01:野山宗介
最近、よく夢を見る。夢を見たという事実だけを覚えていて、どんな内容の夢だったかは目が覚めると忘れてしまう。思い出そうとしても、どうしても思い出すことが出来ない。
でも、一つだけ覚えていることがある──いや、頭に焼き付いていることがあると言った方がいいだろう。毎回夢の中で、ある人物に会っている。その人物が誰かはわからない。顔も思い出せない。男だったか女だったか、大人だったか子どもだったか、それすらもわからない。ただ、ある人物と夢の中で出会うということだけを覚えている。
貴方は、何故かわからないけれど惹かれるといった体験をしたことがあるだろうか。風景でも、動物でも、建物でも、職業でも何でもいい。とにかく惹かれるものに巡り合ったことはあるだろうか。もしかしたらそれは、貴方の人生という物語の鍵になるものかもしれない。何かを意味している。そうじゃないかもしれない。でも、個人的にはそう思う。
誰かを好きになるのだって、どこが好きなのかとか考えればいくらでも出てくるだろうけれど、殆ど直感だ。何故かその相手に惹かれていって、なんとなく好きと思うようになる。どこが好きなのかを考えるのはその後だ。何故か惹かれたからこそ、何故それが好きなのかを考え始める。
夢の中で出会うその人は、一体誰なのか。そもそも夢の内容はなんだったのか。何かを伝えたいから、毎回同じ人物が出てくる夢を見るのだろうか。思い出そうとしても思い出せないその夢を、彼は今日もまた思い出そうとする──。
快晴。澄んだ青い空には雲ひとつない。朝から眩しい太陽が大地を照らし、5月上旬だというのに少し汗ばむくらいの暑さだ。ついこの前まで綺麗に咲き誇っていたはずの桜の木は、いつの間にやらピンクから緑になり、温かみのある木から清々しい木に変化していた。
まだ一ヶ月しか着ていない少し大きめのブレザーも、今日はいらないくらいだろう。しかし、脱ぐと荷物が増えてしまうから、脱がずに暑さを我慢して、彼──野山宗介はいつもの道を歩く。
通学路は、宗介が住んでいる街の駅から3つ目の駅である椿坂で電車を降りる。駅前の大きな道をしばらく歩き、新幹線が通る線路の下を抜けると右に曲がって細い道に入る。自動車が1台通れるギリギリの広さの道だ。そこを5分ほど歩くと学校前の通りに出る。
駅から学校までは、およそ20分。自転車を駅の隣にある駐輪場に止めておいて、学校までそれに乗って通うことは許可されているが、宗介はその手段を使っていない。
通常より少し遅れて着いたからか、登校している生徒たちが多い。だが、殆どが自転車通学をしていて、宗介のように徒歩で登校している生徒はあまり見かけない。
宗介は部活の朝練があるために、いつもはかなり早い時間に登校している。人が活動する少し前くらいの時間だ。その時の電車には、早朝だからかあまり人は乗っておらず、乗っているのはサラリーマンのおじさんや、宗介と同じように朝練がある学生くらい。席は空席ばかりで、座っている人たちは眠そうに電車に揺られ、中には熟睡している人もいる。
忘れ物するとか、朝から本当に疲れる...。
今日が提出期限のプリントを自宅の机の上に置きっぱなしにして家を出て来てしまったために、毎日一緒に登校している友達に先に行くように伝え、取りに戻った。電車に乗る前に気がついたのは幸い。もし、電車に乗ってから気がついていたら学校に間に合わなかっただろう。
朝から家から駅まで歩いて往復15分をできるだけ全速力で走れば疲れるのは当たり前。せっかく朝練がない日でゆっくり登校できると思っていた宗介にとって、想定外の出来事であった。
これからは、家を出る前にカバンの中身をしっかり確認しよう...。
