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01

読むのは自己責任で。

会話のみ。

莉子りこちゃん起きてー!」

「……うるさい」

「約束でしょ、一緒に出かけてくれるって言ったじゃん」


 静かに上半身を起こして確認する。 

 今日は間違いなく日曜日だ、正午まで寝ていたって本来なら咎められないことではあるのだが……。


「あー……どこ行くんだっけ」

「本屋さんっ、お母さんいないからお姉ちゃんが来てくれないとひとりじゃ怖いもん……」

「怖いってあんた……もう中学生じゃない……」

「『あなたは危ないから出かけるならお友達かお姉ちゃんと行きなさい』ってお母さんに言われた」


 ああ……日曜日ぐらい休ませてもらいたいところではあるが、実際にこの子をひとりで行かせるのはなんとなくするべきではないことだと思ってしまう。前なんてひとりで買い物に行かせたら夜まで帰ってこなかった時だってあったし……仕方ない。


「……行くから下で待ってな」

「はーい!」


 適当に着替えて顔を洗って妹と一緒に外に出る。


「あっつ……だりぃ」

「そう? 私はお姉ちゃんといられて嬉しいけどな!」

「はいはい……そういうのは気に入った男に言ってやんな」

「え、おお姉ちゃんといられて嬉しいって男の子に言えばいいの?」

「ああ……いや違うけど」


 なぜ妹はここまでピュアに育ってしまったのか。母さんにも父さんにも似てない、あたしは言うまでもないが。


「なに買うの?」

「これ!」

「ほー……で、お金は?」

「あるよ! でも……レジ緊張する」

「……貸しな、代わりに払ってきてあげる」

「ありがと!」


 あ、こういうことをしているから甘えん坊になっちゃったのかな。

 まあ悪い気はしないけど変な男に騙されないか怖いなマジで。


「はい」

「えへへ」

「そんなにそれが読めるの嬉しいの?」

「うんっ、ずっと待っていたから!」


 どうでもいい情報ではあるがあたしは最終巻が出てから一気買いするタイプだ。

 ちまちまちまちま1巻ずつ買うなんてできない、だって必ずいいところで終わるから嫌だった。


「あれ、りなちゃん!」

「あっ、咲ちゃん!」


 どうやらもう友達ができたらしい。

 あたしと違ってコミュニケーション能力が高いからなあ、りなは。

 ただただ場を悪くしないよう振る舞っている結果なのかもしれないけれど。

 その割にはひとりが怖かったりするところがちょっと可愛い。


「あー……姉ちゃんは先に帰っているから早く帰ってきなよ?」

「え、やだ、いてよ」

「え、だって……ほら、なんだっけ……さっちゃん?」

「咲ちゃんだよ!」

「そうそう、さきちゃんもあたしがいたら困るでしょ?」

「別に困りませんよ? だって、りなちゃんのお姉さんの莉子さんですよね? だったら怖がる必要はないじゃないですか」


 え、やだ、怖い……情報漏洩してる。あたしの名前が知られていたところでなんらダメージはないが、怖いとはこういうことなのかとあたしは今日学んだ。


「それで咲ちゃんはどこに行くところだったの?」

「もう用は済ませて帰るところだったんだ。だから一緒に帰ろ! 見たところりなちゃんも用は済ませた後なんだよね?」

「うん、最新巻を買いにきてさっきね」


 帰るところなら益々あたしがいる意味が分からないが……まあこの子怖いし従っておこう。


「そういえば明日は小テストがあるよね、ちゃんとお勉強した?」

「うん、私は大丈夫そう」

「その自信がほしいなあ」

「だったら胸を張っていればいいんだよ、こうして」


 ボインと擬音が聞こえてきた気がした。この子中学生のくせに発育が良すぎる。

 りなはツルペタスッテントンなので、さぞ羨ましいことだろう。


「に、憎い……そのお胸が」

「あっても疲れるだけだよ、視線も集めちゃうしね」

「贅沢な悩みですよまったく……」


 さて、こうなると本格的になぜ自分がいる必要があるのか、ということになるわけだが。

 暑いしだるいしふたりの歩くスピードは遅いし早く帰りたい。


「そうだ莉子さん」

「え、なに?」

「ID交換してくれませんか?」

「別にいいけど、はい、じゃあ自分でやって」

「わっ……は、はい」


 あたしが中学生の頃とかスマホなんか持ってなかったぞ。

 中学生には必要ないってよく両親から言われていた。

 高校生になる前には買ってくれたが、その違いってなんだろうか。


「ありがとうございました」

「おけおけ。それじゃあふたりでごゆっくり――はいかなさそうだね……もう」

「一緒に行ってくれたのなら一緒に帰るまで約束っ」

「じゃあもうちょい歩くスピード早くして」

「はーい」


 それにしてもこの子凄え……。

 胸とか年上にも平気で連絡先を聞いたりするとか、最近のJCはこんな感じなの?

