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02

「うわぁ、この前委員長に奢ったせいで金ないや」

「ちょっ、私はいいって言ったのに勝手に払ったんじゃないですか!」

「ま、冗談だけど、おはよ」

「……もう放課後ですけどね」


 さっきまで大金持ちになった夢を見ていた。

 だから起きて当たり前のように確認したら、そこにあったのは50円玉だけ。

 確かこの前小遣いを貰ったはずなんだけどな、実は時間経過で減っていく呪いにでもかかってる?


「そうだ委員長、この後って暇?」

「特に用事はないですけど」

「だったらあたしの家に来てよ、暇だから」

「え゛」

「む、別に無理ならいいけどさ」


 家に誘われると思わなかったからだとは分かるが、いささか失礼な反応だと思う。


「あ、行きます行きます」

「そ、じゃあ行こ」


 今日だったらりなもすぐに帰ってくるだろうし紹介ができる。

 ふーむ、だが自分もどうして委員長を誘ったのか。

 学校での面倒事は学校に置いていくはずなんだけどな。


「はい、入って」

「お邪魔します」


 えっと、家に人を招いたら……あ、飲み物の準備か。


「はい」

「ありがとうございます」


 気まずそうにしているというわけでもないから大丈夫だよな。

 しかし逆にこちらの方がなんで呼んだのかって悩む羽目になったが。


「ただいまー」

「おかえり」

「うん、ただいま……ぁあ!? ど、どゆこと? り、莉子ちゃんのお友達さん!?」


 そんなにおかしいことか? いやまあこれまでを考えたら驚く気持ちも分からなくもないけど。


「うんまあクラスメイトだよ、委員長って名前」

「違いますよ……東山智紗ちさです」


 へえ、なんかキツそうなクール美人って感じの名前。

 って、イメージ通りだ、問題なのは冷たいところばかりではないということ。


「いつも莉子ちゃんがお世話になっています!」

「い、いえ、私は特に……」

「そうだよりな、あたしは迷惑かけてるだけだからね」

「自覚しているのなら直してください」


 ……どうすれば本当に委員長らしくとまでは言わなくても普通レベルにやる気が出るのかな。

 どうしたって学費を払ってもらっているから行かなければならないとかっていう義務感でしか行ってないから、恐らくこれが変わらない限りはどうにもならないことだ。

 

「どうすればいいの?」

「え、あ……えっと、少なくとも思っていることを全て口に出すのはやめたらいいかと。あとは先生に対する態度でしょうか」

「じゃあさ、委員長があたしを楽しませてよ。いまのままじゃつまらないんだよ、暑いしだるいしうるさいし面倒くさいし、でも委員長といるのは嫌いじゃないからさ」

「そんなこと言われても……お笑い芸人というわけでもないですから笑わせることだってできませんし」


 ま、そもそも期待していないからなんでもかんでも口にしてきたわけだ。

 期待しているのなら好かれようとするために気持ち悪いと自覚しつつも演じていたと思う。


「莉子ちゃんにこんな美人なお友達さんがいるなんて」

「口うるさいけどね」

「誰のせいだと思っているんですかっ」


 もう言っても聞かないから無駄とか考えないのだろうか。

 あたしだったら間違いなく相性が合わないで終わらせるところだけど。


「あ、そうだ、咲ちゃんのお店に行ったんだって?」

「うん、美味しかったよ」

「いいなあ、私もお小遣い貰ったら行こうかな」

「ひとりで?」

「うん、咲ちゃんがいるからね」


 なんだか寂しい。

 こうしてお姉ちゃん子ではなくなっていくんだなと。

 小学生まではあたしも両親がいるからーとか安心感を得ていたのに、どこでこうなった。

 別になにかが起きたわけでもないから、そもそも自分がこういう生き方を求めていたというところだろうか。


「あ、騒いじゃってすみません」

「いえ、大丈夫ですよ」

「それで東山さんは今日なにかご用でもあったんですか?」

「鳴海さんに誘われてお邪魔させてもらっています」

「え、莉子ちゃんが……こんなこと初めてですよ」


 自分が1番理由を聞きたい。

 単なる暇つぶしに利用するのは常のことではあるが、家にまで来てもらおうと思った理由は?