今日が提出期限のプリントというのは、宿題のひとつだ。何か言い訳でもつけて次の日に出せばいいのに、そう思う人もいることだろう。宗介が家まで取りに行った理由は簡単な話で、彼は頭が悪いからだ。どの教科も平均点以下。どれかひとつは必ず赤点がある。テスト前になると自分なりに勉強はしているし、友達と勉強会だって開いている。でも点数が伸びない。だからこそ、宿題だけでもしっかり出しておく必要がある。
一緒に登校していた友達は、もう学校に着いただろうか。宗介が彼らと別れてからおよそ30分。電車で10分、駅から学校までは歩いて20分だから、そろそろ着いていてもおかしくはない。
こうしてひとりで歩いている状況にある宗介だが、ひとりで登校するのはいつぶり──
「そーぉすけっ!!」
「うぇっ」
衝撃と同時に体が重くなるのを感じる。前に倒れそうになり、即座に足を一歩出して踏ん張り、なんとかそれを防ぐ。
「え、何で此処にいんの?」
後ろから宗介の肩に腕を回し体重をかけ、宗介を転ばせようとした犯人は、先に行っていたはずの友達の一人──渡辺輝桜だった。
「俺も忘れ物したんだよ、これ」
カバンの中をゴソゴソ漁って出てきた輝桜の手には、宗介が忘れたプリントと同じプリントがあった。しかし、そのプリントは1度丸めたのかと思うほどくしゃくしゃのしわしわになっている。これでは、先生に怒られてしまう。
輝桜は、そのくしゃくしゃのプリントを意外と丁寧にカバンの中にしまう。
ちなみに、輝桜は頭がいい。どれくらいかというと、テストはいつも学年1位か2位。
「こんなところで止まってたら、遅刻すんぞ。早く行こうぜ」
再び学校に向かって歩き始める。
「で、輝桜はよくプリントないことに気がついたな。俺がいなくなって確認でもしたの?」
宗介の場合、寝る前にやり終えていないプリントに気がついて終わらせ、勉強机の1番カバンに近いところ(カバンを手に取れば、必ずプリントが見えるところ)に置いておいて、朝ご飯を食べて自分の部屋に戻った時までは覚えていた。制服を着て、カバンを持つ寸前まで。しかし、カバンを持って家を出る頃には既に忘れていた。駅について改札口を通る前に気がついたのは、奇跡としか言えないだろう。
そんな宗介を見て、輝桜は忘れていたことを思い出し、宗介同様に家まで取りに行ったということか。
「いんや、違うよ。俺は宗介が心配で心配で。しょうがなく忘れ物を取りに行くって言って、宗介と時間を合わせて登校してやろうと思ってな」
「それ、俺が取りに行くっていって自分も忘れてたことに気がついたから取りに戻ったとかじゃなくて?」
「違う。俺は宗介のために帰ったまでだ」
「はいはい。もうわかったよ」
「そぉすけぇー。そんな顔するなよ。俺はお前が大好きなんだぞーぉ!」
「んぁぁぁうるさいあぁおい、髪の毛ぐしゃぐしゃにすんなっ!」
やるだけやった、というスッキリした顔をしてスキップで進む輝桜。彼なりのコミュニケーションの方法であり、長年付き合ってきた仲だからこそ許されることでもある。
輝桜には、昔から友達が沢山いた。彼が兼ね備えているコミュニケーションの上手さが大きな要因であることは、話しかけられれば誰にでもわかることだろう。お喋りという訳では無いが、話題を豊富に持っていて会話を飽きさせることがない。それは、誰にでもできることではない。
クラス替えがあれば、当然だが今まで一度も話したことがない人もいる。結局話さずに1年を迎えるなんてよくあることだが、輝桜の場合は1ヶ月が経つ頃にはクラスの人と一度は必ず会話をしている。
そんな輝桜とは反対に、宗介は人と話すのが苦手な性格で、友達もそんなに多くない。自分から話しかけることが出来れば友達が増えることなど、他でもない宗介自身が一番わかっている。
