05
「え、委員長が風邪で休み……ですか?」
「はい、先程そう連絡がありました」
え、でもあの子、これまでずっと皆勤だったのに……。
「連れてきてもいいですか?」
と、思わず聞いていた。
なぜなら、その風邪の原因は自分かもしれないから。
あの家に来た日、遅くまでいさせたせいで帰り雨が降ってしまったのだ。
傘を貸すと言っても言うことを聞かずにそのまま出ていってしまった結果なのかもしれない。
親が無理やり休ませたのか本人の意思なのかは分からないが、聞いておかなければスッキリできそうになかった。
「いけませんよそんなの……」
「でも……皆勤が途切れてしまいますから」
「駄目です、それより体調を治すことが優先ですから」
ま、体調を治すのが優先なのは分かっているけど……。
「鳴海さんは委員長のことが心配なの?」
「そりゃまあね」
「だったら家の場所教えてあげる、それで放課後にお見舞いに行ったらどうかな」
「え、本当? ありがとう」
スマホのメモ帳を起動しメモしようとしたら「でも意外だな」と言われて顔を上げた。
「意外?」
「うん、鳴海さんは委員長のことが嫌いなのかと思っていたから」
「いや、嫌いじゃないよ。ああいうハッキリ言ってくれる子は好きなくらい。それでどこなの?」
「あ、えっとね、学校の前の道を200メートルくらい進んだところの――」
あ、どうやらそんなに離れてはいないみたい。
これなら迷わずにあたしでも行ける、凄く助かる情報だった。
「ありがとね」
「うんっ、これくらいなら大丈夫だよ!」
早く放課後になれ、なれ、なれ……。
ところが残念、常に一定の感覚でしか前に進んでくれない。
授業休み授業休み――昼休みになったら余計もどかしさがマシたが我慢。
ぐぐぐ……これだけ委員長に会いたいと思ったのは初めてだ。
「起立、礼、ありがとうございました」
よっしゃ終わったぁ!
教室及び学校から飛び出してとにかく前へ。
「あった!」
んー……でもインターホンを鳴らして家族が出てきたら?
その場合はかなり気まずいような、そうではないような……。
まあいい、お見舞いをするためにここに来たのだから押す!
「……はい、って、鳴海さん?」
「委員長っ、大丈夫!?」
「す、すみません……いま大声を出されるのはちょっと……」
「あ、ごめん」
って、あたしなにも買ってきてない。
これじゃお見舞いと言うより冷やかしみたいなものでは?
「あの、どうやってここを知ったんですか?」
「クラスメイトに教えてもらった、別に興味はなかったんだけど……委員長がいないと調子狂うから」
「ふふ、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ、だから帰ってください」
「あ、そう……それならいいけど、じゃあ明日来てよ?」
これが俗に言う門前払いというやつか。
なにも持っていないんじゃ来られたって困るよな。
早く行くことだけ意識していたせいですっかり抜けてしまっていた。
とにかく、本人が「それは大丈夫ですよ」と答えてくれたため大人しく帰ることにする。
「うーん……なんかショック」
逆に「あ、ごめんね、帰るね」となったところを止めるのが彼女の役目じゃないだろうか。
「莉子さーん!」
「ん? おお、咲」
こちらは元気で安心。
「違う方向に行っていましたけど、なにか用でもあったんですか?」
「うん、委員長が風邪でね」
「えっ、大丈夫なんですか? 心配だからお家教えてくれませんか?」
「あ、すぐそこだよ、ほら、あの白い屋根の」
「分かりましたっ、それでは行ってきますね!」
あ……多分あたしがお邪魔して出てきた後だと判断したんだろうな。
それで自分もとなったのかもしれない。
でももしこれで仮に彼女だけを入れたのだとしても、不満というのは一切ないが。
「かーえろ」
他の子が支えてくれればそれでいい。
風邪の時ってのは寂しいものだから咲がいてくれたら嬉しいだろうからね。
「え、今日も休み?」
「はい、長引いているようで」
「へえ……」
席に戻って机に突っ伏す。
なんだそりゃ、今日は来れるって言ったのに。
「鳴海さん、昨日行けた?」
「うん、ありがとね」
「でも心配だね、今日も来られないなんて」
いや、心配なんかじゃない。
今日は来られなかったけどどうせ治すだろう。
とにかく普通のテンションで放課後まで過ごして家に帰ればそれでいい。
と、思っていたのだが、
「な、鳴海さん大丈夫!?」
なんかぼけっとしていたら体育の時間、地面にスライディングする羽目に。
「んー……ぼうっとしてたら転んじゃったな」
「あっ、血が出ちゃってる! 保健室行こ?」
「いや、大丈夫だよ。ほら、早く走らないと怒られちゃうよ」
自分でも思った以上に引きずっているのかね。
でももう大丈夫、一切問題ない。
「ゴツン」
「じゃないよっ、壁にぶつかってるから!」
「うーん……どうにも集中力がねえ」
ほんとに放課後までずっと微妙な時間を過ごすことになった。
「鳴海さんって委員長のこと好きすぎだね」
「そうじゃないよ、いないと調子狂うだけ」
ちょっと無茶してコーヒーでも飲んで帰ろう。
「いらっしゃいませー」
「あれ、咲……さんはいないんですか?」
今日は彼女の父親が対応しているみたいだった。
お客さんの人数が多いわけではないからできるだろうが、大変そうだというのが正直な感想。
「今日は遅くなるみたいなんだ、ごめんね」
「いえ、それじゃあいつものでお願いします」
「かしこまりました」
し、してしまった、いつものってやつ!
