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思惑

 

  「先輩!好きです・・・付き合ってください!」




 この日、人生初の告白を受け断った。そして、これが僕と彼女の最初の出会いにして最少の珍事を起こすことになる。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 「おい、綾斗(あやと)。まてよ!」




 帰りのHRが終わり、僕は早々に家路へ着こうと教室のドアに手をかけていたが聞きなじみのある声がそれを阻止する。声の主は爽やかな完璧スマイルを振りかざしながらこちらに歩み寄る。




 「何か用?僕は早く家に帰ってかわいい妹の面倒を見なければいけないんだ。帰りに寄り道がしたいならクラスの女子でも連れていきなよ。きっとみんな喜ぶよ」


 「なぁ、俺と帰るのがそんなに嫌か?いるはずのない妹まで登場させて...俺は悲しいよ...しゅん」


 「優眞、僕には2つ離れた妹は実在するんだけど...」


 「えっ!嘘だ!俺はそんなことを聞いた覚えないぞ!」


 「今はじめて言ったからね」




 僕の皮肉を一蹴するどころか気にも止めずにぐいぐい絡んでくる彼の名は貴志田優眞(きしだゆうま)。僕の唯一の話し相手である。しかしながら、若干絡み方がねっとりと言うか重苦しい。それが原因なのか分からないが1部の女子たちは僕と優眞の関係を噂しているようだ。悲しいが今もしっかりと熱い視線が僕たち二人を降り注いでいる。


 ...明らか優眞のせいだろう。

 そんなことをボヤきながら顔を上げると再度爽やかなスマイルが僕を迎える。

 

 

 優眞は女と見間違うほどの美しい顔立ちで、サラッとした艶やかな髪は彼を美しく見せるために存在しているような感覚さえ覚える。

 学年1位の頭脳を兼ね備えており、サッカー部の次期エースも務めている。更には趣味はギターという欠点一つ見つからないオーバースペックな人間なのだ。まさに理想の王子様って感じで彼に恋心を抱かない女子はいないだろう。僕が女子なら100%惚れている。




 「あ、そうだ!この前おいしそうな和菓子屋さんを見つけたん...」


 「なぁ、優眞」




 彼の言葉を遮りはっきりと言う。




 「僕と話すのはやめたほうがいい」




 最初驚いたような表情を見せたが彼はすぐに腑に落ちたのか納得した表情を見せる。




 「綾斗の言いたいことは分かるけど、実際に綾斗がやったなんていう証拠なんて1つもありはしないんだから大丈夫...」




 僕の表情を見てか語尾が徐々に弱くなってしまっている。しかしそうなのだ、僕がやったなんていうのはでっち上げだ。でも・・・




 「この学校全体が僕を犯人だと思っているんだよ。君の妹の貴志田華を誘拐監禁したとして...」




 自分で言っておきながらあまりの理不尽さに腹が立つ。








  3日前、沙江崎(さえざき)高校のマドンナこと貴志田華(きしだはな)が失踪した。


  あまりに突然のことで教師を含め学校全体の誰もがその事実を受け入れようとはしていなった。


  そんな中、ある2つの噂が学校中に広まった。


  『2年の篠田綾斗しのだあやとが華ちゃんに告白して振られた』というものと『華ちゃんがストーカーの被害にあっている』というものだった。




  貴志田華は優眞の妹ということもあり、その容姿は他を寄せ付けないほど恐ろしく可憐で腰まで伸びた黒髪が彼女の純情を物語っていた。更には入学式での代表者スピーチが異例の完成度で教師陣含めPTAも彼女には一目、いや二目も三目も置いていただろう。


  そんな彼女が失踪して今日で3日経つが何も手がかりは見つかっていない。優眞から聞いた話だから信憑性は高いが、不思議なことに貴志田家ではこのことについて特に問題視しておらず両親はまたどこかに出かけているのだろうと言っているらしい。