幼稚園の頃、ひとりで絵本を読んでいるような子だった宗介に話しかけてくれたのは輝桜だった。「何読んでんの? 俺たちと遊ぼーよ」と言って手を引いてくれたのだ。友達なんて他にも沢山いたはずなのに、それでも一人でいた宗介は声をかけられた。宗介の中で、輝桜は一番はじめの友達であり、今では親友だ。
「なぁ、宗介。今日面白いイベントがあるんだぜ。知ってる?」
「面白いイベント? なにそれ」
「編入生が来るんだってさ」
「編入生...?」
それは、あまり聞き慣れない単語だった。転校生ならまだ馴染みのある響きで、他の学校から引っ越しの関係で学校が変わるというのが定番だろう。しかし、編入生となると他の学校から移ってくるというわけではなさそうだ。高校に通っていなかった人なのか。
「もしかして、めっちゃヤンキーとか」
「さぁなー。編入って珍しいもんな。高校に通ってなかった人が入ってくるわけだし、ヤンキーの可能性もある」
「クラスがすごい静かになりそう」
「それは先生には好都合だね」
「いやいや、そいつが問題起こしそうだよ。学校内で何かあるならまだマシだろうけど、外でなにか起こしそう」
「先生もお仕事増えるわけだし、暇がなくなっていいんじゃないか?」
「迷惑だな、おい」
宗介にとって、誰かが転校だったり編入だったりしてくるという経験をするのは初めてのことだ。
どんな人が来るんだろう。本当にヤンキーだったらどうしよう。転校とか編入とかあったら、やっぱり朝礼の時に先生と一緒に入ってきて黒板に大きく名前を書かれて自己紹介とかやるのかな...。
「どんな子が来るんだろうな。男かな、可愛い女の子だったり」
「俺はどっちでもいいかな」
「またまたぁー。宗介も本当は可愛い女の子を期待してるんだろ?」
「してねーよ」
とは言うものの、多少は女の子であることに期待をしている宗介。年頃の男の子だ。それくらいはみんな同じだろうから、心に秘めておくくらいならきっと許される。
それにしても、輝桜は編入生の話を誰から聞いたんだ...?
「おーい。宗ちゃーん、輝桜くーん!」
2人を呼ぶ声に、少々呆れ顔で輝桜を見ていた宗介は視線を外して声の主を探す。すると、30メートルほど先にこちらに手を振っている小さな女の子と、その隣に男の子がいた。
輝桜は彼女たちに向かって走っていく。朝から疲れ果てている宗介は、はや歩きでなんとか輝桜のあとを追う。
「何歩いてんだよ」
「もう疲れたの。走りたくないのー」
「だっさ」
「俺は輝桜と違って元気じゃないんです」
「宗ちゃん、おかえりなのです!」
輝桜の憎たらしい顔とは正反対の天使の微笑みで声をかけた宗介と頭1つ分くらい身長が低い彼女は、鈴山雛乃。くせっ毛でフワフワした髪をツーサイドアップに結っている。いつも明るく、彼女が暗い顔をすることは滅多にない。
「ただいま」
「2人ともプリントはあった?」
「おぅ、あったぞ。ほら!」
輝桜は鞄の中からくしゃくしゃのプリントを取り出してみせる。
そんな輝桜を呆れ顔で見る雛乃の隣にいる男の子は、日代漣斗。彼は陸上部で、短距離をやっている。サッカー部同様、今日は朝練がない。
漣斗は、高校1年生の中で一番足が速い。足が速いのは幼い頃から変わらないことだが、中学の時では歴代で一番速かった。この高校に入ったのは推薦があったからで、推薦を貰えるほどの実力があることに宗介はとても羨ましかった。だが、そんな実力があるとは思えないほど、のほほーんとした性格。滅多に怒らないし、嘘をつくことが苦手。嘘をついても癖が出てしまう。ちなみに、この癖は宗介、輝桜、雛乃の秘密になっていて、漣斗自身は気がついていない。