このお店にとって何回通えば常連になれるのだろうか。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
「あ、鳴海くん」
「なんですか?」
さんもちゃんも言いづらいからくんか、お父さんが考えたことが伝わってくる。
「咲のことなんだけど、仲良くしてやってほしいんだ」
「はい、そのつもりですけど」
でもまあ、咲にとって1番求めている存在は恐らく委員長。
咲も彼女のことを心配していたわけだしね、ここはお父さんが不安にならないよう認めておくけど。
「いやうん……ほら、あの子ってあんまり自分のことを言わないだろう?」
「ちなみにそのことは自分も言いましたよ。そうしてくれるとは言っていましたが、恐らくそれでも変わらないでしょうね」
「しっかりしているのはいいことなんだけど、僕としては中学生らしく生活してほしくもあるんだよ」
「分かります、もっと年上や周りに甘えるべきだとあたしも思っていますから」
だからって本人が自分の意思で変えなければ意味のないことだ。
結局周りはそれとなく伝えて後は見守るしかできないからもどかしいのだが。
「ここだけの話だけどね、家では君の話ばかりするんだよ」
「咲……さんがですか?」
「うん、最初は君の妹のりなちゃんから――」
「余計なこと言わなくていいから!」
現れたのは珍しく怖い顔でいる咲本人。
「そ、それじゃあごゆっくり」と彼女のお父さんは奥へと戻っていった。
「すみません、せっかく来てくれていたのに遅くなってしまって」
「いや、おかえり」
「た、ただいま!」
もし家にりなと咲のダブル妹がいたとしたら。
そうだったら最高の家だと思う、真面目に真剣に。
「そうだ、昨日入れてもらえた?」
「はい、入れてもらえましたよ」
「そっか、なら良かった」
咲のことも拒まなかったのであればそれでいい。
お互いにとって必要な存在になればそれが理想。
りなと咲で同学年による密度の増加を狙うのもいいけどね。
あれだあれ、同い年なら言いにくいことだってあることだろうし、同じ学校ではない委員長の方が頼りになるはず。
「コーヒー……あ、もう飲んでいましたか」
「うん、話していたらちょっと冷めちゃったけど」
「あの、ここいいですか?」
「どうぞ、あんたのお店なんだから」
委員長を説得した方が早いのかもしれない。
この笑顔を直接濁すようなことをするべきではないから。
「今日は園芸部の活動が長引きまして」
「言ってたね、大変な時があるんでしょ?」
「はい、でもその疲れが正直に言って吹っ飛びました。私にとって莉子さんに会えることは本当に大切なことですから」
「そうなの? そんなこと言ってもコーヒーくらいしか頼んであげられないけどね」
友達の姉程度じゃなかったのか。
そう言ってくれるのはありがたいが、できれば委員長でそう感じてほしいものだが。
「ね、委員長と連絡取り合ってる?」
「はい、たまにですけど」
「ほぅ、意外と仲がいいのかい?」
「どうでしょうか、でも困った時なんかには聞きやすい感じがします」
あたしからすれば敬語というのは線を感じるものだけど、咲にとっては丁寧に聞こえるのかも。
そして委員長も咲のことを気に入っている、これはやはりとやかく言うことではないかな。
「まあいいや、お疲れ様」
「ありがとうございます。そうだ、今週の土曜日なんですけど、智紗さんとお出かけするつもりなんですが……その、一緒に来ませんか?」
「え、でもあの子風邪で……」
それに風邪じゃなくたって一緒に行きたいのは咲でしょこの場合は。
なのに出しゃばって行くなんて言ったらとんだ空気の読めない人間になってしまう。
「昨日の時点で治ったらしいんですけど、念の為に今日は休んだようです。ですからその点の心配はする必要はないと思いますよ」
「いや、委員長が嫌がるでしょ?」
「元々行く時は3人でって話し合っていたんです。でも、当日までどうなるから分からないからギリギリまで伏せていたという形になりますね」
