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第五話

 医務室に殺到(さっとう)したシェルターの住民が見たのは、目を醒ましているあの女だった。

 収容されたときから白い肌をしていたが、それは死体に近い温度だからだろうと誰もが判断していた。

 しかし意識を取り戻した彼女の肌は未だに白く、医療用のガウンから覗く(もも)と、意識と共に開いた瞳は愛欲を備えていた。

 その熱は、床に満面の笑みで倒れている医療担当者の死体以上に刺激的だった。


「ごめんなさいね、私、協力者じゃないの。ドゥクスだから。

 センジュが云わなかった趣向なの。

 医務室に人を固めて他のドゥクスはそれを前提に策戦する。

 私はこれを云ってから百秒間は殺さないから、散ってよくてよ?

 ……あなたたちは逃げないの?

 ……私に殺して欲しい?

 ……ワガママなボウヤは……キライじゃないわ」


 そのドゥクスの放つ欲の鱗粉はフェロモンと呼ぶには、あまりにも(かぐわ)しく、色豊かに濡れていた。

 多数を殺すのではなく、ひとりを殺す度に時間を掛けるドゥクスが居る一方。

 通風口近くの廊下では、頭部や胸部に穴の開いた死体を数えながら、女学生風のドゥクスが喚いていた。

 そのドゥクスは興奮していたが、それは戦闘に対する怯弱きょうじゃくでない。

 弱気ならば腕から伸びた杭のような針を次々突き刺し、血を浴びてなお加速して行く修羅道を血に染めるわけがないではないか。


「なんて面倒なの!? キーワードを云うかどうかを待たなきゃいけないなんて!

 私はあなたたちを一番多く殺し、レークスにお褒めの言葉を賜りたいのよ! さっさと殺されなさい!」


 その姿は、女王に奉仕する働き蜂以外の何者でもない。

 対照的に働いていないドゥクスは、シェルター中央付近で瓦礫の中、太い腕を壁に突き刺しながら徘徊していた。


「ヒトに戦士は居ないのか!

 拙者に一太刀を浴びせようと云う気骨ある者は居ないのか!」


 (かぶと)甲冑時代の武将のような発言をするそのドゥクスは、ゲームルールを理解していない様子だったが、中央で轟音を上げ続ける存在は他のドゥクスにヒトがどちらに逃げるかを推測させる材料になり、利用価値から誰も指摘しなかった。



 そして人間・燕姫は、兄から教わった技術を混乱の中でも扱えていた。

 獲物(ヒト)を狙う狩猟者(ドゥクス)がどう動くかを予測し、泣きながら走った。

 他のシェルター住民を囮にしている自己嫌悪で重くなった体を鋼の意識は運動させ、なんとか見張りもいなくなった鴉主の下へ辿り着いた。


「燕姫!? なんでここに!?」

「鴉主兄さん、大丈夫!?」


 リンチを受けたあとながら、鴉主は二本の足で立っていた。

 それどころか、カギの掛かっていたはずの自習室から自力でちょうど脱出したところだった。


「……助けに来てくれたのか、燕姫」

「当たり前だよっ! 骨は大丈夫? タイムマシンができたの! 自室(いえ)まで歩ける?」


「違う、向かうのは放送室だ。

 ……俺なんだよ、インセイヴァーの協力者」


「――え?」







 その頃、地下発電所にて長身の女とアロハシャツの男がバッタリと遭遇していた。

 共に人間ではなく、インセイヴァーのドゥクスである。


「お、姐さん、調子は?」

「まだ十七、といったところですね。ラッキー、あなたは?」

「俺っちは六、こいつが邪魔でさ」


 アロハシャツの男の背中には、ひとりの子供が寝息を立てていた。


「ヒリュウ……寝てしまったんですか?」

「ここの水耕栽培のフルーツ食べきっててさ。やる気ねーよ、コイツ」

「仕方ない子ですね。ではコーカサスに預けては?」

「あの武人マニアに? なんで?」

「どちらにせよ、彼のやり方ではゼロ人でしょうからね、変わらないでしょう?」


 それはそうだ! と大笑いするアロハシャツ。

 足元に赤い血溜まりがなければ、彼らの姿は太平の世の若者以外の何物でもなかった。









 もし、鴉主が全部夢だと云って自分の首を絞めたとしても、夢から覚めるためならと、燕姫は受け入れていただろう。

 度重なる絶望。シェルターの崩壊からの、敬愛する兄から聞いた、裏切りのような発言。


「鴉主兄さんが協力者って……ウソ、でしょ?」

「キーワードは“この喜ばしい日に”だ。忘れるな。もしドゥクスに遭遇したらそう云え。命は助かる。死ぬな」


 卑屈な色は無かった。兄の目は変わらず光を失っていなかったのだ。


「理由は……走りながら話して」

「……実はな、このシェルター……かなり前からインセイヴァーたちに見つかってたんだ」

「は、え!? そんな、いつからっ?」

「俺やお前が産まれる前からだ。あいつらからすると……俺たちは、人間牧場じゃない最後の()()の人間だそうだ。

 それで特別なイベントをやるときまで見逃されていた……それだけ、だったんだ」


「だからって……なんで……従ったの!? 協力者なんて……!?」

「ヤツらの云う協力は、あくまで間取りやシェルター内の人口の正確な調査。

 点取りゲームのコマの数を数えるみたいにな。ゲームを盛り立てるための演出だけで、断ったら殺戮ショーに変えるだけだと云われたよ。

 ――なら俺が協力者になって、ゲーム開始直後に放送でキーワードを云う気だったんだが――」


 鴉主は正確な日付は聞いておらず、あの行き倒れた女もトラップだったんだろうという考察も付け加えたが、燕姫には聞こえていなかった。


「なんで相談してくれなかったの。そんなの、兄さんばっかり辛くて……」


 燕姫の目には優しい兄の顔が映り、反射的にしまったとも思った。

 その顔は小さい頃から兄に我儘(わがまま)なお願いをしたときにしか見ることのない表情だったからだ。


「……この前、女を助けるとき、お前、云っただろ? 熱感知では見えない何かがあるかも、て」


 燕姫は息ができなくなりそうだった。鴉主の次の言葉をどう止めれば良いのか、わからなかったのだ。


「俺の身体の中にもあるんだよ。

 センサーでは見つからない、虫のタマゴだ。

 インセイヴァーに反意を示したら……例えばゲーム前に事情を話せば、心臓の中のムカデの卵が孵って、動脈を伝って激痛の中で死ぬそうだ」


 いつからかと、燕姫は問えなかった。

 ごめんなさいと謝ることなどできなかった。

 そんな針のむしろ、いや、針虫の巣のような地獄の中でも愛情と笑顔を注ぎ続けてくれていた兄に、掛けられる言葉はひとつだけだった。


「鴉主兄さん――ありがとう、みんなのために……」

「本当にありがとう! 鴉主さん!」

『!?』


 突如降り掛かったその声に、兄妹の全身は百の足を持つ虫が走り回ったような悪寒に(さいな)まれた。

 天井の換気扇がカタリと音を立てて外れ、ひとりのビジネスマン風の男が落ちてきた。

 プレスの掛かったスーツに黒いネクタイを絞め、ムカデを象ったカフスを光らせ、売り物は笑顔と死。

 そんな男の名を鴉主は呟いた。


「センジュ……っ!」


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