03
「ごめん、早速来ちゃった」
「いらっしゃいませ」
もちろん無料で飲もうだなんて考えていない。
色々とゴチャゴチャしてむかつくから苦いコーヒーでも飲んでスッキリしようと考えたのだ。
早速それを貰って飲んでいく。
猛烈に苦い、けれどその苦さは確かに自分を落ち着かせてくれた。
「咲、ちょっと付き合ってよ」
「分かりました、失礼します」
カップの縁をなぞってから目の前の偉い中学生を見つめる。
「ね、あたしが頑張るって言ったらやっぱりおかしいと思う?」
「いえ、そんなことないですよ」
「ほら、あんたの友達もやる気なさそうって言ってたじゃん?」
「やっぱり気になりますよね……すみません」
「あ、ちが……ごめん、あたし最低だ」
なんで付き合わせた上に謝らせてるんだよ。
どうしようもなくなんか泣きたい気持ちになって慌てて顔を伏せた。
「やっぱりいいや、ありがと」
「……そうですか、それじゃあごゆっくりしていってくださいね」
いや、この調子ならさっさと帰って2度と来ない方がいいよねという話。
「今日も美味しかったってお父さんに言っておいて」
「はい、ありがとうございました」
すぐに家に帰るとりなから「この前のごめん」攻撃をくらうため近くのベンチで座って時間つぶし。
「あれ、りなちゃんのお姉さん!」
「あ、この前の」
自由に言った相手に話しかける勇気。
これくらいの強さがあれば自分も少しは変わったかもしれない。
「あー……えっと、あんまり傷ついたりしないでくださいね? あれくらいのことは私達の世代では当たり前のことですから」
「大丈夫だよ、心配しなくても」
「なら良かったです! それに私は別に莉子さんのこと悪く思っていないですから」
「いいっていいって」
慌てて止めたりはしていなかったことから大体は察している。
そこまでトンチンカンな頭でいるわけではないんだよ、あたしのだってね。
「りなは楽しくやってる?」
「はいっ、可愛くてもう人気者ですよ!」
「なんか悪口言ってそう」
「あー、りなちゃんにではないですけど悪口とかありますあります。でも、もし悪口を言っていることが分かった場合は、翌日に自分が同じ立場になっていますけどね」
怖い……人の悪口を言っていいことなんて元々ないけど。
「りなちゃんに言っている人を見つけたら私が潰すので安心しでください」
「怖い怖い、もっと平和にいきなよ」
「そうしたいんですけどね、どうしたって和を乱す人間がいるんですよ」
それって委員長にとってはあたしのことだろうな。
ひとりでいる分には構わないけど、他人に迷惑をかけるなってやつじゃん。
「でも、下手をしたら自分もそっち側になる可能性がありますからね、気をつけないといけません」
「しっかりしてんだね」
「はい、そうしないと嫌な存在になってしまいますから」
「……りなと咲のこと頼むよ」
「咲ちゃんもですか?」
「うん、あの子しっかりしすぎてて不安になるから」
相手の話を聞くばかりで自分のことを吐けなさそうだから。
そういう子からは無理矢理にでも引っ張り出してあげなければならない。
「分かりました、ちなみにこのことは内緒に、ですよね?」
「あんたも凄いよ。ありがとね、それじゃあ」
「はい! また会いましょう!」
年下にいいアドバイスをして安心させるのではなく、なぜにあたしがそれをされて安心してるんだ。
もうなんでもかんでも委員長だったら違うんだろうなと考えてしまって駄目だった。
そして普段集団で動いている子ほどひとりの時は大人しいというのは昔もいまも変わらないみたい。
「……咲にだって謝らせちゃうし……」
年上の対応しては失格だがID交換していることをいいことにそれで謝罪。
まあ会ってもう1度嫌な気分にさせるよりかはいいと片付けて、重い足取りで家まで帰ったのだった。
「今日はごめん、か」
謝らなければならないのは私の方だった。
あそこで前のことを出して謝罪なんかしたらそりゃあ引っかかるに決まっているのに。
しかもその場でも謝ってもらった上にアプリでも謝罪なんて、最低なことをしてしまったと思う。