「うーん……あんた達がいいなら行かせてもらおうかな」
「はい! 一緒に行きましょう! 特に場所は決めずゆっくりと歩くだけですけどね」
このコーヒーでお金が尽きたことは言わないでおこうと決めたのだった。
「晴れましたね」
「そうですねっ、雨だと移動が大変なので助かりました」
お金がないことを除けばとてもいい日と言える。
元気になった委員長と、その隣で楽しそうにしている咲。
見ているだけで楽しい、うん本当に。
「それではゆっくりとしていきましょうか」
「はい!」
できればお金がかからないところだといいんだけど……。
「莉子さん、そこのお店に入ってみませんか?」
「そこ? ってあんた……ライバル店みたいなものだけどいいの?」
「はいっ、それとこれとは別ですから!」
入ってみたらそこそこ他のお客さんが結構いた。
咲のお父さんが経営しているお店とは賑やかさが違う。
あたしとしてはあっちの方が好きだけど、経営という意味ではこちらの方がいいんだろうなと思えた。
咲は偵察も兼ねておすすめのコーヒーを注文。
あたしはアイスコーヒー、委員長はココアを注文。
で、運ばれてきたものを飲んでみたんだけど、味覚に自信がない自分としては普通に美味しいなと。
「これ、すっごく美味しいよ」
「そうなの? じゃあライバルだね」
「でもほら、あそこは静かにゆったり飲めるじゃないですかっ!」
「お、落ち着いて」
「あ、すみません……」
分かる、あたしもそこが好きだし。
とはいえ、やはり経営している側からすればそれは問題だろうから言わないおいたが。
「鳴海さん」
「ん?」
「風邪の時、家に来てくれたのにあんな対応をしてすみませんでした」
「いや、なにも買ってなかったからね」
でも咲は入れたと、分かってはいるんだけどなんか引っかかる。
それにあれからというもの、彼女はあたしに話しかけてくることが少なくなった。
なにかしてしまったのか、勝手に家を聞いてやって来たのが気に入らなかったのか。
それとも単純に2日会わなかったことで不必要だと考えたとか、そういうところだと考えていた。
「どんどん行きましょう!」
いやいや、ここだけは払えるけどこれ以上は無理。
うーむ、咲が言っていたことってこういうことなんだろうな。
もうなんでもかんでもお金がないとどこにもいけないわけだ。
……言いづらいが、あたしのせいで行くのやめるなんてことになったら嫌だった。
「あの」
「なんですか?」
反応してくれたのは近くを歩いていた委員長の方。
「ごめん、お金がもうなくてね」
「え……ああ、それなら別に見て回るだけでも」
「いや……悪いからふたりで行きなよ。ごめんね、最初から来るなって話だけど」
それでも来たのはふたりがどう仲良くするのか気になったから。
でも見ている限り普通に先輩後輩と言うよりは対等な存在に見えるから心配もいらなかったみたい。
「……そうですか、ならしょうがないですね」
「う、うん、顔が怖いよ……?」
「咲さんがいない内に言っておきますけど、私本当はあなたともっと見て回りたかったです」
「うん……いや、え? 咲とじゃなくて?」
「咲さんはいい子ですけど、あなたとは違いますから」
あたしとは違うなんて当たり前だ。
あの子はお父さんがしっかり者と言ってしまうくらいの女の子。
片方はあの中学生達に指摘された通りやる気のない女。
どっちがいいかなんて明白で、別にあたしも魅力があるなんて言うつもりない。
「……いてくれませんか? お金の心配なら別にしなくていいですから」
「でもさ、あたしに合わせて行きたいお店に行けなかったじゃ嫌だから」
「心配しないでください、この先は結局ウインドーショッピングがメインになりますから」
「そう? あ、咲が待ってるから行こうか」
「はいっ」
話しかけてこなかったくせに急になんだろう。
ま、嫌われるよりかは全然いいけどね。