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ここは地球では無い別の星のようだった。

夜になると青い二つの月が天に昇り朝になるとオレンジ色の太陽が東から昇った。

淡い紫色を帯びた微妙に光彩の違う空の色…

地球とは違う。やっぱりこれは夢なんだろう。

ロリーは達は地動説を理解していなかった。世界のことをギアと呼んだ。


人々はギアがどれだけの広さがあるのか、果てさえも把握していなかった。

俺の墜ちた場所は人とそれ以外の種族との領域の境界だったと言うが、人は獣族達の領域がどれくらい広がっているのか知らなかった。

世界の歴史を残した書物はほとんど無かった。初めに獣族達がいたのか、人がいたのかそれさえも分からない。どちらのパターンの本もあり、どちらも信用できなかった。

また、この城の中の状況にしても、どうして今の状況に陥っているのか誰も知らない。いつからか皆不在になってしまったのか、一体どこに消えたのか。城の住人はそれを気にする様子も無かった。

彼らの歴史は継ぎ接ぎだらけだった。歴史は人と獣族の争いより以前が抜け落ちていた。

コルボ族が現れたのは割と最近の事らしかった。魔法に似た力を持つコルボ族は人の存在を良しとしない。人を排除し世界を浄化するのだと言っているらしい。


人は自らは戦地に赴かず、亜人達を戦わせていた。

亜人は産まれ落ちた時に人の魔法使い達によって、拘束の魔法をかけられ、一生人の奴隷として生きて行くのだそうだ。

俺は彼等と同じように人に捕われてしまった。

このまま永遠に彼等の操り人形として生かされ続けるんだろうか?


俺を操るのは、ユリカというあの少女だった。

国の王子の側に仕えている事から主導権はユリカが握っているようなものだった。


すぐに俺は戦地に行かされた。そこで初めて獣族を見た。進化し、二足歩行する動物達が主だったが、中には神話に登場しそうな、巨大蟹や、下半身と上半身が異なる化け物も存在した。信じていなかったわけではないが、目の当たりにすると思っていた以上に生々しく、迫力があった。


「彼等を創ったのはコルボ族だといいます」


ロリーが言った。


「魔術とかで?」


「さあ、そのあたりのことは詳しくは分かりませんが…」


俺は手っ取り早く戦いを終わらせたかった。

この体の得意とする技は、いわゆる凍結魔法のようだった。

体は自由自在に変化させられる。

俺は風になって敵陣を吹き抜けた。急激な寒さに彼等は身動きできなくなった。どこかでそれに対抗するような赤い光が起こった。浅黒い肌の筋骨隆々とした若者が炎を放っている。長くウェーブのかかった黒髪をなびかせている姿を見て、こいつがアイクだと思った。

だがこんな炎を消すのはマッチの炎を消すくらいにたやすかった。

フッと軽くふきけせば辺りから悲鳴が上がった。

もう少し吹き荒れれば皆凍りつくだろう。

寒さに堪え切れずアイクがついに撤退の指示を出した。




「さすが、バーンの力といったところか…コルボ族の領土もすぐ攻略できそうだ」


アクアロスの王子、ロベリオ・ネリーが言った。

俺はユリカにいいように操られ、獣族達を苦しめる行為をした。農作物を枯らし、彼等を窮地に追いやった。名前が広まり彼らに俺の存在が脅威となった時、言いようのない不快感に襲われた。古い嫌な記憶を思い出された時のような、ムカつく不快さだった。

俺のしていることは、不本意だとしても、許される事じゃない。

毎晩悪夢にうなされる。緑色っぽかった身体はいつの間にか、グレーを帯びていた。

人の姿を保つのも最近は面倒でそのままだった。


(俺の望んでいたのはこんなものじゃない…)