  マドンナを失った生徒たちはその代用として、2つの噂を基に僕を犯人に仕立て上げることを選んだらしく今では生徒はおろか教師までもが僕を白い目で見てくる。


  そんな中、優眞は事件前と変わらず絡み続けてくれる。その甲斐あってか、特段目にあまるほどの嫌がらせは受けていない。






  そもそも、噂自体が間違ってることを否定したいがそれをやったところで油に火を注ぐ行為なのは目に見えているため出来ない。




  はぁ…


  ため息が自然と口からこぼれてしまう。すると、どこからともなくチッという舌打ち音が帰ってきた。




  優眞には申し訳ないが呼び止める声を無視して教室をあとにする。


  きっと今頃教室では僕の悪口で盛り上がってると思うと苛立つ何かを必死に抑えるので精一杯だった。




  学校を出て10分程歩いた場所に商店街がある。ここらで何か買って家でかわいい妹の愚痴にでも付き合うとしよう。


  ぷらぷらと歩いていると優眞が言っていたであろう和菓子屋があった。お店の感じは洋菓子店に近いメルヘンチックな作りだが、看板には和菓子屋と刻まれていて。オススメ!羊羹!と書かれたパネルが立てかけてある。




  遠目からお店の中を覗くとどれもみなおいしそうな見た目をしているが、お財布にも優しい値段なので少し多めに買っていくかと吟味していると、




  「先輩って和菓子が好きなんですね、てっきり洋菓子派かと思っていたのですが…」




  突然話しかけられ後ろを振り向くと、1人の可憐な少女が僕の前に姿を現す。




  「貴志田華…」




  僕が名前を呼ぶとピンク色の効果色でも出してきそうなほど美しい笑顔を放った。


  ほとんどの男はこの笑顔で落ちるんだろうが僕は違う。

  こいつのせいで… そう気持ちは昂るが拳を強く握り占める。




  「お前、行方不明になってたんじゃないのか!」


  「先輩っ!私のこと心配してくれてたんですね!!!私、私感激です!やっぱり、先輩は私のこと…好き♡なんですね」




  あまりにも脈絡がないこと言うので口があんぐりと開いてしまう。




  「そんなに照れないでくださいよ!私も恥ずかしいですから」


  「そ、そうだな・・・

   いや、今はそんなことより、どうしてここにいるんだよ。お前は行方が分からず攫われたとか監禁されてるやらいろいろ噂がたってるぞ」




  すると口をニヤリと歪め上目遣いで彼女はこちらを見て告げる。




  「彼らもバカですよね。こうして私は行方も分かってますし、もちろん攫われてもない監禁なんてもってのほかですよ」




  嘲笑でもしているようにその歪んだ口元は元には戻らない。




  「先輩・・・今、学校生活苦しいでしょう?私なら貴方を救ってあげられますよ?」




  こいつはなぜその事を…いや、当たり前か。




  「私の作り上げた噂は今頃、先輩を追い詰めてると思うんですよねぇ~」




  余裕のある態度で悠然と語る彼女に対して僕は何も言い返せない。


  そんな僕を一瞥し、告げる。




  「先輩、私はあの日をもう1度やり直したいんです。次は失敗なんてしません。もう、先輩は私のものです♡」




  頬を少しばかり紅く染めこちらをチラチラ見てくる。


  そこで僕はまたも口があんぐりと開いていることに気づく。




  「なぁ…どうしてここまでして僕にこだわる」


  「んー、お兄ちゃんが入れ込んでるお友達だからですかね、あと一目惚れです」




  まっすぐに目を見て答えるのでそうなのかとついつい信じてしまいそうになるが、彼女の言葉は一つも信じることは到底出来ない。

  疑いの眼差しを感じ取ったのか、



  「えっと、そしたら私は明日学校に行きます。そこで、私はストーカーに捕まっていて先輩が助けに来てくれた、とみんなに言います。ですので先輩はこれにて無罪放免です!いかがでしょうか?」