ようやく揃ったこの4人は、幼稚園からの幼馴染みだ。親の仲がいいこともあり、4人のつきあいは長い。小学校に上がってから今に至るまで、登校は必ず4人でしている。特に話し合って揃って登校するようになった訳では無いが、これが当たり前になっている。
「編入生ってどんな子が来るのかな。楽しみだね、輝桜くん」
「そうだな、俺も楽しみだよ」
編入生の話題で盛り上がる輝桜と雛乃は、宗介と漣斗の少し前を歩く。
「雛乃は女の子がいいな」
「おぉ、雛乃も女の子がいいのか」
「うん! もしかして輝桜くんも?」
「そう、俺も女の子がいいんだよ。それも雛乃みたいに可愛い女の子だ。いや、雛乃ほど可愛い女の子はいないけど、とにかく可愛い女の子だ」
「ひ、雛乃は可愛くなんてないよっ。でも、どんな子か楽しみだね」
「なぁ漣斗。あれって男だったらちょっと可哀想なパターンじゃないか?」
「うん。期待されない登場ってやつだね」
「俺がそいつの立場だったら、登校初日から心閉ざして次の日から不登校だぞ」
「僕は期待されてなかったことを知らないでいたいかも」
「知ってしまった場合の事だよ。これに関しては、知らないのが一番だろ」
「そういえば輝桜は誰から編入生の話を聞いたんだろうね」
「というと漣斗も輝桜から聞いたのか」
「うん。メールが着た」
輝桜の人脈の広さは、宗介の想像をはるかに超えている。幼馴染みであっても、やはり知らないことも多い。
宗介が輝桜の人脈の広さを改めて知ったのは、椿坂高等学校の入試の時だった。入試だから他の中学校の子たちも来るわけだけど、輝桜は「久しぶり!」とか言っていろんな人と話していた。部活の練習試合先で仲良くなったとはいえ、宗介も一度は会っているはずの相手。知らないうちに仲良くなっていたことに驚いた。しかし、一番驚いたことは高校の部活が始まった時のことだった。練習に参加することになった初日。同学年の子だけでなく、先輩とも打ち解けていたのだ。何処で話す機会があったのかと疑問に思う宗介だが、輝桜ならあることかと解釈する。
そんな彼と雛乃は何故か手を繋いでスキップをしている。
幼馴染の中で唯一の女の子である雛乃。男と普通に手を繋ぐことに対して何か感じているものがないのか。他の女の子の友達と一緒に登校したいとは思わないのか。男3人にいつも囲まれて、恥ずかしいという感情はないのか。昔から一緒にいるから男として見られていないだけなのかもしれないなと感じながら、雛乃の女の子の友達が少ないことを心配する宗介。
恋とかしてないのかな...?
彼女たちからそういった話を聞いたことがないことに気がつく。幼馴染であり、いつも一緒の4人だがそういった話は一度も聞いたことがない。恋愛系の話をすることは何度かあったが、自分は誰が好きだとかそういう話は特になかった。
宗介は、中学の時に彼女が出来たことがある(3ヶ月ほどで別れたし、告白をされた側だし、振ったのは宗介自身だった)。その時は、ほぼ毎日といっていいほど色々なことを聞き出された。「手繋いだ?」「抱きしめた?」「男なんだしキスくらいしろよ」などなど。いじる側にとっていじりやすい素質を持つ宗介は、その地獄を忘れてはいない。
「漣斗ってさ、恋とかしてないの?」
「そ、宗介くん。いきなりどうしたのだね」
「なんだよ、気持ち悪いな。もしかして図星だったりすんの?」
「別にしてないよ」
目を逸らす漣斗。否定しながらも、耳の先が赤くなり首に手を当て軽く掻いているのを宗介が見逃すはずもない──。
学校の正門前の道に出た。正門はもう宗介たちの視界にあり、たくさんの生徒が吸い込まれるように校内へ入っていく。
遅く来ただけで、こんなにも人の数が変わるんだな。