そんな思いがふと頭を過ぎった時、一瞬何か思い出しそうになった。


ロリーの話に出て来たコルボ族は、黒い牛の頭を持つ大きな体躯の種族だった。

北へ北へと追いやられ、彼らの背後には凍てつく大地が広がるばかりとなった。

ついに決着の時が来た。

アイク・ゾランが先陣に現れた。

殺れとユリカの声がした。

俺は向かってくるアイクに手加減した。アイクを殺りたく無かった。俺は人間が嫌いになっていた。自分達は手を汚さずに、亜人達にこんな殺戮を行わせる。

ネリーは、獣族達を絶滅させる気だった。

だが、アイク・ゾランも人を滅ぼすつもりでいた。

コルボ族に命じられ。

アイクは亜人達に対し手加減していた。戦っている最中俺達に訴えかけて来る。


『お前達はいい様に使われているだけだ。愚かだと思わないのか?』


思って無いはずが無い。

だけど、俺達は人の力に逆らえない。



コルボ族が倒れ、目の前に立ちはだかるのが、アイクだけとなった。

アイクは紅い瞳に絶望の色を浮かべていた。

殺さないでくれと、自分を理解して欲しいと、様々な感情がビリビリと皮膚に伝わって来た。

殺したくないけど、殺らないと俺が終われない。

目の前のアイクに槍を振り下ろそうとした時だった。


「!?」


黒い小さな人影が突如アイクの前に飛び出した。

ロリー…何で…



「やめて!殺さないで!」


身体の制御が効かない!

俺は咄嗟に最大限の力を振り絞り、何重もの鎖を断ち切った。


『何をしてるの!バーン!』


ユリカの声はもう届かなかった。

身体の呪縛が解けた。


「バーン・ナグア?」


幾つもの視線がこちらを見つめている。

良かった…これで、戦わなくて済む。俺はユリカの方を見た。

ユリカがギクリと体を強張らせた。


「不味い事になったわ。ひとまず撤退よ」


ユリカが亜人達に命じる。

魔法使いと亜人達が撤退を始める。

形勢は逆転した。

俺はそばで戦う亜人達にかけられた呪縛を解いた。


「お前達の戦う相手はこいつらじゃないぜ」


亜人達は一瞬何が起きたのか、分からなかったようだったが、拘束が解けたこと知り、矛先を人間達に変えた。


―復讐の時だ―


強く念じると、彼等の瞳に殺気が宿った。


「バーン・ナグア…どういうことだ?」


アイクが尋ねて来た。


「これまで俺や亜人達は人間の魔法使いに操られていた。たった今、魔法が解けた、解いたんだ…。ロリーのお陰だ」


目の前のロリーは泣き笑いを浮かべている。


「ありがとう、ロリー…」


「…良かった…バーンがアイクを殺さずにすんで…」


ロリーはアイクが亜人達を助けたいと思っていることを知っていたんだろう。

そして俺がアイクを助けたいと思っていたことも。


「…そうか、俺達はもう戦わずに済むんだな」


アイクが緊張の解けたホッとした顔をした。


「ああ、……これまで済まなかった…」


謝って済むことじゃ無いけど


俺はアイクに手を差し伸べた。アイクは一瞬戸惑ってその手を掴んだ。




コルボ族達が周囲に集まり出した。


「俺達と共に戦わないか?」


アイクが誘った。共にって人間を滅ぼすのに力を貸すって事か?


「共に戦いましょう!我等が主導権を握る世界を取り戻す時です!」


呪縛が解けた亜人達が勢いだっていた。

コルボ族は彼等を仲間に加える事を了承した。

俺は人を滅ぼそうとまでは思わない。

俺はこの十六年間人として生きて来たのだ。それにこの先も出来れば元の世界で人として生きたいと思っている。

ギアでの二つの種族の対立はこのまま緊迫した状態を維持して行くべきじゃ無いだろうか?

人間の国に戻れなくなった俺は、取り敢えずコルボ族達の世話になる事になった。元の世界への戻り方が分かるまでの間だ。

しかし俺は彼等を知らな過ぎた。

彼等の行う異端な儀式について知ったのは、捕われた後だった。



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