06
「私、あんたのことが好きよ」
「そんなの駄目ですっ、あなたには咲さんという大切な方がいるじゃないですか」
「いやいや、それでも智紗のことが私は――って、なんなのこれ」
夕方までゆっくりと見て回って咲を送り届けた後に渡された紙の内容を読んだらこうなった。
なんか勝手に委員長のことを好きにさせられている。
や、嫌いではないがそういうのじゃないんだけども……。
「風邪で休んでいる間暇だったのでちょっと書いてみました」
「それであたしとあんたなの? 咲ではなくて?」
「なんで咲さんなんですか? あの子はいい子ですけど、そういう感情は一切ないですけど」
てことはあたしにはあるってことなの?
もしそうだとしたらどう対応したらいいんだろう。
あたしにはそういうつもりがないから諦めて?
いやいや、そこまで言うのは違う気がする。
「ふふ、付き合ってくれてありがとうございました」
「あのさ、なんで最近はあんまり話しかけてきてなかったの?」
「だって申し訳ないことをしてしまいましたから。お見舞いに来てくれた人に『帰ってください』なんて言ってしまったんですよ? 有りえないですよ」
「いや、あたしはなにも持って行ってなかったからね。冷やかしみたいなものだから当然だよ」
外から色々な物を持ち込むことで悪化させていたかもしれない。
友達が来てくれたからって仕方なく入れて結果として長引いていたら意味がないから。
「あの時はすみませんでした」
「いいって、ごめんって思うなら普通に話しかけてよ」
「はい、これからはあなたが迷惑だと言っても話しかけまくります」
「て、適度にね……」
彼女を家まで送る。
家に着くまでの間、彼女はやたらとハイテンションだった。
「いてくれて良かったです」
「そう? こっちも引き止めてくれて良かったよ。だってそうしないと『なんで途中で帰るんですか!』ってふたりから言われちゃっていたからね。でも、風邪を引かないよう早く寝なね、それじゃ」
それにしても、彼女はあたしのことが嫌いではないようだ。
それどころか、あたしのことを本当に好きすぎるまである。
直してほしかったのはあたしのことを気に入っていたから?
興味ない人間には怒ることもしないというし、こっちも嫌いじゃないからなんとなくいい関係かも。
「莉子さん!」
「あれ、どうしたの?」
「良かった……まだお家に帰ってなくて……」
なにかを持っているというわけでもないから、なにか言いたいことがあるんだなと分かった。
急いで来たようだったので急かすようなことはせず、落ち着くまで、彼女が話し始めるのを待つ。
「あのっ、今度行くときはふたりきりでどこかに行きませんか!」
「咲とふたりで? 委員長やりなとじゃなく?」
ああ、あたしに言ってるんだから素直にここで即答しておけばいいのに……どうしても引っかかって聞き返してしまう。
だってなんであたしに? なんにもいいことできてないのに? 大体はそんな感じで。
「はいっ」
「あー……あたしはいいけど」
「ありがとうございます!」
この笑顔の前では断ることなんてできない。
もしそんなことをしたら後に罪悪感で死ぬのは自分の方。
でも、委員長がああいう態度を取ってきているわけだし……ちゃんと考えなくちゃいけないのかも。
「あのさ、咲のそれって委員長と同じやつ?」
「智紗さんと同じ……とは?」
「その……あたしとこう……特別仲良くなりたい……みたいな」
「そうですよ?」
「あ、即答するんだ……」
咲も智紗も本当に優しいな。
少なくともあたしが他人の立場だったらあたしみたいなのは選ばないぞ。
「あたし、あなたのことが気になっています。正直に言って、智紗さんにも負けたくありません」
「あの……なにがそんなにいいの?」
「雰囲気です、あなたはやる気のない人なんかではありませんから」
そうかあ? 結局智紗や咲の真似をしても無駄だって悟ってすぐにやめちゃったけど。
お金がないからってすぐに帰ろうとするし、朝起きるのはだるいし、お風呂入るのを面倒くさがって夜ふかししてしまったりするし、基本的にやる気ないけど。
「でも、智紗さんを選ばれるということになっても私は納得できますよ。中学1年生の女よりも魅力がありますもんね」
いや、あたしは智紗と咲がそういう関係であってほしかった。
そういうのは見ている方が気楽でいい、実際に自分がその立場になると考えなければいけなくなる。
ただなにも考えず発言したことが相手に多大な影響を及ぼすことだって有り得るからだ。
「委員長じゃ駄目?」
「智紗さんのことは普通に好きですけど、あなたとのものとは別ですから」
「そ……だけどさ、あたしがこの先どちらを選択するとしても……みんなで仲良くってできる?」
「できますよ。先程も言いましたが、仮に智紗さんを選ばれたとしても私は納得し応援できます。好きな人を困らせたくありませんから」
気になってるじゃなくて好きって言っちゃってるよ……。
最近の中学生って怖い、あまり関わらないようにしようと考えていたのに結局これだし。
「それでもひとついいですか?」
「ん? うん」
「どんな結果であれ、あなたのことを好きのままでいさせてください」
「駄目。そんなこと有りえない、無理だと分かったらすぐ諦めて次にいくよ。というかさ、あんたはあたしみたいな変なのを好きにならないで、同級生なり先輩なりを好きになりなよ」
「無理です、あなたしか考えられませんから」
それって視野が狭くなっているだけではないだろうか。
ここは年上としてなにかを言わなければならない気がする。
が、そういうの未体験な自分としてはどう言えばいいか分からない。
おまけにその相手が自分ときた、偉そうに言うとまず間違いなく喧嘩になるだろう。
じゃあ好きに行動させて、あたしが決断するまで待ってもらうのが吉か?