正門前には教師が立っている。いつもの登校時間には見られない光景だ。朝にこうやって正門に立ち、生徒に笑顔で挨拶しながらも制服や髪型などを監視しているのだろう。そんなことを考えながら宗介は校内へ入っていく。
椿坂高等学校の靴箱は本館とは別にあり、隣接している。何故このような構造にしたのかは謎だが、靴を履き替えて隣の校舎まで歩いていき、やっと昇降口だ。入ってすぐ左に事務室があり、正面には校長室。校長室の隣にはトロフィーなどが入った大きなショーケース。椿坂は、勉強に力を入れている学校だが、部活動も強いところが多い事で有名。サッカー部は特に有名で、宗介と輝桜はそれが目的で椿坂に入学した。他にも漣斗が所属している陸上部、野球部、バスケ部なども成績がいい。
昇降口の向かいには人工芝のグラウンド。今日はサッカー部と陸上部は朝練がないため、グラウンドは静まり返っている。昇降口側から見てグラウンドの右側にある体育館では、シューズと床がキュッキュッと擦れる音が聞こえていたから、バスケ部とバレー部は朝練をやっていることがわかった。
校長室の前を右に曲がり、エレベーターと保健室に挟まれた廊下を過ぎると中央階段がある。
宗介はいつものようにこの階段を上り──たかったのだが、輝桜が急に足を止めた。
「なぁ、今日は俺たち部活もないんだしさちょっとしたゲームしない?」
「えー、なになに?」
雛乃は、首を傾げながら輝桜を見つめる。宗介は嫌な予感だけを感じていた。
もしかして──。
「誰が一番早く教室に着くか勝負!」
ですよね、そうだと思いましたよ?!
輝桜は、嫌な感情をそのまま顔に出している宗介を見つめながら言う。
朝からいつも以上に時間をかけて学校に来たはずなのに、よくもそんな元気があるものだ。さらに、この学校は7階建て。しかも教室は7階であり、階段の段数はおよそ120段。雨の日の部活で階段ダッシュをやっている宗介は、この学校の階段を走って上る辛さがよくわかる。
さらにこの場には女の子である雛乃がいる。そういうところも考えてあげた方がいいのではないかと思うのだが、
「いいねいいね、楽しそう!」
というように、雛乃はいつも元気いっぱいなので参加したがる。
「今日は朝練なかったし、疲れてないから僕もやりたいかも」
漣斗の参戦が決まったところで、宗介に拒否権が与えられるわけもない。
「じゃあ、ビリの人は全員にジュース奢り!」
そう叫びながらフライングして階段を上っていく雛乃。その足は意外と素早く、軽々と階段を上って行く。
「え、ちょっと待てよ!」
後に続いて、輝桜、漣斗、宗介が雛乃を追う。3人が2階につく頃に、雛乃は3階にいてとても追いつけそうにない。でも、女の子である雛乃に負けるなんて男のプライドがやられる。何より情けないと言われてしまうだろう。
「情けないなぁ」
結果は1位漣斗、2位輝桜、3位宗介と雛乃となった。
雛乃は1番に階段を登っていったが、5階くらいで力尽きて漣斗と輝桜に抜かされた。女の子の体力でそこまで行けただけでもすごいだろう。宗介は、7階に着く寸前のところで雛乃に追いつき同着という結果になった。
「うるせぇ...」
なんかいつものいじりより傷ついた...。
教室の2列目の窓際である自分の席の手前に倒れる宗介の背中をつつく女の子は、華多瑠璃。肩に少しかかるくらいの髪で女子高生って感じの雰囲気。そして、宗介のイトコである。
かわいい女の子が好きで、部屋は女の子キャラのフィギュアや写真などがある。出ているのはほんの一部だが、その棚の下にたくさん隠れているのを知っているのは今のところ彼女の親と宗介だけだ。
雛乃の唯一の女友達で、まだ出会って1ヶ月程だというのに1年以上仲良くしているのではないか、というくらい仲良くなっている。瑠璃が雛乃に近づいたのは、おそらく彼女が可愛かったからという理由が当てはまるだろうか。