  「・・・あぁ、それで構わない」




  腑に落ちないことばかりだがこれで解決するならと自分を納得させようとするがモヤモヤと胸の奥がざわつく。それに気付いたのか、どうしたんですか?と聞いてくる。


  僕は少しの間を置いて答える。




  「なぁ、聞いていいか?」

  「はい、いいですよ」

  「これは全て君が考えたのか?」




  彼女はきょとんとした表情を見せたがまたニヤリと口を歪め、数秒待ち静かに頷いたが僕にはそれがなにかを試すように見え気味が悪かった。






  翌日、僕はいつもより1時間早く学校に行くことにした。教室のドアに手をかけようとして、話し声が聞こえその手を離した。


  現在時刻6:30 普段この時間なら教室には誰もいないはずなのに…

  依然続く会話に聞き耳を立てる。




  「お兄ちゃん、昨日はどうして先輩と一緒に和菓子屋さんに来なかったの?お願いしたよね?」


  「あぁ、あれは・・・そのことはごめん。

   しっかし綾斗が運良く商店街に行ってくれたから助かったよ、結果オーライだ」


  「まぁ、そうだね。色々とお兄ちゃんありがとう」


  「いやいや、お前のためなら何だってするさ」




  優眞の爽やかな笑い声が微かに開いているドアから届いてくる。そこまで聞いて僕はなんともないようにドアを開ける。




  「あ、先輩おはようございます!」と、貴志田華


  「お!昨日はごめんな」と、貴志田優眞




  こんな爽やかなスマイルな彼が裏で暗躍していたと思うとなんとも心苦しいが、そうとしか思えなかった。

  僕は急く気持ちを抑えることが出来ず遂に言葉を漏らしてしまう。



  「ねぇ、優眞・・・。華ちゃんが失踪してから2つの噂が学校に広まったよね」


  「あ、あぁ。そうだけど、それがどうしたんだよ?華から昨日全部こいつが仕組んだことだって聞いたんだろ?」


  「そうだね聞いたよ。確かに学校生活が送りにくくなった今の現状をあの華ちゃんが助けてくれれば疑いは全部綺麗に晴れてすっきり解決さ」

  

  「よかったじゃないかよ」


  あっけらかんにそういう彼に続けて言う


  「でも華ちゃんはこうも言ってたんだ、あの日をもう1度やり直したいって。という事は、また断ったら今度こそっていう脅しにもなる。僕のこの学校生活、彼女のさじ加減でどうにでも出来るって事なんだ」


  

  

  ごめんと彼は申し訳なさそうに頭をさげるが、問題はもう一つある。

  僕はさらに続ける




  「でもさ、疑問があるだ」




  極めて明るく話すと向こうも許しを貰ったと思ったのかいつも通りの調子で返してくる。




  「疑問って一体?」


  「噂の出所だよ、噂が広まったのは華ちゃんが失踪したとみんなが知ってからだった。だから、少なくとも華ちゃんが広めることは限りなく難しい」




  ここまで言えば僕が言おうとしてる事の察しがついたのか、優眞はあげた顔をまたも下ろしてしまった。




  「これは全部優眞が仕組んだんじゃないのかな?華ちゃんのために…」




  優眞は諦めたようにこちらの目をしっかり見て、あぁ、と答えた。


  理由は極めて単純なものだった。かわいい自分の妹が振られ泣いていたときにこの事件の手伝いをしてほしいと頼まれた、そして引き受けた。同じ状況に立たされたら引き受けてしまうだろう僕もきっとそんなタイプの人間だ。




  でも、何かまだ胸に突っかかるものが…




  今まで優眞の方ばかりに気がいっていたが、そこで初めて知ったというよりも気づいてしまった。僕一人の学校生活を掌握なんてそんな小さなものではない。彼女は兄の行動さえも巧みに操り学校全体に僕を犯人だと決定させここに今悠然とたってこちらを見ている少女の存在に。

  



  貴志田華と目が合う。


  音の発さない言の葉が紡がれる。何故かその1語1語をしっかりと理解出来た気がする。いや出来た。


  それが正しければ、こうだ。








   『せんぱいのかちですね、こんどはだれをつかおうかな』








  後日談だが、貴志田両親はこの3日間結婚記念日として海外旅行をしていたという。


  親の代行として学校と取り合っていたのは家の執事だという。突っ込みどころが多いが今はそれよりも…




  「せんぱーいっ!」




  帰りのHRが終わり早々と家路へ着こうとしたが、今日も美しい笑顔を振りまきながら教室のドアが開かれる。




   彼女が繰り出す数々の珍事については次回にでも語るとしよう。



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