 こんだけ暑いのに薄長袖なんかを着て焼けないようにしているところもマジ感心。


「――? どうしましたか? あ、なんか付いていました?」

「や、胸でっけえなって」

「……やめてくださいよ」

「や、あとはほら、君のコミュ力?」

「これぐらい普通ですよ? いまは会ったらすぐに交換しようと話をするくらいです」


 マジかよ……りな達の世代じゃなくて良かった。

 あたしがそこに存在していたらスマホを持ってウロウロするしかできなかっただろうから。

 いまの若いのは怖い……関わるのはなるべくやめよう。




「あーだりぃ……」

「む、鳴海さん! 思っていてもそういうことは口にしちゃダメですよ!」

「あ? ああ……みっちゃんじゃん」

「その呼び方はやめてください! 私はこれでも教師ですよ!」

「あーだりぃ……みっちゃんがうるさくてだりぃ」

「こらああ!」


 いやマジでなにしに学校に来てんのあたし。

 喋れる相手はみっちゃんくらいしかいないんだけど、それで来てるってことはみっちゃんのこと好きすぎじゃない?


「みっちゃん好き」

「なぁ!? だ、だだ、駄目ですよ、教師と生徒の恋愛なんて……」

「いや、退屈じゃなくなるから好き」

「むぅっ、利用しないでください! お友達作ってください!」

「えー……無理ー」


 だが、みっちゃんといるのも問題がないというわけではない。


「鳴海さん、先生に対してその態度はなんですか?」

「出たな委員長……あ、なに委員会のだっけ?」

「学級委員会です」

「高校でもそれって必要あんの?」


 依然として普通に委員会は存在しているし、そこで委員長だっているわけで。

 なんなら上には生徒会だって存在しているわけだから、あんまり必要ない気がするが……。


「ありますっ、主にあなたみたいな悪い人に対応する人間が必要ですからね」

「じゃああたし専属だねぇ」

「やめてください!」


 というわけで会話終了。

 椅子に座って机に突っ伏す。

 委員長がいてくれれば普通に退屈凌ぎにはなるか。


「委員長」

「……せめて顔を上げてからにしてください」

「いつもあんがとね、ぶっちゃけ面倒くさいとか思わないの?」

「思いませんよ。それで変わってくれるのなら嬉しいですから」


 で、変わってないのがあたしなんですが。

 面倒見がいいんだろうな、気にならったら上手くいくまで諦められない頑固さもあると。


「委員長」

「なんですか?」

「好き」

「はいはい……そんなこと言っても口うるさく言うのはやめませんからね」

「委員長可愛くねー」

「余計なお世話です! 大体っ――」


 あー無視無視、これ以上聞いたら頭がおかしくなっちゃう。

 これから授業が始まるっていうのに堅苦しいことは聞きたくない。

 とにかくだるさ暑さ面倒くささと戦いつつも、


「おわたー……帰ろ」


 今日やらなければならないことは全て終え、後は自由時間になった。

 帰って寝るなりごはんを食べるなり寄り道をしたって自由。


「鳴海さん」

「ん? あ、委員長」

「その……」

「なんだいなんだい、えらく歯切れが悪いね」


 珍しく放課後に話しかけてきた。

 が、嫌な予感しかしないで調子に乗っておく。

 あとはすぐに逃げられるようにかばんを持って待機だ。


「ちょっと一緒に付いて来てくれませんか?」

「説教はやだ」

「しませんよ……ただ、気になっているお店がありまして」

「んー? えっちぃ店?」

「いえ、ただの喫茶店です。でも、ああいうところってひとりだと入りづらくて」


 個人経営の店だと確かに入りづらいのは分かる。

 静かすぎてもうるさすぎても困るから、ファミレスなんかが1番ちょうどいい。

 洒落てるところだと肩こるしねえ。


「なんであたし? 友達いっぱいいるでしょ?」

「いいじゃないですか、いつもいてあげるんですから付き合ってください」

「別にいいけど、じゃあ行こ」

「あ、待ってください、荷物を持ってきますから!」


 明日は絶対に雨が降るな。

 だが、このまま暑い日が続くくらいならそれの方がいい気がする。


「あ、歩くのが速いですよ」

「そ? じゃあ合わせるけど、で、どこなの?」

「あ、あそこです」


 あんまり喫茶店という見た目してないけど……。

 OPENと書かれたボードがあるから一切気にせず突撃。


「いらっしゃいませ」

「あれ、咲じゃん」

「あ、莉子さん! えっと、2名様ですか?」

「うん、そうそう」


 いや待て、関わらないでおこうと考えていたのにもう遭遇とはツイていない。