動かなかった時よりかはまだマシな結果をもたらしてあげることができる気がする。
「あー、りなじゃ駄目なの? あの子は優しいし可愛いしで最高だと思うけど」
「……智紗さんがいいということですか? だったら真っ直ぐに言ってくださいよ」
「違うよ、あたしを好きになるメリットがないなって思っているだけ」
「メリットならありますよ、あなたといられることです」
「だったら友達でもいられるでしょ?」
やばい……結局考えたことが意味をなしていない。
全部否定してどうする、これじゃあそういうつもりはないのに拒絶しているようなものだ。
「ごめん。とにかくあとは咲次第だよ」
「はい、どんな結果が待っているのだとしても最高の瞬間がくることを信じて行動します」
「うん、分かった」
だったらあたしも多少はいい人間にならなければならない。
例えばあたし達が付き合って友達に自慢した場合、「え、あのお姉さんと?」となりかねないから。
それでは努力してそうなることのできたであろう咲に申し訳ない。
「ね、バイトって募集してる?」
「うちのですか? どうでしょうか……」
「もしできそうだったら掃除でも雑用係でもいいから働かせてほしいんだ。お金が欲しいわけじゃないからなんならナシでもいいよ」
「そ、そんなの駄目です! とりあえず帰ったら聞いてみます!」
「うん、よろしく」
そういう経験を積み重ねてちょっとずつでも変わっていきたい。
恐らく咲にとっても智紗にとっても意味があるから。
上手くいけばいいなと願いつつ、彼女を送ってから自分も家に帰った。
「じゃ、鳴海くんには拭いたり掃いたりお買い物に行ってもらったりを頼もうかな」
「ありがとうございます、これから頑張ります」
3日後の火曜日、早速働かせて? もらえることになった。
意外と拭いたり掃いたりが大変で楽しい。
「えっと、バナナとチョコを買ってきてくれるかい?」
「分かりました」
バナナとチョコか、合わせても美味しい、単品でも美味しい物だな。
庸一さんから真ん中くらいの値段の物でいいと言われていたので、混乱することもなくあたしは買って戻ることができた。
「あ、おやつに作るためだったんですね」
「そうだね、お店の方には足りているから。鳴海くんだって女の子だ、甘い食べ物が好きだろう?」
「あたしはお肉の方が好きです」
スイーツを好む=可愛い女の子というイメージがあるため、あたしは肉を食べていた方が気楽なのだ。
だってもしかしたら「こんな人がこれを食べてるの? 食べる気萎えたわ」となるかも分からない。
まあ他人はこちらのことなど微塵も気にしてはいないだろうが、お肉は単純に美味しいからいい!