 口うるさく言われているのに嫌いじゃないのは、こちらのことを考えてくれていると分かっているからだろうか。

 とにかく彼女は損をする生き方をしているわけだ、凄いのは本人がそうだと思っていないところ。


「あ、電話だ……すみません」

「はい、分かりました」


 あたしがりなみたいだったら委員長も楽なんだろうな。

 いくら言ったって無駄だから意味ないんだけど。


「いい子ですね」

「ね、りなはあたしと違っていい子だよ」

「……そろそろ帰りますね」

「あーい、気をつけてー」

「お邪魔しました」


 でも今日ので分かった。

 あたしはりなや委員長みたいにはなれない。

 もう作業みたいなものだし、とにかく他人を不快にさせなければそれでいいだろう。

 誰だって同じように過ごせるわけじゃない、こういう人間もいる、聞かないから諦めようと捨ててほしい。頑張ったって意味はない、頭がいいならそれが理解できるはずなんだけどな。




「重い……」

「あ、持つよ」

「え、あ、ありがと」


 とはいえ、なにもせず委員長らしくなれないと逃げるのも癪。

 だから委員長がやっていそうな手伝いをしてみることにした。


「ほい、終了」

「助かったよ鳴海さん」

「別に、委員長ならこれくらいやってるでしょ」

「うん、それはそうなんだけどさ……ありがとね」


 自分のことじゃないことをやるのって疲れるな。

 それにそれでお礼を言われるのはなんか嫌だ。

 委員長だったらそれすら言わせない気がする、自分がやって当然みたいな感じで。


「珍しいですね、鳴海さんが休み時間に移動なんて」

「ん? ああ、みっちゃん……先生」

「え、は、はい、珍しいですね」

「委員長っぽくなりたいなと思いまして」

「東山さんらしく、ですか? あ、あなたが?」


 似合わないことをしているのは分かっている。

 無駄なプライド、癪だとか言ってちょっと協力して満足だなんてださいだろう。

 でも、そうすれば委員長に迷惑をかけることもなくなるから。

 あたしだって積極的に誰かに負担を強いたいわけじゃない。

 そこまで屑じゃない、そういうのもあるからあまり他人といないのかもしれない。

 ――いや、単純に溶け込めないだけとも言えるが。


「あたし、意外と委員長のこと尊敬しているので」

「うぅ……涙が出そうです」

「茶化すのやめてください」

「だ、だって私にもちゃんと敬語を使ってくれているじゃないですか」


 そういえばそうだ、あたしの中でふたりは大切なのかも。

 この前口にした好きってのは言い過ぎだが、そういう存在に迷惑をかけるのは違う。


「それは、みッちゃん先生と委員長だけが話しかけてくれるからですよ」

「……あまり言うことではないかもしれませんが、鳴海さんが遠慮しているだけではないでしょうか」

「遠慮ですか……単純に学校に来るのが義務感から、というのが1番大きいですよ」


 りなはあんなに立派なのにちょっと恥ずかしい。

 けれどこう思えているのはいいことではないだろうか。

 現状維持を望むことよりは幾許かはマシな気がする。


「あ、もう……どこに行っていたんですか?」

「え、ここだけど」

「それは見れば分かります。あなたにしては珍しいなと思って探していたんですよ」


 あたしが休み時間に教室から出たからって驚き過ぎでは?