「余計なお世話かもしれないですけど、コーヒーがおすすめですよ。シンプルで美味しいです」

「いやあのさ、JCなのにバイトしていいわけ?」

「え? ああ、ここは父が経営しているお店なので、お小遣い稼ぎです」

「せっかく中学生になったんだから遊びなよ、りな連れてさ」


 仮に父親が経営していても働きたくねえぞあたしは。

 学校に行くだけでもだるいのに労働とか考えられない。

 1回で10万とかだったらちょっと考えてあげてもいいかもしれないけれど。


「いまは遊ぶにもお金が必要ですからね。とりあえず、ごゆっくりどうぞ」

「あーい」


 ふぅ、いつもは口うるさいくせにこういう時だけ静かな委員長はどうすっか。


「コーヒーがおすすめらしいよ」

「あ、あの……いまの方は?」

「ん? ああ、妹の友達」


 おまけにコミュ力おばけ、あれでもどうして連絡先聞かなかったんだろう。

 別に誰にでも聞くというわけではないのか? もしそうなら本当に同世代じゃなくて良かった。


「その割には名前で呼び合っていたようですけど……」

「だって名字知らないし。ちなみに委員長の名前も知らない」

「えっ……はあ……そうですよね、鳴海さんですもんね」


 私ですもんねとはなんなのか。

 いつもひとりでいるからクラスメイトの名前すら覚えていないやつだという認識なのかも。


「私はおすすめのコーヒーにします」

「あーい、じゃああたしもそれで。すみませーん」

「はーい。コーヒーですよね」

「なあ店員さん、あんた本当にJCかい?」


 察しもいいし頑張っているし年寄りには眩しく見えて仕方がない。

 りなも似たようなものだけど、世代が違うだけでどうしてここまで変わるんだろう。

 

「もう……やめてくださいよぉ、気にしてるんですから」

「ごはぁ!? すまない委員長……あたしの命はここまでのようだ」

「つまらないこと言ってないで謝ってください。セクハラですよ同性でも」

「ごめんよ咲、頼むね」

「はい、少々お待ち下さい」


 他のお客さんがいるというわけでもないのにしっかりお仕事モードができている。

 ああ、妹に欲しい、そうすればなんか色々やってくれそうだから。


「お待たせしました」

「おぉ、いただきます――ぶふっ!? に、にっが!? ……そうか、胸のことを毎回言っているからムカついていたんだな、だからおすすめして一泡吹かせてやろうと……あはは、悪かったなあ」

「違いますよっ、砂糖とか入れてください!」

「あ、そういう……できれば先に言ってほしかったけどね」


 あ、うん、入れたら普通に甘くて美味しくなった。

 ブラック飲むやつとか本当にカッコつけなくてもいいと思う。

 あれを美味しいと感じる人間は、自分が言うのもなんだが大変おかしい。


「美味しいですね」

「ありがとうございますっ、シンプルが1番ですから!」

「でもさ、これだったら家でも――」

「あなたはもうなにも言わずに飲んでいてください、分かりましたか……?」


 いや、これが家で飲めたら落ち着くだろうなって言おうとしただけなんだけど。

 しょうがないので言われた通り黙ることにした。


「中学1年生なのに偉いですね」

「そんなことないですよ、お小遣いのためですからね」

「それでもいいと思いますよ、真面目に働いているのですからおかしくないです」

「ありがとうございます。でもすみません、長くいてしまって」

「大丈夫ですよ、鳴海さんだって落ち着くでしょうし」


 中学生にも敬語を使う委員長。

 あたしの周りには何気に敬語キャラが多い。


「あの、莉子さんとはどういうご関係で……」

「委員長とクラスメイト」

「それなのに一緒に来たんですか?」

「うん、なんか入りづらいからって頼まれてね」


 正直に言って意外だった。

 コミュ力はあるけどそれとこれとは別という扱いなのかもしれない。


「ちょっと鳴海さん!」

「事実でしょうが。店内で騒がない」

「……すみません」

「でもまあいつも迷惑かけているし払ってあげるよ」


 こっちだって意地でも同じ態度を続けたいというわけではないんだ。

 だが、どうしたって面倒くさいしだるいから怒られてしまう原因を作ってしまう。

 委員長みたいに真剣にできない、どうすればそんな風になれるのだろうか。


「い、いいですよそんなの……あなたのおかげで入店できたんですから」

「いいからいいから」


 勝手に払わせてもらうことにしよう。

 委員長はうるさいけど嫌いじゃないから。

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