「咲ー、お風呂に行きなさーい」
「はーい」
――電話をするべきかどうか真剣に迷っている。
深く考えすぎて私といない方がいいとか考えちゃっている場合、その場合はいち早くそんなことないよと伝えなければならない。
「咲ー」
「分かってるー!」
とりあえずお風呂に入ってから考えよう。
と、後回しにしたのが失敗だった。
出た時には既に21時を越えており、今度はこんな遅くに連絡していいのかなという不安が出現。
先程のメッセージだって所謂『確認してスルー中』となってしまっているため、どんどんと焦り不安が私を襲う。
もしこのまま朝まで無視した結果、「反応したくないくらい嫌だったんだね、ごめん」となってしまう可能性は0ではない。
「ええいままよ! ……来てくれなくなる方が嫌だもん」
りなちゃんから莉子さんのことはずっと聞いていた。
最初はまた言ってるーなんて流していたけど、段々と自分の方から聞くようになっていた。
莉子さんにとっては出会ったばかりの女子、中学1年生、妹の友達くらいだろうけど、こっちは違う。
「……もしもし?」
「あ、あのっ、変なこと考えないでくださいね!?」
「え?」
「その……私に申し訳無さとか感じなくていいですから!」
「あははっ」
なんで笑うんだろう……もう遅いっていう種類のやつかな?」
「いや……あんたはマジ凄いよ……だって本当にそうやって感じてたから。あの店にだってもう行かない方がいいかなとすら思った。だってさ、年下に悪くもないのに謝らせる年上とか最低でしょ?」
「気にしないでください……と言っても気になっちゃいますよね? なら、私と一緒にいてください!」
「咲と? それは別にいいけど……」
え、いや、似たようなことを言おうとしたけど……これじゃ告白みたいじゃん!?
しかも莉子さんもいいとか言っちゃってるし……実質告白して受け入れられたようなものでは?
「でも良かったよ、あのコーヒーもう気に入っていたからさ」
「ありがとうございます、お父さんも喜びますよ」
「それに年下に謝らせたまま終わるのは嫌だったから、まさか一緒にいてくれなんて言われるとは思っていなかったけど」
こっちだってちゃんと電話しておいて本当に良かった。
してなかったら予想通りの展開になって後悔していたことだろう。
「じゃあさ、咲も約束してくれる?」
「はい、言ってください」
「不満とか溜め込まないでさ、あたしにどんどん言ってよ。中学で起きたこととかさ、咲が元気じゃなくなるのが嫌だから。いやまあお前が言うなって話だけどさ」
……そこまで不満を感じることはないけど、確かに発散方法があまりなくて困ることはあった。
もちろん完全頼り切ることはしないつもりとはいえ、話だけでも聞いてもらえる存在がいてくれたら。
しかもそれが前からお近づきになりたかった莉子さんなら、ああなんて理想なんだろう。
――とはいえ、気になっている人をそんな利用するみたいな扱いするのは嫌だった。
これは中学のみんなに対するものとは違う、同じになんかできるわけがないこと。
「咲?」
「……どうしようもない時は……いいですか?」
それでもせっかく言ってきてくれているんだから断るべきではない。
ある程度は我慢して、どうしようもなくなった時は叫ぶなり走るなり暴食するなりでなんとかする。
利用するために一緒にいたいわけじゃない、あくまで仲良くなりたいから一緒にいたいんだ。
「いいよ、寧ろ年上を頼ってよ。これからは謝るの禁止ね」
「え、それだと申し訳ないことをしてしまった場合は……」
「いらない、年下なんだから失敗ぐらいある、年上は許せくらいの気持ちでいな」
で、できない……そんなこと。
気になる人に迷惑をかけて「それでも責任取れ」なんて言えるわけがない。
「あと、りなのことお願いね」
「それは任せてください!」
「うん。じゃあ……寝る」
「あははっ、おやすみなさい!」
通話が切れた瞬間にため息が零れた。
「お風呂入っておいて良かった……もうだめだもんこの気持ち」
それとも逆にお風呂に入ってスッキリした方が良かった?