「男のくせに、部活もやってるのに雛ちゃんと同じとか笑っちゃうんだけど」
それともうひとつ紹介し忘れた。可愛い顔して口が悪いので要注意。
「雛乃は宗ちゃんと同じで嬉しいよ!」
「へー」
「えぇっ?!」
残念そうな顔をする雛乃。まるで親に構ってもらえなかった子どもだ。雛乃自身、まだ小学生と言っても通じそうな姿見だから、この表現が一番合っていることだろう。
「宗介はもっと体力つけた方がいいよ」
陸上でいい成績を出している漣斗に言われると、ぐぅの音も出ない。
サッカーをやっている宗介だが、体力はそんなにない。宗介のプレースタイルは、力よりも技術。体力がない分、技術で補う必要があると監督からも言われていた。
とはいえ、サッカーは広いコートで長い時間走り回るスポーツ。それなりの体力は必要であり、技術ばかりを磨いてはいられない。
「それにもっと食べないと」
宗介の食べる量は、白米お茶碗2杯が限界。普段は、食べなさいと言われなければ1杯で満足してしまう。
漣斗の言葉を聞いていた雛乃は首を傾げる。漣斗の制服の袖をつまんでピンピンと引っ張り、
「宗ちゃんはよく食べてると思うよ?」
自分よりも身長が20センチも高い彼を見上げて言う。
「雛乃から見たらそうかもね。でも、男の僕達から見たら宗介は食が細いんだよ」
「そうなんだぁ。宗ちゃん頑張らなきゃだね」
「なんか、めっちゃ悔しい」
「宗介は、明日から朝の階段ダッシュな」
「えぇ、やだよ?!」
「体力つくぞ」
「朝から疲れるじゃん...」
「でも宗ちゃん、朝練やって教室来る時もすごく疲れた顔してるよ? だから階段ダッシュやっても変わらないと思うよ」
「雛乃、お前その可愛い顔でそんなこと言うのか」
「雛ちゃんの言う通りだと思いまーす」
「お前ら...!」
言うだけ言って自分の席に着いていく雛乃たち。
その時ちょうど予鈴が鳴った。友達と話していた人は会話をやめ自分の席に戻る。遅刻ギリギリで教室に入ってくる人達が、その人達に紛れて席に着く。
宗介も立ち上がり、自分の席に着く。
宗介の席の隣には、雛乃。その後に漣斗で、雛乃の前に瑠璃。宗介の席の後ろに輝桜。
仲のいい人達が自分の近くに固まったうえに、窓際で外を眺められる宗介の席は、彼のお気に入りとなっている。
あれ、小宮がいない...。
小宮とは、宗介たちのクラスである13HRの学級委員の1人で、本名を小宮莉央という。
学級委員といえば真面目で厳しいイメージがあり、女の子であればメガネで三つ編みというイメージもある。しかし、小宮はそのイメージのどれにも当てはまらない。学級委員としての役割はしっかりやる人だが、真面目かと言われればそうでもない。頭はいい方ではなく、勉強は苦手。ドジで行動を見ていると心配になる。何故学級委員に選ばれたのかが分からない。
宗介にとって小宮は小学校からの付き合いだ。幼稚園からの付き合いである輝桜たちを幼馴染1級だとすれば、小宮は2級と言ったところか。
小宮は、宗介の記憶上では学校を1回も休んだことがなかったはずだった。小学校と中学校で9ヵ年皆勤賞を貰っていたから間違いない。
ここまで来て休みなのか...?
教室の戸が開く音がし、担任が入ってきた。挨拶を交わし、紙に書かれたものを読み上げるように連絡事項をスラスラ伝えていく。
「あ、小宮。席移動してくれてありがとな」
「はい。全然大丈夫です」
担任の目線の先には小宮がいた。前の席とは違い、一番後ろの席だ。
何故席を移動したのかはすぐに分かった。いよいよ、輝桜たちが待ちに待ったこの時間──。
「──では、編入生を紹介します」