ショートショート 弥終の博士と助手
―ここは弥終、極寒の地―
博士と助手のいる研究所兼住居。外には今日も吹雪が吹き荒れている。
「博士ぇ」
色白で少女のような風貌の助手が、メガネをかけたままソファで居眠りをしている男を揺さぶった。
「……どうした、サ-シャ君」
博士と呼ばれたのは冴えない瓶底メガネの男だった。寝ぼけ眼の男は助手の珍しいバイオレット色の瞳に焦点を合わせた。
「変わった服を着ているあんまりかわいくない顔の女の子が生首を持ってきました」
「……夢か」
博士はもう一度寝ようとした。すぐさま助手に激しく肩を揺さぶられる。
「やめたまえ!脳がゆれるぅ!」
「夢じゃないですよ!」
助手は博士に顔を近づけて小鳥がついばむようなキスをした。
「……ね?」
「はぁ……生首って……ヤダよ、帰ってもらいなさい」
「いや、もう来てます」
その少女は藍色の布を体に纏い、淡い黄色の帯を結んで着つけていた。少女が両手で大事そうに抱えたモノは独特の悪臭を放っていた。腐敗はそれほど進んでいないその生首は、見た所20歳前後の若い男のモノだった。
「グロイグロイグロイグロイ!!」
「まあまあ……セックスぐらいしかする事ないんですから。とにかく、話ぐらい聞いてあげましょうよ」
「わかった、わかったから!とにかく、そのニオイと……その子に着替えをさせてあげなさい!今着ている服はもうだめだ。処分するしかない」
少女の着ていた衣装は人間の血と脂でベッタリと汚れていた。
「綺麗な生地なのに……なんていう服なんですかね?」
少女に着替えをさせるため邪魔になる内巻きのセミロングの金髪を後ろで束ねながら助手は博士に聞いた。
「キモノっていう、昔あった国の民族衣装だよ」
「さすが博士!物知り~」
助手は甘えるように博士に腕を絡ませた。
「おいで」
生首を取り上げるべく、博士は少女に手を伸ばした。
「……旦那様以外の男に触られたくない」
露骨に少女は嫌がったので博士は困ってしまった。
「……えっと、そこのサーシャ君も男なんだけど……」
博士に指されニンマリと笑う助手を見た少女の眼は驚きで見開いた。
生首を入れた特殊な箱に黒い布を被せると博士はそれを少女の目の前に置いた。
「旦那様を生き返らせて」
助手の服をだぶつかせ少女は真っすぐ博士の眼を見た。
「君、年はいくつなのかね?」
「数えで14」
博士と助手は顔を見合わせた。二人には聞き覚えのない言葉だった。
「この首の人が君の旦那様ってコトかね?」
少女は黙ってうなずいた。
「旦那様と静かに暮らしたい……旦那様は醜い私を愛してくださった……私はその愛に答えることもできなかった……」
俯きながら震える少女。生まれつきなのか少女の顔には無数の湿疹がみられ、美しいとはいい難かった。
「かわいそう……博士……」
同情したサーシャは博士に目線を送った。
「……できなくない」
博士の表情は硬いままだった。
「記憶もそのままで年齢も亡くなったときのもの、というのがお望みなんだろう?」
少女は首を縦に振った。
「そうなるとかなり時間がかかる」
「どれくらいかかるんですか?」
「やったことがないから正確にはわからない。半年か1年か……」
「でも…できるんですね?博士は本当に天才ですね!」
「……君も覚悟はしておきたまえ」
ほのめかすように助手にいうと博士は研究室へ去っていった。
ここは弥終、極寒の地。天才博士と乙女な助手がいる研究所兼自宅に、小さな奥様と生首の旦那様が加わって。今日も外は吹雪が吹き荒れている。