「あらら……ま、まあでもこれも美味しいから! ちなみになんだと思う?」
「チョコバナナですか?」
「なっ!? す、凄いな……正解だ」
いや、この組み合わせでそれ以外を考えつく人がいたらそっちの方が凄いよ。
「でも本当に500円でいいのかい?」
「なんなら0円でもいいんですけどね」
「そういうわけにもいかないよ。だからって500円ってのはなあ……」
「あ、高いってことですか?」
「いやいや、低すぎるんだよ。いまはどこも時給900円超えが当たり前だからね」
「それだけ貰えるような仕事ができているわけではないですからね」
ちなみにこの500円もあたしが意見したわけではない。
0円でいいと頑固でいたら庸一さんは1000円とか言い出して、延々平行線かと思われた。
だが、そこに咲が現れて「じゃあ500円ならどうですか?」と提案されたことにより、それになったという形になる。
「えっと、20時まで働いてくれるんだよね?」
「はい、よろしくお願いします」
働いてみて分かったが、夜にはお客さんも結構来てくれていた。
ホールでは庸一さんの娘、咲が舞い、それでも難なく捌いていく。
こちらはお皿洗いとか色々できることを探してやっていたものの、こんなんでお金を貰っていいわけがなかった。
「ふぅ、ふたりともお疲れ様」
「お疲れ様! 莉子さんもお疲れ様です!」
「うん、お疲れ様です」
エプロンを畳んで袋にしまう。
もう1回しっかり挨拶をしてから帰ろうとしたら、
「鳴海くん、はいこれ」
わざわざ封筒に今日の分を入れて渡してくれようとする庸一さんが。
「受け取れません」
「え、なんでだい?」
「あたしはなにもできませんでした、これを受け取る資格がありません。失礼します、明日もよろしくお願いします」
たかだがお皿洗いだの掃除だのをした程度でお金なんか貰えない。
「莉子さん! ちゃんと受け取ってくださいよ!」
「それ、咲にあげるよ。咲はそれを受け取る資格があるから」
それを受け取って帰るのは簡単だ。
しかし、その封筒を見る度に惨めな思いになるに決まっている。
「ちゃんと貯めておきますからね! 必要になったら言ってください!」
やれやれ、なんなら研修期間的なもので0でもいいというのに。
庸一さんも咲もお人好しだ、それならそれでいいってわけじゃないぞ。
「ただいま」
「おかえり! 働いてみてどうだった?」
「うん、楽しかったよ。働くと言うよりお手伝いだけど」
チョコバナナを貰ってお腹も空いていないからお風呂場へと直行。
「とぉ」
「はあ、なんで入ってくんの」
「いいじゃん、たまには莉子ちゃんといたい」
「あっそ、勝手にすれば」
「うん!」
咲と違ってりなは幼くて可愛いな。
ふわふわとした髪の毛とかふわふわとした態度とか、見ているだけで癒やされる。
「ぎゅ」
「わぷ……ど、どうしたの?」
「りなといると落ち着く」
「そうなの? 自分ではよく分からないけど」
そうだよね、基本的にこういうことを言われても自分では分からないものだ。
だからって全て拒絶するのは違うということは分かっている、だからこそ中途半端な気持ちになる。
「私はちょっと複雑な気持ち」
「なんで?」
「だって莉子ちゃんが遠くに行っちゃったみたい。いつもなら家にいてくれて私の相手だけをしてくれていたのに。……咲ちゃんを紹介したのは間違いだったのかも」
「こら、そんなこと言わない。それに外での子達と家族は違うよ」
どんなに頑張ったってあたしの本当の妹なのはりなだけ。
関係が変わったってそうなれることはない、そこだけは不安にならなくていい。
「大切?」
「うん、母さんも父さんもりなも大切」
「外では咲ちゃんが大切? 智紗さんが大切?」
咲か智紗、どっちなんだろう。
いまのは主に、咲と付き合った時に馬鹿にされないようって動いているけれど。
「まだ分からないけど、どっちもいい子だよ」
「それは莉子ちゃんも一緒だよ! 莉子ちゃんはやる気なくなんかないもん!」
なにを根拠にそんなこと言うんだろうね。
幸いアワアワと慌てることこそなかったものの、運ぶの手伝うとか言えなかったし。
お皿洗いとかお客さんがいる時は目立たない役に徹していた。
でもそれじゃなんのために来たのかという話だろう。
お金を取らなかっただけまだ幸いと言えるだろうか?
「あんた達は優しいね、なんでかは知らないけど涙が出そうだよ」
「泣いていいよ? 恥ずかしいことじゃないよ」
「うわーん」
「棒読み! もう、たまには甘えてくれていいのに。あのね、年下でもね、たまには甘えるだけではなく頼ってきてほしいの。近くにいるのなら尚更そう思う、それは咲ちゃんも一緒だと思うな」
咲に甘える? それって抱きついて匂いを堪能したりとか?
――もしそれをやるとしたらちゃんと彼女だと決めた時だ。
にしても……高校2年生の女が中学1年生を狙うことになったらどうなるんだろう、世間的に。
絶対にあたしを見て「弱みを握ったんじゃない?」とかコソコソと話をされそう。
「ま、いまは頑張って働くだけだね」
「ほら、やる気なくなんかないじゃん」
「まあ……ね、頑張るよ」
風邪を引いたら迷惑をかけるし長風呂はしなかった。
さあ、どんどんと働いてふたりにとって相応しくなれるよう努力しよう。