いや……それでも変わってなかっただろうしさっさと私も寝よう。
「寝られるのかな……?」
そう、それは分からなかったけど……。
「鳴海さん、あの時はすみませんでした」
「あ、委員長、いや……あたしもごめん」
だって勝手に真似てできなくて指摘されて嫌になって逃げちゃったからね。
咲のと同じく委員長が謝る必要は一切ないんだけど、謝ることでこれ以上は言わせないように対策。
「それで今度こそお詫びとしてあのお店のコーヒーを――」
「いや、普通に行こうよ。たまには他のメニューも頼んでみたいから」
もう次のを飲んだらお金ないけどね。
最近行き過ぎていたからね、いや本当に怖いね知り合いがお店を営んでいたりするとさ。
「……いいんですか?」
「なんでさ、別にいいよ」
「……やっぱり鳴海さんは……」
あたしは、なんだろう。
そういうところをハッキリ言ってくれないと気になっちゃう。
少なくとも委員長の性格上悪口とかではないだろうけどね。
「よっしゃ行くべ」
「はい」
放課後まで結局あの先の言葉は教えてくれなかった。
言いたくないのか、それとも言う必要がないのか、前者でも後者でも意味が変わってくるから教えてくれるとありがたかったんだけど。
「いらっしゃいませ!」
「そういえば咲は部活やってないの?」
「やっていますよ、園芸部ですけど。お花にお水あげたり植えたり雑草抜いたり、そこそこ忙しいです」
まあ中高で終わる時間が違うから一概には言えないけど、凄い急いでお店に来ているのかな?
とりあえず私達客の立場としては咲の大好きなお店の物を注文してあげるのが1番だ。
「コーヒーも頼むんだけどさ、他におすすめってない?」
「ありますよ、フレッシュバーガーなるものが」
「中身は?」
「レタスツナレタストマトレタスですね」
「じゃあそれを……って言いたいところなんだけど、生憎と1杯分しかお金がないんだよ。コーヒーで」
そこまで草食系というわけではない。
どっちかって言うと肉食系だし、本当にお金がないからしょうがない。……じゃあ聞くなよって話か。
「はーい。東山さんも同じでいいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
すっかり放課後はここに入り浸るのが常となってしまった。
委員長も気に入っているようだから咲達は嬉しいだろう。
「お待たせしましたー」
「ありがとうございます」
「ありがと。でも、店員さんは貰えないの?」
これは教育だ、彼女が悪い大人に騙されないよういまからしっかりしておかなければならない。
だって私と出会ったばかりなのに「莉子さんになら……」とか言っちゃう子だよ? 危ないじゃん。
「貰えませんよー、私は非売品です」
「あら残念」
そう、こうして上手く躱してくれればいいのだ。
こういう輩には付き合わずに最初から無理だということを告げなければならない。
ふっ、珍しく年上としていいことをしてしまったぜ。
「鳴海さん――」
「はいはい、ごめん咲」
「大丈夫です!」
――まあこうして理解を得られなかったわけだが、咲がにこにこしているのならそれでいい。
けれど、こちらの要求を断った上でその笑顔は……ちょっと引っかかるのはなぜだろうか。
「鳴海さんはあの子に失礼なことをしすぎです」
「そりゃまあ過度にやりすぎたら駄目だけどさー、でもさ、別にそんな高頻度でしているというわけでも――はい、分かりました……」
「まったく……最近はせっかく良くなってきたのにマイナスですよ」
「ぶー、説教するために誘ってきたの?」
「あなたが咲さんに良くないことばかりするから悪いんですが?」
これはこう考えよう、あたしのことが好きすぎるから嫉妬していると。
自分の気になる相手が違う女の子にそんなこと言っていたら気になっちゃうよねという単純な話。
「ありがとうございます、でも大丈夫ですよ?」
「そういうわけにもいきません。一緒に来た方が無礼を働いていたら止める義務があると思います」
「東山さんは凄くしっかりとした方なんですね、私も見習わないとっ」
「いえ、咲さんは十分しっかりとしていると思いますよ。働いているということは私でもしたことがないので」
「前にも言いましたがお小遣い稼ぎのためですからね。もちろん働いている時は真面目にやっていますけど、本格的に働いている人ほど疲れることもないですから。貴重な経験を詰めるいい時間とは思っていますけどね」
あーやだやだ、これじゃああたしが悪者みたいじゃん。
委員長も咲みたいな子の方が好きだろう、自分と同じような人を求めるに違いない。
「帰る」
「「え?」」
「ふたりでラブラブイチャイチャしてればいいんだー! あ、美味しかったよ、お金はここに置いておくから。またお金が貯まったら来るからね」
咲や委員長を見ていると似合わないと分かっているのに真似したくなる。
見返りを求めずいいことを、でも押し付けみたいになってはいけないため難しい。
「……莉子ちゃん?」
「ん? あれ、なにやってるのりな」
「莉子ちゃん!」
……見間違いじゃなければいま泣いてたよな? りなは。
守ってくれるんじゃなかったのかよ――なんて、人のせいにはできないか。