 それほどこれまでのあたしは椅子に張り付いていたということか。


「私、なにか嫌なことでもあったんじゃないかって心配していたんですよ?」

「え、ごめん、心配かけたね」

「最近はなんだか大人しいですしなんか調子が狂いますよ」

「いや、過去のあたしは別に暴れていたわけじゃないし……」


 モンスター扱いかよ、いいけどよ。


「そうだ、今日またあのお店に行きませんか?」

「委員長ってあたしのこと好きだよね」

「嫌いじゃないですよ、あなたが根っこから悪い人ではないと分かっていますから」


 そこは冗談でも「す、好きですよ……?」なんて言ってほしかったところだがしょうがない。

 了承して教室に戻り席に座ると途端に愛おしさが湧いてきた。


「あたしの恋人は椅子かもしれない」

「馬鹿なことを言ってないで次の教科の教科書でも出してください」

「はい」


 にしてもこの委員長、あたしが言うこと聞かないからってわざわざ隣に移動してきたんだよね。

 本当にこの人あたしのこと好きすぎる、「あ、あなたのことなんて好きじゃありませんから!」ってツンデレ発揮してほしい。


「智紗」

「なんですか?」

「いや、やっぱり気持ち悪いから委員長でいいよね」

「どちらでも構いませんよ別に、いいからほら早く」

「あいあい」


 でもまあ美人なしっかり者に叱られるのは嫌じゃないな。

 ――その後は一応最近決めたことを優先して、少なくとも隣の子には迷惑をかけないよう過ごした。

 委員長らしくいたいから手伝いもしてみたが、やはりというか似合わないことが段々と分かってくる。


「委員長……奢ってぇ」

「はあ……別にいいですよ」

「ま、嘘だけどさ。はあ……委員長っぽくはなれないね」


 頼んだコーヒーをちびちびと飲みつつ愚痴っていく。

 別の人間だからそんなのは当然とはいえ、なんか悔しいのは確かだった。


「私なんか真似しなくていいんですよ。あ、だから最近は――」

「あ、涼しいねここ」

「確かにっ」

「いいなあ、なんかお家の人が経営しているお店ってさ」


 その時に訪れた女子中学生の集団。

 中にはりなも咲も存在していた。ちなみに3人だけではなく他にも3人いた。

 そういう人数で利用するお店ではないでしょってぐらい賑やかになる。悪く言えば騒がしい。


「注意してきましょうか」

「いいって、あたし達がしたら角が立つよ。咲がやるでしょ」


 その咲がこちらに気づいて頭を下げてくる。

 別に利用客はあの子達の他にあたし達しかいないので気にしていない。


「あ、莉子ちゃんっ」

「え、それってお姉さんだよね?」

「どれどれっ?」


 怖い……若いって怖い。

 あとなんで自然に莉子=お姉さんってなってるの?

 ――とにかくワラワラと集まる若い子達。


「うーん、りなちゃんをちょっとやる気なくしたらこんな感じかな?

「りなちゃんの方が可愛いっ」

「あんまりお姉さんっぽくないね」


 と、恐れることもなくドストレートにぶつけてきた。

 別に気にならない上にりなの方が可愛いなんて自分でも分かっているため「そうなんだよ、なぜかりなだけは可愛くなっちゃってね」と少しだけそれっぽく言ってみた。

 結局それで興味を失くしたのか、りなと咲以外は戻る。


「ご、ごめんね」

「いや、別に気にしてないよ。りなの方が可愛いのは本当でしょ? それに実際やる気ないし」


 戻るよう言ってコーヒーの続きを飲む。


「怖いね、最近の中学生って」

「……なんで怒らなかったんですか」

「なんでって、大人として当たり前の対応でしょ? 委員長でも同じ対応したと思うけど」


 中学生にガチギレとかださいしだるいじゃん。

 そんなことしたら余計にズタボロにされるだけだし、無駄なことは極力したくない。

 可愛くないのも事実、やる気がないのも事実、それなのにどうやって言い訳しろと?


「最近の鳴海さんはらしくないですよ。少なくとも私の真似をしようとする人ではありませんでした。真似なんかしないでください、私のを真似たところであなたにいいことはなにひとつとしてないですよ」

「それって卑下してんの?」

「違います、だってあなたは私じゃないんだから同じようにできないじゃないですか。それにこれまで散々こちらに迷惑をかけてきた人が今更なんですか、なにかがあったんですか?」

「別にないよ、ただ……まあいいや、説明するのはだるいし」

「またそれですか……」


 ま、この短期間でそれはもう分かっていたのだからしないけど。

 らしくないし気持ちが悪い、それでお礼を言われるのもなんだか嫌だ。

 

「お金、ここに置いておくからよろしくね」

「いいですよ、私が出しますから」

「いや、そういう借りを作りたくないから」


 結局この先なにをどう頑張っても委員長からすればらしくないで片付けられてしまうということ。

 じゃあそんなことをしてなんになる、いまのあたしを完全否定しているのと同じことだぞそれは。


「なんか虚しくなっちゃった」


 若い子達にそれぞれ自由に言われたことよりも堪えた。

 こちらは変わろうとしているのに周りから変わるなと言われた気分。


「莉子さん!」

「ん? あ、胸がでっけえ子」

「や、やめてくださいよ……あの、先程はすみませんでした」

「なんであんたが謝るの?」


 年下に謝られるとマジでお姉さん凹むんだけど。

 ある意味悪口よりも高ダメージだこれは。


「あそこは私の家のお店ですし騒がしくしてしまったのもありますから。もし良かったら今度また来てください、その時は1杯だけですが無料で飲んでもらえればと」

「あんたは中学生のくせに気を使いすぎ。いいよ、別に嫌な気分にはなってないから。美味しかったよ」

「……ありがとうございます」

「もう、そんな顔しない」


 頭をガシャガシャと撫でていたら「あ……ちょっと嬉しいです」なんて言われてしまった。

 お世辞も言えるなんてどんだけできた中学生なんだよ、過去のあたしは彼女を見習った方がいい。


「ありがとね、咲が来てくれてちょっと気分が楽になった。その胸を見ると目の保養になるし」

「……莉子さんになら別にいいですけど」

「駄目、そんなこと絶対に簡単に言っちゃ駄目だから。冗談だよ、今度からは言わない。それじゃあね」


 はあ……ちょっと楽になったのは本当だけど年下に謝らせてしまって自己嫌悪。

 逃げるように帰ってきたのもださいし、なにをやっているんだろうと大変後悔したのだった。

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