされてしまって、暇で仕方ない。


 副隊長が物置小屋のようなテントに入り、一番奥にある布の塊から枕を奪い取った。

「隊長、交代の時間ですよ~。俺ばっかり働かせないで、起きてください」


 副隊長の声はイビキにかき消されている。布をめくると、だらしない顔で眠りについている中年の男のやるせなさ。かつての勇者の凛々しさはどこにも無い。


「また、幸せそうな顔しちゃって! どんな夢みているんだか……」


 枕元には招待状と手紙が置いてあった。他国で宿屋を始めたという息子の開店を祝う集いだ。


 しかし招待状の返信ハガキは捨ててある。提出期限はとっくに過ぎているし、どちらにしても砂漠にポストは無い。責任感が百倍強いから、休暇を取りたいとは言わないだろう。


「――にしても、息子さんもマメだよなぁ」

 月に一度は保存食を届けてくれるし、手紙もマメに送ってくる。配達専門の一流モンスターと契約しているらしく、逆にこちら側が見守られている気がする。


「行きたいだろうなぁ。でも敵が襲ってくるし……」

 副隊長は奮起した。隊長には普段から世話になっている。一生に一度の息子の祝いなのに、行けないのは可哀想だ。


「――ここは俺が!」

 剣の腕に自信はないが、魔力ぐらいなら、隊長の半分くらいはあると思う。強い敵でなければ皆を守れる底力は出てくるはずだ。


 腕まくりをした時、地震のように足元が揺れた。

「わわっ! 何だ?」


 ゴゴゴゴゴ!


「砂の中から!?」

 壊れるはずがない鉄壁の魔法防壁が地下から崩された。すぐ近くに大きく黒光りするサソリのモンスターが現れた。


 小太郎がカッと目を覚まし、剣を片手に魔力を解き放つ。結界が壊れるほどの強敵だ。

「来やがったな!――おっせえんだよ! クズがグズグズしやがって!」

「隊長! せめてテント出てからにして下さ~い!!」


 もう遅い、とっくに剣を振った後だ。


 ドガァ!!


「ヒドイですよォ~!」

 副隊長は砂の空へ飛ばされながら、魔法陣を構築する。


「悪い、ちょっと急いでる」

「寝てたくせに~!」


「寝なきゃ警戒して寄ってこないだろ。俺は眠くなかった!」

「嘘ばっかり。いい夢みてたでしょうよ! ここは任せて、父親らしく開店祝いに行ってくださーーい!」


 小太郎は苦々しくも笑いつつ剣を振る。


 ドドド!


 黒い塊のモンスターをあっさり真っ二つ。副隊長は笑うしかない。

「はい終了。さすが仕事が早いですねぇ。でも砂嵐が収まらないのは何故でしょうか」


 小太郎は少し焦っている。

 敵や砂嵐でもない。仕事が終わらないことが問題だ。


 父親らしいことはひとつもしなかった。一緒に生活したのはフォトフレームの息子だ。大人になった息子の顔はすぐに想像できない。


 拾い子だから愛着が薄い? 違う。安全が最優先だった。息子の命が惜しいから、別居は仕方ない。俺は溺愛派である。そしてそれ以上にワーカーホリック(仕事中毒)である。


 最後に付け加えるならば、ハルトは可愛い。

 だから息子の開店祝いには行きたい。


 ただし、このサソリ野郎をぶっ潰してからだ!

「甲虫野郎、さっさと死ね!!」


 見事に縦割り真っ二つのサソリ。突如現れても、どう転んでも隊長ならば余裕だ。今回も副隊長の出番無し。だからせめて拍手は送ろう。

「おー二匹目。さすが元勇者!」

 拍手の音で次々と砂地が盛り上がってきた。黒い山のような数で周囲を囲まれる。


「ハハ……たくさんいるなぁ。ヤバイなぁ」


 小太郎は笑う。

「孫の顔見るまで死ねねぇよ。あと十二年もあるんだぜ?」





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