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第七話

 三二秒。

 さんじゅうにびょう。

 鴉主が命を懸け、死を越えてさえ作った時間は僅かではあったが、燕姫は、確かに、両親の待つ自室へ辿り着いていた。


「――燕姫! 無事だったか! 鴉主は!?」

「連れてこれなかった! でもキーワードを知ってるから生きてるよ!」


 父の問いに娘は自らが嘘を吐いたことを知らない。

 兄が既に、この世に居ないことなど、知るわけが無い。


「でも時間がないの! 他のシェルターの人は(みんな)殺されてて、すぐそこまでインセイヴァーが来てる! キーワードは“この喜ばしき日に”……」

「燕姫! 早くタイムマシンに!」


 追い詰められているような状況で母親に促されるまま燕姫は合金製の筒に入った。

 中には既にリュックサックが入っていた。


「ねえ、これ、二回使えるようにできたの?」


 応えず、母はタイムマシンの扉を閉めた。中には燕姫ひとりだけだと云うのに。


「……電力が足りなかったの。だから、消費が少なくても動くように調整して……今まで掛かっちゃった」

「――なに、云ってるの」

「七七キロ。それしか送れないの。ごめんね、一緒に行って上げられなくて。お母さん、ダイエットすれば良かったね」


 タイムマシンを開けるように燕姫が吼えたのと、自室のドアが弾き飛ばされたのは同時だった。

 自室のドアを粉砕したのはもちろん、左目を潰され怒りに歪んだインセイヴァー、センジュだ。

 脅威の登場よりも、時村一家はセンジュが左手に吊り下げている血まみれボールに目を奪われた。

 ベコベコに歪んだボール、それが不思議と、三人には鴉主であることが、わかってしまった。

 重なる悲鳴の中、時村がタイムマシンを起動させて燕姫は光になった。

 肉体がこの場から消滅した。

 “だが”。


「……安楽死のための機械、には大きすぎませんか?」

「ああ、違うよ。これは希望だ。科学の限界なんてないという希望、そして私たちの最大の希望」


 “光”がまだそこに有ることに誰も気が付いていない。

 時間移動のために光になった燕姫の意識は、まるで神の視点のように広く部屋の中を俯瞰で捉えていた。


 ――父さん! 母さん! 私、居るよ! ふたりとも早く――


「……なるほど。ところで、ご息女からキーワードはお聞きになりましたか?」

「聞きましたよ。燕姫も自慢の娘ね、あなた。ずっと一生懸命で」


 ならば、とセンジュが例の首輪を投げ放ったが、しかし、時村夫妻はそれをはね除けた。燕姫とセンジュは、続く言葉を待った。

 なんなんだ、と。


「ドゥクスよ、キサマは息子にやられたプライドを保つために、親である私たちを家畜にして自分を慰みたいんだろう?」

「……まあ、否定はしませんよ。想像にお任せします」


 不穏な空気を燕姫は光のまま感じ、センジュは持っていた鴉主の生首を手放した。

 骨の跳ねる音がした。


「鴉主は自慢の息子です! 鴉主がしたことを、私たちは誇りに思います!」

「私と妻はキーワードを云わない。あの子たちと同じ――人間だ」


 中身が入った缶詰でするカンケリのような音がした。センジュに蹴られた鴉主からだった。


「ただじゃ、殺して差し上げられませんねぇ……ッ!」


 空間そのものの視点となった燕姫は、目を閉じることも、耳を塞ぐこともできなかった。

 センジュは人体の構造を知り尽くした様子で、正に、知識を利用して、解体するように痛めつけた。

 剥がした爪も無駄にはしない、まぶたに捻じ込むのにちょうどいいからと。

 骨を引きずりだした傷口は、ピリピリとゆっくりと開く。

 夫の流れた血は、妻を窒息させるために使う。

 時村夫妻の気絶すら許さず、それでもキーワードを云わない両親の滑稽なまでに残虐な人間の証明は、アロハシャツのドゥクス・ラッキーが入って来るまで続いた。


「センジュのダンナ、最後の人間の殺し方を拘るのは良いけど長いよ。レークスも来てるんだから、メリハリをさ」

「ああ、そう……でしたね、ラッキーさん。では」


 無造作だった。今まで殺さないようにしていた加減をやめただけ、という様子でふたつの首を“取り外した”。

 センジュは、先ほど蹴りとばしてベコベコにへしゃげた鴉主の隣にふたりの首を置いた。


「素晴らしいインテリアでしょう? ラッキーさん」


 ラッキーと呼ばれたアロハシャツのドゥクスは、ハイセンスなジョークだね、と苦笑い。


 ――アアアアアアッッ!――


 悶える実体すらないまま、燕姫の憎悪と殺意は立体的なまでの存在感を持っていた。


 ――殺す! 殺す! 殺す! 殺す!――


 直後から燕姫に起きたコマ送りやフラッシュアウトといった視界の異常は、感情に応えるように時間移動が開始したようですらあった。

 もがれた両親の首が繋がって拷問を逆順で繰り返す。時間が巻き戻しのように戻っていた。

 惨状に手は出せず声も届かないことに気が付くと燕姫は廊下に出た。逆回しで兄・鴉主の最期を見届けて他のドゥクスを探すことにした。

 この現象や過去に行けるかもわからないが、燕姫の復讐は始まっていた。

 確認できたドゥクスたちの容姿、呼び名、能力。

 憎悪の炎で燃える燕姫の記憶力は、異様なほどに冷え、冴えていた。


 ――もう二度と忘れない、どれほど時を越え、いかなる手段を使ってもコイツらを赦さない――


 そう決意したとき、時の流れの中の燕姫は、死体を数える見ず知らずの男を見た。

 ドゥクスたちと同じくただのヒトのようだったが、状況から燕姫は推測に至った。


 ――こいつが、レークス!?――


 血避けだろうか、黒いフードを目深に被って顔はわからないが、その男は燕姫の方を“見た”。


「……この雑な時間移動……エンキドゥや……ちがみじゃない? 誰だい?」


 逆再生のはずが、その無機質な呟きは燕姫の耳に届いた。顔は見えないが、フードの男は燕姫に気付いているようだった。

 燕姫が空寒さを覚えたのを合図にするように、時の逆再生は文字通り加速的に速くなる。

 子供の頃の燕姫と鴉主が通り過ぎる。若き日の両親が笑い合っていた。

 人としての誇りと希望を家族に託され、絶望すら許されない燕姫は(とき)の流れの中、静かに泣いた。

 さて、この話はここで終わります。

 しかしながら、ツバメは時を超えてどこまで行ったのか?

 センジュたちドゥクスへの復讐をする手段はあるのか?

 カラスは死亡したが、だが、それこそは――?


 時を超え、ツバメは平安時代の日本に到着します。

 そしてそこで、新たなる戦いが待っていました。その辺りは以下の作品をご覧ください。

 https://ncode.syosetu.com/n1843dz/

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